淀みない足取りで丘を昇った。
 潮風が吹き付けていた。ひとつの墓に辿り付いた。墓の裏側は絶壁になって、波が砕けるたびに岩肌にアブクが縋りつく。彼は、自らの肩に手を当てた。コキ、と、硬い泣き声をこぼした。
 反対の腕には花束を抱えていた。赤い色の花ばかりを集めていた。
「……ふん」
 墓の前で腰を屈めた。
 つなよし、と、石に刻まれた名前を唇の内側で読み上げる。花束を差し出した。受け取るはずの腕が、消えてしまってから一年が経とうとしていた。風が冷たい。スーツの裾からヒバリの地肌が覗いた。色素の薄い肌に、陽光が反射して、海面と同様にきらきらと輝いていた。
「来てあげたよ。わざわざ、ね。ご指名を受け取るとは思わなかったけど」
 潮風が鼻をクシュリとさせて、ヒバリは腰を持ち上げた。膝頭に両手をついたまま、しばしのあいだ、頭を垂らした。まだ責務が残っていた。ボンゴレファミリーを抜けて一年が経った。経ったが、この仕事は胸に留めてきたのだ。(一番最初に死ぬのは、てっきり、僕だと思ってたよ)
 アイツを除けば。胸中で呟いてから、ヒバリは墓を見下ろした。
「……構わないけどね。それが望みなら……」
 正直にいうなら。あまり、罰当たりなことは強要しないでほしかったけれど。
 ボヤきながらもヒバリは知っていた。だからこそ、綱吉は自分に手紙を残したのだ。ヒバリならば過度に気に病むことなく、忠実にやり遂げると彼はわかっていたのだ。
 ガコ……。靴の裏で墓石を踏んだ。
 これが望みだ。石を蹴り落とせば、派手な水飛沫があがった。ヒバリは腕を伸ばす。綱吉は日本式の葬儀を望んでいた。数分の間にヒバリは骨壷を掘り出した。土器の表面について泥を、親指で拭う。完全に拭い終わると、ヒバリは海面を見下ろした。
 すでに墓石は海へと沈んだ。あとは、両手に挟んだ壺ひとつだけ。
 黒目を細くして、ゆっくりと、力を抜いた。
 落ちるときは一瞬だった。壺は、あっという間に滑り落ちていって、水面へとぶつかった。絶壁へと叩きつける波に攫われて、しかし、くるりと身を翻して激突をまぬがれる。くる、くる、回転をしながら沈んでいった。
 水面下の土器を見下ろし、ヒバリは小さく呟いた。
 これでいいんだ? 指先が胸を探る。ポケットから、手紙を引き出した。
 挨拶と別れと、ヒバリに宛てた言葉の最後に、歎願が加えられていた。
『約束してるから。せめて、守りたい』
『さいごは海に行かせて』
「…………」
 末文まで目を通す。
 ヒバリは鼻腔でため息をついた。
 右手を開く。完全に見えなくなった骨壷と墓石。その後を追いかけるように、水面めがけて手紙も落ちていった。辺りに花びらが散っていた。献花したばかりの、瑞々しい朱色がバラバラになって、まだらに生えた草の上に転がっていた。潮風が吹けば、さらに転がって、あるいは吹き上げられて彼方へと消えていく。
 その一枚を見上げながら、ヒバリは鼻を鳴らした。
 踵を返す。横目で静まった海面を見下ろしたが、彼は、足を止めずに海へと背を向けた。さようなら、と、唇だけが囁いた。カモメの鳴き声がどこかから響いてくる。
 ざあ、と、また潮風が吹いた。ヒバリは振り返らなかった。













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んね 


てんせい

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