にゃあ。
尾を振って、猫が塀の上を歩く。
彼は鳴き声に足を止めた。黒い毛並みで、青い瞳をした猫が数歩離れた背後に立っていた。木から降りてきたのだ。滑らかな艶めきを宿した尻尾に、小さな葉っぱがくっついていた。
ゆらり、右に揺らして葉を落とす。梅雨の真っ只中だ。
にわか雨で共に濡れていた。猫たちは鼻を擦り付けあった。
にゃあ、にゃあ。何度となく鳴き合ったすえに、互いの尾を絡ませる。黒猫の右目は抉れていて、硬く閉ざされていた。にゃ。小さく鳴きあって、塀の先へと進んだ。
「……生身の猫なんて久しぶりに見たな」
寄り添う影を見送り、鼻を鳴らした。
黒目に黒髪で、真っ白いシャツの肩口が濡れている。黄色いビニール傘を手にしていた。黒いランドセルも、雨にぬれてツヤツヤとテカりを帯びていた。
「近頃はサイボーグキャットが主流かと思ってた」
「金持ちの道楽だろ? すぐ死ぬから色んな種類が飼える」
答えたのは、傍らに立つ少年だ。子供ながらに襟の立ったシャツを着込み、まるで大人がスーツを着るよう優雅に着こなしている。肩に、カメレオンの形をした電子ペットを乗せていた。
そのとき、民家から皿が割れるような音が響いた。ひとりの青年が、勢い込んで玄関に飛び出してきた。
「ツナぁ?! またか! んな雑種とどこにいくんだよ?!」
傘も差さずに猫を追いかけていく。リボーンは、ヨレヨレの部屋着にサンダル姿の組み合わせに驚いて目を丸くした。角を曲がりながら叫ぶのが聞こえてくる。
「どこいった! ツナ、ニボシやるから返事しろお!」
「……まぁ、生きてるから、可愛がる気になるヤツもいるかもな」
へえ。どうでもよさそうに呟いて、少年は黒目を上向けた。
ビニール傘の外側に雨だれができている。近頃のペットというものは、機械でできたものや電子でできたものが主流だ。ご飯を食べて排泄もする、生身の生物を飼育するケースは極端に少なくなった。
傘の柄を掴みなおし、くるりと回す。
「これは、何百年経っても変わらないね」
「あぁ?」
少年は首を振った。
隣の通りから、格闘するような物音が聞こえてくる。
「今度、餌付けでもしてみようかな」
「気に入ったのか」
「珍しいからね」
雨は、強くなることも弱くなることもせずに、ゆるやかに降り続けていた。
終
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