群青


4.
「やめてって言いますけど、何をやめろって言うんですか?」
 鞭の叱責から逃れて、骸が言った。背後から山本が斬りかかったが、すかさず獣のツメがあいだに入った。ライオンチャンネル、犬だ。
「君が言っているのは、つまり六道骸をやめろと言ってるのと同義だ」
「そんなこと言ってない! オレはッ。骸さんに人殺しをやめてほしいだけだよ!!」
「クハハハハハハ!!」
「っく!」
 飛び掛ってきた骸の槍を避け、結果として転んだが、綱吉はすぐに立ち上がった。槍の直撃を受けたタイルは、粉々に砕け散っていた。
「僕は君と出会う前から人殺しですけど?」
 当然にように、骸。肩越しに振り返ったオッドアイは落ち着いている。避けられたことを意外に思っていない、つまり避けられるつもりで繰り出した一撃だったということだ。
「それが特訓の成果?」
「その通り。君の、ハイパー死ぬ気モードと同じ原理ですよ」槍を握った少年の両腕から、黒いオーラがもうもうと立ち昇っていた。以前は、『五』の人間道でしか使えなかった黒い光。
(やばい、な。勝てるか?)
 黒いオーラに当てられるように、さあっと血の気が引いていく。
 早くも、綱吉はリボーンと連絡を取る方法を考え始めなければならない。大股で歩み寄る姿に、怯んで綱吉がたたらを踏んだ。すかさず、千種と向き合っていた獄寺が援護をだした。爆撃で骸が足を止める。今だ、とばかりに綱吉は鞭を振り下ろした。
「当たれぇええっっ!」
 ぶんっ。一振りで煙が晴れる。
 が、原因は鞭による一閃ではなく槍による一閃だ。振り下ろしたままの体勢で綱吉がギクリとする。あっさり、鞭を避けて、逆に骸が綱吉へと飛び掛った。
「うぐっ」右足が、胴体に喰いこんだ。
 廊下側の窓に叩きつけられ、衝撃に目が眩む。
 金切り声がいくつか聞こえたが、それが獄寺と山本の声だと理解することもできなかった。
「……っつ」腕を伸ばして、刹那的な痛みに顔を顰める。窓ガラスが割れていた。ガラスの破片が綱吉の頭上に降り注いでいる。半ば棒読みをしながら、足音が近づいた。
「切りましたか? かわいそうに」
 指の腹に走った裂傷をペロと舐めて、綱吉が立ち上がる。
 破片がパラパラと落ちて散らばった。興味深げにオッドアイをしならせて、
「少しは骨がついたんですね、綱吉くん。体罰のし甲斐がありますよ」楽しむように、骸が言った。
「う、るさい。アンタにはもう誰も殺させない……オレの友達も傷つけさせない」
「クハハ。ねえ、僕はショックでしたよ」
 くそ。胸中で吐き捨てて、綱吉は鞭を強く握りしめた。
 槍を片手にして、骸が取り出したものは一丁の拳銃だった。すでに引鉄にまで指を通している。獄寺の爆風や、千種のヨーヨー、山本の怒号が響く中、二人は数秒ばかり互いを見詰め合った。
「君は、やはり心の底から後悔しないと僕の望みを叶えてくれないと見える」
 低い声だった。骸が、槍を捨てた。
「――――?!」
 華奢な体を翻して、彼は一直線に駆けた。
 行き先に綱吉が呼吸を飲み込む。嵐のように、咄嗟に骸の言動が繋がりながら綱吉の中に蘇った。(ルール。追いかけないと死人がでる)
 足りないんですね。そういって、虚ろな瞳をしたのは誰だったか。
(オレの左目、倉本の腕、次は殺す、オレへの罰)
 弾かれたように、真っ青なままで綱吉も駆け出した。骸の背中が遠い。狭いはずの教室なのに、手が届かない。
「む、く――。獄寺くッ、に、逃げてぇええええ!!」
 呆けた眼をして、獄寺が腕を止める。
 千種の襟首を掴んで、何度か殴ったあとだった。彼が丸くした瞳の中に、銃口が映る――。
「貴様が最も綱吉くんの中に深く入り込んでいる。死ね」氷のような声。
 骸が歯を剥き出した。机の上に乗り上げ、確実に、確実に仕留めるために獄寺の脳天目掛けて銃口を突きつける。綱吉が絶叫した。
 ダァンッ。銃声が校舎に轟いた。
 ダン、ダンとがむしゃらな乱発が続く。綱吉の両腕がガタガタ震えていた。
「うわっ、ああ、ああああ!!」
 視界のフチが潤んで、ぐちゃぐちゃに乱れ始めていた。火を噴いたのは綱吉の手中にある鉄塊だった。反動で壁に叩きつけられながら、綱吉は何度も引鉄を引いた。全弾がなくなる、ようやく、辺りの音を聞けるようになった。
 千種と犬が驚愕して何事かを叫び、獄寺と山本は唖然としていた。
「あ、あっ……」
 ヒュッと喉が鳴る。
 正気に戻って、最後に見えたのは、立っていられずにバランスを崩した人影だった。ガラスが割れた窓に寄りかかり、そのまま落ちていく。
「む、骸、さ……」彼を除いた全員が、取り残された。




>> 5. へつづく


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