スクールHIGH!
一日目・開始
「さ、沢田綱吉です……。よろしくおねがいします」
雲雀恭弥は後ろの席で呑気にあくびをする。六道骸は、まだ登校してきていない。
「引越してきたばっかでまだよくわかんないことが多いです……。仲良くしてください」
彼は一番後ろの席についた。奇しくも雲雀の後ろの席。頬杖をつき、雲雀はつまらなさそうにグラウンドを見下ろしていた。転校生に興味はナシ。
六道骸は初日に登校する気がなかったらしく、下校まで姿を見せなかった。
クラス一同が内心で安堵する中、沢田綱吉はおろおろしながら教室を見渡していた。雲雀恭弥と六道骸、二大脅威に怯えるクラスメイトは二人のそばに必要以上に近寄ろうとしない。なので、事情を知らない転校生が、雲雀の近くにいながら助けを待っても近寄る人間はいないのである。心ある人間は、転校生が席をたったら声をかけようと考えた。
が、しかし、彼は背筋を伸ばして前の座席へと声をかけたのだった。
「すいません、あの……。校長室の場所ってわかりますか」
「? 何で校長室なの」
雲雀恭弥が振り返る。黒髪黒目、雲雀の背中をつついたことすらクラスメイトの度肝を抜いた。ずざざ、と、カベに向けて後退る生徒たちには気付かず、沢田綱吉は首を傾げる。
「弟がそこにいると思って」
「…………?」
氷のように凍てついた黒目が、検分するように沢田を見る。
ようやく、沢田綱吉も異変に気がついた。
この少年の目つき、雰囲気はカタギのものではない。あ、やっぱいいです、と、小さく呟いたが遅かった。雲雀は、沢田の手首を掴むと立ち上がった。
「きて。案内してあげる」
「あっ。ちょ……、うわっ、わっ!」
沢田を引きずるようにして雲雀は教室をあとにした。
残されたクラスメイトはお互いの顔を見合わせる。一様に青褪めた顔をして、そして、揃って頷いた。……沢田綱吉は死んだものと思っておこう。
雲雀は校長室の扉を蹴り開けた。
ギャッと悲鳴をあげたのは四十代半ばの校長本人である。来客用のソファーに大股開きで座り込み、一人の子供が我が物顔でコーヒーを飲んでいた。
「ン? なんだ、もうトモダチができたか」
「り、リボーン……! すいません、こいつが迷惑なこといいませんでした?」
「ああ、いや。リボーン先生は大変にできたオコサマだよ」
「はん」校長の言葉にそっぽを向いて、リボーンは足を組んだ。それを雲雀がまじまじと見下ろす。視線に気がついたリボーンはにやりと笑ってみせた。
「なんだ? 骨がありそーなオトコじゃないか。ツナ、コレか?」
くいくいっと小指を曲げてみせるリボーン。
「バカか! あ――、ごめん、こいつ外国帰りで……。その、大学を飛び級で卒業してて……。生意気なんだ」
「僕は雲雀恭弥」
言いながら、雲雀は腰に手を当てた。
「あ。沢田綱吉です。リボーン、俺をここまで案内してくれたんだからもうちょっとマシなこと言えよ」
「ウチにくるか? テメー、好みの目をしてるな」
「…………」
ふ。薄く笑うと、綱吉は雲雀の腕をつかんだ。
ぎょっとするのは雲雀当人である。
「ごめん! その、アイツは〜〜、オトコもオンナも気にしてないっていうか。極度のイタリア被れなんだ。気にしないであげて」
校長室を出ると綱吉は平謝りをした。それをじっと見下ろしつつ、雲雀は首を傾げる。開け放たれた扉の向こうでは、リボーンがウインクを送っていた。ソファーの上で足組みする姿は、優雅だ。
「リボーン! いい加減なところで帰ってこいよ。人さまに迷惑かけるな!」
「はん。オメーこそオレの凄さをわかってねえんだよ。とっとと帰ってクソしてな、ダメツナ」
バタン! 綱吉が扉を蹴って閉めた。
ぜえぜえ、肩で息をしつつ青褪めた顔で振り返る。
「ごめん、教育間違ってるんだ、アイツ。兄を兄と思わない傍若無人っぷりっていうか……。すいません、雲雀さん」
「いや……。今の子、面白いね」
「へえっ?」
雲雀は、黒目を細めていた。
ゆっくりとした静かな動作だったが、獣が目標を定めるでもある。綱吉の背筋にぞぞっとしたものが駆ける。
この人、カタギじゃないよなぁ。あっさりと結論に達して、綱吉はそそくさと別れを告げた。が、手首を掴まれる。
「待って。君の家は?」
「な、なぜそんなことを聞くんですか」
「遊びに行く。今のリボーンって子が誘ってくれた」
あのやろう。低く小さく綱吉が呟くのが聞こえたが、雲雀は気にしなかった。ただ、ギリギリと手首を絞める。
「どうぞ! どうぞきてください!」
綱吉は涙目になって必死に腕を振り回していた。
隣り合って並んで校舎をでるころには、沢田綱吉は己の失敗を悟っていた。廊下ですれ違う生徒、教師、すべてが目をまん丸にひん剥いて道を空けるのだ。
どうやらこの少年は本っっっ気でアウトなタチだったらしい。
後悔後先たたずとはよく言ったもの。
リボーンが問題を起こしたために、沢田家は引越しせざるを得なくなって(金融に手をだしたリボーンが派手な失敗をした)この町にやってきた。ここでも、そんなにイイ目には会えないようだ……。
自覚しながら、綱吉は勇気をだすことにした。このままでは、埒があかない。
「雲雀さん。アイツ、今日帰ってこないかもしれないですよ。口約束とか全部いい加減なんで」
「そうなの? へえ。興味深いね」
なぜそうなるの?
思いつつ、綱吉は口にはださなかった。
引越したばかりの家だ。当然、部屋もあたらしい。
綱吉は新しい私室に慣れていなかったが、一応は部屋のあるじだ。だが、綱吉から見ても雲雀が部屋のあるじに見える。それほど彼は堂々としている。
どうせ俺なんて……。ふ、と、嘆きの吐息をこぼしつつ、空になった雲雀のマグカップを取って立ち上がる。
「もう七時ですよ……」
「帰ってほしいの?」
雲雀は、テーブルの前に座りつつ、自分のカバンから出した雑誌に目を落としていた。バイク雑誌だ。
「雲雀さんの家の人たち、心配するんじゃないですか」
「残念。僕、一人暮らし」
綱吉は目を丸くした。
ページを捲る音だけが室内にひびく。そうですか、と、小さく呟くと綱吉はリビングへと向かった。
麦茶を足して戻ってきた綱吉は、恐る恐ると雲雀の顔色をうかがった。
「あの。一緒にご飯食べますか……。今からご飯作るから」
「そう? 悪いね」
雑誌から目を離さず、どうでもよさそうに、雲雀。
「じゃあ呼んだらリビングに来てくださいね」
綱吉が再び部屋を後にする。残された雲雀は、麦茶に口をつけつつ、不思議そうに扉を振り返った。彼の疑問はすぐに解消される。
三十分ばかりあと、綱吉はせっせとリビングテーブルに食器を並べていた。
「君がつくったの?」
「母さん今日は遅いんですよ」
嫌々だ、という顔をして綱吉はエプロンをほどいた。味噌汁と白米と目玉焼きとが、二人分向かい合わせに置かれていた。
「…………」
「こういうのくらいしか作れないんですけどね俺は……」
もごもごと唇の中で喋りつつ、綱吉は着席した。雲雀は、箸の先で目玉焼きをつつく。困惑したように黒目を丸くしていた。
「口に合いそうもないですか?」
怯えたように綱吉が問い掛けた。
「いや」
口早に雲雀が呟いた。
「いい半熟具合だなと思って。いただくよ」
箸を持ったまま手を合わせ、雲雀は料理に向けて会釈をした。今度は綱吉が面をくらう。綱吉には、実際のところリボーンが帰ってこない理由に検討がついているのだ。そう、綱吉のいい加減な料理がイヤで外食してくる気に違いない。
「……リボーン、早く帰ってくるといいですね……」
味噌汁の碗を傾けつつ、綱吉。
バチリと雲雀と目があった。彼らは互いに知り合ったばかりだが、真正面から視線がぶつかったのはこれが初めてだ。
「いや……」
喉がつまったような声でうめいて、雲雀はつづけた。
「いいや。これ食べたら帰る」
「え? いいの?」
「うん」
宣言通り、食事が終わると雲雀恭弥は帰宅した。
沢田綱吉は、食器を洗いつつ結局あの人はなんだったのだろうと首を傾げる。
彼の知らないところで事態は変化していたわけで、雲雀恭弥は夜風に吹かれながら上機嫌に口笛を吹いたりするのだった。気に入った人間が二人もできたので、彼にとっては奇跡的な一日だった。
一日目・終了
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