少年が二羽
「むぅ…?」
ダンボールに収まるウサギに首を傾げる。
見下ろされてるのがわかるのか、ウサギの黒い瞳は潤みをおびて、まっすぐとオレに向けて焦点を合わせてきた。どきっとする。こんな、ビルの隙間に放っぽられたダンボールのなかで、ウサギが納まってたら、どーいう事情でこうなってるのか簡単に想像がつくんだけど……。
ウサギの耳がぴょこぴょこと動いた。かわいいけど。
でも…。うーん。とりあえず、しゃがみこんだ。
「ムゥってのが名前なの?」
ダンボール箱の底には紙切れも入っていた。
たどたどしく『むぅ』の文字。そちらに気をとられてるうちに、ウサギがダンボールの上部に向けてジャンプした。ダンボールが傾く。
慌てて支えたら、ウサギは、今度はオレの腕に飛びついてきた。
「ちょ、ちょっと! わっ、よじのぼ……っ?!」
肩までよじってくるウサギは、前足後ろ足で齧り付くように肩にへばりついた。黒目がじぃーっと見据えてくる。
「なんか、前もこんなことあったな」
今ごろ、オレの部屋で寝転んでるだろうネコを思い出した。彼もこうやって押しかけてきたようなもんだ。窓を開けてたら入ってきて、そのままずっとオレの部屋にいるんだから。
「ヒバリさんが怒らないといいけど……。キミはムゥっていうんだ?」
捨てる気をなくしたのが伝わったらしい。ウサギはつんのめらせていた足を弛緩させて、オレに体を預けた。ずしりとした重みが伝わる。黒い毛並みを撫でた。さらさらしていて、汚れていない。
ここに置き去りにする前はいい待遇を受けてたんだろうなぁ。ちょっとジンワリしてきた。締め付けてくるものをはねのけるよう、ウサギに笑いかけた。
「ムゥってムー大陸からきてるのかな?」
「ギッ?!!」
「うわぁ!」
ずっこけたみたいにムゥが落ちた。
途中から正気に返ったようで、背中のシャツにかじりついて踏ん張ってる。
「わっ、わあ! ちょっと!」
ベルトとシャツの間にある肌色に気がついたらしい。
隙間からするっと服の下に入りこんで、今度こそ絶叫した。
「つめた! なにー!! くすぐったい!!」
もぞもぞと前まで移動してくる。ウサギなんて、小さいけど服の下にいれるにはデカすぎだ。ネズミじゃないんだから! シャツを引っ張り出してウサギもひっぱりだした。
つぶらな黒い瞳で見返して、悪気もなく鷲掴みにしたオレの手に身をよせる。
……なんだかなぁ。
夜気に晒されてた時間って長かったのかな。やたらと冷たい。
ウサギの体を回してすみずみまで眺める。ばたばたと小さな手足が暴れていた。
「まあ、汚れてないし。いっか。でもジャンパーん中だけだよ」
ヒョイと前をあけて、ジャンパーとシャツとの間にムゥをいれた。
毛を挟まないようにジッパーをあげて、そうしたら黒ウサギは、首元からちょこんと顔だけを突き出してきた。
「なんだよ? 寒いんじゃなかったのかよ」
目線を下げればすぐそこに黒目がある。うるうるとしていて……でも、何か、内側から煌めくみたいな意思が見えた気がした。ウサギなりに顔はだしたい気分なのかな?
そう思うと面白くて、ぷっと吹き出した。
「ムゥは変わったウサギなんだな。じゃあヒバリさんと気が合うかも」
笑いかける。瞬間、ムゥの黒目がかげったような気が……した。
「? ムゥ……?」
ふいとオレから視線を外して、夜の繁華街を見渡す。
通り過ぎたOLが、顔を赤らめてオレとムゥとを振り返った。
……考えてみたら、これって、中学生男児として恥ずかしい格好だ。
「母さんになんて言えばいいかなぁ?」ジャンパーの前を抱えながら、走り出した。
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