とこしえの竜雷 3
彼らの本性が竜だと気がついた。
けれど綱吉にはあまりに皮肉な切っ掛けだった。痛む身体をずるりと引きずって、両手で柵を握りしめる。檻はせまく、植物のツルでできていた。
(新月がくる……。最後だ。やるしかない。もう、100%こうなるってわかってるなら、やるしかないんだ)
両手に、薄っすらした光が灯る。オレンジ色の煌光は徐々にツルに染み込んでいった。ほのかな熱が、植物を浸蝕して解いていく。声なきものの叫びが綱吉の胸になだれこんだ。ぐるぐるとした、混迷。これが闇の声だ……、ヒトをどうしようもなく嫌っている。
(ここにあるものは、すべて、闇のこころを持ってるんだ。植物も土も。アイツらも、元はどうであれ)
眉間にシワを寄せたまま、綱吉は全身を震わせた。痙攣といえるほどの病的なものだったが、必死に、ツルを握る力だけは緩めない。
(うろこ……。細かい、なめらかででも硬い)
捻じ伏せられ、獣のように四つんばいにさせられて、唇をこじあけられて、最後には彼らの嘲笑だけが聞こえた。視界がグシャグシャに霞んでしまって何も見えなかった。
そのため、だったかもしれない。口の中のものが出入りするときの感覚が独特であることに気がついた。ガリ、と、奇妙に引っかかる。
(雷を操る。下界において上位の存在、それにあのヘビ……。うろこ。オレが、あんなアッサリと負けた……。天性の炎なのに)
つんとした焦げ臭さが辺りに充満した。綱吉を囲む檻の上も右も左も、咽返るほどの草木で溢れかえっていた。
(アイツラの本性は竜なんだ。創世記の竜。リボーン以外にまだ生きていたなんて)
両手両足、四足のすべてを使って綱吉は檻の下から這い出した。焼き切れた植物が呪い殺すかのような熱を送ってくる。両手に無数の切り傷が走って、血がにじんでいた。
(三匹に分裂してる……のか。でもアイツらの属性は闇。オレから光の属性を吸収すれば、)
まだ天界も下界もなく、地上だけだった頃の力を取り戻すかもしれない。
(――逃げないと!!)
シャツの両肘から下を破って、両手に巻きつけた。シャツももうボロボロだ。裾をスラックスの下に捻じ込むと、綱吉は強く大地を蹴り上げた。
酷く痛む――が、まだ跳べる。
「死ぬ気で帰る、こんなとこにはいられない!」
二メートルばかりの主翼の下に、一メートルばかりの補助翼がある。綱吉の額に炎が灯った。羽根は真っ白ではなく、若干陽の光を帯びていた。
広げた羽根がはためくと、少年の身体は一挙に十数メートル上空に押し上げられた。
(どこだっ。オレが入ってきたトコは!)
下界の瘴気に充てられて、羽根がみるみると抜けていく。痛みが伴ったが、構ってはいられなかった。ほどなくして太陽めいた黒い塊に気がついた。黒々とした光を放ち、下界を照らしだしている……。直感的に、旋回して太陽を追いかけていた。
近づくにつれて、確信する。太陽ではなく、巨大な黒い穴だ。
ピシャ! と、雷が真横に落ちた。
「!!」穴を抜けたのだ。眼前には土と泥だけの斜面があった。元の、ハゲ山だ。
「やった……!」
ぜえぜえと息をしつつ、最後のふんばりとばかりに二翼を広げた。音が響くが、これで飛んだ方が、圧倒的に早い――。
主翼がはためきかけたところで、綱吉は動きを止めた。止めざるを得ない。ヘビの舌が、ぐるりと首に巻きついた。
「なっ――」
「しゃらくさい」
落雷があった。――ニ翼に直前する。
「ッッ!!!」
眼帯をつけた少年が、冷酷な面持ちで大地へと降り立った。ふわ、と、コートがはためく。二翼がだらりと下を向いて脱力すると、綱吉はヘビに首を吊られる格好になった。
あぐ、と、微かな呻き声。ヘビはますます喉を締め付けた。
掻き毟るが、確かに肌を裂くような感触はするのに締め上げは強まる一方だった。くすくすと笑う声がつづく。
「君みたいのはさっさと死んでしまえ……」
「…………ッッ?!」
「骸、いささか過剰ですよ」
足元から声がしたのと同時に、ヘビが消える。
腕を広げて待っていたのは、穏やかに微笑むもう一人の少年だった。先日のことを思い出して、抱きしめられたままで綱吉が戦慄する――、ごほごほと咳込む背中を丁寧に擦られても、鳥肌が立つだけだった。
「まだ生かすんですか? 理解できませんよ」
彼は、明らかに気分を害していた。三人目の六道骸だ。すとんと地表に落ちて、その傍らにはヘビがするすると寄っていく。
自らの腕に巻きつかせると、骸はフンと鼻を鳴らした。
「しかも脱走。殺しましょうそいつ」
「綱吉くんはいけない子なんですよね」
穏やかな手つきで後頭部を撫でる。
「まだ殺さないんですかぁ……」
骸の足元では、むくむくと土が盛り上がっていた。やがてヘビの頭部が地面の下から顔をだす、だが、それは骨の塊だった。
骸は、オッドアイをチラりと動かした後で頷いた。
「久しぶり。地上は相変わらずのようですね。報告ご苦労です」
人差し指でいただきを撫でる。と、ヘビを作る骨がぼろぼろと崩れて、また地面に沈んでいった。
「こんなふうに、死ねばまだ役に立つっていいますのに」
ハァッ、と、ため息を隠さずに綱吉を睨む。
憎しみすら滲んで、絶句するほどの眼力だが綱吉はそれどころではない。ニ翼が、ぶるぶると震えながら土を掻く。落雷の衝撃はもとより、結界内であるために消耗が激しい。頭髪や皮膚の毛を、手当たり次第に毟り取られているような痛みがあった。
「あっ、ぐう……、うう」
ぼろぼろと羽根が抜け落ちる。
「うあ、あっ」両腕で自身を抱くが、痛みを紛らわせることもできない。羽根を畳む? 咄嗟に考えたが、綱吉はそれこそ恐ろしかった。畳めば、恐らく次はない。
(そん、なっ……。いやだ、死にたくないっ。父さん、リボーン!)
落下の際にズレた眼帯を直しつつ、骸が呟いた。
「仕置きが必要ですね。僕らが気づかないと本気で思っているようだ……。今宵は新月。もうアウトですよ、綱吉」
「…………っ、ああ……!!」
耐え切れず、羽根を背骨の中へと収納した。羽根は天使の象徴でもある。綱吉にとっては天使としての自分を誇る牙城のようなものだ。失うことは、死にすら相当する。
ともすればしゃがみ込みそうな綱吉の身体を支えつつ、彼は、穏やかに口角を吊り上げた。
「もう少し頭がいいかと読んでいたんですけど。君に、帰るつもりがあったとは」
「愚か極まれり、ですね」
眼帯の彼が首輪に指をひっかけた。グイ、と、ねじって首を締め上げる。
「ぐうっ」
「腕のひとつやふたつ……喰らいましょうか」
ずい、と、距離をつめつつ少年は首を傾げた。
「おやおや。かわいそうですよ」
「あなたはいつもそれだ。だが、現にこの馬鹿は――」
「――――……っっ?」
二人に挟まれ、呼吸をするので精一杯になっていたが。綱吉は、じぃっと見つめてくる眼差しに気がついた。その骸は、もはや両眼に憎しみをこめていなかったが。
興を引かれたように、目を丸くさせて――じつに嫌な笑いを口角に貼り付けている。
ゾク、と、恐怖感とも嫌悪感とも違うが、頭のてっぺんから足まで衝撃が走る。綱吉が呼吸を忘れているあいだに、その骸は肩の位置まで平手を持ち上げてみせた。
「ああ……。楽しそうですね」
「? 骸?」
「僕が何を得意とするか、あなた方もよく知っている通りです。こういうことなら、手伝ってあげてもいいですよ……」
二人の骸が、互いの目を瞬間的に見つめた。即座に、少年は穏やかな微笑みを消していた。
「君がそういって殺さなかった者は数える必要がないくらいなんですが……」
「0人ですからね」
眼帯の彼が、警戒するよううめく。
しかし骸は自信ありげに片腕のヘビを撫でた。それと同じ手つきで、綱吉の髪に触れる。彼がこれほど近寄ったことはない、ただよう奇妙な臭いに――腐ったような臭いに、綱吉の視界が揺れ始めた。
「泣いてるじゃないですか」
「くふ。イイ目をしてもらわないと僕の秘蔵を差し出す意味がない」
確かめるように顔の輪郭をなぞると、その触れた指先を連れ戻して舌で舐めた。吟味するように、ぴちゃぴちゃと何度もしゃぶる。
やがて、小さく頷いた。
「いいでしょう。堕天させてあげますよ、僕が」
数秒の沈黙。ほう、と、口々にうめくのは骸たちで、戦慄したのは綱吉だった。我が耳を疑い、死体のように真っ白い顔をした少年を見上げる――。
「今。何を、言った……?」
「天使は羽根を収納するための骨がある。根元の骨を足がかりとして、神気を集めて羽根を織る――。僕たちで、その羽根を毟り取りましょう」
「?! なっ……、や、やめろ!!」
綱吉の両頬を手のひらで押さえつけると、骸はニヤと暗い笑みを浮かべた。
「きみには羽根がよほど大事のようだ……。わかりますよ……。きれいですものね。まかせてください。全部ぶち壊してやる」
「や、あぐ!」
ヘビが片脚に巻きつき、綱吉の足を引いた。前のめりに転んだのを見て、眼帯をつけた彼は即座に右肩を踏みつけて右腕を捻り挙げた。
「づうう!」
「愉しめることなら協力しますがね」
「まったく、みんなスキモノなんだから」
ブツブツと不本意げにうめきつつ、もう一人の骸も左腕を捻り挙げた。
「いいっ……、いやだ、やめろ!」
うつ伏せになった体を捻り、強引に首を反らした。綱吉の叫び声など意に返さないとばかり、骸は、薄く笑んだまま背中を撫でまわした。
「背骨の神経……。服が邪魔だな」
ビッ。ツメをたてて裂き口をつくると、骸は背中を覆う生地を破り捨てた。強風に素肌が晒され、体温のない指に背骨の出っ張りを撫でられて鳥肌がたつ。
「離せ! ふざけるな、こんな、こんなっ。いっそ――」
殺せよ! その言葉は、しかし口からでなかった。骸が背骨をゴリゴリと強く手の甲でこすり始めた。
「やっ、アッ!!」
ガクガクと視界が揺れる。
ほどなく、二翼が広げられて辺りに羽根を撒き散らした。
「アアアアアア!!」
狂ったような雄たけびをあげて、綱吉がかぶりを振った。骸がくすくすと笑う。
「僕は地表で生きられる生命のほとんどは嬲った。体のメカニズムくらい、知り尽くしていますよ。ここは君たちにとって性感でもあるでしょう?」
「ひあ、あっ、あああっっ」
両翼を肩に担ぐと、骸は背筋を伸ばした。ミシミシ、羽根の付け根から骨が歪みだすような音がする。それでなくとも、骸は遠慮なく羽根を鷲掴みにしてグリグリと四方へと引っぱった。
「あっ、痛〜〜、が、ああ――――っっ?!!」
「綱吉、ケモノみたいな声もだせたんですね」
片目を眼帯で隠した彼は、青目を細めた。褒めるような眼差しだった。
「可愛そうに……」低く呟きながら、額を撫でる手のひらもある。痙攣が抑えきれず、彼らに言葉を返す余裕もなかった。恥と外見とを捨てて綱吉は泣きじゃくっていた。
「やめてっ! それだけはやめてぇ!! お、オレはもともと人間、でっ……、やだぁあああ!! その羽根がなくなったらオレは――あああああ?!」
ガリ、と、羽根の根本に骸が五指を突きたてた。
「ひいっ、いいいっっ!!」
ツメをたてて、皮膚をこすり削って骨を暴く。
「――――ッッ!!」ひくん、と、綱吉が全身を大きく痙攣させた。 肉と筋肉との奥にあるものに、触れるものが――形容しがたい衝撃だった。その衝撃と、今にも意識が根絶されそうな痛みとに目を見開かせて綱吉が背中を反る。食い縛った歯のすきまから唾液が溢れた。
「ぐぁッ、アアアアアアアア!!」
「きみは?」
狂気の笑みを浮かべつつ骸が尋ねる。ぜえぜえと息を荒くして、両目を刮目させていた。途切れがちに尋ねる声は、興奮で濡れきっていた。
「きみはどうなるって? この、羽根……、そうですよね、大事なんですよね。くく、くふふふ。絶望ほど甘美なもの、ない! ツナヨシといいましたか?」
「いや、いやだっ。リボーン、たすけっ……、羽根が。羽根が!! あああっ、痛いいたいいたいいたいぃいい!!」
「もっと泣き叫ぶといい……。天界にまで惨めな己の姿を晒せ!」
ごきっ。硬い音がして、骨の付け根が動いた。
「ぐああああっっ!!」
「千切れる……。あとすこしだ」
骨そのものにツメをたて、骸は両手に力を込めなおした。ミシミシッ、身の毛がよだつほどの衝撃が、痛みと共に頭に割り込む――、気絶寸前になりながら綱吉は首を振った。意識が朦朧として、瞳には光がない。涙が止まらなかった。
「やめてっ。お、お願いだから……! それがなくなったらオレは、オレはもうっ」
くっ、と、耐え切れずに喉をならしたのは眼帯をつけた骸だった。完全な喜悦が片目の奥で爛々と輝いている。骸がゆらりと体をしならせる。ひときわの力がこめられた。
「くふ、ふふふふふふ」
ばきばき! 千切り取ると同時に、骨が砕けた。バッと血飛沫が飛んだ。
「うがああぁぁあああ!!!!」
暴れる背中を踏みつけながら、骸が深々とした皺を眉間に刻む。常軌を逸した眼差しで、抜いた二翼を愛しげに見回した。
「血……」
べろりと抜いた根本を舐めた。口を開けて、舌をだして円をなぞりながら舐め取る。飛沫は彼だけでなく、綱吉を拘束していた二人にも降りかかった。
「君がいけないんですよねえ。かわいそうですけど、罰は受けてくださいね」
言いつつ、穏やかな眼差しでガクガクと震える綱吉を見下ろす。ぺろ、と、鼻筋を垂れてきた血を舐めた。眼帯の彼は素直に歓喜していた。顔に飛び散った血を掬っては舐めとり――、グッタリと動かない綱吉の唇へと顔を寄せる。綱吉の唇からあふれた血を舐め、咥内の血も飲み干すとくつくつと肩だけで笑った。
「…………ッッ」
絶え絶えのところに呼吸を止められて、綱吉が苦悶する。
と、骸が無造作に羽根を捨てた。その頃には羽根が完全に抜け落ちて、ただの巨大な皮と骨の――、無残な姿だけが残る。
地表に落ちると、地面が盛り上がり、ヘビの死体が羽根の残痕に群がった。ばき、ごき、と、骨が噛み潰される音が響く中で骸が薄笑いをする。口角の血を拭った。
「これで、すぐには天に帰れませんね。くくっ」
「…………あ……」は、は、と忙しなく呼吸をして、脂汗でぐっしょりと全身を濡らしていた。虚ろに目をしばたかせて、綱吉がこうべを垂れる。
「痛むんですね。わかってますよ……、当たり前のことです。さあ。きみの身もこころも穢れで犯される。骨がいびつに欠けたままでいろなんて、そんな酷いことはいいませんよ……」
「…………っっ?!」
ぎく、として、綱吉は眼球を動かした。
「そ、れ……、なに?!」
昏く笑って、骸は手を掲げた。
「ほう。わかりますか。さすがですね」
その手にあるのは黒い塊に見えた。背中に乗り上げる少年、彼が饒舌に語る全てがおぞましさに満ちていた。一字一句、耳にするだけで綱吉の気が遠くなる。
「新生して六日目の胎児を殺すのが去年の僕の趣味でした。これは、その成果。煮詰めて溶かし、ひとつにまとめた特別製だ……。くく、くくふふふ」
黒い塊に口付けて、骸は両目をしならせる。
「しっかり咥え込んでくださいね? 君の羽根は、毒気にやられて二度とは生えてはこないでしょうけど」
「いやっ、いやだっ、あああああ!!!」
「くく、ふふふ」塊を二分すると、骸は背中の傷口へと塗り込め始めた。バタバタと暴れる四肢は押さえつけられて、痛みのために 声が掠れる。三人がかりの陵辱だった。
「いれなっ、やだああ! そんなのオレの中にいれないでえええ!!」
「たぁんと食べてくださいね……。この汚物は神経を冒す……ああ、これが君の骨ですか」
「あ、あっ」
骨の断面をごりごりとされて、綱吉が目を見開く。
「ひっぎ……いあ、あああっ」噛みしめた両歯のすきまからアワが漏れた。
「この場合は、ここも性感になるんですか?」他人事のように呟く。黒い塊をすべて練りこんだ。黒い湯気を立てながら、その邪悪な塊は綱吉の中へと収まる。骸は、もう一人の分身を呼びつけた。
「フタをしてあげてください。洩らさないように」
「君が他者の治癒を求めるとはね」
む、と、したように睨み付けるが、相手は平然として告げた。
「かわいそうに。綱吉くん、今治してあげますからね」
「あっ!? だ、だめっ。今は……今はぁああああ!!!」
太古の言葉が紡がれると同時、背骨を襲っていた痛みが霧散した。直後、三人がパッと体を起こす。
解放された綱吉に歓喜はなかった。ごろごろと転がり、背中を掻き毟ろうと躍起に腕を伸ばす。
「ああああぁぁあああっっ?!」
「僕は治癒もできるんですよ。僕らしいでしょ」
ニコニコとした声も聞こえない。見開かれた瞳からボロボロと涙を飛び散らせつつ、皮膚にツメをたてた。
「やだぁああっっ、あっ、あああっっ!」
背骨の、出っ張りまで――届かない。くすくすとして、骸は自らの首筋を抑えた。
「愉しかったですよ……彼らを殺すのも殺したあとで味わうのも……。最高だった……」
ゆるゆると力を込める。自傷まがいの行為に、酔いしれたような笑みがこぼれた。その傍らで、戯れに眼帯をパチンと叩く音がする。嗜虐に満ちた笑みをこぼし、彼は腕組みをした。空は分厚い雲に覆われていたが、今宵は、格別に暗い。世界が。
「もう新月が昇る。君は、永久にこの場所から出られなくるわけだ」
「う、ぐっ、あっ」
「……可哀相に。つらいんですね」
泣かないでください、と、呟きながら骸が膝をついた。
穏やかな光を灯した眼が真正面から綱吉を射る。
「君がいけない子だからですよ? これに懲りたら、大人しくしていなさい。……大丈夫、痛みなんか忘れさせてあげますよ。僕が。さあ、戻りましょうね。いい子ですから」
綱吉が首を振る。少年は目を細めた。呼応するように、骸が顔をあげた。綱吉の背骨に両手をついて、うっそうと囁きかける。
「生体のままであるのは不満ですが……、思ったよりも愉しめるようですからね。希望は持たないことですね。僕は、僕の作った穢れは君の神経を侵した……もはや僕らの意思には逆らえない」
「自害も無理だということだ」
最後通告のように、ハン、と骸が鼻をならす。眼帯に覆われていない方の瞳は、闇にまぎれて青く光って見えた。
「完全な天使だが、中枢神経は堕天した。くふふっ、とんだまがいものになったワケだ。あなたは」
「う……や。だ、……オレは」
背中から下半身めがけて、何かが腐り落ちるような感覚がする。実際の感覚であるのか、錯覚であるのか、綱吉には定かではないが。目がまわる。
(オレもう死にそう、なの。に)
失神する……、耐え切れない。覚悟したとたんに、体から力が抜けた。ため息のような笑い声がする。
「かわいそうに。可愛がってあげますからね。僕は君のこと気に入りました。なぜでしょうね? 僕に似ている気がする」
素早く、割り込む声があった。
「あなた一人のオモチャじゃないですよ」
憮然とした面持ちで、眼帯の彼は地面に向けて手のひらを掲げた。音もなく、山の頂点に黒い穴が広がる。穴を見下ろしながら、骸がうめいた。オッドアイをまたたかせる。羽根を引き抜いたときに飛び散った血で、シャツも頭髪も赤く染まっていた。
「僕も、少しくらいなら味見してみますかね……」
「ネクロフィリアっていうのは、死体専門だからそう呼ばれるのでは?」
「…………」
腕に巻きついたヘビがシュ〜〜ッと唸り声と共に舌をだした。
「たまにはね……」
「ほお? まあ、構いませんが。殺さない程度なら」
肢体を横抱きにして抱えあがると、骸は無邪気に首を傾げた。
「あれ? 君も殺したがってたんじゃないんですか? 血が欲しいんでしょう?」
「…………」
無言で眼帯に触れると、少年は穴に向けて歩き出した。ヘビを伴った骸もつづく。オッドアイは、抱き上げた少年をまじまじと見下ろした。
「うん……。気に入りましたよ」
「二度もいわなくていいです」
「興奮すると何か殺したくて堪らなくなるんですが……狩りにでてきますよ、僕は」
口々に魔物がうめく。綱吉の意識はすでにないも同然だった。両手足をだらりと投げ出しながら、かすかに呼吸を繰り返し――、さいごに疑問を胸中に浮かべた。
(まさ、か――こいつら――創世記の竜としての記憶――ないんじゃ――?)
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