とこしえの竜雷
世界というのは、竜につくられて、けれども竜は七日目に神を作ることでその職務を放棄した。彼らは全部で五匹。
(炎、水、風、大地。雷)
骸は傍目からはよくわからない髪形をしている。後ろで結んでいるのか、後頭部に奇妙なハネがある。そして稲妻を模したような分け目。彼らの右目に六の文字が刻まれていることにも綱吉は気がついた。竜は、全部で五匹。誰かが、六匹目で誰かが七匹目なのか。綱吉にはよくわからない。恐らく、永遠に。
「なぜでしょう。思い出しそうな気がする」
彼は、ぽつりと呟いた。
「なに、を……?」
横たわり、呼吸を繰り返すだけだったが、綱吉は上半身を起こした。痛みが視界を狭めて、彼の顔を見えなくさせた。彼は俯いていた。
「僕らには記憶がない……。気がつけばここにいて、僕らは結界の守主でした。理由は、ない……でも僕ら三体のうち誰かがここにいれば、結界は保たれる」
言いながら、ぐるりと指を回す。この付近が――綱吉の檻がその中心にあるが、この付近が骸の縄張りらしかった。
「話し過ぎじゃないですか?」
神経質にうめく声がひとつ。ヘビが、唸り声をあげて互いに互いを食い合っていた。それを止めるわけでもなく、オッドアイは静かに見つめていた。
「……骸さんたち……は、三人とも、なんなんですか?」
長いあいだ秘めた質問だった。綱吉が掠れた声で繰り出したことばに、三人は互いの目を見つめたが――、やがて、思い思いに綱吉へと掴みかかった。
「知ってどうするんですか」
「聞いても無駄ですよ」
「僕たちの誰もそれは知らない」
額、首、下肢の中心を握りこまれて声がでなくなる。低く苦痛を嘆くと、彼らは追及をやめた――一匹が言う。
「断片的なことだけわかりますよ。例えば、僕たちは、三匹の誰が欠けても生きていけないとか」
ついに、ヘビがもう片方を呑んだ。満足げに尾を振ると、主人の腕へと巻きつく。主人は薄笑いともに受け入れた。
慈愛のこもった眼差しにも、侮蔑の滲んだ眼差しにも馴れた。眼帯をつけた彼は、時折り煩わしげに眼帯をガリガリと掻いているのも見かけた。そうしたときは、彼は、酷く機嫌が悪くなる。
ひときわ優しい手つきで頬をなぞられた。両目が、ゆっくり、ふさがれる。
「きみも満たされたことがないんでしょう?」
「ああ、そんな気がしますね。どうしてか……。綱吉からは同じ臭いがする。僕らと。触れれば暖かいですし」
(それは、オレの力が……炎がリボーンの系列にあるものだから)本人が直に手を加えたため、恐らくリボーンの次に濃い血統を持っているはずだ。
この頃は炎の制御がまったく効かない。唐突に体が燃えることもある。が、三匹は面白がるだけでダメージは受けないらしかった。綱吉だけが、激しく摩耗する。
「きょ、は……もう終わり?」
首輪につけられた鎖が、音をたてた。
彼らは誰ともなく笑いだした。伸びた細い腕が、顎を掴んで上向けた。空に、黒々とした太陽が浮かぶのが見える。もはやあの場所まで綱吉は跳べない。
「かわいそうに……。かわいそうな綱吉くん。かわいそうな僕たち……」穏やかに嘆きながら、目尻をニコリとさせる。ウワバミが大地を這いずる。背中に添えられたツメが肌を引き裂いた。胸に両手をつけて、全身に走った無数の傷に舌を這わせるものがいる。
「…………」
綱吉は目を閉じた。ひく、と、痛みで唇が震え、か細い悲鳴が漏れる。目尻からは涙があふれて顎まで伝った。
「や、休ませてください……」
「見捨てるんですか? 僕らを」
ヘビが体に巻き付いて全身を縛めた。
綱吉は、緩やかに首を振る。涙が乾いた大地に落ちていった。
「そんなじゃない。オレは、骸さんのものだ……」
「わかってるんじゃないですか」
「ツナヨシ、ないて。叫んでください。きみがないてくれれば僕は少しあたたかくなれる」
「綱吉くん」鎖を引かれれば、そちらに倒れるしかない。横倒しにされながら、眼球だけを動かした。三匹が、いる。もう諦めた。ずいぶんと前の話だが、同時に理解もした。自分が彼らをここに繋いでおけば、彼らは、外にはでない……。やり方は随分違うが、かつて愛したものが守れることには変わりがない。
「しゃぶってください」
差し出された指先に、舌をそろりと触れさせる。
彼は満足げに両目を細めた。
「あなたはずいぶん従順になった……。ヒトのおとぎ話では、竜は宝物を隠す習性があると聞く。僕らは、たまに自分たちが竜であるかのような錯覚に溺れる……彼らのように空を飛べて、雷とか……根源的なものを操る力を持つから」
綱吉が暗い眼差しを返した。
「何をいうの。おまえら、そんな大層なモノじゃない。……たからなんて」
「よく似たものならありますよ。生きてますけど」
つう、と、なぞる手つきで鳥肌がたった。四肢を引き攣らせると、気を好くしたのか相手は同じ手つきで繰り返した。
「うっ、あ……、ったぁ……!!」
背中が反りあがる。目尻をなぞる唇に、ゾクゾクと脳髄がしびれた。声がする。畳み掛けるように声がする。何度聞いたかわからないくらい、彼らはそれを繰り返すようになった。
「ここにいましょうね……ずっと、永遠に」
いつか、綱吉も自分が誰であったかを忘れるかもしれない。
薄っすらと予感があった。けれど、抗うこともできず、群がる闇にすべてを預けていた。彼らは、永遠に思い出さない。綱吉がそう仕向けるから。彼ら自身すら真実を忌避するような面もあった。
誰も、何もわからなくなるなら、いつか自分も彼らの仲間だと信じ込むかもしれない――。この、沸いた大地に馴染めるかもしれない。
綱吉には、不思議とそれが希望のように思えた。
おわり
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>>実はエチャから着想をえてます
>>その節はありがとうございました…!