架橋の下側で待ち合わせ
架橋の下で奴隷が売られる。この都市でそれを知るものはマトモな精神ではないしマトモな稼業をしていない。そこで売られる者は従順であることを躾られる。少女も少年も見目麗しいものが好まれる。彼女らが、じつは、孤児院から売り飛ばされた者たちであると知っているのは奴隷商人と奴隷当人たちだけだ
また売られる。今度は自分かもしれない。その恐怖に僕は無縁だった。ぼくは力があったから、
常に自分に幻覚をつかってすごした。万人の目に醜く映るように。どうして、こんなにいいのに売れないんだろう? 商人たちが不思議がるのが愉快で、僕の唯一の楽しみだった。……だった。
その2
それから、すぐに売られた。
六道骸は待合室に戻ってから沢田綱吉に買い手がついたことを知った。どこにもいなかった。自分に醜男の幻想を重ねて、買いに来た人間全てをごまかして、そのくせ奴隷商人たちには色目を使っておく。そんなことをしているので、忙しく、周囲の状況に気を使ってる余裕はなかった。
「骸さま、よかったんですか? 気に入っていたようでしたのに」
「……ま、どうでもいいですね。商品なんですし、ふつうは、売れるのが当たり前でしょう?」
言ってみてからその通りだと思う。興味があるとしたら、沢田綱吉を買っていった人物の方だ。そんなに見目麗しくもなく鈍臭い彼が、しかもこの頃は骸の攻撃を受けてやつれる一方だったのに、なぜ買い上げられたんだろう?
美しい男やかわいい女はたくさんいるのに。値引きもされない間に売れるとは、意外だった。
こうした過去の記憶は六道骸の中でもいささか異彩を放つものになる。何年経っても待合室の景色は変わらない。奴隷商人は集団だったが、その過半数を自分の虜にして、そろそろここを出ようかと思い始めたところだった。出たとしても、最後に訪れるのは惨めな死だろうとはわかっていたが。骸は外もここも大して変わらないと長らく信じつづけていた。側近にしていた少年が売れるのを眺めて過ごした。そうして六道骸は十八になった。
夜になって赤い首輪をつける。腰までの長さの鎖がついていて、買い手がつくと、その鎖で引いていかれる。
「六道。まてよ。買った、これ」
「ほう。首輪の色は?」
奴隷の一人というよりも、奴隷の中に混じった商人の仲間のようになってきた。色っぽく見えるよう、好色な興味を掻き立てるよう、鬱蒼と微笑んで首を傾げてみせる。商人はニキビだらけの顔を真赤にして、背中につれていた少年を骸に突き出した。
「キイロが肌に映えそうだな。新商品だ。値段は――」
「…………」
骸が目を丸くする。架橋の下まで行くので、馬車に乗る場面だ。
「あ」沢田綱吉の方が先に声をだした。扇情的な笑みが崩れたのを見て奴隷商人が骸に声を傾げる。……にこぉ、と、再び壮麗に微笑んで、骸は猫なで声をかけた。
「……わかりました。じゃあ、初めてですから、わからないことがあるでしょう? 面倒みてあげましょうね」
「おお。悪ィな。ああ、あと、六道。おまえ、そろそろ値下げするぞ」
「クフッ。僕につける値段、あんまり安いと容赦しませんよ?」
スイと男の顎を撫でてやる。触るだけで怖気がたつが、それを耐えるくらいの要領は持っていた。男は無言で骸の誘惑を受ける。彼らは、商品に手をだすこともあるが、幻術を扱う骸にはそれを騙しきることも容易かった。
オッドアイが妖しく光る。男の頭の中では自分が淫らに誘いをかけている筈だった。
(くだらないな。ここをでる日があるなら、みんな、ころしていこう)
「い、いや、……やっぱ値上げだ。おまえさんは立派な値段で立派なマダムに買われなくちゃな!」
「どーも」
くすりとする。どうせ、客には醜男にしか見えない。
(しかし醜くても安すぎると買い手がつく)微妙なバランスがあるが、これを保つのもまた得意だ。骸は箱から黄色い首輪を取り出した。それを、少年の首につける。――ぶるっとか細く痙攣して、沢田綱吉が後退りした。
「お久しぶりですね。ご主人様に見放されたんですか?」
商人が馬車の前へと向かうのを見て、囁きかける。出戻るケースは珍しい。骸は記憶を辿ってみる。沢田綱吉にはずいぶんてこずらされた。ムカつくガキだった。
「……おまえ、いつまでここにいるんだ……?」
綱吉が口をぱくぱくとさせる。試しに、鎖を引いてみた。
「うっ」眉根を寄せて綱吉が前のめる。骸は鎖を指で撫でた。沢田綱吉の正確な年齢は知らないが、それでも、年月は彼に大きく変化を与えたことはわかる。
「夜伽?」真っ先に思いついた単語を呟いてみる。
ギクリとして、しかし綱吉は首を振った。
骸の手から鎖を奪い返して、馬車へと乗り込む。買い取られた先で何があったのかを少しだけ理解して骸は目を細めた。結局、沢田綱吉というのは、自分がおもちゃにしなくても誰かにおもちゃにされているらしい――、と、納得する。
朝日が昇る前に待合室へと戻る。沢田綱吉は怯えた様子で隅に腰を落ち着けた。以前とは違う場所だ。それを寂しく思う自分がいることに気がついて、骸は頬杖をついた。朝日が室内を満たしていく。今日は売られなかった、安堵する少年少女を照らしだす。
沢田綱吉はそれには無縁のようだった。何かに怯えている。膝を抱えたまま眠りに就こうとする。
(……楽しかった?)
彼を眺めていると不思議な心地になった。
商人どもを欺いてからかっておちょくってやるのが骸の楽しみだ。唯一の楽しみだ。自分を完全な物として扱うやつらに一矢報いてやれる気がして愉快でしょうがないのだ。しかし、
(思い返せば、)愉快だった。彼と一緒にいた僅かな期間にはまだ側近もいた。記憶を手繰ってよせて、骸はその中心に綱吉がいたことを確信した。だから、何がどうなるわけでもなかったが。
架橋の下側で待ち合わせ 3につづく
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