6927 parareru1
「っっ……!!」
咄嗟に両腕をついたのが幸いした。
転ばずに済んだ。ということは、炎の中に顔を突っ込まないで済んだということ。
信じられない思いで、ツナは背後を振り返っていた。槍を手にした少年が、あからさまに舌打ちして悔しがっていた。
「惜しい。あと少しで事故死で済ませられたのに」
「お、おまっ。死……っ、事故死?! 殺す気か――っっ?!」
奥深い森で悲鳴が轟いた。炎上する場所が背中にあり、目の前には六道骸となのる上級生が立っていて進むことも戻ることもできない。ツナはぶんぶんと首を振った。
「失格になりますよ?! おまえだってタダじゃ済まないからな!」
「だから、事故死。君みたいな足手まといタイプに当たるなんて僕もついてないな。死にたくないなら、何もせず、速やかに僕のあとをついてきなさい。君はさっきから邪魔だ。チームメイトを妨害するってどんなつもりですか?」
「そ、それ言ったらチームメイトが足手まといだからって殺害しようとする骸さんは……」
ごにょごにょとうめく。骸はどうでもよさそうにポキポキと肩を鳴らした。
「時限制限があるんですよ。きりきり動く。動けないなら、ここで死んでいけ」
「あ、あうっ」仰け反るツナだが、骸は容赦なかった。
先を行くよう、不機嫌にも顎をしゃくって示してみせる。
おどおどしながらツナは森の先を進んだ。後ろから、骸がくる。
彼のが強いのだから、この並びは順当ではない。文句をいう度胸はなく、ツナは、盾代わりにされていることを自覚しながら歩みを進めていた。
「あ、あの。崖が。深そうなやつ」
「まっすぐ進む。そういわれているでしょう」
ツナの隣に立って、崖下を覗き込むと骸は首を傾げた。
「? さきほどの鳥はどこにいきました。爆撃に巻き込まれたようには見えませんでしたが」
「さ、さあ……」馬車で進むはずの道だ。ちら、と、鳥が牽引していた馬車を思い起こす。本来なら鳥を使って通りべき道筋だ……、卒業課題は、とにかく、くじ引きで当たった人物と共に化け物を倒して無事に生還することだ。退治すべき化け物に辿り付く前に、死んでしまうなんて予定外もいいところだ。
イライラしたように、骸が足元の石を蹴った。
かぁん。硬い音。遅れて、水音。イライラしたまま、骸がうめいた。
「足場がありますね。でも金属製だ、水場は金属に汚染されてる可能性が高い。入らない方がいい」
「……どうするんですか?」
「降りるしかない」
面倒くさそうにため息をつき、剣呑に眉を寄せる。
骸は深緑色のジャケットを脱いだ。腰に結びつけると、その袖口で槍を結びつける。それが彼が使う武器らしく、骸は常に肌身から離さずにいた。ツナも、慌てて靴紐をキツく締め上げた。
「さっきの爆撃、本当に心当たりがないんですね」
「えっ。あ、ああ。うん。ない。誰なんだろう」
冷や汗がシャツを濡らす。
実際、ツナには大きな心当たりがあった。
厳しいが一流のモンスターハンターを育てるのには定評がある並盛校だ、そこを卒業すれば、ツナがボンゴレ十代目に就任することに文句を言えるものはいなくなる。三年前、入学を推し進めたリボーン叔父さん(といってもリボーン当人はまだ十歳だが)の計画は、言葉にすればたったそれだけのことだった。
(……最後なんだ。この人と協力して、この地域のボスさえ倒せれば)
試験には実際の指名手配犯を使う。そうして、彼らを倒し、生きて戻ってこれた真に実力あるものを卒業生として認めるのだ。
「頑張ろう」呟きつつ、ツナは最後の足場に靴をつけた。
骸はとっくに崖を降りていた。見事な身のこなしで、ひょいひょいっと跳ぶように垂直に近い壁面を下っていった。真っ黒に汚染した川を、なんとか岩を跳びつないで渡り終えたとき、骸が呟いた。
「沢田綱吉。飛び級してきた割には、実力がないんですね」
ズバッとした物言いだ。いささか、傷つきながらツナは半眼をした。
「骸さんこそ。留年してる人の実力には見えないですよ」
「…………突き落としてあげましょうか?」
「え? どこに」
きょとんとすると、骸が笑った。
「えい」「ぎゃあああ?! そこか!」
背中の向こうに流れるのは、金属汚染のなされた川だ。
からかうように、何度か――それでも思い切りツナの肩を小突くと、骸はバカにしたように口角を吊り上げた。
「なんなら手合わせしますか? 灰にしてあげますよ」
「じ、事故じゃないじゃないか、それは……」
「人の事情には口をつっこまないことです」
ね、ボンゴレ。低い声。
ツナがハッとして顔をあげると、骸は勝ち誇っていた。
「一目見てわかりましたよ。写真を見たことがありますから」
「写真……? お前、何者?」
「今年こそは卒業したいなぁと思ってる学生ですよ。さ、死にたくなかったら来なさい。ほら、先頭」
「…………」愕然としつつも、ツナは気味が悪いものを見るように骸を見つめた。彼は、にっこりとする。森の奥を指差しながら、ツナの肩を急かすように押した。
「くふふ。僕は、君のような人間に会いたくてここの残っているとも言える。さ、本当に殺したくなる前に言うことを聞きなさい。きりきり進むんだ」
「……」どうして、そう思ったのかツナには正確なことがわからんかった。
だけれど。ぽつ、と、うめいていた。
「骸さん、マンイーターじゃないよね?」
「どうして?」
「いや、あれ、擬態するし」
「……そうだとして、僕に勝てる自信は?」
ツナが首を振る。満足げにほくそ笑み、骸は、槍の先を森へと向けた。
「人食い男ではないのは確かですよ。それ以上の保証はしませんが。さあ、行きなさい」
後には「吸血鬼なんじゃないよね?」と、聞けばよかったとツナは後悔するのだが。そんなことを知れる道理もないので、ツナはしぶしぶと骸に従った。八重歯を光らせながら、低く、唄うような声。
「強い人間の血はうまいと相場が決まってる。でも、君みたいな弱い……可能性だけを秘めた弱い人間は、少し飼育しないと美味しくならないから面倒なんですよね」
「……骸さん?」
「こちらの事情。さあ、僕が殺す気になる前に」
槍でつつかれ、急いでツナが森に飛び込んだ。骸が笑う。
「君が美味しくなる可能性を秘めてるってことを証明してみなさい!」
(? 変な人だから留年したのかな)
ツヅキ有リ
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