6927 parareru2
ボンゴレは炎を操る。茶色い瞳にオレンジの輝きを灯しながら、ツナは両腕で虚空を凪いでみせた。ぼんっ、破裂音と共に独りでに酸素が発火した。
「罪状、近隣住民への暴行及び殺害! 付近の川への金属汚染は万死に値する愚こっ、愚行だと――、決定がくだされたっ。死刑を受けろ!」
決まった文句を叫びつつ、胸の前に持ってきた両手をギュッと拳に固める。
膨れあがった炎の塊が、竜巻のようなとぐろを作りながら壁面の貼り付いた人間へと襲い掛かった! 彼女は顔面を半分に折るほどに大きく口を裂けて嘲った。
「川の一つや二つで文句をいうな。あんたらのもんじゃないだろ」
「君のものでもありませんがね」
涼しげに呟く声。六道骸は、ツナの放った炎が魔女に防がれるのを眺めつつ、堂々と何もせずに突っ立っていた。手には槍。持つだけだ。堪らず、ツナが悲鳴をあげた。
「オレの魔力だけじゃどーにもならないんですけど?!」
「出来が悪いですね……。シールドくらい打破しなさい」
他人事のように、顎に指を当てての冷静な分析。火力が足りない、と、囁かれてツナは奥歯を食んだ。昔から言われるツナの弱点だ、原因は、その気弱な性格にあるらしいが。
魔女の建てた塔は八階建てだ。
警備のモンスターを倒し、罠を解除して進むうちに大分時間を食ってしまった。最上階は一面が吹き抜けになっていて、そこから、森にかかる太陽を見つめることができた。太陽が沈むまでに指名手配犯を殺さねば、失格となって留年になる。六道骸が三年連続留年になっている理由をわかった気がして、ツナは眉間を寄せた。
「――オレは卒業したいんです! お願いだから協力してください!」
「飛び級でしょう。時間の余裕はあるのでは?」
まるで、もう留年する気でもいるような穏やかな口ぶり。
先ほどまで時間を気にして失格を忌避していたはずだ。豹変に戸惑いつつも、ツナはぎくりとして石の床を蹴り上げた。同時に骸も飛び退いている。魔女の放った光る球が足元にめりこんだ。瞬間、爆発。
「きひ、舐めるんじゃないよ。こちとら並盛のヤツらは十人殺してるんだ」
「……へえ。つわもののようですよ」
完全に他人事で、骸は魔女を指差した。着地しながらニコリとしてツナを振り帰る。指を半分曲げたままでの指差しは、本気でやる気がないようにツナには見えた。
「オレに言わないでくださいよ?!」
半泣きになりつつ叫ぶ。日没まで十分もない。
炎をがむしゃらに振りあげ、投げつけるが魔女には当たらない。クモのような動きだ、四本の手足は既に人間らしい機能をしておらず、昆虫類のようにささくれ立って壁面や天井に吸い付いた。飛び交う炎に汗を感じたのか、骸は、つまらなさそうに目を細めながら額を拭った。
「醜いな。三百年を生きた魔女といっても、所詮、本性をあらわせばただの化け物か」
「何をいう……。小僧」
ニヤリとして、ツナを指差す。
「ちなみに彼はボンゴレですよ。あの、悪名高い」
「な?!」モンスタハンターとして名高いボンゴレ。裏を返せば、モンスターにとっては悪名高い連中であって憎き仇だ。焦りが表われて、ツナの両腕に浮かび上がっていた炎が緑色に変色した。
「なに――、お前、どっちの味方だよ!?」
「僕は僕の味方ですね。ほら、日が沈む。きりきり動かないと失格するだろう」
「…………?!」
理解不能だ。
目を白黒させるツナの、両腕の炎は真っ白になった。
「きひっ。ボンゴレ! アタシの名を高めるにはいいエサだね!」
天井をカサカサと這いまわっていた魔女が奇声をあげる。赤色の両目を見開いて、ツナに向けて人間離れした四本腕を広げた!
「感謝するぞヴァンパネ」
「ああ、埃が」
「らっ」
どおん!
それまでのどの爆発よりも大きい衝撃が広がった。
塔そのものが縦揺れする。思いがけず、顔面に迫った魔女に腰を抜かしたツナだったが、今度は頭を抱えるのに必死になっていた。顔をあげて愕然とする。魔女がいたはずの天井が、丸ごと落ちて彼女を下敷きにしていた。
「なっ……んですか、これ?!」
「埃が目に入りそうでした」
「は?!」
眉根一つ動かさず、まるで、目をこすっただけですよと言わんばかりの態度で骸が呟く。その人差し指が、衝撃波の余韻を浮かべてキィイインと耳鳴りのように空間を鳴らしていた。
みるみる内に、ツナが両目を見開く。
夕暮れが頭上に広がる。瓦礫の下で、魔女の足がピクピク蠢いている。
骸は、自分に向き直ったツナを蔑むような目で見つめ返した。皮肉げに口角がつりあがる。
「……なんですか?」
「お前」
固唾を呑んだ。ツナは怒って言い放った。
「強いんじゃないか! 最初からそうしてよ!」
奇妙な反応が返ってきた。きゅうっと眼を細めて、ニンマリ笑ってみせる。思わず、怖じ気づくような気迫が合って、ツナは再び喉をごくんといわせた。慎重に、喉を震わせる。
「お前、ヴァンパネラの血か何か入ってるのか?」
「いいえ? 僕は純潔の人間ですよ」
くすりとして骸は首を傾げる。
前髪を掻き揚げながら、楽しそうに肩を震わせた。
「君があまりに決定打をだせないから手伝ったんです。さあ、トドメを刺しましょうよ? お互い、卒業するべきじゃありませんか? 僕は、いい加減、並盛に在籍するのに飽きてるんです」
「なにを……、お前が最初から攻撃してれば、一瞬で勝負は終わったのに」
「……疲労が激しいんですよ」
余裕綽々に言い放つので、説得力はなかったが、そんなものかとツナは納得した。せざるを得なかったともいえる。骸から立ち昇るオーラがどす黒く、これ以上の追求を許さなかったからだ。吟味するような眼差しが、右手に力を貯め始めたツナを見守った。
「それ、一気にどれくらいの着火ができるんですか?」
「? ……オレを中心にして半径一メートルくらい」
「君が成育すると共に範囲が広がってる?」
「そんなことないけど。むしろ狭くなってるよ」
ピ、と人差し指をたてる。衝撃音と共に、炎が噴き上がった。
「――その分、威力はあがってるから成長してるといえばしてるんじゃないかな……」
戸惑いを浮かべつつも、ツナは魔女に向けて指を振り下ろす――振り下ろそうとする。だが、次の瞬間、ツナは吹き飛ばされていた。強烈な横殴りの一撃だ。背中を石床に叩きつけたが、骸は、平然として立っていた。髪だけをばさばさと揺らしている。チ、と、彼は舌打ちした。
突き抜けた天井の向こう、暮れた空に浮かぶのは巨大な鳥だった。片翼だけでも二メートルはある。鳥は、魔女の埋もれた瓦礫の上に着地した。
ふぎっ! 断末魔のような悲鳴、ぶちっと弾ける音。
ツナが唖然とした。瓦礫の下から血が滲み出してくる。この場合、誰が殺したことになるのだろうか。
「……へっ。卒業試験失格?」
疑問に誰も応えない。
骸は、槍を胸の前にしながら巨鳥を睨みつけた。
「気がつくべきでしたかね。いつからやってたんですか?」
くるくる。嘴の奥を鳴らして、鳥は威嚇するように羽根を広げた。その姿は異様に巨大だ、だが、形状は見覚えがある。道中の馬車を牽引して、爆発と共に飛び去った鳥だ。
「な、なにごと……?」
鳥はみるみる縮んだ。
ひとつの黒い影になる。影の中から、人間の足が伸びて、黒髪黒目の少年が姿を現した。鳥が羽根を収めたように、わだかまっていた闇が少年の背中に吸い付いて無色に変わった。
「一週間前から。誰にも気付かれたくなかったからね」
眉間を皺寄せて、しかし、骸はシニカルに笑ってみせる。
「お似合いじゃないですか。いっそ牛舎にこもってみては?」
「ははは。死ねばいいよ、君は」
少年は黒目を細くする。
ぶわり、噴き上がった殺気に怯えつつもツナは立ち上がった。
「な、なんなんですかこの状況は?! 卒業試験は?!」
少年は鼻を鳴らす。極めて自然に、懐からトンファーを取り出した。黒目を足元におろして、ボソリとした声で告げてくる。だが、喋り方の割りにはよく通る澄んだ声色をしていた。
「ボンゴレ。吸血鬼。君達にはここで死んでもらう。君達の卒業も留年も飛び級も、もはや並盛では認められることじゃなくなった」
「…………」「…………」
数秒、沈黙。ツナと骸は顔を見合わせた。
「……やっぱ吸血鬼じゃないですか?」
「くふふ。彼は勘違いをしてるようですね」
にこ。朗らかとも言える笑み。ツナは相貌を引き攣らせた。
(こ、この人……!!)ただものではない、それだけはヒシヒシと感じる。トンファーを構えた少年は、面倒臭そうに呟いた。
「まったくね。僕の学校を穢すのもいい加減にしてほしいよ」
僕の。ツナは目を丸くする。再び、面倒臭そうに彼は言い放った。
「はじめまして。ヒバリと呼んでくれていい。……君たちの教師にあたる」
「教師? ……って、今まで担任は行方不明って話じゃ……」
ヒバリは至極当然な顔で頷いた。
「そりゃ、授業行かなかったからね。面倒臭くて」
「せ、先生がそれでいいんですか?!」
「面倒なものは面倒なの。それに、僕にはこっちのが重要だ」
モンスターは闊歩し人間は秘術を用いて簡単に寿命を越えてしまう。今の世では、外見からその人の年齢を推し測ることは不可能だ。見たところツナと骸と同年代の担任教師は、どこか誇らしげに左腕に嵌められた腕章を見せ付けた。一言、『風紀委員』。
再び互いを見合わせて、ツナと骸は沈黙した。
「ボンゴレ。みだりな飛び級、及びボンゴレというブランドの乱用によって風紀を乱した罪。吸血鬼。身分を隠して学内に潜入し、生徒を貪り喰った罪。二人ともに特別指名犯だ。僕が請け負うことになった」
「……ま。待ってください。そりゃ確かにリボーンが卒業早めるために色々裏金駆使したりしたけどそれだからって指名手配犯になるなんて――」
「僕は吸血鬼じゃありませんよ」
「…………」
この後に及んでも骸はしれっとしている。
思わず、自分の弁明を止めてツナは信じられないように骸を振り返った。言葉が勝手にこぼれた。
「お前、吸血鬼なんだろ?!」
「いやだな。何かの間違いで彼はああいってるんですよ」
にこ。骸は意味ありげにオッドアイをツナにおろしてきた。
「まあ、その話は後にしませんか。ここは共同戦線を張るべきだ。君を嗜むのはその後」
「……今、おかしくなかったですか。語尾!」
「可能性だけ、って、一番嫌なパターンなんですけどねえ……」
人の話など聞かずに、骸がうめく。ツナはくらくらとした目眩に襲われて言葉がだせない。ヒバリが、トンファーをびゅんびゅん言わせながら大股で歩み寄ってくる。
「お、オレの人生って!!」
嘆くように頭を抱えるツナだが、他者に同情ができるくらいに平穏な生活を送っている者などこの場にはいなかった。
おわり
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