10月13日

 

 

「リボーン誕生日おめでとう!」
  パアンと特大のクラッカーが弾けた。 
  一つを皮切りに次々と円錐につめられた火薬が破裂する。
  円を囲む少年たちを前に、リボーンは堂々たる面持ちで背筋を伸ばしていた。
「これで何歳になったの?」
「ひみつだ」
  ツナの無邪気な質問は一蹴された。
  ビスケットを齧りつつクラッカーから飛び出た紙幣を回収していた山本が、思い出したようにリボーンを振り向いた。
「両親に何かいわなくていーのか?」
「親のこともひみつだ」
「おまえ、ぜんっぶ秘密じゃねーか」
「ミステリアスはおとこの魅力だぜ?」
「赤ん坊がいうことかよ」
  うめくツナをよそに、ビアンキがいそいそとリボーンへとにじり寄った。
「おめでとう、リボーン。今回はケーキを焼いてみたわ」
『うっ!!』
  バタンッ、と派手な音を立てて獄寺が部屋を飛び出した。
  しかし少年は黒い学生服とぶつかる。そこにいたのはヒバリだった。
「邪魔」獄寺の頭をおしのけ、風紀委員長は室内へ足を踏み入れる。まっすぐに赤子のもとへ赴き、懐から黒い小包をとりだした。
「今日が誕生日だって聞いてね。ハイ、特別製だよ」
「ほお」
  リボーンがビアンキの差し出したケーキを避けて、ヒバリへと向き直る。
  わざとらしく興味津々な様子だ。逃げようとしてる、と内心で突っ込むツナだが黙っておいた。ビアンキを怒らせるのは得策ではない。
  開けた包み紙から現れたのは、通常の半分ほど短い万年筆だった。
「わざわざリボーンサイズに……」
  戦慄して呟くツナに対し、ヒバリは満足げだ。
「そこを捻って押してみて。連続して二回」
「ほお」
  くいっ。ポチポチ。――バキュン!
  しなやかな轟音と共に、ツナの真横を何かがすり抜けた。
「すげー! ビックリ万年筆か?!」
「弾も特注だから。補充は僕に言ってね」
「便利そうだな。サンキュー」
「おいおいおいおいっ!!」
  振り返れば、壁に極小の何かがめり込んでいる。
  冷や汗を滲ませるツナをおいて山本が呑気に呟いた。
「かわいーなー。オモチャで喜んじゃって」
「おもちゃか?! ほんっとーにオモチャか?!」
  そもそもヒバリさんがオモチャを持ってくるわけが……、と、呟きかけてハッとする。視界が陰っていた。当のヒバリが見下ろしている。
「君……」
「は、はいっ?!」
「誕生日は明日だってね」
「そ、そうですが!」
  ヒバリはニヤリと笑った。
「楽しみにしててよ」
「えっ?」
  ポン、とヒバリがツナの頭に手を置いた。
  そのまま窓に向けて歩き、飛び降りたヒバリと入れ替わるように黒服の男たちが雪崩れ込んだ。中から見事な金髪を嗅ぎつけて、ヒバリを追いかけていた瞳がハッとした。「ディーノさん!」
「リボーン、はっぴーばーすで!」
  部下の誰もが手に何らかの贈り物を抱えている。
  何十もの人間が怒涛の勢いで入り込み室内は軽いパニック状態に陥った。ツナはベッドの上に逃げた。隣には山本。入り口付近で、踏みつけられている獄寺が見えた。
「派手だな。ディーノ」
「これぐれーやんねーと。センセに面目たたねえだろ?」
「ふ。礼儀はわきまえててけっこうなことだぜ。ありがたく貰っとく」
「こ、こんなの置く場所ないよ!」
  部下たちはプレゼントを部屋中に積み上げる。
  叫び声で気がついたというように、ディーノが振り向いた。
「ツナ! よぉー久しぶりじゃねーか! 元気にしてたか?」
「お、俺は元気ですけど……」
「明日はツナの分を一緒に買いにいこーぜ」
「ええっ?!」
「気にいらねえか?」
「そ、そんな。とんでもないですっ」
「気に入らないわ」
  ヒヤリとした声が割って入り、一同は背筋を固めた。
  ビアンキである。彼女は膝をおり、踏み潰されたケーキボックスを見下ろしていた。長髪がだらりと垂れて幽霊のような迫力を生み出している。いつぞやに習得したビアンキ最恐のワザが発動していた。センシドクバンコク。触れるもの全てをポイズンクッキング化する恐ろしい究極ワザである。
「――ものっっっすごく、気に入らないわ!!」
  リボーンは、いつの間にか消えていた。
「総員退避! プレゼントもって逃げろ!!」
  ディーノがツナの腕を掴む。山本が窓をあけてコッチだと叫んでいた。
  そこから先はよくツナの記憶には残っていないのだが。
  十分後には、倒壊した家を前に途方にくれる一同があった。
『…………』
  買い物帰りの奈々が、袋を落として呆然としている。
  ビアンキはリボーンを探しにどこかに行ってしまった。
  山本とディーノに挟まれ、足元には失神した獄寺。
  無言で放心するツナの両手を、ディーノが握り締めた。
「ツナ!!」
「……ディ、ディーノさん」
「誕生日ぷれぜんとで家を建て直してやるから!!」
「あ……。あ、ありがとうございます」
  キラリと。目尻に光るものがあった。

 

10月13日深夜

 

  沢田一家はホテル泊まりとなった。
  ディーノの驕りだ。近所の安いホテルではあるが、ディーノの部下を含めたらほとんど貸切である。奈々は一人きりで大風呂を使えると無邪気に喜んだ。
「はー……」
  ベッドの上でツナはため息をつく。
  隣室にはディーノがおり、つい先ほどまで共にカードゲームに興じていた。
  なんだかんだで、合宿みたいで楽しいと思い始めていた矢先だ。夜もふけてディーノが自室に帰ると、ツナは現実に目眩を感じてしまうのである。
「ため息つくのはオレだと思わねえか?」
「はい、はい! そうです!」
  ツナは首を上下に振りたてる。
  その眉間にはピストルだ。後退りするツナに眉を潜めた後、リボーンはピストルを取り下げた。
  ホテルの手配をしたのはディーノの部下である。部屋が足りない、リボーンとツナは毎日同じ部屋で寝ている、生徒と先生で気兼ねしない仲だろう、という憶測でもってキングサイズベッドがただ一つだけの部屋に割り当てられたのだった。
  ヒットマンたるリボーンが人とのふれあいを極力いやがるのをツナは知っている。毛布のほとんどをリボーンに明渡し、ツナはベッドの隅で丸くなっている次第であった。
「っくしゅ……。あー、もお」
  鼻をすり、枕を抱いて眠りにつこうと努力する。
  背中越しにリボーンの気配を感じた。ちらりと向けば目が合い、ツナはひたすらに謝るのだが。ふと、リボーンの小さな手がツナの後ろ髪を握り締めた。
「ダメツナ。風邪をひきてーのかよ」
「へ……?」
「オレはテメーの教師だ」
  リボーンは毛布をツナへと放る。
  温かな羽毛が心地よい暖を予感させた。
  しかしツナは瞬きする。罠までしかけて自分を遠ざけようとする家庭教師が、突然に受け入れる理由がわからないのだ。眉を顰めるツナにリボーンは不機嫌な睨みを寄越して見せた。
「オレの心遣いに不満があるのか?」
「ま、まさか!」
  慌ててツナは身を寄せる。
  リボーンは逃げない。最後には恐る恐ると動いたツナだが、体がピタッと密着してもリボーンは逃げなかった。
「…………いいの?」
「今日はハッピーバースデーだからな」
「リボーンのバースデーだろ」
「ばーか。日付こえてんだから、テメーのバースデーでもあるんだよ」
「あっ」
  驚くツナに、リボーンが嘲笑をぶつけた。
「ダメツナ」
  反論ができない。
  ツナが黙ればリボーンは目を閉じた。
  パジャマにピストルが隠されているのは知っている。
  けれどツナは、やたらと安堵して赤子を抱き寄せた。やはり抵抗はなかった。
「なんだかなぁ。最初にハッピーバースデーいってくれたの、お前なのか。リボーン」
「ふん。光栄に思っとくんだな」
  二人は、ゆるやかに眠りへと落ちていった。

 

 

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