10月14日

 

 


「まー。気ィ落とすなよ」
  肩を叩いたのは山本だ。ツナは笑顔で親友を振り向き、マグロの握りをほうばった。
「こっちこそありがと! これ、すごくウマいっ」
「毎度おなじので悪いけどなー」
「そんなことないない。山本ん家の寿司すっげーもん」
「おお? ンなに喜んでもらえっと俺も嬉しいな」
  ニカリと少年が口角をあげる。ツナは涙ぐみつつも甘エビへと手を伸ばした。
  すでに昼である。ディーノは朝からでかけていき、外に食べにいこうとしたところで、山本少年と鉢合わせたのだった。
「災難だったよなぁ」
  ホテルの室内で、二人は寿司を囲んでいた。
「まったくね。壊されるとは思わなかっ……」
  ガシリとツナの手を掴むものがある。
「それ。おれっちの」
「ランボ」
  今までいなかった。
  首をめぐらせば、リボーンの隣にはビアンキがいた。
「おまえら、いつの間にっ?!」
「甘エビはおれっちが目をつけてたんだ!」
「構うな。喰っちまえ」
  目が合えば、リボーンがにやりとした。
  ランボがギャアアと叫び声をあげる。ツナは甘エビを咀嚼しつつも内心で懺悔した。
「じゃっ。じゃあ、そっちのタマゴはおれっちの!」
「馬鹿が」
  ひょいとリボーンがタマゴをつまんだ。
「出前寿司は奪い合ってナンボのもんだろーが」
「ぎゃあああ!! 喰われた!!」
  バタバタと手足を暴れさせる。引き攣りつつも見守るツナの目に手榴弾が映った。一つではなく複数だ。
「ちょっ!! ランボ、それダメだ――っ」
「おれっちに寿司を食わせろ!」
「食べればいいだろっ! ホラ!」
  ヤケになって器そのままをランボに向けるが、しかし、もはや中には生姜のガリしか残されてはいなかった。ぎょっとして振り返れば、ビアンキとリボーンが口をモゴモゴとさせている。
「お、おまえら……」
「…………」
  ランボがガリをかじった。
  かじりつつも手榴弾のピンを引き抜いた。
「がぁらあああああああいいいい!!」
「お、落ち着け――――っっ!!」
  投げつけられた爆発物を山本が受け止めた。はっとするツナに構わず、少年は何かに憑かれたように手中に飛び込んだ物体を見つめる。
「やっ。山本! 野球じゃないから!!」
  少年は野球のフォームをとった。右足で立ち、左足をあげる。
  ビュッと風をきった手榴弾はランボの頭にめりこんだ。
「うわあああっっ」
  青褪めるツナの視界で爆発が起きる。
  複数の手榴弾があったことを思い出した―ーツナは、山本の腕を掴んで全速力で逃げだした。ドッカーンと轟音と共に建物が揺れる。やっとのことで外にでて、しかし思わずうめていた。
「これ、ほとんど楽しみな出来事じゃないよなァ」
  誰かが、誕生日を楽しみにしてろと言ったのを思い出したのだった。
  昨日のうちに家が壊され今とて、結局は2貫しか食べることができなかった。
  一陣の風がツナの前髪を掻き揚げる。足にしがみついたランボが、えんえんと酷い泣き声をあげている。携帯の振動を感じたのは、その矢先だった。
『ツナッ! 完成したぜ。元通りのツナん家だ!』
「でいーのさん……」
『んっ? なんだ、ガキでもつれてんのか? 泣き声が』
「いえ……。その、ごめんなさい」
  受話器の向こうで訝しむ気配がする。
  ツナには何もいえない。目の前で、ホテルの四階が丸ごと潰れていた。

 

10月14日 深夜



 ディーノは豪快に笑い、ツナの頭をポンポンと撫でたのだった。
 七階建てから六階建てへ縮んだホテルが彼らの目の前にあった。
『これも誕生日ぷれぜんとのウチだ。はっぴーばーすでだぜ、ツナ』
  半分も泣きながら、部下をひきつれてフロントに向かうディーノを見送った。
「ホントにディーノさんは凄いや……」
  元通りに戻った部屋を見渡し、ベッドの中でうめく。
  ――ほとんどソックリなだけで別物の家具だ。なのだが、どこから見つけてきたのか不思議なほどツナには元のものとの見分けがつけられなかった。布団の質感もガラも同じなのである。
  昼間のショックでか、なかなか寝付けなかった。ディーノがホテルから帰ってこないこともある。と、窓がカラリと音を立てた。
  風と思うツナだが、反してベッドを覗きこむ影があった。
  声がでる前に頬すら鷲津かむ勢いでもって口を押さえつけられる。
「でるよ。ここだと邪魔が入る」
  聞いたことのある声で、ツナはコクコクと首を上下に振りたてた。
  抵抗のしようがない。どっと汗が噴きだすうちに、ツナは屋根の上へと引き立てられていた。不機嫌そうにツナを眺め回す少年は、紛れもないヒバリである。
「今日、どこにいたの?」
「えっ。あ、ほ、ホテルに」
「……」僅かながらにヒバリが舌を打った。
「昨日のことば、忘れたとか言う気。殺すよ?」
「き、昨日ですかっ。昨日はポイズンクッキングで家を溶かされてリボーンの誕生日ですっ」
  ヒバリが目を怒らせた。
  たじろぐツナを尻目に懐から四角形の箱を取り出す。
  赤いリボンがかけられていた。艶やかな包装用紙は、もとは丁寧に箱を包み込んでいたのだろうが、なぜだか今は箱の一角とともに奇妙にひしゃげてシワを刻み込んでいた。ツナはようやくヒバリの言葉を思い出した。誕生日を楽しみにしろと、そう言ったのはヒバリなのである。
「それって、もしかして」
「綱吉へのプレゼント」
  感慨もなくヒバリはリボンを摘んだ。
「朝にくれば何もない。昼にくれば工事中。おかしいんじゃいの君んトコの家って。ちょっとイライラして一度は捨てたんだけどね。さっき、ゴミ捨てをしたら見つけたから。もう一度きてみたの」
「は……。はあ」
  骨ばった指は、するするとリボンを解く。
  包装を音をたてて破いた。箱が屋根に落ち、からころと地面に落ちていく。
「ほしい?」
「え……あっ、はい。くださるのなら!」
  ヒバリの手に残ったのは鈍く光るシルバーリングである。
  すっと目を細めたヒバリはリングを握りしめた。吐惑うツナの、身体が右へとよろめく。軽くヒバリに頬をぶたれたのだ。
「君、いっかいキチンと躾られないとわからないタチでしょ」
  混乱するツナの襟首を掴む。リングを納めた拳だ。
  指の隙間から銀が見える。ヒバリの前歯が、噛んで取り上げた。
  差し出され、ツナは混乱を極めた眼差しをヒバリに返す。うろたえるだけの少年に焦れたヒバリが、唇の隙間にリングを差し込んだ。
「んっ……?!」
  ガチッとしたものが歯にぶつかる。
  反射的に口を開いてしまい、舌は銀を奥へと押しやった。
  金属のヒヤリとした感触にツナが戦慄く。舌の上でヒバリが縛めるように強くシルバーリングを押し付けた。
  ザラついた舌の感触はすぐに離れ、ツナはリングを吐きだした。
  ヒバリが目尻を吊り上げたままで微笑んだ。
「つけておいてよ。へたに外したら、どうなるかわかってるよね?」
「えええ?!」
「あとは、そう。よくも煩わせてくれたね」
「お、俺は悪気があって家をあけてたわけじゃ……」
「詫びのひとつも欲しいね」
  一応、本日はツナの誕生日である。
  どっちの誕生日なんだと、内心でつっこんだ。
「文句でも?」
「あるわけがないですっ!」
  ほとんど半泣きで声を荒げた。
  ヒバリは鬱蒼と笑い、地上へと視線を転じた。
  金髪の男が屋根の上を睨みつけていた。手にはピッと伸ばした鞭がある。
「――明日は応接室にきなね。詫びを受け入れてあげる」
  トンと、少年が屋根を蹴った。
  完全に姿が闇にまぎれたところでツナがうめいた。
「詫びが決定事項になってる……」どうやって屋根をおりようかと、キョロリと首を回したところでディーノの呼び声に顔を明らめた。青年の手伝いでもって屋根をおりる。ひとまずは嵌めたシルバーリングが、月明かりを弾いて滲んだ光を浮かべていた。
「でも誕生日に指輪って」
  玄関の扉をしめたところで、呟く。
「どういうつもりなんだろ……?」
  一般的な意味合いが頭を掠めて、ツナは、慌てて頭をぶんぶんと強く振り回した。ディーノが不思議そうに少年を見下ろした。そのポケットに、ゴールドのリングがあることをツナはまだ知らない。

 

おわり

 

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若干upが遅れてしまいましたが!
こんなものですが! 誕生日おめでとう♪
ヒバリに会うときはシルバー、ディーノに会うときはゴールドと使い分けるのも
いいですが、器用なことができずに片手に両方ともつけちゃって
新たな火種になってそうです 知らない相手にむかむかとするヒバリとディーノ…
「綱吉にはシルバー」「ツナにはゴールド」とそれぞれ思ってたり 妄想たのしーです

2005.10.15.