Cards Joker

カード・ジョーカー


 
  落ちていく。火が消える。思えばろくなことがなかった。
 このまま息絶えるのもいいだろう、所詮は肉に宿っただけのまやかしに過ぎない生命なのだから――誰かの声が説得する。皮膚の灼ける匂いに咽せ、皮を剥がれる絶痛に悶える、その傍らで。
 非情に甘美でかぐわしく、愛おしい呼び声だった。
『こちらに、おいで』
(あぁ……)初めて恋い焦がれるような気持ちになれた。声は我が身を慰めてくれる。
(はやく……楽に……)
 これぞまさしく悪魔の囁きだった。
 腹の内容物がからになったが故の痛みが脳天を突き抜ける。思考はとうに死んでいる。末端である筈の舌肉の痺れがいやに鮮明で、痛かった。
『はやく……』かろやかな誘いが、まだ声をかける。悪魔は取り憑いた人から容易に離れはしないものだ。見たこともないような、好みのタイプの女が――、顔は認識できなかったが、だが豊満な体に抱きしめられた幻想が走った。
 途方のない優しさで意識から殺されそうになる。抗いがたい誘惑だった。
『……――』
「待て。生きているぞ」別の誰かの声は、サッと割り込んできて悪魔の囁きを打ち消していった。
 がらら、何か、重たいものが崩れる。
 腕に何かが触った。声が先程よりもずっと確かなものに変わった。
「おい。息をしているだろう、お前は」
「……っぐ、っ、がはっ!」
 新鮮な空気が顔面に押し寄せた。
 無遠慮に上半身は引き摺られていって、埃っぽさは軽減される。しかし空咳した。喉がほら穴からのヒュウヒュウした嗄れ葉音を立てていた。
 空は青かった。腕を引いていたのは年端もいかない少年だった。
「…………」
 彼は、驚いたように目を丸めている。
 少しだけ考えた。片肩を手で抑えてくると、顎を掴んで固定する。つらを持ち上げさせてから唇を隙間無く密着させた。
「……っ?!」ふー、呼気が這入りこんでくる。喉が熱くなった。
「――がっ! がはッ。げほ、けほっ!」
「……――――」口周りに移った血だけは手の甲で拭って、少年は男を引っ張りだしにかかる。
「大丈夫か?」
 その子どもは大袈裟な真っ黒のマントをつけていて、ストライプ柄のスーツを着て……、ギクリとした。この特徴は。近頃、急速に名をあげている――悪魔に魅入られていると噂の美少年のものだった。


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