第2夜 裏切りがひとつ
ベッドの四本柱に両手両足を結ばれて耐えていた。
目蓋の上には赤色の目隠し。唇への縛めはなかったが、綱吉は自ら硬く引き結び、一言も声を洩らさぬようにしていた。耳まで赤く濡れて、全身で脂汗をかいていた。
『アッ、アンっ。ううん、アッ』
両耳を覆うヘッドフォンから、流れるのは女の艶声だった。
二日に一度、男が侵入するようになって一週間が経っていた。一昨日は後腔に指をいれられた。怖気と吐き気とで気が狂うほどかと思えたが、今日のメニューもまた、綱吉には耐えがたいものだった。手足がヒビ割れるような心地がした。
「……っ、…………」
その女が、情事の最中であることは明白だった。
アダルトビデオから録音したものを繋いだらしく。さまざまな女が悩ましい嬌声を震わせていた。
『もっと、もっと突いてェ。もっと強くうう!』
高くて甘味のある、蜜のあふれる声色。眉根がひしゃげる。呼吸が荒くなるのは、抑えられなかった。そしてベッドの脇に腰かける侵入者は、それに満足している様子だった。
パンパンに張りつめた股間を、楽しげに平手で掻き混ぜている。
自分はまだ中学生だ。綱吉は強く自らに言い聞かせた。
女の吐息がついた喘ぎ声を、耳元で、大音量で響かされて、勃ちあがらない方がどうかしている。
恥ずかしくないしおかしくないし、正常な反応だ、胸中でくり返すが、――なきたい、と囁いたのを皮切りに罵倒していた。
(サイアク。最低だ……ッ、ばかやろお! 変態!!)
呪詛のようにくり返しながら、かぶりを振った。
ビクビクと股間が苦しげに痙攣した。指先が服越しに撫でて、からかうような手つき。
顔面に視線が突き刺さるのを感じていた。目隠しをされたまま顔をグシャグシャにしていた。涙を流し、怒りに狂うサルのように顔を赤くして、歯を食い縛っている。ハアハアと荒く胸が上下に揺れて、ときおり、鼻にかかった吐息が漏れた。
『アアンッ。い、いくぅぅ!』
「――――っ、っつ」縛られた手足がもがく。
はぁっ、と、自らの呼吸が多分な熱にぬれていて、ゾクリと寒気がした。誰かが唇のなかで笑い、綱吉はそれも敏感に感じとってブルリと二度目の震えをもよおした。
その男は――手の平の大きさで男だとわかる――、同じ内容のMDを聞いているようで、女の喘ぎに合わせて綱吉のオスを擦りあげた。
「いっ……、―――――っっ」
ぶしゃりっと弾けていた。不快な湿り気が下着の中で広がる。
『これはオマエにとっちゃ特訓だが、向こうにとっちゃゲームだ』
『今までに知った人間の中に犯人がいる。そいつが抱いてる。当てられれば、それで終わりだ』
『知った中に? まさか』
『そうだ。獄寺や山本、了平やディーノやヒバリ、シャマル、ランボ。全員だ』
『バッ、バカをいうのはやめろよ!!』
『オレは本気だ。ウソをついて、どーする』
意識が爆ぜる。綱吉は、真っ白い空間のなかで氷のように冷気を放つ眼差しと出会っていた。リボーン、だ。揺らぐことなく、一文字一文字をしっかりと発音して、つづけた。
『裏切り者をさがしだせ。向こうはテメーにヒントをくれる。……頑張れば導き出せるように、な』
『な、で。なんでそんなことするんだよっ?』
リボーンが目を細める。静かに、言った。
『オマエがボンゴレ十代目だからだ』
「あっ、あああぁ……!!」
熱痛に貫かれて、綱吉が叫んだ。
予感がないわけではなかった。昨日のは下準備なのだろうと、思わないでもなかった。しかし、綱吉は、その一突きで涙を迸らせるほどに絶望していた。
「ひあっ、アッ、う……っ!」
『アアンッ。ンンッ。イクウゥ――!!』
ヘッドフォンからは依然として大音量が届く。
女が泣き叫んで悦んでいる。目隠しで視覚を断たれ、ヘッドフォンで聴覚も断たれて、綱吉は前後に揺さぶられていた。後腔を犯されるのは、初めてだった。
「ぃ、た、あッッ」『イイッ! 突いてぇえええ!』
がんがんと、大きく揺さぶられる度に手足に縄が絡みつく。
手足の縛めは解かれたが、手首には赤々とした痣が残る。指先が白くなるほどシーツを握りしめながら、なかば、意識を手放していた。目蓋の裏が燃えていた。
「ねが……っ、抜い、てェ」
『もっとぉ! 刺してぇッ、イイのぉっ』
「…………ッッ」ギリギリとシーツを絞めながら、硬く目蓋をあわせた。
薄れる意識のなかでリボーンが繰り返す。涙が止まらなかった。いつの間にか、掠れた悲鳴をあげる自分が、悦んでいるように感じられて腹立たしかった。サイアクだと綱吉は再びうめいた。背後から刺し貫くものが、痛みで背骨を砕いて脳天を焼いて。吐き気と目眩で卒倒しそうだった。抜かれるごとに意識が遠のき、突かれるたびに痛みで引き戻されて、綱吉は咽び泣いていた。
「ひぃ、っく、ぁ。ひっ、アアッ」
『いいか。血眼になって探しだせ。――それまで終わんねーぞ』
『さいっこう! いいわぁっ』ヘッドフォンはいまだ大音量の女の悲鳴を届けていた。
(とに……、かくっ)犬のように這いつくばって腰をあげていた。両手で握りしめたシーツ、その間に、円形のシミがボタボタとできていく。綱吉は眉間を強く皺寄せた。
(うらぎりもの、はッ。あ、くしゅ……みな、やつ……っだ!)
首輪をつけたシルエットが、脳裏にあった。
つづく
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