墓標に赤いめかくし







夜 ひとつめの夜





「おい、今日から特訓だぞ」
 風呂をあがりパジャマに着替え、電灯のスイッチに触れたところだった。
「今からかよ? もうすぐ日付変更線変わるっつーのに」
「オレの命令に逆らうってか?」銃口がきらりと光る。
「待てって! 誰もンなこといってない!」
 少年は叫び、顔の前に持ってきた両手を振り回した。急いでパジャマの襟首に手をかける。
 いつものノリならば、このまま山奥に放り込まれる。ハンモックの上から平坦な否定が落ちた。
「いや、そのままの格好でいい。ベッドで寝てろ」
「それだけでいいの?」
 沢田綱吉の目がキョトンとなった。
 短く頷いて、リボーンは寝返りを打つ。足りない説明に不満を感じる綱吉だが、彼に逆らうことなどできるはずがなかった。家庭教師を名乗る赤ん坊は最強のヒットマンであり、平凡な中学生が逆らえる相手ではなかったのだ。
「オマエ、また変なこと企んでないだろうな……」
「電気を消せ。で、ベッドで大人しくしてろ」
(…………?)
 じくり、としたものが胸中に広がる。
 綱吉はすぐには動かなかった。真意を図りかねてハンモックを見上げるが、リボーンはもはや何も言わない。布きれに体重を与えるだけだ。渋々と、明かりを消した。
「オマエ、夢の中に入ったりとか、そういうことできたりするの?」
 ベッドに這いずりあがりながら、ボヤいていた。返答はない。
「プライバシー侵害だし人間のやることじゃないぞ。それじゃファンタジー漫画だ」
 返答はないが、寝息も聞こえないのだ。奥歯を噛んだ。
(なんだよ。リボーン、昼間から少し変だ)
 昼間と関係があるのだろうか、仰向けになりながら綱吉はうめいた。
 いつもと違ったことが起きていた。
 六道骸の一味が並盛町へと帰ってきたのだ。三人は分厚い首輪をつけていた。赤の牛革で、先が丸まったトゲの飾りがついていた。
『ボンゴレのシモベってことになったぞ。パシリにしろ』
 首輪から伸びた鎖を握るのはリボーンだった。
 外見上は、彼らはケガもなく健康そうに見えた。一週間前に、処刑人たちに連れ去られた格好そのままだ。血でただれあちこちが破けて。
 彼らはそっぽを向いて、誰とも目を合わせようとしなかった。綱吉も、獄寺も山本もビアンキもフゥ太も、何も言わずに彼ら――と、いうよりはリボーンを見つめた。
 三人の少年は、いかにも簡素な、簡潔すぎてイヤミになるほどの自己紹介をした。名前を名乗っただけで沢田家を後にした。
『あの首輪、爆弾がついてるから、アイツらは何しても逆らわねーぞ』
 窓から見送るオレたちの後ろで、リボーンが世間話がごとく呟く。
 そのときのゾッとした感覚を思い出して、綱吉はベッドの中で両手をすり合わせた。そろそろと、腕を撫れば鳥肌が立っていた。
(別にオレたちは間違ったことしてるわけじゃない。殺してないだけ、)
 マシだ。その先を感覚だけで理解して、綱吉は息を飲み込んだ。
 じりじりと爪先からせり上がる何かが、あった。恐怖とよく似ているけれど違うと独りごち、吐き気を覚えて目を瞑った。そのときだ。うわっと、悲鳴が漏れた。
「な、なに、――?!」
 一瞬で視界が覆い尽くされた。一面の赤だ。
 布であると理解する前に、きゅっと後頭部で結び合わされた。赤地のコットンで目隠しをされたのだ。咄嗟に上半身をはね起こしたが、布を引き摺り下ろす前に両腕が掴まれた。――誰かが、いるのだ。綱吉が震えた。
「だれだっ。か、母さ――」歯の上下にガチンッとぶつかった。
 ビニール製の丸いものが口に突きこまれていた。
 ボールギャグといって、秘事の余興として女がつけるものである。けれども、そうしたことを知らぬ綱吉はただ混乱して、必死にギャグを押し戻そうと舌を使った。
「ンッ、むぅっ」パチン。
 後ろで、ベルトがしめられた。
「――――?!」
 ギャグが固定され、悲鳴は押し込まれていた。
ボールに開いた穴から唾液が流れだし、恐怖に煽られるまま身を捩った。侵入者は片腕で綱吉の胸を押し、もう片腕をパジャマの下に突っ込ませた。ビクリと細い体が戦慄く。
(なんだ。なんだよこれ。リボーン?!)
(こんなっ、まさか。これ?! こんなのが特訓だっていうのか?!)
 言葉は喉まで競りあがるが、咥えた球体によって形にはならない。体をもんどり打たせながら、ハンモックがあるほうへと懸命に首を向けた。
「ふぃふおーッ、ふ……ッ、ふゃふへ」
 赤子からの返答はない。実際、彼は顔をあげもせず、ギシギシと軋むベッドと薄い悲鳴を聞くだけで目蓋も開けなかった。
「ふぁへ……、――んっ?!」
 下着の中へと指が潜り込んだ。
 息を詰まらせる綱吉に構わず、根本を握りしめた五指が揉む動きをくり返した。その内、グ、グ、グ、と、押しだすように這うように、ヤワヤワと上昇していく。
そうして、尖端にある窪みへとやってくると、内側へと爪先を潜り込ませた。ギャグを噛みしめ、少年は背筋をふるわせた。
「――――ッ、……っう」
 ぐじゅうと、粟立った唾液がギャグの穴から噴き出る。
 鼓膜で拾い上げた音がさらに綱吉を追いつめた。両手で、必死に男の腕をどかそうとするがビクともしない。ますます強く握られて、頭痛まで感じだす始末だった。
 その痛みが、一瞬だけ綱吉の体を休ませた。
 侵入者が片手で綱吉の両腕を掴み、少年の頭上にある枕へと押し付ける。男であるところを強く上下にシゴきながら、だ。
ワナワナと腕が震えだし、目隠しには薄っすらと滲むものができていた。
(やめろ……っ、や、だっ。い、いっぃ)
(いっちゃい、そ……。いやだ。リボーン、なんで!!)
「――んぅっ!!」綱吉の腰が跳ね、長く尾を引いて震えた。
 まるで、牛の乳搾りのように、力強く扱かれたときだった。目隠しの下からあふれた涙が顎まで伝う。強くギャグを噛みしめれば、唾液が溢れだしてパジャマの襟口がびしょ濡れになった。強烈な目眩に後押しされて、グッタリと全身をベッドに沈めていた。
 しかし、侵入者の手のひらは、上下運動をやめない。ぜえぜえとあがる呼吸のペースと体温とで顔を真っ赤にしながら、綱吉は強く頭を振った。
「ふぁひぇ……。ひゃひ……ぇっ」
 親指の裏で、執拗にねぶられるたびに脳裏が焼かれる。
ほどなくして二度目の頂点を迎えた。が、擦りあげる動きは止められずにくり返され、少年は、血反吐を吐くように濁った白液を複数回にわたって噴き上げた。
 ――失神したのだ、と、その事実を理解したのは朝だった。
 鳥の羽音。太陽はさほど高いところに昇っておらず、カーテンのすき間を濡らす光は真白だった。日曜なので奈々は起こしにこない。
 グレーにくすんだ天井を見上げて、やがてパジャマの襟首を掴んだ。全身は拭き清められているが、……じっとりと唾液で汚れたはずのそこは、パリパリに乾いていた。
「リボーン……っ。なんだよ、コレ」
 声も乾いていた。綱吉はガバリと上半身を飛び起こした。
「どういうことだよ! あれ誰っ?! と、……特訓って、何がどう?!」
「まんまだ」リボーンはハンモックの上にいた。あぐらを掻いて、綱吉が自分を詰問するのを待っていた。彼は、綱吉が失神したときから、ずっとそうしていたのだった。
「性教育と」その言葉は少年を驚愕させるのに充分だった。
 そして、次の言葉で、身の毛がよだつほど悪い予感を覚えて彼は震えた。まん丸の瞳には暗さを含んだ光が明滅させて、リボーンは、朗々と、ピシャリと言い放った。
「裏切り。このふたつに備えるための、特訓だ」

 

 

つづく

 

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