うさぎの時間が来る:2
綱吉は平和を愛する平凡な男児である。
暴力沙汰は嫌いである。自分が勝てないのがわかっているからである。事なかれ主義なので平和が愛しいのである。
「…………!!!」
そんな彼は、今は全力で走っていた。
CDを買おうと思って百貨店の八階にあるショップをうろついてる時はよかった。いざ帰宅しようとして、明るいネオン街が楽しそうに思えて、まだ疲れていなかったので立ち寄ってみたのが運の尽きだった。気弱そうな男子中学生が夜の町を出歩くとカツアゲにであうとか、てっきり、神話かと思って(信じて)いたかったのだが!
「ほ、ほんとにお金持ってないのに!」
叫んだ声は小さくて後ろまで届かなかった。
わあわあした叫び声が響く。のこのこと公園までついてきた綱吉は大変にうかつで間抜けであった。
生け垣を跳び越えて、暗い道路の真ん中に立って逃げ道を探した。ひどく混乱していると、道路がぐるぐる回っているよう思える。綱吉は吐き気に襲われた。救いになるのかわからないのに携帯電話を握りしめた。
「だっ、誰か……っ。ケーサツでいいのこれ?!」
「おい、こっちだ――……」
「ひぃっ!! っ?!」
叫び声に綱吉は派手に仰け反る。
だが次の瞬間には絶句した。頭にニット帽子を被った少年が倒れたからである。
綱吉には、少年の後ろに舞い降りたものがハッキリと見えた。
黒を主体とした服を着ていて、ブーツに艶めかしい光沢があるから薄い外灯の中でもぬらりと輝く。その輝きが頼りだ。青年は、少年の首を殴ったこぶしをゆっくりと開いてから、綱吉の方へと顔をあげた。
「――――。あ……」
暗くて輪郭もよく見えなかったが、二十代中頃といった風体だった。そして鋭く切り上げられた瞳が左右で色が違う。片目が赤で、片目が青だ。動物みたいだった。
「大丈夫でした?」
やんわりと声をかけられたので、綱吉は安堵する。
「あっ。はいっ。はい。ありがとうございますっ」
「怪我は?」
「ないです」
「この人達は知り合いですか?」
声が聞き取りづらいので、綱吉は公園の方へと戻る。
「違います。きゅ、急に……その……カツアゲ? てやつかと……」
「こんな時間に出歩くのは感心しませんね」
青年の手が届く範囲に来た時である。
ガッ! と、全く唐突に、彼は両腕を伸ばして綱吉の頭を両側から鷲掴みにした。
「え?! づっ!!」
容赦なく頭突きをされてもいる。
額を合わせたままで、強引に上向かされた格好のまま十秒を経過してようやく綱吉は安心したのが間違いだと悟る。殺気というのか。ピリピリと肌が痛むくらいの冷気があたりに満ちていた。生け垣を掻き分けて男が身を寄せてくる。
「…………?!!」
引き攣る中学生に男は満足げな顔をした。
「味見されても知りませんよ」
「……う……?!」
べろりと頬を舐められて綱吉が目を見開かせる。
嫌悪感や驚きよりも恐怖が湧いた。腹の底から湧き出して全身に行き渡るとガクガクと戦慄き始めている。青年が首を伸ばしてべろべろと綱吉の上唇と下唇をいっしょくたにして舐める。
「ふ……う」
必死になって鼻で息をして綱吉が耐える。
震えながら男の肩を押した。
だが岩のように動かない。やがて頭を掴んだままで彼が膝を折るので綱吉も引き摺られてその場にしゃがみこまされた。そうしたことで、身長の差が縮まると男は両腕で綱吉の後頭部を抱えた。
圧迫による息苦しさがために唇が開く。
舌先がチロリと唇を舐める。恐怖に駆られて綱吉が叫ぶ。
「や、やめ……て……っっ、む、うっ!」
咥内に潜りこんだ舌先が喉を犯した。口蓋を撫でて舌を絡め合わせてくる。げふっと咽せた綱吉の口角から唾液が垂れた。男は蹂躙の手を休ませずに絡めた舌を引っ張りだして己の咥内に誘う。ずるる、と、吸い立てられて綱吉が肩を痙攣させる。目のフチには涙が貯まって両頬が赤く充血する。
「あ……! むあ……!」
口をパクつかせたが、相手に舌を噛まれているためにろくに悲鳴もだせないし暴れもできない。
両脚が土を引っ掻いた。綱吉の周囲には手足を伸ばしたり畳んだりしたが故の抵抗の痕がある。キスをつづけながらも青年は綱吉の頭を手で固定するのはやめた。
束縛感がやわらいで綱吉が僅かに体を虚脱させる。
ほとんど同時に男の手が制服のシャツを割り裂いた。
「んあ……?!!」
ビッ。無情に痩身の素肌を暴いていく。
綱吉の目尻から涙がこぼれ落ちた。互いの顎が既に互いの唾液でびちゃびちゃに濡れている。暴れると男は綱吉の顎ごと噛みつくようなキスをしかけてきた。
「んっ?! んんんん!!」
「……ははははは……!」
耳鳴りがするので、すぐには相手が笑っていると気が付かなかった。気が付くと同時に綱吉は全身を冷やした。ゾッとしてしまって悲鳴も止まる。男はもう口唇へのキスはやめて綱吉の腕を取っていた。見境なく、至る所に噛みついては赤い痣をつけていく。
「イッ!! うあぐ……っっ」
未知の感覚に綱吉が奥歯を噛んだ。ぼろぼろと泣いてただ蹂躙に耐えていた。
脳裏では酷く混乱してしまってもう言葉も浮かばない。
これはなんだとか、誰だとか、どうしてとか一切が混乱の渦に巻かれて思い浮かべない。言葉がなくなると動物になったようで、もう、怯えるしかできない。
「あ……っっ、あっ! あうっ。う。うあう」
喉をぐずぐずとさせながら、綱吉は嵐が過ぎるのを待った。オッドアイの青年は欲望にぎらついた眼差しを綱吉に向けながら剥いた上半身に丹念にキスマークをつけていった。虫刺され状の疵痕がびっしりと出来上がる頃には綱吉は脂汗で蒸れていた。男も蒸れているのか汗まみれである。顎まで汗を伝わせながら、ハァハァと呼吸を荒げて、自分の作り出した少年の痴態を見つめていた。
「…………。かわい」
囁いては悦に浸った笑みをこぼす。肌を撫でられ、また傷をつけられる度に綱吉はビクリとして震えあがった。
やがて男は言葉もなく体を離した。
最初と同じように唐突だった。公園の奥へと向かったのだろうが綱吉には闇に吸いこまれたように見えた。
「…………うっ。うう」
上半身をキスマークだらけで真っ赤にして、全身を砂まみれにして、ふわふわだった髪の毛もぐしゃぐしゃに乱れさせた惨めな姿で綱吉は涙をこぼした。唖然として目前に横たわる闇を見つめる。
「なんなんだよお」
言葉は悪いが強姦された気分というものだ。自分の右肩を掴みつつ胸中に呻く。最悪だ。
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