空孵


5.
 誰がために鐘が鳴るというのか。
 かつて、作家は、汝がために鐘は鳴るのだと言った。
「……病院の近くに教会があるって、なんだか、イヤじゃないか?」
 ガラン、ゴロン、と丘の上から鳴り響いてくる。リボーンは真っ黒いパジャマに身を包んでいた。ヒバリが用意したものだと見張りの部下から聞かされた。
  なんだかんだで、気が合うんだろうな。思ったところで、呟くのが聞こえた。
「信仰深ければ救いになるんだろ」
 パイプベッドに横たわりながら、少年は天井を見つめていた。
 その枕元にリンゴを置いておく。黒目は、リンゴではなく綱吉を睨んだ。
「どうだ。変わりあるか」
「政府の取締りが厳しいけどなんとか。地元の人が助けてくれるよ。警察より頼りになるって言われた」
「そうじゃねえ。個人的な質問だ、今のは」
「…………リンゴ、ウサギさんにしてみたんだけど」
  にっこりとして、フォークでリンゴを突き刺してみる。しょりっ。
 しょりっとした音と共に、リボーンが上半身を起こした。半泣きになって、綱吉は頭を抱えた。
「ちょっと軽いジョークじゃないか! 変わりないよ! いつもと同じ!」
「テメーがフォークに刺されオラァ!」
「大人気ないよリボーン!」
「便宜的にゃテメーのが歳上だろがァ!」
 ぎゃあぎゃあと騒いで数秒後、血相を変えて獄寺が飛び込んできた。ストライプのスーツ姿だ。壁にぶつかった扉が、ギッと軋んだ悲鳴をたてる。
「何ですか?! また骸ですか?!」
 身長がやっと一メートルを越したばかりの少年は、切れ長の瞳をじろりと上向ける。
「いや、骸は……。何でもないからさ。大丈夫、オレがなんとかするから」
「ツナ。この頃、おかしいぞ。深追いするなっつってんだろ。オレのことはどうでもいいんだ、アイツはテメーが追いかければ追いかけるほど――」
「わかってるよ。お大事にね。それじゃあ!」
 別れもそぞろに、病室を飛び出し、しまいには病院も飛び出した。
 これは、飛び出したというより抜け出したという形容のが正しい。一階の男子トイレの窓から、ひょいと身を躍らせていた。今日は、午後から有力支援者との会談があるので、獄寺と揃いのスーツを着ていた。襟足をぱたぱた言わせながら、綱吉は一直線に教会を目指していた。
 ――近づくに従って、意識が研ぎ澄まされていく。
(わかってるよ。骸、リボーン。隼人)
 両手で握りしめた銃身はキンキンに冷えている。まるで氷でも持ったように。吐き出した息が白く濁る。早朝の冷気が喉を突き刺していく。
教会が忙しなく鐘を鳴らす。わかっていた。鐘が鳴り出したその瞬間から、ゾクッとしたものが背筋を焼いた、それだけで十分だった。
(これがアイツの望みだ)
(でも、いるなら、もう見ないフリはしない。そう決めたんだ。それがオレの天命になるなら)そして、彼が覚悟を決めれば、ほとんど直感的に居場所を知ることはできたのだ。いつでも。
(骸。鐘の下か。戦ってるのか?)
 教会はその機能を失っていた。壁はひび割れ、祭壇にはホコリが積もる。
 誰のものかわからない血痕を辿り、綱吉は、風が吹き付ける最上の場所へとやってきた。綱吉を見るなり、骸が絶句した。
「なっ……」
「見つけた。骸!」
 ダァンッ!
「!」
 両足を投げ出し、後ろにひっくり返る。
 だが、立ち直りが早い。骸はすぐさま立ち上がり、自らの脇腹を抑えた。黒いジャケットの下に迷彩のシャツを着ている。その下から、防弾チョッキらしき黒色が覗いた。
 綱吉は改めて鳥肌を立てていた。二発目を撃つつもりが、指先に力が入らない。骸のシャツには赤い線が走っていた。彼が、足を肩幅に開けば、体の真下に向けてポタポタと粘り気のある液体が滴りだした。
「チッ。また君ですか。綱吉くん」
 舌打ちして、骸はわずかに血の滲んだ口角を拭った。
「何……、してんだ。こんなとこで!」
「同じ質問をしたいとこですね。ファミリーの連中は?」
「置いてきた。不用意に連れてくると、殺すだろ」
「…………」眉を八の字にして、しかし唇は笑わせる。骸とのあいだに鐘を挟んで、数人の男たちが相対していた。彼らは、綱吉の姿にギョッと目を剥いていた。
「ボンゴレか。ボンゴレがなぜここに!」
 オッドアイがスウと細くなる。そこに怒りが篭もっているのを見つけて、綱吉は、戸惑いながらも引鉄を引いた。同時に骸が跳ねた。その間、三秒。一瞬で懐に入り込んでくる。
「っ、でぇいっ!」
 右手の甲を振りかざし、叩きつけた。
 相手の左腕で受け止められたが、懐はがら空きになった。もう片方も振りかざし、突くように胸の真ん中目指してグリップを抉りこませる。手応えはあったが、直後に顎が叩き割れるような酷い錯覚がした。
「アッ」鐘を囲んだ支柱のひとつに、背中を叩きつけていた。
 ダッ、と、素早く蹴りあがったような音。骸が両手で槍を振り被っている。――黒々としたオーラを纏った状態だ、ゾクッとしながら無理やり両手に力を込めた。
 両足が浮き上がり、気付けば仰向けにひっくり返っていた。
 轟音をたてて支柱が砕けた。ガランガラン、鐘が狂ったように鳴り響く。鼓膜を突き破りそうな大音量だ――、骸の背後で、男たちの一人が足を滑らせて地表へ落ちていった。
「…………っっ!」
 反射的に顔を庇うと、足首を掴まれた。
「あっ?!」今度は、だんっと背中を鐘に打ち付けられる。背骨まで響くような一撃で、悲鳴がでず、綱吉はずるずるとその場にへたりこんだ。
 がっしゃあ、と、片方の金が金具から外れて、外壁を滑りながら落下していった。
「っづ……。あ」
 体内の骨まで揺さぶるような衝撃だった。
 頭をくらくらとさせると、目の前で黒いブーツが止まった。骸が額に被さった前髪をより分ける。
「今月はこれで何回目だと思ってるんですか。僕の仕事に支障がでますよ……、と、いうことは、君んとこにもでてるでしょうに」
「う、けほっ。む、骸を……っ、野放しにできない」
 彼は、曖昧に笑みを浮かべた。綱吉がいまだ握ったままだった銃身を蹴ってどかす。
「うれしいですけどね。君は、やっと僕を追いかけてきてくれる。どうしますか。ボンゴレの目の前でやり続ける気で?」
 後半は、呆然としていた男たちに向けての言葉だ。彼らは、怯えたように後退りした。綱吉は眉根を顰める。階段へと這って逃げる途中だったが、男たちが一様に忌々しげに睨んできた。
「クソ……。構うな。エストラーネオの目を取れ。体は殺していい」
 一番小柄な男が、冷徹に告げる。
 両脇の二人が骸に向けて飛び出した。ヴンッと細く鳴らして、『四』の文字が赤目に浮かぶ。三人が打ち合いを始めて、数分も経たないころだ。ハッとして教会の庭を見下ろしていた。
「来るな! 戻れ、隼人!」
「!」一斉に、全員が下を見た。
「うわぁああああ?!」
 悲鳴が被さる。骸が、僅かな隙を突いて一人の男の足元を掬っていた。
 人間が空から落ちてきて、獄寺が慌てて部下たちを下がらせた。彼らが扉を探し始めるので、綱吉は真っ青になりつつ絶叫した。
「おまえたちは来るな! オレに任せて――、近寄らないで!」
「そ、んな。十代目を放っておけないです!」
「いいから! もう皆に死んで欲しくないんだ!」
「自己犠牲ですか……? 溜め息がでそうですよ、あまりに哀れで!」
「ぐえ!」後ろから首を掴まれて、綱吉が咽る。
 そのまま強引に引っ張り、抱き寄せるような形になりながらも骸が階段へと飛び込んだ。下り道だ。もつれながら転げ落ちていった。直後、マシンガンの雨が二人の立っていたところに降り注ぐ。
 仄かに暖かい、血の滑りを帯びた体に抱かれながら、綱吉は心臓をドクドクと言わせていた。
「なにっ……」混乱して、鼻先の体を押した。途端、骸が引き攣ったような呻き声をあげる。脇腹に刺し傷があるのだと気がついて、綱吉は体を起こした。拳銃がないので、鞭を取り出す。
「今の奴ら、エストラーネオに関係あるのか?」
「……く、くふふっ。研究所跡地に住みついてるスキモノですよ。僕の目を欲しがって――、イタリアにきてからしつこくてね。追い返すのが面倒で」
 骸も体を起こすが、どことなくぎこちない。
 綱吉を庇って体と頭とを打ちつけたせいだ。眉根を寄せて、綱吉はうめいていた。
「感謝とか同情とかしないからな。アンタは当然の報いを受けてるんだ!」
「誰もしてほしいなんて言ってないですよ」
 薄笑いが口角に張り付く。骸は素早く階上を見上げた。綱吉も、急ぎ身を翻す。間をおかずに再びマシンガンが火を噴いた。ダダダダダダッ。それとともに、二人が同時に身を翻した。
「…………」隣で、苦しげにこうべを垂らしたのが見えたが、綱吉は鞭を握りしめた。
 両手を大きく振る。走る速度をあげるつもりが骸も同じ速度でついてくる。本当なら、彼のが足が速いので、綱吉と同スピードであることそのものが怪我の大きさを物語っていたが。視界ががくがくと揺れた。俯いたままで、隣で全力疾走する人間をできるだけ見ないようにした。
(できるか! 手なんか貸せるか!)
 殺すつもりなのだ。お互いに。こめかみがズキズキとして、それに耐えている内に祭壇の前へと戻ってきていた。
「十代目!」「隼人……!」
 ボンゴレファミリーがマシンガンを構えて待っていた。
 思わず、綱吉は前へと進み出ていた。いささかフラつきながら、骸がその背中へと身を寄せる。吐息が耳にかかる。盾にする気かと、ようやく気付いて骸を見上げた。
「綱吉くん……」眉を寄せ、自らの腹を抑えたまま、骸が切なげに名を呼んだ。
 ピン、と、したものが脳裏を貫いた。骸に押し倒されながら、叫んでいた。
「隼人! みんな! 伏せ、てっ!!」
 どおんっっ。爆発音と同時、階段のあった通路から閃光と炎が噴出した。骸の体の下にいても、ビリビリした衝撃で気を失いそうになる。
「っく、ぇ、っへ、ほっ」
 空咳をしながら、体を起こす。上に被さっていた少年が、ずるりと床にもたれた。背中の衣服が焼かれて、火傷を負ったようだった。
 愕然として見下ろした。ファミリーは無事なようだった。
(天命。オレの)熱に浮かされたように、囁いていた。
(始末。殺せる。この人を殺せる。今)
 オレでも。オレでも? 鞭を握る、その腕が震えだしていた。自分には勝てない、と、自信たっぷりに告げた声音。聞こえるはずがないのに、確かに、たった今、綱吉の鼓膜は戦慄いていた。
「く、くくくくくくっ……」オッドアイが微かに開く。
 血で湿らせたシャツを押さえて、骸は歯を見せた。
「上等だ。殺してやる」
 ひっ。図らずも、小さく悲鳴がこぼれた。
「綱吉くん。君をもてなすのはまた今度」 手早く告げて、綱吉の顎を掬う。キスだった。血塗れになった唇から受けて、鉄とよく似た香りが鼻腔を突き刺した。
「…………」愛しげに目を細めた後で、骸は踵を返した。
 刹那的に『一』の文字が見えた。骸は手ぶらだ――、が、相手は死んだと綱吉は確信した。
「くく、はははは。さぁ、生えろ。貴様らの体はもはや蟲どもの巣窟だ!」誰かが階段を転げ落ちてくる。鐘の傍にいた男たちだ。一様に体を掻き毟り、断末魔をあげながら悶えていた。
 視界が震える。目の前の彼は、もはや口角を拭うことすらせず、だくだくと血を見せながら口角を吊り上げていた。
(こ、ここまでやらなくても……!!)
「肌の下で這い回るのが見えるでしょう? さあ、耐えなさい。そして発狂しろ。今から臓器を食いに行く――」
「――っ、やめろ! そこまで残酷にやることない!!」
 爆発で散らばった木片を掴み、投げつけた。
 かつん、と、腕に当たったが骸は微動だにせず青い方の瞳を綱吉へと向けた。
「近寄らない方がいいですよ。幻覚の余波がいきかねない」
「そうじゃないだろ! 骸――、ダメだ。アンタがそういうことするのはダメだッ。オレがとめる!」
 骸が完全に向き直った。『一』の文字が消え、元の『六』に戻る。のたうっていた男たちが、ガクリと首を折って動かなくなった。
「君は絶対に僕に勝てない」
「それはもう聞いてる。それでもだ、骸!」
 考えるような目を向けて、しかし、彼は笑って見せた。
「何ででしょうね。そうやって真っ直ぐに見られると、手首をとって抱き寄せたくなる」
「!」「恋っていうんですか?」
 まだ、骸は武器を隠していた。銃口が光った。
 自分を狙ってる――、ゾッとしたものが背筋に落ちてくる。身構えたが、しかし、悲鳴は背後から聞こえた。
「うッ!」見知った声だ。それこそ、日本にいる時から。
 唖然として振り返り、崩れ落ちかけた肩を掴んだ。
「なっ。――隼人?!」
「くふっ、ふふ、はははっ。リボーンはまだ退院してないそうですね。隣に並べればいいですよ、綱吉くん!」
「…………!」かぁっとしたものが額の裏側を焼いた。リボーンの怪我が、思ったように治療できていないのは事実だった。咄嗟に、獄寺の手にあった銃身を奪っていた。
 骸! 激昂した叫び声。それと共に発した銃弾は避けられていた。オッドアイを細くさせて、骸は自らの脇腹を抑える。
「さようなら。僕が憎らしいなら、僕が怨めしいなら追いかけてきなさい!」
 苦悶に眉を寄せ、唇だけを笑ませる。ダン! と、二発目を撃ったが当たらない。愕然として綱吉は自らの両手を見下ろした。小刻みに震えている。
(……っっ、く、そう。くそう!)
 涙がでそうだった。殺すチャンスならばたくさんあったはずなのに。
 肝心なときには、いつでもトドメを刺せないでいる。
(いつも結局。結局――、アイツの思う通り――)
「ああ、それと、そことそことそれ。死んでますよ、気付いてないみたいですけど」
 爆発で破壊された壁を通り抜けながら、骸が世間話のように告げる。ダァンッ。すかさず、撃ちこんだが、両腕が震えたので狙いが定まらなかった。骸はすぐに消えた。
 獄寺が足元で屈みこんでいた。肩を貸そうとして、彼が右側の肩を撃たれていることに気づく。
(くそ!! 何が愛してるだ。何が……、何が。骸のヤツ……!!)
 視界が黒く染まり、縮む。オレを傷つけたいだけじゃないのか、低く呟いた声は思ったよりも脳裏に反響した。(何で。くそう。骸のことばっか考えてるのに。足りないの?!)
 その日の夕方、綱吉は病室で祈るような格好で座り込んでいた。
 目の前のベッドには獄寺隼人。隣の病室には、リボーンがいる。
「……馬鹿?」戻ってきた綱吉に、少年は引き攣りながら言ったのだった。
(オレもそう思う。くそう)今日の会談はキャンセルだ。死者までだしてしまった。
(なんで……、骸。アイツをどうにかしようと……どうにか……、でも結果がこれか。オレのせいで傷つけて死なせただけか!)
 報せを受けて、真っ先に駆けつけたのは山本だ。死者を引き取ってくれたのも彼。ガーレッテファミリーが壊滅して――、ガーレッテファミリー。内心で、何度か繰り返した。
 ガーレッテは最も信頼していたはずの、自らの相棒に撃たれて死亡した。
(憑依されてた。山本を迎えに行ったあの日、骸はガーレッテ達を壊滅させた……。山本だってあの日は危なかったんだ)
(そして今日。隼人を撃った)(リボーンも)
 真っ白いパジャマに身を包んだまま、獄寺は目を閉じている。
 血でよごれたので服を着替えた。白いシャツとジーンズだったが、その清々とした着心地も綱吉を落ち着かせない。
(……死んでから後悔するんじゃ遅いんだ! 死ぬ気弾じゃないんだから)
 あの頃を、懐かしく思うときもあった。気楽で、楽しくて、難しいことは考えずにいられた。時計の針が進む。夕日が消えて、夜の闇が辺りを包み始めていた。
(よくわかんない……、確かに骸の心境に変化がおきてる)
(少しずつ。確実に、)
(ボンゴレファミリーそのものを消そうとしだしてる)
 全身がどくどくとしていた。気持ちが昂ぶっている。泣き出したい衝動もあった。爆発の炎に焼かれて、咄嗟に抱きしめてきた体は暖かかったはずなのに。ああいうのは、自分に少なからずの好意があるからできるはずの行為なのに。
 なぜ、こんなにも氷に触れたような気分になるのか。
(好きだとか愛だとか、本気で言ってるのか)
 信じられない。思い返すたびに、信じられなくなる。
(……何を考えて生きているんだアンタは……)
 ガラス戸の向こうに、黒い空が広がっている。星が瞬いている。これと、同じことを、ずっと昔に感じたことがあるの。あの時は、彼は右目を取られて弱々しくも死にかけていた。思えば、あれが、本当の意味で骸を理解しようとした瞬間だった。
 額を押さえていた。ずき、ずき、痛みが、全身を酷く冷していく。
「何が……」
 何が。綱吉の瞳孔が縮んでいった。
 決定的なもの。骸をむやみに傷つけるようなもの。何が、一番、骸にダメージを与えるんだろう。
 自分は彼を憎んでる? 恨んでる? それもだんだんとわからなくなってくる。とにかく、彼に痛手を負わせたかった。絶対に勝てない、と、うそぶいて残虐な行いに手を染める彼に。
 星が光っている。星。憎らしいくらいの一面の星空がある。
「……――――」ひとつ、明滅を続ける星があった。一度は視線を外した。しかし数分後、綱吉は、驚愕してそれを振り返った。明滅。――どんな人間でも、一番大事にしているものを壊されれば痛手を負うはずだ。それが唐突で、驚きとともに知らなければならないなら、なおさら。
 気がついた途端に、ぶるりと芯から戦慄いていた。
 視界が、二度、三度と大きく震えた。両目を揺らがせながら、そうっと、サイドテーブルに置いたままだった拳銃を取り上げた。見下ろしながら、唇を抑えていた。脂汗が滲み出していた。
(それなら確かに。でも、あまりに)あまりに。あまりに?
 わからない。可能性として、あり得ることだけがわかる。手足が冷えていくのを覚えながら、綱吉は銃口を覗き込んだ。引鉄に触れる手が、指が、がくがくとしている。
(オレが、死ねば)
(……あの人は傷つく)
 床が抜けたような気分で、綱吉は夜空を振り返った。

 



>> 6. へつづく


>> もどる