空孵
3.
不意に、その手首を掴んで抱き寄せたくなるときがある。
風ではたはたはためく頭髪、その襟足の一筋を掴んで指に絡めていたが、骸は突如として動けなくなっていた。まっすぐにビルの狭間を見下ろし、そこで、大勢の黒服に囲まれている少年を観察し始めてから三十分が経った。
耳につけたヘッドフォンから、彼が叫ぶ声が聞こえる。
『ヴァレッティ! しっかりしろ! 弟さんの分まで生きるんだろ?!』
(どうしてあんなに愚かなんだろう)
屋上で身体を横たえていた。骸は、傍らのライフル銃を取り上げた。バックプレートを慎重に肩に押し当てて、ギリギリの位置まで身をすすめる。吹き上がってきた風が、前髪といわず紫色のシャツまでもはためかした。
『皆、ヴァレッティを囲んで――。円陣組んだまま逃げよう』
(無茶だ)同情と嫌悪を寄せながらも、少年は口角を吊り上げた。
スコープにボンゴレ十代目が映っていた。白いスーツに赤いシミが飛び散っている。オートマチック片手に、銃弾が飛び交う路地から逃げ出そうとしていた。
灰色の髪をした少年が、ボンゴレの肩を掴む。
『十代目! こっちから行けます! はやく!』
『わかった。ヴァレッティ、――しっかりしよう。自分の足で立つんだ!』
「そういうときは、こうするんですよ。綱吉くん」
低い声音で呟いて、引鉄を引いた。
どうんっとした衝撃で、上半身がわずかに浮き上がる。ヘッドフォンの奥から、驚いたような戦慄き――。数秒と経たずに、
『うわっ、あっ。あああぁぁあぁ!』
「っ、と」
慌ててヘッドフォンを外した。
耳がキンとくるくらいの大音量だ。声が、背後からやってきた。
「今、撃ちました? こっちからは撃つなってさっき――」
「僕はいいんですよ。ちょっと、取るに足らないものが気になりましてね。千種、下に行ってきます。放っておいたら綱吉くんが死にかねない」
「オレも行く?」
「ええ」頭に被っていたフードを降ろして、犬が骸の後に続いた。
骸がにこりとしてその頭を撫でる。犬はライオンチャンネルを装備し、しっぽが生えていた。二階まで降りたところで、老婦人と遭遇した。表の銃撃に怯えている様子で、肩にかけたカーディガンを抱きしめている。
骸の槍に気付くと、彼女は薄く悲鳴をあげて戸口の中へと駆け込んだ。
にやりとしていた。そうした反応は、彼の嗜虐芯を多少なりとも煽らせるのだ。地上にでて、敵陣に犬をけしかけると、まっすぐに綱吉の元へと向かった。
「十代目。立ってください! 十代目!」
獄寺隼人に襟首を掴まれながらも、彼は、大男に縋り付いていた。
その男は、もはや亡骸だ。心臓の位置を的確に狙撃され、四肢を投げ出している。ひゅっと頬のすぐ横を銃弾が駆けた。向こうまで聞こえたはずがなかったが、聞こえたかのようなタイミングで彼が顔をあげた。
充血して赤くなった右目。往来の真ん中を歩いてくる姿に、信じられないように目を見開いた。
「骸。そうか――アンタが、撃ったんだな?!」
「僕の前で、他人を気遣った君が迂闊なんですよ。そんなゴミのために掠り傷ひとつ負ってみなさい。僕のものに傷をつけたとして罰をあげよう」
「よくもやったな……! オレの身体はオレのものだよ!」
「違いますね。僕のものだ、綱吉くん」
ゆったりした動作で槍を横凪にすると、骸を狙った銃弾が数発、空中で霧散した。
「罰の中身は、そうですね。君が嘆くようなものがいい。明日一日、君に触れたやつを血祭りにするとかどうでしょう?」
「っ。このっ、悪魔!!」
絶句した後に、罵倒が飛んだ。
六道骸の背後では悲鳴と怒声とが飛び交っていた。尾っぽをつけた人影がヒュンヒュンと駆け抜ける度に、それらは一層大きくなる。
「十代目、下がってください!」
獄寺が、数人の部下と共に前にでようとした。
制したのは、ヴァレッティの亡骸を離した綱吉だ。
真っ赤な目を見つめ返しながら、骸は上唇をめくり上げた。
「その、憎しみで満ちた瞳……。ゾクゾクする。綱吉くん。僕以外の何者も見ていない」
「ホンットに、どうしようもないな。骸! ボンゴレになってからずっと、頭の上をハゲタカが跳んでるみたいな気分だよ!」
いい表現じゃないですか。親しげに骸が軽口を叩く。
刹那、綱吉が銃身を引き抜いて発砲した。
「君がそんなにやる気に溢れてると、応えなくちゃという気に――、なりますね!」
上半身を逸らせて、槍をぐるんと回転させる。
そのまま後方に飛び退いた彼を追って、綱吉も鞭を取り出した!
「隼人、援護を! 皆は退路の確保と自分の安全!」
「ボス!」「わかりました!」
「クハハハッ! いいんですか? 抗争中でしょう。ティアッカーナファミリーを放っておいていいんですか!」
ぐっ、と、下唇を噛んだが、綱吉は鞭をしならせた。
充分な広さの通りだ。うらぶれた通りで、建物は一様に古い。鞭の先は、レンガの角を削り上げるだけに終わった。茶色い瞳が自分の背後を確認するのを見て、骸は口角を吊り上げた。
「犬にはヒュウ・ティアッカーナの首を取れとは言っていない。今がチャンスなんじゃないですか?」
鞭を避けながら、しかし、時折りに弾丸が飛んでくる。骸は犬が攪乱する一団を見つめた。相手方は、第三勢力の乱入にもめげずにボンゴレファミリーへの攻撃を続ける気でいるようだった。
「オレは皆に対して責任がある。ボンゴレは、極力、部下を殺さないんだよ!」
「放っておいても僕が殺しちゃいますもんね」
「だまれ!!」
反対の腕を懐に突っ込み、綱吉がデリンジャーを取り出した。
骸が目を鋭くさせた。後方に反り返るのと同時に地面を蹴り、天地を反転させる。元に立っていた場所に、二発の弾丸がめり込んでいた。
「首を狙いましたね」静かに、告げる。
ギクリとしたように、綱吉が唇を食んだ。
「だから、何……! これ以上、アンタに部下を殺させない!」
「別に構いませんけどね。でも、いつでも君は僕じゃない別の人を大事にしようとする……。僕を憎んでくれてるのは嬉しいんですけど。これは少し、」
綱吉が両眼を混乱させた。後退る。
「耐え難いんですよ」
「なっ……?!」
骸は、槍を石畳の上に置いた。
撃てとばかりに両腕を広げてみせる。
「ほら。憎いんでしょう? 殺したいんでしょう? この僕を」
オッドアイの奥地に漆黒を住まわせて、凄むように告げる――、目尻を吊り上げ、綱吉は思い切るように悲鳴をあげた。
「パフォーマンスもいい加減にしろ――惑わされてばっかじゃないんだから!」
ダアン! 腹に銃弾を受け、骸の全身が大きく震えた。
だが、それでも、両腕を広げたままで立ってみせる。綱吉が驚いたように目を丸くした。ひゅ、と、ティアッカーナファミリーの放った弾丸が真横を通り過ぎていった。
デリンジャーを握ったまま、後退る。
骸はにこりと笑いかけた。口角から溢れた鮮血が、顎めがけて伸びていく。
「…………?!」死ぬ気? 小声で囁き、戸惑ったように瞬きする。
「あばら骨がやられましたね。でも、防弾チョッキもヘタなの着てないですから。綱吉くん? これじゃ、まだ僕は死にませんよ」
咄嗟だった。逡巡するように、綱吉がマンションの一角を見上げた。ティアッカーナファミリーたちより後方にある灰色の建物――。それを追いかけて、素早く告げた。
「千種。西に四、北に十三の方角。灰色、三階の左端」
「えっ?」
インカムのマイクを口元にまで伸ばしていた。
茶色い瞳とかち合って、骸は優しく微笑んでみせる。間髪がなかった。ドオン! と、雷のような銃声が響いた。銃弾が走った方角に、愕然としながら綱吉は口を丸くした。
「な…………、うそっ。リボーン?!!」
「クフフフ、フフフ、クハハハハ! 千種、撤収しなさい!」
ピッと胸ポケットからインカムを引き抜き、捨てると、槍を取って踵を返す。一瞬遅れて、追いかけてくる足音がした。
「まっ、うそだろ?! 骸!! 待てぇええ――っっ!!」
「十代目ェ?!」ティアッカーナファミリー目掛けて突進していく二人に、獄寺が目を剥いた。
が、彼らは速かった。迎撃の態勢を取るヒマも与えず、途中で阻む人間を殴り倒して、その奥にある建物へ駆け込んでいく。
けらけらと嘲笑しながら階段を昇り、骸は肩越しに綱吉を振り返った。
「来なくてもいいんですよ! どうせ、できたものは君にも見せてあげる!」
「ッッ、なっ、何をっ。ウソだこんなの! リボーン!!」
三階の端にある部屋。扉を蹴り破って突入すると、ベランダで倒れている人影があった。
脇腹の下を赤く濡らしている。耐え切れずに肩を笑わせ、骸は、十歳にもならない子供の後頭部を鷲掴みにした。ブラックスーツを着込んだ、切れ長の黒目をした少年だ。
「仕事に忠実だったのが仇になりましたね」
「リボォオーン!!」
部屋の入り口に立ったまま、綱吉が真っ青になって叫ぶ。
く、と、喉を震わせて少年の腹を鷲掴みにした。
「ぐうっ……!」
「まだ生きてますね。よかったじゃないですか」
どくっ、どくっ。溢れでた鮮血が、骸の指のあいだを通って床へと滴り落ちた。
「てっ、めえ……。ざけんな」「おっと。させませんよ、先生」
ビッ。リボーンのネクタイを千切るようにして奪い、両手首を縛り上げる。
「うわっ、あっ、あああっ……」
絶望だ、と、いわんばかりに綱吉が膝をついた。肘をがくがくさせながら自らの顔面を覆っている。眼差しを感じたのか、骸が喋らない内に頭を振りまわしていた。
「お、おねがっ。殺さないで……。やめて。殺さないで!」
「おやおや。さっきまでのボンゴレ十代目はどこにいきました? 綱吉くん」
愉しげに目を細め、囁く。足元に転がされながらも、子供が大きく舌打ちした。
「ダメツナが。こんなことくれーで動揺してんじャッ」
「君に喋れとは言ってない」
にこやかに靴底を顔面へと叩き降ろす。
肩越しに外を覗けば、ボンゴレファミリーはボスを追ってティアッカーナファミリーと正面衝突をしていた。絶え間なく銃声が響き渡る。骸の声には勝者の響きが篭もっていた。
「背走しようが、僕がいようが、ティアッカーナの首を狙おうとした先生のプロ根性には敬服しますがね。それで命を落とすんですから、殺し屋としては不満ないだろう」
リボーンの黒目が、憎憎しげに歪んだ。
「テメーが死ね」「随分短い遺言ですこと」
オッドアイを愉悦に歪めて、まっすぐ。
懐から取り出した拳銃、その引鉄に指をかけて振り下ろす。ほぼ同時に、綱吉が叫んだ。
「だめぇえ! 今まで隼人も山本も殺さなかっただろ?! リボーンには――アンタだって世話になった! その右目を取り返してやっただろ?!」
「ああ。そんなこともあった」
ふ、と、鼻を笑わせて、骸が歯を覗かせた。
「でも、だから? 獄寺隼人や山本武を殺さないでいるのは、ただ、彼らが切り札になり得るからですよ。リボーン先生と同じようにね」
「……なっ……」
思ってもみない回答だというように、目を見開く。
ふつふつとしたものが胸に沸き起こる。素直に、歓喜として受け取って両目に浮かばせた。
「死んだら、どうするんでしょうね? 綱吉くんは。泣き叫ぶ? 喚く? それとも声もでない? 発狂でもしますか? 僕はその瞬間が楽しみだ。君が、まだ君らしさを残していける上での牙城――。マフィアになっても正気を保ってるのは、こいつらのせいなんでしょう?」
歓喜の裏に、狂気じみたものが渦を巻く。綱吉は信じられないように骸を見つめ――、わずかに、喉を鳴らした。声がでてこないようだった。
くすくすしながら骸は自らの足元を見下ろす。子供が死にかけていた。
「肌から髪から爪から目から臓腑から脳髄から魂まで、すべて。僕というもので、埋め尽くさないと。それをしないと……綱吉くん」
淀んだ霧がオッドアイを曇らせる。
鮮やかな色をした二つ目が、獣のように爛々とした光を乗せる。
「何を言って……。何をいってんだ!!」
「耐え難いんですよ。君が死ぬ、そのときに僕以外の誰かを思い出す可能性を残しておくのは!」
声が上擦っていた。綱吉が、茶色い瞳を大きくして一心に骸を見つめているのもそれを増長させる。膝をついたまま、かける言葉がないのか、はたまた恐怖からか綱吉は拳を硬くした。ボタボタと涙が落ちてカーペットにシミを生んでいく。瞳孔を縮めて、オッドアイが見開いた。
「これは小手調べなんですよ、綱吉くん。君を狂わせるにはこれが最適だッ!」
少年の頭を蹴って、転がし、骸が腕を持ち上げる。
銃声が響いた。リボーンの、目と鼻の先で硝煙が立ち昇る。顔面を涙でぐちゃぐちゃにし、怯えたまなこをしながらも、綱吉は腕へとしがみ付いていた。
「…………っっ」
骸はニヤリとして綱吉を睨みつけた。
「やはり、僕の読みは正しい。日本からの友人どもを心の拠り所にしているんだ!」
「……ねがっ、撃たないで……」
振り払い、銃口を突きつけたが、綱吉はそれすら構わずに両腕に縋りついた。頭をガクリと垂らしたまま、懇願するような悲鳴をあげる。大粒の涙が頬に光る。
「なんでもするから。骸のいうこと。だっ、だから」
触れ合った肌は、互いに熱くなっていた。冷酷にオッドアイがしなり、綱吉は怖気づいたように震えたが、それでも掴んだ両腕を放さずにいた。
「それだけは、ゆる、ゆるしてっ……。何でもするから」
「ほお?」興を引かれたように、ニコリとしてみせる。
「……なら、僕にキスしてもらいましょうか」
「わ、わかった」下唇を食み、えくぼを浮かせながら綱吉が顔をあげる。
意識を失いかけた後のような、茫然自失とした目をしている。
上唇と下唇のあいだに、薄い隙間をつくる。戸惑うように何度かぱくぱくとしてから、片腕があがった。骸の頬へと指が添えられる。そのまま、綱吉が爪先立ちになっても届きそうにないので、骸は自らの腰を屈めさせた。倒れかかるようになって、彼が唇に吸いついてくる。啄ばむような刺激に、目蓋を半ばまでおろしていた。
「……僕が気持ち良くなるようにやって。わかるでしょう……?」
近視の距離での命令。綱吉は目尻をヒクつかせた。
数秒をかけて自らの唇を開かせる。おずおずと進みでた赤い生き物を向かいいれるように、骸も口を開かせた。侵入したものが、怯えるように、迷うようにしながら咥内を撫で上げる。舌と舌とが触れると、茶色い瞳が苦しげにかたちを歪ませた。
「…………っ」思い切るように、少年は大口を開けて唇に喰らいつきなおした。
骸は線のように両眼を細めた。舌を吸い上げてきながら、綱吉ががむしゃらに口付けを続けようとしている。首にしがみつきながらも、それを絞めるとか、そうした思考は浮かばないようだった。
根本から、不向きなのだ。争うとか殺すとか。元々の性格が優しすぎる――、あるいは意気地がなさすぎる。胸中で呟いて、骸は綱吉の額を抑えた。引き離して、袖口で自らの濡れた口角を拭う。茶色い瞳は不安げに上向いた。
「へたくそ。リボーンの命を返すには足りませんね」
「……、ま、まだやる。次はちゃんとやるから」
疲労と憔悴、嫌悪と混乱、憎悪と戸惑い、すべてを一緒くたにしたような瞳をしながらも綱吉が顔を近づけなおす。突きだされた赤い舌を見つめ、しかし、骸は口角を歪めた。
「いいえ。下肢を晒してみせなさい」
笑い出したい衝動で心臓が焦げ付く。
愉悦を称えたまま、額に置いたままの手のひらを滑らせ綱吉の頭を撫でた。
「そこのベランダで服を脱ぎなさい。下で命の取り合いをしてる奴らがいる。大衆の面前で僕を咥え込んで、浅ましく腰を振って見せるがいいさ」
骸が言い切るころには、綱吉の頭はがくがくと震えだしていた。
耐えがたいように目を見開かせ、顎を下げる。足元にはブラックスーツの少年が倒れている。
「……うっ」泣きじゃくった顔面を袖で拭うと、恐る恐ると、自らのベルトに手をかけた。
「馬鹿、か……。やめろンなこと」
微かな声。リボーンが、薄く片目を開けていた。
「おや。先生のために我が身を粉にしようとしてるんですよ?」
咎めるような声で、しかし、ガツンッと音をたてて靴先をリボーンの後頭部へと叩き込む。やめて、と、呻いたのは綱吉だった。
「やるから……。今、」
「くく、ははは。綱吉くん、脱がなくていいんですよ。冗談だ。美しい師弟愛ですね?」
自らの前髪を掻き分けて、骸。ボンゴレ十代目の頬に張り付いた乾いた涙を見つめ、くつくつとしながら喉を震わせる。外の銃声がやんでいた。
「少し妬ましい。ですが、皆、最後には殺してあげますよ。順番は君をあとにして」
どんな慟哭をあげてくれるのか。鬱蒼と呟きつつ、オッドアイを閉じる。
「愛してますよ。綱吉くん」肩に手をおき、抱き寄せて耳を食む。
軽い力だったが、解放されると、綱吉は腰を抜かしてへたりこんでいた。
「捨て身に免じてあげますね。リボーンに勝てたというだけで僕は満足ですから……。彼、いつだか僕を撃ってくれたことがあるんですよね。クフフフ」
「いっそ、あんたはあの時に死んでればよかったんだ……」
シニカルに唇を吊り上げ、綱吉の襟首を掴む。平手で殴りつけた後に、背を向けた。槍を手に、ベランダのへりに足をかける。秋口だというのに、生ぬるい風が吹いていた。
死なないで。咽びながら、呼びかける声が聞こえた。
肩越しに見れば、彼が、震えながらリボーンの傷口へ触れている。
「今、血、止めるから……。リボーン。しっかりして」
上着を脱いで、腹へと巻きつける。骸は眩しげに両目を細くした。
「…………」眼下にはすでに死体が残るのみ。
間を置かずにボンゴレファミリーが雪崩れ込んでくる。
(僕も、大概に愚かだ)骸は綱吉の背後に戻ってきていた。
後頭部を鷲掴み、無理やりに振り返らせる。驚いて、半開きになった唇にしゃぶりついた。いささか生気を取り戻した茶色い瞳が驚愕で見開かれる。
「んんっ?!」
「綱吉くん。自分が誰のものかを忘れないで……、っづ」
合い間で語りかけた声が、不自然に途切れる。
綱吉から身を放して、骸は自らの口角に指を当てた。噛み切られている。ァッ。驚いたのは綱吉だ。自らの口を抑えて青褪める。反対に、その反応で骸は余裕を取り戻していた。
「何でも言うこと聞くっていいましたね。今日の夜、窓の鍵をあけたままでいなさい」
「…………?!」槍を握る手に力を込める。それを見て取り、慌てて、綱吉が大きく頷いた。血の気が引いた顔で、庇うようにリボーンの頭を抱き寄せる。
それでは、また。冷ややかに見つめ、唇だけで呟いた。ダンッとカーペットを蹴る。
ボンゴレファミリーの面々が室内に飛び込んできた。