番外:空孵4話後:閑話

焔の陽炎




「なっ……。なんだ! 説明しろ、ガーレッテ! ボンゴレ!」
 足元が波打った。思わず屈みこみながら、綱吉は苦々しく息絶えている亡骸を睨みつけた。
「それは……っ。あいつが」
「死体が何だというのだ! この攻撃の主導者は誰だ?!」
(骸め)彼が起き上がればまだ話は通じやすい。が、伏した亡骸は唇を半開きにして完全に絶命していた。目を開ける気配もない。三人対百人、この状態でマフィアにケンカを売るなど狂ってるとしかいえない。(やりきる自信があるのか。信じらんない――)
 骸の死体。あれを燃やすなり、蜂の巣にするなりしてしまえば、骸を殺したことになるんだろうか? あやふやな思考が浮かび上がり、綱吉は眉根を寄せ合わせた。視界が白くなりかける。
(オレはやる。やるんだ。やる価値はある)
「山本! 引き続きガーレッテの護衛を頼む! 隼人、オレと一緒にそこの骸を――」
 しかし、引鉄を引く前に、ズキッとした悪寒で心臓を貫かれていた。呼吸が止まる。腕が、独りでに山本の腕を掴んでいた。
「? ツナ?」
「――――」 黒いものが四肢を蝕む。山本。昔からの、日本なじみには骸は手をださなかった。ださなかったはずだが。だが、すでにリボーンが撃たれている。自らの腕を見下ろしながら、かすかにうめいた。
「だめだ。殺される」
 そこで、唖然とした声が聞こえた。
 存在感のある囁きだった。
「……ミュッテ?」
 ホールの外へと逃げ出していく客の群れの中で、ガーレッテが膝をついていた。右腕の美女は、ぜえぜえと肩を揺らしながらガーレッテ・バウンドの後頭部に銃口をめり込ませていた。
「何の冗談であるのか、さすがのわたしも理解できない……」
 うっとりとするくらいの微笑みを浮かべて、マニキュアのついた指先が力をこめる。
(……だめだ!)綱吉は、逃げ惑った人々の壁を即座に突き破ってみせた。ジャッと絨毯が音を鳴らす! 銃口は、美女の額に向けた――。
「――っっ、ごめん!」
「ボンゴレ! 撃っちゃいけない」
 低い声で、ガーレッテがうめいた。
 銃口をミュッテに向けたままで、綱吉が愕然と両目を見開く。早かった。ぱんっ。短い音と共に、血飛沫があがって、金髪が血塗れになった。
「っ……」
 たたらを踏んで、しかし、片脚で自らの体重を支える。
 パタタッ、と、血の海に飛沫が落ちた。ミュッテが、大粒の涙をこぼしながら自らの顔面を抑えつけていた。
「わ、わたしが?」
「早まっちゃダメだよ?! 操られてたんだ!」
「ゆ、ゆるして。バウンド。手が……あっ、いやあぁああ!!」
「ミュッ――」「ツナ!!」
 だあんっ。ミュッテの側頭を貫いた弾丸が、綱吉の肩を掠った。
 山本に引き倒されながら、愕然として天上を見上げた。そこにシャンデリアはない。黒煙がとぐろを作り始めていた。黒々としながら蠢くもの。視線が外せなかった。
「ツナ! 逃げるぞ!!」
 視界が揺れる。オレンジ色の塊が、熱を伴いながら辺りを舐めまわり始めていた。
 ボンゴレを罵倒しながら招待客が逃げていく。だまされた、一網打尽にするつもりか、報復を覚悟しろ、そんな言葉が飛び交っていった。
「テメーらざけンな! ここまで血肉をかけて同業者への罠なんて張るワケねーだろ!」顔を真っ赤にして獄寺が叫び散らしていた。綱吉が固唾を飲み込む。
(これじゃ、もう同盟どころじゃ……っっ)
 救いを求めて顔をあげていた。(どうしたらいいの?!)
 ガーレッテとミュッテ。彼らの話術があってこそ実現した同盟だ。
 彼らは、背中を丸くして死に絶えていた。真赤な血が二人のあいだにある距離を埋める。混ざり合って、境目をわからなくしていた。……ガーレッテファミリーは、恋人同士が経営しているファミリーだという。視界が霞みだしていた。綱吉は、強く奥歯を食んだ。
(わかってるよ。泣くのは、あとだ)
(オレにできること、オレがするべきことは一つだけ)
「……骸は、オレがどうにかする」
「十代目、こちらからなら逃げられ――」
 肩に置かれていた手を振り払っていた。目尻から、飛沫が飛び散った。
(ごめん。オレは、……オレに関わっちゃいけなかったんだ。オレが変な話を持ち掛けちゃいけなかったんだ)骸が倒れていたはずの場所を睨みつけた。サングラスだけが落ちている――、しかし、心臓には貫かれたような痛みが残っている。ズキズキと疼いて、彼の行き先を告げていた。
「ツナ! どこにいくんだ?!」
「先に行ってて! 用事があるんだっ」
 扉が炎に巻かれている。けれど、炎の割れ目が見えるようだ。綱吉は自ら業火の中に踊りでた。割れた窓からは風が吹き込む。その風に煽られ、炎が右と左に裂かれて通り道を作った。
 神がかったタイミングだった。綱吉がすり抜けた数秒のあいだに、炎は再び揺らめいて道を閉ざしてしまった。叫ぶ声。
「待てよ!! 一人でいくな!!」
「十代目! 戻ってきてください!」
 呼びかけはすぐに聞こえなくなった。
 綱吉は階段をあがった。毛皮にすら火の粉の一つも浴びていない。炎が、陽炎のように揺れ動いていた。全身で呼吸をしていた。酸素が少なくなっている。
「…………骸ォ!」
 書斎の扉を押し破れば、彼らは総出でデスクの中身を漁っていた。
 ぎくりとしていた。意外に狭い部屋だ。――距離が、近い。反射的に、冷たい腕を鷲掴みにしていた。二人の、たった数分前に見つめた二人の亡き顔が脳裏を過ぎる。それが覚悟を固めていく。
 がちゃっ、と、音を鳴らして、綱吉は千種の側頭へと銃口を突きつけていた。
「動くなっ。逆らうなら撃つ!!」
「綱吉くん?」
 骸がキョトンとしてうめいた。
 憑依弾を使用した後だ。右の側頭から顎にかけてだくだくと血流を滴らせている。犬が、焦ったように千種の名を呼んだ。
「君がそういう手段にでるのは似合いませんね」
 ニヤリとして、唇に割れ目をつくる。
「黙れ。骸、許さないからな。ホントに……っ、酷すぎる!」
「ひどい? 僕が?」唇で綱吉を嘲ったまま、骸が首を傾げる。
 片腕は犬を制するように伸ばされていた。ガーレッテの書斎は、彼の地位と権力の割りには小さい部屋だった。デスクの後ろに巨大な窓があって、テラスへと続いている。テラスの方が、室内よりも広く見えた。
「千種を撃つんですか?」
 怒りも焦りもない。
 静かに、笑みすら見せて骸が言った。
「お怒りのようだが、当ててあげましょうか。君はガーレッテファミリーに肩入れしてた。あの二人は、まるで子供のように君を扱っていたからだ。……マフィアである前に、一人の未熟な若者として。君にはそれが心地良かったんでしょう?」
「黙ってって言ってるじゃないか!」
 金切り声をあげていた。千種の頭部へ、さらに銃口をめり込ませる。
 撃つ。撃ってみせる。低く囁いたところで、千種がうめいた。
「なら、今すぐやって。骸さまに迷惑だ」
「……え?」
「すぐだ。オレは足手まといになりたくない」
「あっ?! ちょ、ちょっと」
 引鉄に当てた人差し指に、体温のない指が重なった。
「!!」咄嗟に銃口を反らす。バアン! と、天井の一角に穴が空いた。骸がケタケタと笑いながら距離をつめてきた。
「わかってませんね。この子たちは僕のものだ。こころからね。そういった脅しは効かない」
「なっ……、い、今、ヘタしたら命中」
 言葉が途切れる。綱吉が動かなければ、ほとんど確実に千種を殺していた。
 ばしんと骸が平手で綱吉の手を叩き、拳銃が足元に落ちた。肩を握られていた。犬だ。怒りの形相で、綱吉を睨みつけていた。
「……おまえに個人的に恨みはないびょん。でも、今のはちょっとムカッときたぜ」
「あぐっ!」
 テーブルに叩きつけられて、悲鳴が洩れる。諌めるでもなく、骸は横目でその光景を見つめた。千種を起き上がらせると、テラスの外を顎でしゃくる。
「外へ。これだけ集まれば充分ですし、そろそろココも火に巻かれる」
 短い謝罪を千種が呟いた。骸は、軽く笑うだけで肯定も否定もしなかった。手にしていたブラックケースを千種へと渡し、犬にも同様の命令を告げる。
「まっ」
 待って! その言葉がでてこない。
 しかし骸はテラスへ出なかった。薄く笑ったまま腕を組み、まじまじと綱吉を見下ろしている。
「……骸さまは?!」
 テラスから、千種が叫んだ。ニィ。彼が、笑みを深める。
 ピアスの髑髏がぎらつく。炎に照らされて八つの瞳が獰猛に光る。
「僕は、彼にお仕置きしてからでないと」

 

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