番外:空孵4話後:閑話

焔の陽炎




「っ?!」超直感とは違う。生理的な悪寒が背筋を走っていた。
 すぐさま、綱吉は我が身の前で鞭を引き伸ばしていた。腰を低く落とす。ヘビに睨まれたカエル、と、そんな例えが日本にはあった。
 無性に思い出し、思い出してしまった自分自身に後悔を覚える。
 引くわけにはいかない。骸との対決が、今の綱吉には何を置いても成すべきものなのだ。落ち着かせるように、深呼吸をした。
「余裕ぶるなよ。骸……、今日こそ!」
「殺せないってわかってるクセに歯向かう。君のかわいいところですよ!」
 鞭の切っ先をよける。骸は素手だ、この点では綱吉のが有利である。三度ほど振り下ろすが、骸は全てを避けきった。四度目、着地と同時にペン立てを投げつける。綱吉は鞭の一振りで空中に散らばった文房具を叩き落とした。
 ばらばら、落ちていくボールペン越しに骸が笑うのが見えた。
「……でも、昔はそうじゃなかったですね」
 悦に入ったように、自らの顎を指先でなでてみせる。
「嬉しいな。僕が、君をそうさせた」
「ほざくのもいい加減にしろッ」
 ビュッ! 鞭の一閃がテーブルを叩く。
 綱吉が入ってきた扉は開け放たれたままだ。火の手が覗いていた。室内に煙が入り込む。
「クハハッ。愛してますよ!」
 ガツッと骸がイスを蹴り上げた。
 避けて、弾みで体勢を崩したが鞭の先が手首を捕えた。
(やった?!)捕縛の成功に歓喜が浮かぶ、が、骸は不敵な態度を崩さなかった。ゴミでも見るように、手首に絡んだ皮製の鞭を見遣る。
「でも、だからこそたまに君が本当に嫌いになる。よくも僕のものに手をだしましたね。君は僕のものですが、だからといって既に僕のものになってるものに手をだしていいワケがない」
 一瞬、何を怒っているかを理解できずに綱吉は目を見開かせた。
 ぐっ。鞭を片手で引き寄せて、骸は下唇を舐めた。
「これはお仕置きだと言ったでしょう」
「……ひゃ?!」
 突如、鞭が炎上した。
 両手まであっという間に炎が這い上がってきて、綱吉は両手を離して尻餅をついていた。両手が――愕然として見下ろして、だがすぐに火の手はまだ室内に入っていないことを思い出す。やられた。骸の幻覚だった。
 綱吉は、憎憎しげに『一』の文字を刻んだ六道骸を睨みあげた。鞭を手中にしながら、彼は独りごとでも呟くように遠くを見つめていた。
「さて。どう料理してあげましょうか。痛いのがいい? それとも、恥かしいものが?」
「どっ……、どっちもお断りだ!」
 千種と犬が脳裏を過ぎる。先ほどの行為を咎められているのだと、ようやく気がついた。イクスグローブの鍛練を兼ねて、笹川了平から訓練を受けている。ばっ、と、瞬時に立ち上がってパンチをしかけた。が。軽い。ハッとしたのと同時に、横から顔面を殴られた。
「うわあっ!」ガラス戸を突き破り、テラスへと転がりでる。
 背中が強く叩きつけられて目眩が起きた。
(ま、また幻覚……)
 このところ、骸の幻術が酷く力を増したように感じる。
 彼は、独自に動きつつも自らの修練を怠っていないようだった。つかつかと歩み寄る足音が無闇に胸中をかき回す。頭が痛み出している。手すりの向こう側、黒々とした木々を見上げたところで、背後からパシンと鞭が振り下ろされる音がした。
「では、両方ともやりますか」
「……あっ?!」
 バシッ!
 背中を打たれて、思考が吹っ飛んだ。
「反省する気があるなら早めに申告するんですね」
「はあぅッッ?!」
 バシィッ! 強く肩甲骨を打たれて、脳髄まで痺れるような痛みがやってくる。
 愉悦混じりの声が、獲物を前に舌なめずりした獣の声に聞こえる。綱吉は首を仰け反らせた。体が、思考よりも先に逃亡を望んで悲鳴をあげていた。
 ビシッ、バシッ、バシィッ!
「アッ、うあっ、ひぁぅッ」
 手すりに片手をついて上半身を支えていた。もう片手が、助けを求めるように首筋に絡んだままの毛皮にすがりつく。綱吉は、掠れた声で悲鳴をあげた。
「や、やめ……ッ、あっ、づうう!!」
 恥骨の後ろ側を打たれて、狼狽しながら足をすり寄せた。
 く。嘲るような笑い声が背後から立ち昇る。
「この淫らな道具は、もともと君のもんでしょう。こういう遊びの経験はない?」
 ヒュッ。鞭撃が尻の片側を叩く。ヒッ、と、喉を引き攣らせながら綱吉は懸命に首を振った。
「痛っ、あっ、ああっ!」
「何も知らずにディーノから鞭を受け取ったんですか?」
 少し意外そうにしながら、しかし、声音がますます楽しげになった。
「興奮してきますね。綱吉くん、背中を見せなさい。打ってあげましょうね」
「やっ。ヤダァあ!」本気で叫んだが、骸のが上手だった。
 乱闘の途中で解けたらしく、襟足に三つ網の名残としてウェーブが残っている。その髪をするりと撫でて、襟首の後ろからカッターナイフを取り外す。仕込んでいたものだ、ビッと綱吉のズボンに切れ目を入れると、ベルトの金具を解いて抜き取った。
「なっ、何す……っ。やめてっ!!」
 両手が手すりに括りつけられていた。引っぱっても、肌が引き攣って痛くなるだけだ。骸が、綱吉の頭上で頭髪を垂らしながらほくそ笑んでいた。
「イイ声で泣き喚くんですよ。欲情させてください」
「ヒッ」後頭部を鷲掴みにされて、スーツの襟に冷たいものが触れる。今度はナイフだ、どこから取り出したのかはわからなかったが、背広に一直線に切れ目が走った。
「くふ。せっかくの衣装が台無しですね」
 どうでもよさそうにしながら、ビリビリと残りを破り捨てていく。
 鳥肌を立てながら、綱吉は盛んに首を振っていた。
「やめて! やめてやめてやめて!!」
「本気で言ってるんですか。痛いのも実は好きでしょう?」
「ンなわけなっ……っ、ひあっ、やだぁああ!」
「ほら、これで丸裸だ。……滑らかな肌をしてる。たっぷり、苛めてあげますよ」
 嘲笑じみたため息とともに、骸が鞭を引き伸ばした。
「大丈夫。痕を残さないよう、上手くやりますから」
「そ、そういう問題じゃなっ……、あっ、あううっ?!」
 素肌を沸いた痛みは、先ほどのよりも数倍も鋭かった。ビシッ、パシンッ、バシッ!
「っ、づうっ、ううっ」首を振りたてながら、綱吉が手すりに身を寄せる。鞭がますます激しく背中を舐めまわした。往復しながら、横殴りに休むヒマを与えずに弾きつづける。
「ひぐぅっ。あっ、はううッッ」
 両目の裏側で火花があった。そうした遊びがあると、知らないわけではない。しかし我が身で、骸によって与えられるとは思いもよらなかった。痛みからか、綱吉の目尻が濡れだした。
「はあうっ……、う、あっ。痛ぅッ」
「かわいい声」聞き入るようにしながら、骸がオッドアイを山なりにする。
「痛そうだ……つらそう。くくっ。綱吉くん、もっと鳴き声をあげていいんですよ。ほら。ここはどうです。頭がぐらぐらするくらいに――、痛いんじゃないですかっ?」
「――あぐうぅぅうッ! あっ、願っ、やめっ……アぅっ、っ」
「もう音をあげるんですか?」
「うはあっ?!」
 ひときわに強く鞭が振り下ろされる。綱吉は身を捩らせた。
 蚯蚓腫れをうっとりとしながら見つめながらも、骸は肩を弾ませていた。にわかに額に張り付いた汗を、手の甲で拭う。
「くく、はは……。綱吉くん。今すぐに君の中に僕をいれてぐたぐちゃにしてあげたいくらいだ。ああ。そう。そういう目で僕を見るといい」
「ぅあっ!」
 睨みあげていた顔面に、その額に鞭が掠る。
  手すりに頭をぶつけていた。背中の痛みとは別に、ぐわんとしたものが脳内ではじける。一瞬、気が遠くなって綱吉は虚ろな目をした。骸が遠のいていく気配。
(お、終わった?)腕にかかっていたままの毛皮に顔を押し付ける。
 涙でぐちゃぐちゃになっていたし、打たれた頬も痛かった。はあ、と、深く息を吐き出したときだった。ぞく、と、したものが背筋を駆ける――。綱吉は喉を反らせて悲鳴をあげていた。
「ああああああ?!!」
 燃えた鉄。そのどろどろに溶解した塊が、肌に落ちてきた。
「うくゥッ?!」目蓋の裏側が点滅している。顔を真っ赤にしながら歯を食い縛り、脂汗を顎から垂らす綱吉を興味深げに見下ろしながら、骸はゆっくりと蝋燭を傾けていった。
「綱吉くんの肌には血の色も似合いますよ。くははッ」
「なァッ……、ああああああ?!!」
 ボタボタボタッ。蝋が、蚯蚓腫れの上にこぼれてきた。ビクビクと上半身を痙攣させて、綱吉は必死になって背中を捩らせた。縛められた両手から血が滲み出している。
「あつっぁあああっ、あっ、づう、あっ、ハアッ」
 蝋が背骨を辿るよう、緩やかに下降していく。背中を反りあげていた。情欲に声を濡らして、骸は興奮したように上擦った声をだした。
「誰によって生かされているのかお忘れないよう。君の支配者は僕なんですよ」
「やめっ。や、焼けるっ……ああ、ああう」
 腰と背骨をつなぐ窪み、そこに蝋を流された。
 腕を突き出しながら小さい体躯を震わせる。骸は楽しげに鞭を振り下ろし、背骨に被さっていた蝋を剥ぎ落とした。バチィン!
「うっぐううう!!」
 ビシビシと無造作に鞭が弾いてまわる。
 垂らしたばかりの蝋が剥がれる、その瞬間のひとつひとつが、胃袋をひっくり返すほどの衝撃を生んでいた。背中が燃えて、炎が脊髄を丸焦げにしながら脳髄にめちゃめちゃに荒らしまわる。
「……ッッッ」
 目を見開いたまま、綱吉は歯茎を見せていた。こうべを垂らし、それは骸に背中を差し出すような格好になっていたが。ひくひくと腿の内側が痙攣するのを感じた。
(もっ……、だめ)膨れあがった痛みは頭の中を真っ白にさせる。気を失う寸前だった。
 びしっ、と、トドメのような一撃が振り下ろされる。背中が真っ赤になって、腫れ上がっているのがわかる。皮膚もぐしゃぐしゃになっているだろう。このまま、死ぬんだろうか?
 ずるり。こうべを垂らしたところで、前髪を掴まれた。無理やり首を反り返らされた。
「綱吉くん? 嫌だな。幻覚ですよ」
 骸は、平然としながらオッドアイを笑わせていた。
「えっ……?」
「君の肌にそんな致命的なダメージを与えるわけがないでしょう。つまらない」
 言われてみると、唐突に背中を覆っていた熱が消えうせた。黒煙と一緒に空に昇ったかのように、跡形もない。頭の内側を侵していた真っ白いものも成りを潜めた、が。
「……ロウの方はね」骸が意地悪く一言を付け足した。
 背中に無数の赤線が走っていた。ひりひりしていて、染みるように痛む。
「しばらくこれで苦しむといい。僕のものだと骨身で理解なさい」
「はぐっ」蚯蚓腫れにツメをたてながら、骸はニッコリとした。すでに書斎は炎の海に包まれている。その中に、鞭を放り投げる。綱吉は涙混じりにうめいていた。
「大嫌いだ。悪趣味……っ、変態。サディストか」
「へえ? 今までわからなかったんですか」
 強引に体をひっくり返され、両腕が捻れた。苦痛のうめき声をあげる綱吉を無視して、骸は、傷だらけになった背中を撫でながらも口角にナナメの切れ目をいれた。
 ぎゅっと綱吉のものを五指で握りしめる。
「僕は知ってましたよ。君はマゾっ気がある」
「ち、違っ。これは興奮して――」
「したんじゃないですか。生理的な興奮も性的な興奮も元はいっしょですよ。ほら、僕も」
「!」相手のものが足に擦り付けられる。綱吉の目尻から涙が落ちた。彼が、当たり前のように前を寛がせて綱吉の上へと跨った。小刻みに首を振るが、意に介した様子がない。
「愛してますよ……。そんなに怯えると余計に興奮しちゃいますよ。綱吉くん、でも、もう僕のものには手をださないと誓いなさい。ねえ? いい子ですから」
「……っ」喉がひくひくとしていた。飾り立てたはずの全身は無残なものだった。毛皮はところどころが皮を剥き出しにしていて、スーツは破られて、イヤリングの片方が無くなっている。まだ、残っている片方を弄くりながら骸はくすくすと笑いだした。
「犬にも後で仕置きをしないといけませんね。どんなことがあっても、僕のものに――それも、君に手をだしたんですから」
 ビッとイヤリングを引き千切ると、骸は自らの右耳にある髑髏のピアスに触れた。慈しむように撫で、綱吉の耳朶を見下ろす。そうしながら、もう一方の手で綱吉の髪の毛を掴んで自身に絡めていた。
「今度はピアッシングでもしてあげましょうか……。僕のものだと常に主張してくれるでしょうし」
「や、やめ……」目の前で擦りたてられて、髪を強くグイグイと引かれて綱吉が悲鳴をあげる。汚らわしい行為だった。興奮したように肩を揺らしながら、骸は頬を紅潮させた。
「ほんとに。君は最高ですよ、綱吉くん。どれだけ相手をしていてもまだ体が熱くなる」
 腹の上に乗ったまま、酷薄に笑う。
「ううっ?!」先端で額をぐりぐりと押されて、さらに涙がでた。道具のような扱いだった。
「綱吉くん。そういう、嫌悪に歪んだ顔も好きだ。かわいい」
 肌が粟立ち、体内まで鳥肌が立つような錯覚。額に昂ぶりを押し付たままで最後を迎える気らしく、押さえ込むように首筋を撫でられて、綱吉は泣きじゃくっていた。
「や、やめてっ。やだっ。やだあああ!!」
 ばっと顔面に熱いものが散らばった。満足げな吐息が頭上にふる。
 親指が、顔を覆ったとろみのある液体を塗りこめるように蠢いた。
「あぅっ……」愉悦があった。狂ったような目をして、丹念に指を動かしている彼が。胸に沸くのが恐怖か憎しみか憐憫か、境目がわからないくらいにごちゃごちゃとなっていた。うなされたような声が出た。
「……アン、タ……、最低」
 骸がにやりっとする。睫毛が触れ合うほどの距離に、オッドアイが近づいた。
「でも、反省していただけたでしょう?」
 吐精したものが綱吉の唇にまで垂れていたが、構うことなく口付けていた。
 ぴちゃり、と、濡れた音が響く。舌を絡ませながら、合い間を縫うように骸が囁いた。
「綱吉くんと遊ぶのは、楽しいんですけど……夢中になりすぎるから、すこし、毒ですね。僕の天分を忘れてしまいそうになる」
「……っ放っておけば……オレのことなんて」
 涙声でうめく。それは本心だった。
 もはや、何年だろう。いつからか。いつの間にか、骸の影がピッタリと寄り添うようになった。がりっとした痛みで我に返った。骸が、舌に噛み付きながら口角を吊り上げていた。窺うように、面白がるように覗き込んでくる。
「僕は君を愛してる。放っておくなんて、そんな酷いことできるわけないでしょう?」
 赤い瞳。『六』の文字が痛い。ぺろ、と、鼻先を舐めると骸は腹の上からどいた。両手を縛めていたベルトも解かれて、綱吉がずるずるとテラスに体を沈める。背中は手酷い火傷を負ったように熱くなっていた。炎で埋まった書斎を振り返りながら、骸はテラスの土台を確認していた。
「ここもそろそろ焼け落ちますよ。一人で逃げられますか?」
「いい……。アンタの助けなんかいらない」
「可愛くないですね」
 薄く笑って、感情もなく骸が呟く。
 その両眼がじっと自分を眺めているのを感じる。顔面にこびりついた白濁と、蹂躙が色濃く残る背中。それらは骸の征服欲やら独占欲を満足させるのに充分だっただろうし、欲望をぶつけた直後でもある。骸は、普段、綱吉がみるよりは穏やかな顔をして裏庭の一角を指差した。
「あそこの塀を昇れば外にでれますから。表口と裏口はやめたほうがいい」
 満足に動けるだけの体力が残っていなかったが、それでも、上半身を持ち上げた。顎からぼたりと垂れる濁ったもの。骸が、笑い顔で念を押すように呟いた。
「好きですよ。君が何よりも。僕の愛しいもの」
「こんな、仕打ち、しておいて……?」
「もちろん」即答の後に、骸は横目で綱吉を窺った。
「? 綱吉くん、優しくしてほしいんですか?」
 本気で、不思議そうに尋ねる声。そうすることの意味がわからないというようだ。綱吉は、震える腕で手すりにしがみ付いた。庭先から、仲間の呼び声が聞こえた。
「――……冗談だろっ」
(追いかけてやる。それで、どうにか。どうにかなればいいんだ、アンタなんか!)
 ぎり。噛みしめた歯を見つめながら、骸は頷いて見せた。夢想するように腕を広げてみせる。
「愛していますよ。もっといい舞台で、君に華々しい死を差し上げよう。僕だけを……僕だけをこの世界に感じられるように。そんな体に、もう仕立てあがってるようには思うんですけど。でも、君には、まだ仲間がいる。だからまだだ。綱吉くん、また会う日までお元気で」
「殺させない。みんなには手をださせないから」
 呟いていた。ガーレッテの屋敷は今にも崩れだしそうだった。
 クスリ。踵を返しかけた骸が、肩越しに振り返っていた。
「本当、今すぐにでも殺してあげたくなるくらい憎いことも言いますよ。君という人は」
 アッディーオ。低い声で別れを告げて、彼は闇夜の中へと踊り出た。タアンッ。何かを蹴るような音。枝の上を通っているらしかった。
 拳を握りながら、綱吉は骸が立っていた位置を睨みつけた。
 天命。骸がかつて口にした言葉が脳裏をよぎる。手首には、深々とした線が走っていた。獄寺か山本か、驚きながら早く飛び降りろと呼びかける声が合った。テラスは、もはや崩壊寸前だった。
 嬲られて傷だらけの背中が、屋敷から延びる炎によって炙られる。それだけで気が遠くなるほどの痛みがあった。毛皮で入念に顔を拭い、そうしたあとで、綱吉は焔の中へと毛皮を投げ捨てた。
「隼人? 山本――、飛び降りても大丈夫そう?」
「ああ。受け止める!」山本が叫ぶ。
 張り合うように獄寺も返事をした。
 逃げる途中で振り返れば、屋敷は陽炎に包まれているように見えた。

 


おわり




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