天濫




9.
 近頃、ボウとしていることが多い。
 二人にまで指摘されて、骸はやさぐれた気分になりながら頬杖をついた。
「馬鹿らしいですね。大群の中の一人っていうのは」
「骸さま、こいつらは?」
「身ぐるみ剥いで棄てておきなさい」
 イスに腰かけ足を組みながら、彼が見つめるのは赤々とした朱色だった。床の一面に広がって、その上に男たちが倒れこんでいる。
(久々に接触したと思ったら、こんな末端の仕事……)
 イライラとしながら、ルッソーニと呼ばれる男を思い出す。ディーノの部下だったが、考えれば考えるほど八つ裂きにしたくなってくる。
 骸が足を組み替え、ため息をつくあいだに千種が事を終えた。
 待ってましたとばかりに、犬が男たちを扉から階段めがけて蹴り上げた。
「お〜〜っ。いい落ちっぷり!」
「…………」床にこびり付いた血痕に懐かしさすら覚えて、しかし、骸はつまらなさそうに目を細めた。夕方、家に帰れば綱吉は不審げな眼差しを向けてきた。
「今日、学校にいました?」
「いましたよ」
 しらっと言い切ると、綱吉は相好を崩す。
「美術の教科書、借りっ放しだから返しにいったんですけど……」
 自室に行きかけて、階段の途中で振り返る。
 制服は長袖に変わった。あの、海に行った夏の日以来、綱吉は骸の言動を気にしているらしかった。骸は、半眼で見つめ返しただけで部屋に戻った。
「大群の一部、か」
 はたして誰のことを指すのか。考えると途方のない気分になる。
 欲しいものは無い、と、かつて綱吉に言い放ったことを近頃の骸はよく思い返した。本当に? 今でも? 解いたネクタイが、するりとして、指のあいだをすり抜ける。
(憐れだ……)
 呟く。
 隣の部屋から、多量の人の気配を感じた。
「――――」何かを言いかけてはやめる日が続く。根底からズレていくような、奇怪な心地。
 リビングに戻ると、暖かな湯気がたっていた。奈々が鍋を掻き混ぜていた。
「あら。骸くん、手伝ってくれるの?」
「ハイ。シチューですか」
「母さん。麦茶ってまだあったっけ」
 ぱたぱたと足音がして、綱吉がきた。頷いたのは骸で、言われる前にコップを用意した。獄寺と山本と、綱吉の分で三つ。綱吉がギョッとした。
「わかりますよ。それくらい」
「静かにするようにしてます……」
 萎れた声をだす彼に、骸はくすりとした。
 近頃、よく思い返す。最初はこうでなかったはずだと思う。
(いつから、どうしてこうなったっていうんだ)
「綱吉くん、僕の名前は?」
「え? む、――骸さん」
 骸は首を振る。コップを抱えて戻ろうとしたのは、至極当然のことだった。けれど、骸は彼を呼び止めたかった。
 奈々が台所を出て行った。
「……六道骸」救いを求めるように、彼女の背中を追いかけながら綱吉は応える。満足げに唇だけを笑わせて、その様子を見咎めたのは茶色い瞳だ。両目が、まっすぐ骸を射抜く。
「骸さん、最近おかしいよ」
「僕がおかしいとすれば、昔からだと思いますけどね」
「そうじゃなくて。元気が無いっていうか、オレのことよく見てるし――、機嫌が悪そうっていうか。何か、言いたいことがあったら言って下さいね」
「言いたいこと?」
 言葉の意味を推し量るように、骸が首を傾げる。
 小馬鹿にしたように唇がめくれた。
(もう、一つしかないのに)それを口にする。たった数秒で終わることだが、だったが、だからなんだというのだろう。それが言う理由になるとも、言わない理由になるとも思えなかった。
 ただ、歯痒さだけが募って骸は目を伏せた。
「あ、なんかヤな予感」ドタバタッ。
 上からの物音に、綱吉が眉を寄せる。
「綱吉くん。もう一度、呼んで」彼が踵を返す直前に、骸が呼び止めた。奇妙そうな顔をしたが、綱吉は言われた通りにした。昏さを浮かべた声で、骸が告げた。
(いつまでこんなことを)もう。もう、限界に近づいている。過ぎた後かもしれなかった。
「君に、言いたいことがあります……」
「? 何ですか」再び、頭上から爆音がして綱吉が眉を寄せた。
「僕にも、欲しいものができたんですよ」



>> 10. へつづく

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