天濫



4.
「じゃ、二人ともよろしくね」
「はい」ニコニコとして骸は別れを告げた。
 片手を振る、その骸の仕草の気楽さに、綱吉は離れたところに立ちながら寒波を覚悟した。
 扉が、閉まる――。予想通りに、その途端、骸は態度を豹変させた。
「……くだらない」
 低い呻き声。
「む、骸。道わかるの?」
「適当にコンビニ行けばいいでしょ。気遣いなく」
「そ、そういうんじゃなくてさ、ポイントカード渡されただろ? スーパー行こうよ」
 骸は右手を開けた。五千円と白色のポイントカードと、示された波並スーパーのロゴマークに辟易した様子で首を振る。
「付き合っていられませんよ、そんなモンにいちいち。君もついてこなくていい」
「て……。手伝いに出されてるんだよ。手伝わないで戻ったら、怒られそうじゃないですか」
「僕の知ったことじゃありません」
 傲慢に言い捨て、少年は踵を返す。
「――っとにかく、こっち。そっちじゃない!」
「…………」
「た。頼むから、そういう目で見ないでくださいってばっ」
「ほう。どんな目だって言うんですか。ゴミクズでも見るような? 君、自分がクズじゃない自信があるんですか?」
「あん、た、なぁっ。いいから来てよっ!」
 ふう。骸がため息を吐き出した。
 唇を真一文字に引き結び、黙りこくって綱吉の後につく。辺りの住宅街から、誰かが姿を現す気配はなかった。骸と二人きりだ。
(後ろから刺されるとか、そんなことはいくらなんでもな)
 スーパーの自動扉を潜り抜けると、まっすぐに骸が米売り場へと向かった。カゴを取り、後を追いかけた綱吉だったが、骸は気に入らなかったようだ。無言で、綱吉を睨みつける。
「へっ」
「……君は、水」
 頼まれたのは、お米と飲料の買出しだ。
 ご飯を炊こうとして、奈々は米びつの底が全て見えていることに気付いた。すぐに飲める飲料もなく、ミネラルウォーターと米袋とを買ってくるよう、息子と居候に指令がくだされた次第だった。
 ペットボトルを二本、入れた後で、綱吉は合流した骸におずおずと声をかけた。
「あ〜〜……、骸さん」
 おっかなびっくりに、首を曲げる。
「アイスはどれがいい?」
「どういう意味ですか」
「買い物手伝ったら、アイス買っていいって母さん言ってたじゃないですか」
 一瞬だけ、骸は呆けた顔をした。
 次には眉が吊り上がる。侮辱と受け取ったんだろうかと、綱吉が疑うほどに尖った物言いをして骸は首を振った。
「ホントに君たちには愛想が尽きますよ。つきあってたら僕まで馬鹿になる」
 カゴを奪い取り、綱吉の手からアイスを奪い取り、そのままレジへと足を運ぶ。
 帰り道も半ばのころ、ようやっと、綱吉は声をかける勇気を持つに至った。少年の背中が放つオーラは、触れただけで火傷しそうだ。
「骸、手、痛くならないの」
「……君の荷物はそれで充分でしょう」
 大股で先を行く骸に、綱吉は追いつくだけで精一杯だ。彼が、一キロの米と二本のペットボトルを持っていた。無言で袋に入れると、骸はそのままスーパーを出たのだ。
「いや、あの。……いくらオレでもペットボトル持てる筋力くらいは……」
 申し訳がなさそうに両手でアイスを持って、綱吉が引き攣る。骸は、つまらないものを見る眼差しを向けた。
「好きなだけピクニック気分を延長させてればいいじゃないですか。ねえ? 君はボンゴレ、僕はイヌ。けっこうですこと」
「イヌって。そんな、心にもないクセに……」
 ぼそりと恨みがましく綱吉がうめく。
 行き先に、沢田家の明かりが見え始めていた。
 骸は速度を変えないまま、嫌気が差したように言い放った。
「君の、そういうウジウジした態度はいかがなものかと思いますね」
 肩越しに振り返った青目は、軽蔑の色に歪む。
「虫唾が走りますよ。そういうの、甘ったれた根性の裏返しだって自覚してるんですか?」
 首を縮めて、綱吉は暗く瞳を上向けた。前々から、思ってはいたことだった。
「骸ってオレのことすごく嫌ってるよね」
「ええ。知らなかったんですか?」
「いや、なんとなく知ってたけど……」
 逡巡しながら、綱吉は奥歯を噛んだ。骸のは敵意というより殺意に近い、常に。
(それを悲しいと思うのはいけないことじゃないはずだ)
「勘違いなら……、いいなって思ってました」
 ふ。溜め息じみた嘲りと共に、骸が視線を彼方へと凪がせた。
 薄い雲がかかり、夜空が黒い霧を被ったようにくすんでいた。
「また、嫌いな理由ができたと報告してあげましょうか? 君の態度も考え方も、何から何まで気に入らない。反吐が出る」
 やるせない思いを噛み砕いて、綱吉は瞳を上向けた。星の少ない夜空だ。



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