天濫
1.
「さあ、今日からここがお前さんの家だ」
にこやかに言い放ち、金髪の青年は両手を広げた。
彼は、靴を脱いだ後で感慨のない眼差しを向けた。変哲のない天井だ。わかっていながら、敢えて見上げているような白々しさがあった。
「六道骸クンね。イタリアからの帰国子女なんですって?」
青褪めながら、廊下の壁にへばりつく息子を置いて奈々が前へと進みでた。
外と同じ、春色の声をだしながら、息子を指差した。
ギクリと哀れなくらいに震えたが、それは気にとめなかったようだ。
「わたしは沢田奈々。困ったことがあったら何でも言ってね。あっちは息子のツっ君だけど――」
「つ、つなよし! 沢田綱吉だよ。でも母さん、骸はオレのことは知ってるから」
「あら、そうだったわね。じゃ、ツッ君、案内をよろしく」
「ウッ」
モジャモジャ頭の子供を両手に抱え、右脇にチャイナ服の子供を従え、左脇にスーツ姿の赤ん坊を従えていた。
「や……。やだよ。そう、宿題だってあるし」
「それくらい後にしなさい。わたしは夕食の準備をするの。ホームステイ初日なんだから豪華にしなくちゃ……」奈々はエプロンの腹をポンと叩いてみせた。
青年が、骸の背後に佇んだままで声をかけた。
「ヘヘ。お構いなく。奈々さんにゃ、コイツを置いてもらえるってだけで感謝してるぜ」
「ディーノ君も、ご飯食べていくわよね」
「あ〜……、そうしてえんだけどな」
言い淀むディーノを置いて、骸は肩にかけたスポーツバッグを廊下に置いた。綱吉が口角を引き攣らせ、足元を見下ろす。
「リボーンがいけよ。お前なら、骸も大人しくしてるだろ」
「テメー、オレに命令できる身分か?」
ウグ。うめく間に、骸は自分勝手に廊下を進んでいた。
「荷物はどこに?」
「あっ。あ、ああっと。父さんの部屋が空いてるから、そこ使って」
「父さんの部屋とやらは、どこに?」
ジロリとした半眼が返される。
肩を強張らせて、慌てて階段を率先した。
突き当たりが父親の寝室だ。骸の下宿が決まったときには、物置として使われていた部屋だが、申し分ない広さがあって家具も揃っている。
「あ、あれ。ベッドがなくてさ、布団なんだけど……。どうやって寝ればいいか、わかりますか」
「はあ」返事らしき発音ではなかったが、了承のニュアンスが込められていた。
骸は扉を開け放ったままで荷物の解体を始めていた。綱吉は、口をモゴモゴさせて腕の中のランボを見下ろした。
「ここ、この階段沿いのとこ。オレの部屋だから」
困ったことがあれば、来てもいいよ。
用意していた筈の言葉は、しかし実際には綱吉の喉を通らなかった。骸は背中を向けたままで淡々と衣服をタンスに押し込んでいく。脱力していく両腕に目を丸めて、ランボは骸を見つめた。
物珍しげに見つめる瞳は、爛々とした光を帯びていった。気がついて、綱吉がゲッと悲鳴をこぼした。
「おまえなぁ。絶対に、アイツには手をだすなよ。殺されるぞ」
「へぇ〜。ランボさんより強いのか」
「強いよ! オレだって何で勝てたかわかんないくら――」
「ん? なんだ、ツナの子分なのかァ! ならオレっち楽勝だもんね!」
「あっ?! やめて――っっ!!」
するっと腕を飛び出して、ランボが駆け出した!
少年は、その左右で色の違う瞳をランボへと向けた。右腕が持ち上がるのが見えた。あとは、一瞬だ。情けも容赦もなく、ランボの顔面がバチッとフローリングに向けて叩き付けられた。
「あ……、あ」
綱吉が蒼白になって口をパクパクとさせる。
「う、う」ビクビクと痙攣した後、ランボが大口を開けた。
「うぎゃびいいいい――――!! いでえええ!!」
モジャモジャのアフロに骸が片腕を突っ込んだ。険悪に寄り合わせた眉間を剥き出しにして、凄んだ声をだす。
「ガキ。殺すぞ」
「っ、……っそ、それれれれででえええ」
「僕だって好きでココに住むわけじゃない。貴様のようなクズに付き纏われるのはゴメンだ」
「ら、らららら、ランボさんはァ、この家の大将……、でっ……」
骸の両眼が冷え冷えとした光を灯す。
しかし、次に動く前に、綱吉がスライディングしてランボの両足にしがみ付いた。滝のような汗で背中がビッショリだ。
「ゴメン! こいつ、まだホントにガキなんだ! バカなだけなんだよ! あんま脅すとチビっちゃうから、返してよ。な?」
ギラリと、獣の眼光が上向いていった。
「君もだ。君を認めたワケじゃない。ここに来たことは、生き延びるための手段でしかない。理解しているのか?」
「わ……」喉が震えそうで、慌てて抑え込んだ。
「わかってる。でも、ディーノさんに感謝しろよ。お前らを処刑人から解放するのにすっごく苦労してくれたんだから」
「その割りには、彼は何の情報も僕に与えないが。千種と犬は?」
そこまで知らないのか。若干、驚きを覚えつつも綱吉は頷いてみせた。
「千種さんは山本のところ。犬さんは、獄寺くん――、と言ってもビアンキさんのところだけど。ともかく、お前と同じで、今日から下宿生活だよ」
推し量るような眼差しが、針として綱吉に突き刺さる。
ランボは大粒の涙と共に綱吉の名前を連呼していた。色違えの瞳は、ランボを通り過ぎてフローリングを見つめた。
「下宿ではなく軟禁の間違いじゃないですか? 忠告しましょう。僕らを懐柔しようなんて、思わないことだ」
綱吉は、気まずげに眉間を皺寄せた。解放されたランボがその胸に飛び込んだ。
「悪いけどさ。アンタが思ってるより決定権なんてないから、」
階下から奈々の大声がする。夕飯だ。
「オレに意見を言ってもどうしようもないよ……」
>> 2. へつづく
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