リングとミリオン:ターン3
「美少女とデイモン」
……ひとまず、声はかける。
「家は?」
「――――…」
ドアを蹴り開けてきた少年は、ぎらっと眼光をたぎらせた。
紫と黒のストライプパーカー。インしているTシャツは灰色迷彩柄。布団にもぐっている幼馴染みなど無視して、彼はベッドにずんっと腰を押しつける。
うごぇッ! 悲鳴しながら、綱吉はどうにか片手に目覚まし時計をわしづかみした。
目の玉が飛びださんばかりに開かれた。
「ま、まだ九時じゃんっ!! 何考えてんだおまっっ!!」
「――だらけていますよね」
遠慮せずに骸は足組みする。腕も組んだ。
左目の反対側には今日も、医療用の眼帯が引っかけてある。
「ぐぅっぅぇ……!! つ、潰れ、潰れて中身が出るっつううのぉおお!?」
「潰れあんぱんみたいになれるんですか? フッ」
「てめ、いいかげん、重たいっ!!」
「クフフフフフフフ……」
(何なんだぁああああああああ!?)
ここ数日、学校では顔を合わせていない。
プライベートでなら昨日でやっとだ。朝食の席で、骸はまだイチゴのヨーグルトを食べていた。
夜は、綱吉はまたしてもガイに拾われて外食となった。このところ連日である。
――そんなふうに思い返すにしても、百七七cmを超えて体重は六二キロある少年が乗っている。
「ぐ、ぐあおおおおっっ……〜〜だあああああああっ!? なんなんだよ!! なんか用かぁっ!?」
「さて。どーしたんでしょう?」
「今日は日曜日だってわぁってんのか!?」
じたばたする綱吉の後頭部に、骸の頭後ろにある特筆的な房がこすれる。骸が、腕組みしたまま上半身を倒し、寄っかかる。
「アホですかね? 間違うわけがないでしょう。君じゃあるまいし」
「なんだよぉぉ……、めんどくっせーなぁ……っ」
ものごころがつく前より傍にいる幼馴染みである。
許嫁を告知された、数日ほど会話がない、だからと関係が壊れるほどの間柄ではなかった。
綱吉は、ふり返れるだけ首を曲げて、骸に毒づく。
「相っ変わらず鬼畜だなオマエ! なんだよ、骸、ヒマしてんのか」
「……はぁ〜」
これみよがしな嘆息だった。
ごつん。ついには後頭部のてっぺん同士がぶつかってくっつく。骸がしゃべるとゴッゴッゴッ、微振動が伝達される。
「クロームがね、模様替えしたいと強請るんですよ。デイモンと二人、今朝から大盛り上がりときたもんだ」
「だからってなんでオレの部屋に避難するんだ……」
本気で苦しいので、そろそろ下敷きから脱出しようと手をつく。上半身を起こせば、ずるり……、と今度は骸がベッドに寝転がるようになる。
視線だけは合っていて、綱吉はハッ! とした。
「ま、まさか許嫁だからか!?」
「阿呆ですね」
「いッッでぇーッ!?」
予想外の角度から肘鉄が食らわされた。
ついでに起き上がって、ベッドに座り直す少年。つばを飛ばした。
「ぼ、暴力反対ーっ!! ツッコミしただけじゃん!?」
「万死に値するんですよねぇ……。奈々さんから、連絡とかありました?」
「一回、なら」
「なんて」
「……お前と仲良くしてるかってさ」
「…………」
「…………」
双方、語らずとも空気が淀んで粘り気を帯びるのが手に取るようにわかった。
骸は、腰に手をつき、立ち上がる。
慌てて綱吉は窓辺にさがった。
「な、なんだ……あ、何してんのォおーっっ!?」
勝手知ったるもので六道骸は勝手に学習机の最下段にあたる引き出しを開けている。
そこは、テスト答案などをこっそりとよくしまう、綱吉の定番の隠し場所だ。骸はごく当たり前に、弁護士による許嫁関係の書類を回収した。
「これねぇ……?」
「あ、ちょ、破るなよっ!? いちおう取っといてあるんだからな!?」
「ああ。でもこれ、僕のですよね。交換したじゃないですかあのとき」
「んなっ!? ヘリクツーっ!!」
骸は冷ややかなものだ。検分するように証明書を手に広げた。
「ま、大方は暗記しましたから。僕にはもう不要ですがね。こんな妖しげなブツを後生大事にしまっておく君の神経は疑いますけど」
「な、な、……忘れちゃったらどーするんだよっ?」
「さすがダメツナ」
「お前とっとと帰れええええええ!?」
頭を抱えてのツッコミを無視して、ふと声色のニュアンスを変える。視線は証明書に向けたままで、骸が呟いた。
「そういえば兄さんと仲がいいんですね」
「はあっ!?」
「何度も迎えにきている。校門の前、目立ってるんですよ」
「あ。あ、……、そう、だろうな」
「やめてくれませんか。迷惑だ」
「オレに言われても……」
正直に、口をごにょごにょさせる。
相手は好青年かつ大人の財力のある男性だ。にこやかにエスコートしてくれて、美味しいものにまでありつけるとくれば、断る理由がどこにあるというのか。
そして、六道骸は基本、些細なことでも綱吉に反抗されると不機嫌になる少年だった。
皮肉と嫌味もふんだんに、綱吉を呼び捨てにした。
「綱吉。そんなに懐いてましたっけ? 僕と同じ顔ですよ、アレ」
「なんだよ、毒のある言い方――」
机に、許嫁を確約する証書が叩きつけられた。
「ともかく、苛立っているとは認めよう。しかし綱吉、面倒臭いのでこれが理由で僕を避けるのはいい加減に止めて貰いますよ」
「……さ、避けてんの、どっちかっていうとお前のほうじゃん」
「君も、でしょうが?」
「…………」
図星では、ある。声に詰まる。
ただ、綱吉としては、許嫁がどうこうよりもガイとの入浴を知られた――こっちの方が避ける理由としての比重が大きいのだが。
顔色を窺ってみると、骸は自分の肩を上下させてなにごとかを諦めてみせる。
眉間のしわを戻し、綱吉もしばし思索をストップさせた。
――このところ、色んな重大なことがあったような気がする……頭が混乱ぎみである。それは、事実だ。
ふー、鼻から深呼吸をする。ほとんど同時に、頷いた。
骸もしらっとして頷く。眼帯がかかっていない左目を瞬きさせて「これで解決ですね」と、簡単にまとめた。
「クフン。ま、君のやることなんて、たかが知れてるんですがね」
綱吉のベッドに腰をおろし、パーカーのカンガルーポケットに両手を突っ込ませる。
そのポケットを意味なく視線をやって、綱吉も隣に座った。
休戦協定は結ばれたのである。
「母さんが帰ってくりゃいいのにな、早く」
「結婚、ね。僕らが何歳だと思ってるんでしょうかね、一体……」
沈黙が室内におりた。
しばらくして、綱吉は断らずに洗面所に向かい、顔を洗ってハミガキして冷蔵庫のジュースも飲んだ。戻ってきても骸はベッドの上に居て、証書のコピーを読み直すなどしている。
綱吉の布団は丸められてぐちゃっとされて、背もたれ兼、肘置きの有り様だ。
午前中の淡い光が、綱吉の部屋に満ちている。
(……読み直したいんなら、破かなきゃよかったのになー)
ツッコミは秘密だ。面倒くさいから。
「……それさぁ、」
パジャマのボタンをはずした。
標的マークのトランクス一丁になって、それから頭からプルオーバーパーカーを被った。
ぷは、頭が抜けると、息継ぎをする。
「――おまえんちの、両親が居た頃なんだよな。てことは幼稚園か」
「僕らはそんな年齢だったでしょうね」
綱吉は洋服ダンスを漁って手頃なズボンを探した。骸を見ずにぼやく。
「そんときから決めてるって相当だよ」
「あの時期なら僕のがよっぽど可愛かったと思うんですが……あぁ。どっちが女役か、指定がないんですね。これ?」
「あってたまるかぁっ!? たっ、たた!」
ズボンに入れた片足が突っかかり、前へとよろめく。慌ててタンスにしがみついた。
誓約書で己の顔面を扇ぎ、口元を隠している骸は、流し目を寄越してしっかりと一連の現場を眺めている。
みっともない場面をまた目撃された、いくらか気恥ずかしさを覚えて綱吉は頬を染める。早口で捲し立てた。
「や、オレが男役やるっつってるワケじゃないよ!? トンデモないよ!! オレはノーマルだか…っつあヒトんちの目覚まし時計を投げんなぁああーっ!?」
「この紙っぺらをどこまで信じてんですかね?」
「おにーちゃん!」
と、アメジストの髪と瞳の少女が部屋のドアを開け放った。
黒袖の服、黒だけれどフリルでこんもりしたミニスカート。ニーハイソックス。
枕も投げようとする兄と、腕を交差させて顔面を庇う幼馴染みに構わずに、彼女は歓声を張り上げた。
「リフォームができました!」
「……改装!?」
「リフォーム!?」
驚愕の声はだぶるのだった。
六道家の玄関にて、綱吉は、真横に立っている幼馴染みからビシビシと擬音が聞こえる気がした。ヒビ割れが入念にはいる音である。
二十cmほどの身長差を見上げれば、彼のアーモンド型の瞳は今やレモンのように拡がって、薄い唇は逆三角形になって固まっている。
クロームが骸の手首を引いている。
家にあがる彼についていくと、物見遊山のこころがまえだった綱吉ですら、戦慄した。
「……ひっ!」
廊下はもふもふの赤絨毯。ゴシック調なのか何やら液体物が飛散した跡が、天井や壁に残っている。
でも廊下のがマシじゃねーか! すぐに確信した。
内装。
カーテンは墨まじりの赤黒色に取り替えられて、蛍光灯はシャンデリアに化け、微妙に薄暗く室内を照らしている。食卓も脚が丸い豪奢なものになった。
どこぞの捨てられたお城か、あるいは占いの館、はたまたお化け屋敷だ。
テレビの向かいのソファーは、白いレザーのソファーになって、毒々しい緋赤色のクッションをぎゅうっと詰めてある。
デイモンが、そこに埋もれながら座し、足組みし、ワイングラスを片手にしていた。
ウーロン茶じゃねーか! 色からしてツッコミしそうになる綱吉だ。
実際は、青褪めておろおろして、自分の口は手でふさいでいる。骸が顔面蒼白になって沈黙していた。
「――おや、貴男方。ヌフフフフフ。どうでしょう、声も出ないでしょう?」
「い……、い、いろんな、意味でな……」
やっとのことで言葉を返した。
骸の反応は、遅い。片腕に抱きつく妹は撫でてもらえる場所に頭を置いている。
「骸様、がんばりましたっ!」
「……よ、よ、よく、できたんじゃないです、か? この短時間のうちに……」
「んー、我が家を住みよくするのは当然! でしょうね?」
「…………」
デイモンを凝視する青い左目が、殺意をみなぎらせたと見えるのは綱吉の気のせいじゃないだろう。
「骸おにーちゃん、好きだよね? こういう世界観」
「よーするに、ロマンシズムですよね。許嫁もロマンチックでしょう? どうぞ、この部屋で好きなだけ仲睦まじくお過ごしになるがいい!」
「……何故お前、くっつけたがってんですか?」
呆れた声音の中身は絶望だ。
骸の、整った眉宇がピクピクと痙攣している。
「僕と綱吉を、結婚させたがってるように……聞こえるのは、錯覚ですかね?」
「ヌフフフフフ。私はセックスはオーラル派なのですよね」
「意味わかんねーんですが!?」
敬語と罵倒が混ざって骸が指までぶるぶるさせる。
そして、ハッとなる。綱吉もクロームと同じく、デイモンに反応せずに、怒鳴る骸を見上げていた。
「……っ」
口の奥を噛み、骸が目の下を色づかせた。
従兄弟のデイモンはだが余裕の表情だ。ワイングラスをまわし、ウーロン茶に蜜のような甘声を聞かせた。
「クローム。クロームも、そのように思っているのでしょう。ロマンチックな、ゆめみるような、そんな展開をご所望するお嬢さんだ」
「……きさま、……」
「く、クローム」
さりげなく綱吉はクロームを骸から引き離した。
葡萄色の瞳はうるみ、綱吉と兄を仰ぎみている。
骸とは違って医療用の品ではなく、装飾用の眼帯でもって右目を秘している彼女は、残った左目でデイモンを軽く睨んだ。
「デイモン。挑発はしないで」
「…………っ」
骸が、自分の顔面を手で抑えている。
思わず空気を飲むのは綱吉だ。
骸なら、どんな反応だってあり得る。デイモンに殴りかかるかもしれないし、妹を怒鳴るかもしれない。経験則に照らし合わせつつ、かわいそうな事になんなきゃいいけど、と内心で汗を掻いた。
深く、深く、骸が呼吸した。そして、
「…、――まあ個人の趣味は、色々、ありますよねー」
(逃げた!!)
珍し! 胸中でツッコミしまくる綱吉の横で、六道骸はどうにか場を取り繕おうとしている。ノン・ストップで続けた。
「趣味はね。趣味は、自由です、変幻自在ですよ、なんでもありで妄想だって好き放題ですよ知ってますよびーえるってやつでしょう? ボーイズラブでしょう? 君くらいの少女が男と男の男色を愉しんで共同幻想に耽る、少年の中二病のようなもんですよよくあることよくあること美形の兄と不出来の幼馴染みときたら、もう! 垂涎のカップリングってやつでしょう! 無理がないですね、そうだろう年頃ですもんねぇ、そうでしょう沢田綱吉っっ!?」
「こっちにオチを求めんじゃねーよ!?」
綱吉もやっと渾身のツッコミが口にできた。
肩をぜいぜいさせる骸は、馴染んだ幼馴染みに救いを求めるようにして綱吉を槍玉にあげようとする。
相変わらず、顔の半分以上は彼自身の右手に覆われていた。
「ああ、でもダメですよね。だめなんですよ、コイツは童貞ですから!! BLにならないですよねねえ綱吉!?」
「あああああああオレを変なふうに巻き込まないでくれるかっ!? おい!?」
「まともに話せる女子はゼロ!! そんな暗い青春の綱吉だってオケラのように精一杯に生きている。それをBLなんぞで邪魔しちゃ悪いです。ではこれにて終了、では僕ちょっと出かけます」
「に、逃げるのかよ結局はっ!? っつーか!! 骸の馬鹿!!」
(く、クロームの前でヒトの黒歴史をっっ)
バラしてくなーっ!! 鼻まわりを赤面させて、綱吉は踵を返した骸のあとに続いた。
廊下で足を止めていた。綱吉の足音に気付き、立ち止まったのだ。
――すべての鬱屈を篭もらすように、ばんっ!!
掌底で壁を打ち、そこは、綱吉の顔のすぐ脇だ。
ぱらっ……、埃だか塵屑だかが、綱吉と骸の間に降って落ちる。綱吉は震え上がって絶句するが、骸は容赦なくガンをつけて綱吉の顔面を覗き込んだ。
「文句ですか。文句ですか!? 君が!? 僕に!?」
「…や、や、やつ、やつあたり、反対っ――…」
「素でボーイズラブってません〜?」
「!!」
「ひいいい!?」
骸の腕の下に、水色の瞳がひょこっと屈んだ。
黒のサルエルパンツ、ビビッドピンクの花びらのジャケットを着ている彼は、なんてことなく鉤状に曲げた人差し指に引っかけているものを差し出してきた。
エコバッグだ。薄っぺらいそれが、デイモンにすると従兄弟である骸に、渡される。
しかし話しかける相手は綱吉だ。
「綱吉。今晩も食べていきなさい。リクエストは今なら間に合いますよ」
「え、ええ……、えと」
「はんう゛ぁーぐ」
当てつけるように、どこかの異国語のような発音で、骸が吐き捨てた。
半分に目は細くするが、綱吉は、首肯する。
「……えっと、じゃ、はんばあぐ、で」
「ハンバーグ。ふむ。かまいませんよ、蓮根でも混ぜましょう。さあ綱吉、骸、いざゆかん大盛スーパーへ! ですよ!」
「なんでなんですか。いやです」
「オレ、寝直したいんですけど……」
骸と綱吉は再び声がハモった。なんとなくお互いに目をみやる両名である。
黙って解散しようとした。片方は踵を返し、片方は二階への階段を目指す。
デイモンは不敵に微笑んでいて自信がたっぷりあった。
「ぬふっふっふっふっふっふ。この主夫デイモン……、目が黒いうちはストーカーを致しましょう。まずは、綱吉の枕元で買い出しに行く気になるまでお誘いしますよ」
「…………っ」
「…………っ!!」
顔面真っ青になって骸のパーカーを両手でわしづかみにする綱吉がいた。
綱吉を引きずってでも二階にあがろうと、骸は手すりにしがみつく。トドメの雷はクローム髑髏によって落とされた。
「デイモン、嫌がらせはやめて。きもちわるいから。お米、私が持てるから」
「腕が折れません? 男四人分の白米ですよ!」
「平気」
「…………っ!?」
「…………!!」
綱吉と骸は、両目をしばたたかせてアイコンタクトのような会話をやり取りした。
そして、
「……お前でも妹が可愛いって感情があるんだな?」
「ぼくを鬼畜とでも思ってそうですよね、きみって」
こころもち、げっそりとし合いながら、綱吉は骸とそんな会話を交わした。
スーパーには、デイモンもクロームもついてきた。
デイモンがカートを押して日曜日の混雑に率先して混じる。レジは列ができていた。骸が断った。
「アホですか。いらない。自分で買う」
「可愛げのないおにーちゃんですよねー? 母親がおやつを買ってあげると誘っても断るんですか、骸?」
「さぶいぼが立つんですけど……?」
「なんでもいいんですか?」
「おぉ、綱吉! 綱吉は素直ですねー、チューしてあげましょうか?」
「む、骸、おい!」
「僕を盾にするな! デイモン、この子が肥満体になったら貴重な取り柄が一個減るからお菓子などを無闇に与えないように」
「んなっ!! お、お前な、そーいう言い方があるかっ!? つーか勝手に断んな!」
「君、ぶくぶく太ったらますます目も当てられませんからね?」
「なにをっ。あのな、今母さんいないしマジでオレの懐わびしいんだからな。お前はそりゃあ、闇営ぎょ――、…っ!!」
骸に睨まれて綱吉は口をつぐんだ。
お前はそりゃテスト対策ノート売ったりしてるけど――、と、それはしかも売主の替え玉まで立て、職員室にバレたケースすらも想定して万全な運営がされている学内闇商売である。
この件はごく初期に骸が自ら綱吉に自慢したから綱吉も知っているが、綱吉は確信がある。オレの知らないところでもいろいろやってるはずだ。
(自分の勉強もできて一石二鳥、だっけ? さすがにクロームの前じゃ暴露禁止か)
「ああ。そうだ」
話題を変えるように、骸が切り出した。
「新しい土鍋も買いません? 今のちっちゃすぎですよ。手荷物係も今なら揃ってますから」
「なるほど、選んできてもらえますかね?」
「僕がですか……」
嘆息するが、骸は言われた通りに一人でレジの列を抜けた。
すれ違いざま、綱吉の耳には囁く。
「にしてもお菓子で釣られます? デイモンなんぞに。安い男ですこと」
「なっ!! なんだよー!!」
「ぬふふ。びーえる」
デイモンが暗く笑ってにやりとした。
生理的な嫌悪感のレベルに至ったのか、骸は眉目を丸くさせて黙り、素っ気なく綱吉から離れていった。
……あ、これ、デイモンの相手を押しつけられたか? 今さらに気づくが、
「ん〜」
デイモンは、ここぞとばかりに、綱吉に楽しそうな笑顔を向けている。
「綱吉。骸が嫌いですか?」
「え? ええ……? べ、べつに。なんとも……なんでそんなことを」
「許嫁ですから――ね?」
「…………」
スーパーが混雑してなければ、距離を数メートルは確保したいところである。
どうにかなまぬるく、微妙に口元をたるませる。
視線は反らして、しかし綱吉はぎょっとして叫んだ。
「わっ!? クローム!」
「…」
彼女は、土つき蓮根を両手に抱えて、いつしか真後ろに立っていた。
他の買物客の話し声などに紛れかねない小さな声量だった。綱吉に質問する。
「……えっ? え?」
「……骸…おにーちゃんは、派手なのが嫌いだった?」
「あ。リフォームのこと?」
不安げな光を目に泳がせて、クロームが骸そっくりの後頭部を前にこくんと揺する。
綱吉は、炭酸ジュースのような、刺激的な味を口内に覚えた。
(……そっかぁ。骸の家族――、か。なんか変な感じがするけど骸もちゃんと想われてんだよな)
苦笑してしまう。
綱吉の知る六道骸は、いつもなんとなく笑っていて人当たりが良いが、その実は酷く孤独な男だ。
幼馴染みの綱吉でさえ、ときたま立ち入りできない領域を感じる。そんな部分こそ、自分が幼馴染みだからこそ、知っているのかもしれないが。
(兄妹、かぁ……)
いいな、純粋にそう思う。
骸の事を語るのは妙に照れ臭くて、綱吉は首の後ろを指で掻いた。
「シンプルが……好きかなぁ、あいつ。センスは突飛なんだけどさ。身近に置くのは平凡ってかフツー? なやつかな。ハデ好きっちゃハデ好きだけど奥さんとか選ぶんなら地味な子なんじゃないかなー……。家んなかだとだらけてるし」
「チョコは、好き?」
「ちょこ?」
鸚鵡返しにする。
思いのほか、クロームの顔つきは真剣だ。真剣そのものだ。
少し不思議に思いつつ、首を横にふった。
「いや? 好きじゃないよ」
次の沈黙は、異質な間合いがあった。
クロームが凍りつく理由がわからずに、綱吉は機嫌を損ねたのかと心配した。
「あ、甘いもんはふつーに好きだよ!? でもそんなしょっちゅう食ってないっつか、特別に好きなジャンルがないかなって、」
「からい、食べ物は……?」
「辛いの!? えー、と」
(っつかリフォームと関係なくなってるし!!)
じれったさを噛んで、眼球を上にやる。骸の嗜好というと……、
「……チゲ鍋もキムチ鍋もふつうによく食べるかな。うちで前食べてたよ。好きでも嫌いでもないんじゃ……?」
「…………」
「ど、どうしたんだよ? クローム!?」
相手は、白百合のように可憐な美少女だ。女子だ。
綱吉は、やっぱり女の子ってわっかんないな! など胸中で呻く。幼馴染みの妹は遠い目をして自分のブーツを見下ろした。
遠いその目つきは、なにやら放心しているかのようで、綱吉は手探りで言葉を考えあぐねた。
「ご、ゴメン、な? なんかオレ、まずいこと言っちゃった……?」
――チョコレート。
出し抜けから、ロボットのように、クロームが呟く。
「テオブロミン、ギャバ、……」
「え。じゅ、呪文?」
「――悲しみを抑える効能。チョコレートってある種のヒトにはお薬にもなるんだよ、効くヒトにはとってもよく効くの」
「はえ……!?」
淡々と唇を震わせていた彼女は、だが、顔を上げるとニコリとして笑った。ほんのりと切なげな微笑だった。
「……おさななじみって、いいね」
「は!?」
「大事に、してる。ふたりで。気にしてるよね? 許嫁って二人で気にしないように気にして、お似合いだと、思うの」
「え。ええええぇぇ……っ。クローム、そんなんじゃないよ? オレたちは……」
骸と自分の腐れ縁を語ろうにも、どうにもうまく綱吉は口がまわらない。
頬が紅潮する感覚には、綱吉も自分で戸惑った。
今さらに、オレってほんとうに女子に免疫がないんだな、深く自覚もする。幼馴染みの妹なのに、目のやり場に困って勝手に気まずくなった。
俯く視界に、先の尖った革靴がうつる――デイモンの履きものだ。
「……幼馴染みだもんね」
「――許嫁ですもんね?」
「っちくしょー、なんか被せてくると思ったよおおおおお!?」
軽く手をぱんぱんと叩き、デイモンが合図するように話を総括させる。
「ま、ぼーいずらぶは時間がかかるんでしょう。浸らせてあげましょう? クローム」
「うん」
「ちょっ! 待ってよ!?」
(な、なんなんだよぉ!?)レジに向かって一歩進む彼女と彼の背中に、ふと得も言われぬ恐怖を感じ、綱吉はびくんっとした。
な、なんだ? 一体? 足裏にうごめき、背筋を這い上ってくるような。異様な違和感があった。瞬間に。
わけもなく不安になって、そんな自分が不審になって思わず言葉を失う。
いつしか、綱吉の目は、いつの間にそこに立っていたのやら、横に立っている六道骸をぼんやりと仰ぎ見ている。
彼は、土鍋を抱え、その左目に冷気をまとっていた。
粗大ゴミを見つめる目つきだ。
「……ぼーいずらぶなんか、やりませんけど?」
「……あ、あた、当たり前だっ!」
舌を噛みそうになった。
次に、骸とのきちんとした会話は、スーパーを出てからになった。
「その土鍋、お前が持つんだ?」
「ええ」
だから? と、言外に毒が含まれる。
片腕に小さなビニール袋を引っかけ、両手で土鍋を。
お米はデイモンが担当した。意外な気もするが腕力もある体力派な様子だった。綱吉は、両手は埋まっているが、持ち重りがするほどではない。
茜色に暮れる、見慣れた住宅街を通り過ぎながら、綱吉はなんてことなく話しかけた。
「や、いちばんキツいのはオレにまわされるかなーって。思って。てっきり」
「……それ、自虐ネタですか? 僕が君に押しつけるって? 君そんなだからバカにされてるんですよ。ダメツナ根性が身に染み付いている」
「んなっ!! んがっ!! お、ま、ケンカ売ってるのかよっ」
「売ってますが? それが何か?」
「!! …………!!」
言い返せない。
骸は口角をあげてくふくふしている。
「なんなら今からでもプレゼントしたげましょうか? この鍋」
「ド遠慮するわ、ぼけっ!」
先頭に居るクロームが、デイモンの隣でくすくすしていた。
綱吉はまたも頬を赤くする。どうしてか免疫のない反応になってしまう。
やるせなくなって隣の幼馴染みを窺い見ると、ちょっと意外な発見があった。
(あ。骸も、苦手なのか?)
骸は変なふうに眉を寄せて口元だけで笑っている。微妙な反応だ、と綱吉には分かった。
こいつが接し方に迷うなんて。めずらしい。
やっぱり、ああも熱心に慕われると、妹といえども調子が狂うのか……、綱吉はなんだか腹が落ち着いた。
そうしているうちに、特徴のある色の屋根が見えてくる。我が家とお隣さんだ。
雑談していたので、骸が立ち止まればすぐに気づいた。
「? どうした、骸」
彼は、自宅を見上げている。まっすぐに。
「……変な気分、なんですよね」
「へん」
「……ずっと……?」
自分の声すら怪しむように、囁きはいつもの数倍もトーンが低かった。彼の声に含まれる特有の甘さが薄くなる。
疑問が有るのか、無いのか、骸本人も決めかねている。
暗闇を手探るように、十五年も慣れ親しんだ母屋を観察していた。青い目が揺れている。
綱吉は、右側に立っているので、どうにも右目にかけている眼帯が気にかかる。
ついに、ちゃんと質問した。
「おい。その目はどうしたんだ? 怪我でもしたのか? いつの間に……、どこで?」
「……何でもないですよ」
「ものもらいとか?」
「違いますよ」
「骸。無理すんなよ? 土鍋……」
綱吉は、自宅までの距離を目測した。
レジ袋は、片手にひとまとめに握って、もう片手に空きを作った。
「土鍋、オレもてるぞ? お前ほんとにほいほい出歩ける体調なのかよ」
「いえ。君は、落としますね」
「んなっ!!」
せっかくの親切を土足で踏んで、骸は素面でしれっと断言した。
早歩きになる。ふり向きもせず綱吉を放置した。
「ちょ、ちょっと!! おい!!」
追いかけようと、小走りになってすぐだ。長い影が綱吉の足元に覆い被さった。
あ、と、声にするよりも先に、向こうが声をかけた。
「綱吉くん。大きな荷物ですね」
その長身の人影は、シッポがある。長い髪を一絡げにしている。
ごく自然に綱吉の指の間に、ごつごつした成人男性の手が搦む。驚き、思わず手を開いてしまう綱吉だったが、荷物は落ちなかった。
スーツ姿の青年が、ちゃんと綱吉の代わりにその荷を引き受けた。
「……ガ、ガイさん。……おかえりなさい、です」
「ただいま。綱吉くん」
そのまま歩き出す彼を、両手が空っぽになってしまった綱吉が追いかけた。
「うわわっ、持てますよ! オレも!」
「いえいえ、軽いですから。これ」
「……」肩越しに目線を投げていた骸が、眉を怪訝に怪しませた。
そうして六道家へと消える。と、少女のものと、男の野太い悲鳴が連続した。ガイが思い出したように言った。
「ああ、そうだ。悪趣味になってたので部屋はてきとうに変えましたよ」
「で、でえっ!? あの凝ったリフォームを直したんですか!?」
「趣味じゃなかったので。それほど手間じゃありませんでしたよ。……にしても、これは夕飯ですね? 残念です、綱吉くん」
「えっ!? ええっ……や、あ、あの、そんな毎回、お食事に誘ってもらっちゃったらアレですし……?」
なんということでしょう! 六道家では、大げさにデイモンが自分の額を抱えている。
クロームは、長男であるガイを一瞥する。睨んだように綱吉には見えた。
綱吉とガイとの会話に、口を挟んだ。
「ツナお兄ちゃんの独り占めは、ずるい……」
「おや、そう思えました? それは失礼を。リフォームも勝手に戻してすみませんねぇ」
「それは、……いい、骸おにーちゃんも好きじゃなかったから」
骸が、クロームをふり向いた。紫の少女は短く謝罪する。
骸はすぐさまフォローした。
「いや、怒ってなどは。怒ってはいませんでしたよ、別に。クローム」
「デイモン。お米、玄関に忘れてる」
「おお。実は結構な腕力ありますよねー。私のクロームは、っ」
さりげなく骸がデイモンの足を踏んで邪魔をした。
愛想笑いを浮かべてしまいつつ、綱吉もひとまずリビングに入ろうとすると、首筋に気配を感じた。
低い声が――、耳のすぐ裏から聞こえる。内緒話の主はガイだ。
「骸と仲直りしたんですね?」
「――あ。ケンカってほど、じゃ、なかったんですけど……」
(あ。だから、ガイさん食事に誘ってくれてたんだな)
体の向きを変えると、ガイはいつも通りに穏やかに、たおやかに笑んでいる。綱吉の全景を熱心に眼差しで象った。
「ではやっぱり許嫁になるんですか?」
「な、ならないですよ!? そおいうんじゃなくって……、えっと、忘れよって話に。どっちにしろ家が近所だし」
「でも気になっている。でしょう? 君は」
「……え……」
レジ袋に埋められていない、ガイの左手が綱吉の顔に差し伸べられた。
吸いつくように。大きな手は抜くように頬を奥から手前へと撫でる。終点のあご先にて、親指と小指が閉まった。
くいと、顔ごと上向かせられる。
(あ)単純に、人と触れ合う経験が滅多にない為に、綱吉は鳥肌を立てていた。喉が閉まって急に息苦しくなった。
ガイは、独り言でも囁くようにマイペースに続ける。
「キスのひとつもしていない――、」笑う、青年の青い両眼がいやに霞みがかってぼやけて見えた。
「女の子とも話せない。無知蒙昧。例え、骸が相手としても許嫁なんて刺激的なワードって君には効果がありますよね。心臓を掴まれたような気分で、ちいさな胸がときめく。そうでしょう? 僕には、判ります」
「え。ぇええ……?」
情けないことに、綱吉は口説かれる女の子のように、カァーッと顔一面を赤くさせた。
つい、目先だけでも下へと逃した。
瞬間だ。ガイの指先の奥へとゆらっと髪の束がこぎ出した。彼が長く伸ばしている、後ろ髪の部分である。――ちゅ。
「拗ねないで。綱吉くん」
低い調べが鼓膜をじんじんと震わせる。
「!?」赤面は確かなものとなって、綱吉は硬直した。
両目を見開かせて、汗腺を全開にさせて一挙に熱っぽくなる。
唇の端、口の角っこに自らの唇を正面から押しつけてきた青年が、目の前だ。
その身の丈は自動販売機にも匹敵する。すっかりと綱吉は影に覆われてしまう。
一箇所からうごけなくなった瞳の中心点を、眸子とその焦点が拾われる。切れ長で透き通った、青い眼球に。
「…――――」
しっかりと視線でまぐわい、彼自身は、だが皮肉そうに口角をナナメに上げた。
その声は、綱吉の骨身の随まで響くほど、色っぽく艶があって夜の気配に満ち満ちている。綱吉は全身から湯気が立つ気分だ。
彼は、一音一句を刻みつけるように、綱吉に尋ねる。
「ね。どうせなら許嫁なんて、僕に鞍替えしませんか?」
目つきが、冗談を言う男の色ではない。
>>ターン4 「セカンド・ユース」
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