「な、なんだそのやっつけなネーミングは」
「そんな感じじゃありません?」
「お前がつけたんかい!」
なんなんだコイツの性格は――ッ!! もうちょっとツッコミしてやりたいのを耐えて綱吉は再び走っていた。
村の方へと。つまりは下山ルートである。
「のぁああああああああ――ッ!!」
隣を、骸が走っている。
背中付近を黒い霧が泳いでいるのでもしものときは飛ぶ気だ。
「山ではなくてドラゴンだったんですね。丘の上でドラゴンが眠り、何百年の刻を経て一体化した。いくら山を探しても見つからなかったのも道理です」
「すっげぇ生命力! こりゃ予想以上だ!」
人の好い兄さんの外見のケンタウロスが、坂道の前を打ち鳴らしながら興奮している。その隣はヒバリだった。
「チッ。ライバルが増えただけなの?」
「……うわあああああ!!」
大地の津波から逃れるための疾走は、しかし綱吉以外は呑気である。
「これは言うなればスッポンスープでしょうか? これだけの魔力エネルギーならば滋養強壮剤として申し分ナシです!」
「カンタンにゃ飲ませてやんねーよ!」
「僕がいただく」
「死ぬぅうううううう!!」
坂道は、その間にも傾斜をどギツくしてもはや垂直に近くなる。骸はそれでも走れているが綱吉には無理だった。
「うわぎゃああああ!」
「った。綱吉」
ヒバリが、背中に降ってきた綱吉を――そのまま落ちていこうとする首根っこを掴んだ。
助けようとする意思はあるらしい。
と、だがふり向いた先に屹立したものに彼の黒い瞳が釘付けになった。
嬉しげに、心から微笑んだのを初めて見たので綱吉はギクリとする。ヒバリは賛美を唇で奏でる。
「これは素晴らしい。神族か!」
綱吉も、仰ぎ見た。
デカい――、小山が、二本足で立ちあがっている。月の輪熊がのそんと立ったようなインパクトが山に適用されている。骸がカメといったのも納得はできてしまう。
(か、亀が山をせおっとる)ドラゴンが巨大な甲殻を背負い、多量の木々が、甲殻の上に生い茂っていた。
「僕が殺す。綱吉、頑張って」
「え。ええっ――どわぁああああああ?!」
ボールを振りかぶって投げるの要領で木の茂っているところに捨てられた。
葉っぱのクッションは、緩和剤の役目を数秒で終えてしまって綱吉は枝ごと地面に落ちる。
「ひあっ!」
体内臓器が圧迫されて、しばし、呼吸が止まる。綱吉が蹲っていても頭上では戦闘が始まった。
「ちょっと。僕のエモノだ! 邪魔だよ!」
「くはははははははっ!」
「こちとら出稼ぎ労働者だーっ! 都会のヤツはすっこんでろ!」
「けほっ。げほっ。イッテェ……!!」
土に手をついて、砂を握りしめながら綱吉は顔をあげた。
空に、二足歩行の巨大リクガメの……上半身が昇る。バックに真昼の月がにじむ。月には黒いモヤがかかっているように見て取れた。ヒバリと骸、魔王の遺児たちが体から剥がした死の灰のモヤだ。胎児と遺体を限界まで分解してできているもの、カスミの羽根。
羽根のないペガサスが、しきりに高く跳び上がっては亀の鼻っ面を狙う。ペガサスの上半身は人間で鞭を振りかざしていた。
「…………」
(だ……だから……)
肺が縮みあがるのがわかる。皮膚と肉との間に毒液でも流されている気がした。
(この状況でオレにどうしろっていうんだ……)
神話の戦争を傍観しているみたいだ。
怖いのは当たり前で、嫌気が差して、さらには無力感に見舞われる。
「うーんと――」
困りながらも、ひとまずは後ろを確認しながら逃げた。
植えつきが浅い樹木や、岩やら砂塵やらが雨のアラレと化している。ナップザックを回収して、ゴールドボディのピストルがホルダーにあるのを確認した。
「どいつを撃てば依頼達成なんだかっ。おじいちゃん!」
三人もあのドラゴンも、標的として充分に成り立つ相手である。
(――村におりる前に、殺さないと)
とは思うが、あの三人はドラゴンを殺す気満々でいるので自分の出る幕はなさそうだ。
そんな思考の下で走っていたので、次の一瞬は予想の枠から外れた。
「でッ――えええええええ?!」
「うわあああ!」
山ガメドラゴンの短い右腕に当たり、さりげなく骸の黒羽にもはたかれて、一直線に落ちてくる。
ケンタウロスの青年だった。
前に体を投げる。直撃は免れたが、ディーノはいわば五歩後ろで直撃した隕石である。足場を撃ち抜き、こだまする崩落音に自分の悲鳴すら呑まれていく。
大気を掻いた指先から、溶けて失われるような後悔が全身に浸透した。
「ボンゴレやめときゃ良かったぁああぁああぁあぁぁぁぁぁぁああ!!!」
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