「んーなら――」後ろにステップを踏んで、彼は深緑煙る中へ背中を埋めて立ちはだかった。
「改めて挨拶な。俺は、跳ね馬のディーノだ!」
「はぁあイぃ?!」
 予想外すぎて、変な悲鳴があがる。
 体は戦闘の予感に引き摺られて後ろに飛んだ。声がまだ裏返った。
「おにーさん?! うそでしょお?!」
「お前、名前は?」
 ツナ! と、正直に――返してから綱吉は内心で焦った。愛称をつい言ってしまった。まぁリボーンしか呼ばないが。
「ツナか」
 青年は、疑いもなくその名を復唱した。
 ツナはこういうことできるのか。尋ねている合間に、下半身が歪んだ。骨が音をたててねじ曲がって、両膝の皿骨が皮膚を突き破る――ねじ曲がって前脚になった。大腿部は骨が避けて後ろ脚になる。
「け、ケンタウロス?!」
 図鑑で見たことのある、半人半獣の肉体をした生き物が居た。獣の下半身に青年の上半身を生やしたディーノが、ニッと真っ白な歯を見せる。
 やはり、人好きのする爽やかな笑顔だ。
「ツナ! すまんな、死んで貰うぜ」
「ひ、蹄――」
(マジでこの人がっ?!)
 暴れ牛が助走をつけるかのように、がつんがつんとしてケンタウロスの前脚が土を掘る。刻まれた蹄の痕で、答えは手に入る。
 綱吉は、入念に確認するほどの余裕も持てず、坂道を夢中で駆けあがった。
「ぎゃ……ぎゃあああああああ!!」
 後ろをケンタウロスが追う。
「まっさかこんなガキとはなァ! いやー、ショックだぜ。すまねえなあ。せめてすぐ殺してやるよ」
「人が好さそうに恐ろしいコト言ってるぅううううう!!」
 ぱっぱかぱっぱかと高らかな蹄音が木霊する――しかもどんどん近づいてくる。
「ギャアアッ――、ああああああああああッッッ?!」
 途中から色が変わった悲鳴が、腹を強く押されたことで消え失せる。
「んなぁっ!」
 綱吉の胴体に、腕が回されていた。
 背後から黒い粒子の大翼を生やした骸が後ろにいる。ブルーブラックの髪をはためかせて、後頭部のふさを揺らして、彼は抱えた体をギュウと強く抱いた。
「すんごい声がしたと思ったら綱吉くんですか。寂しかったんですか」
「骸!! お前の目は節穴か?!」
 助けられたことにはなるのだが、納得がいかなくて地表のケンタウロスを指差す。
「あれっ! アイツッ。オレを襲ったやつが――ってだあああ触るなよ?!」
「お礼が言えないのは悪い子ですよ?」
 低いところで黒影が横切った。
「!!」トンファーを両手に備えて飛びかかった雲雀恭弥に、ディーノが後退る。
「なんだ?」
 人間の両腕を広げ、バランスを取りながら体勢を屈めた。
 着古したジャンパーはそのままで、ディーノの上半身はふつうの兄ちゃんだ。下降しながらそれを見て綱吉は悲しくなった。
「う、うう。なんでオレの周りってのはいつもこーゆーコトに!」
「人間じゃねえな」
 用心深く確認したが、しかしディーノは陽気な笑みを浮かべて喜ぶ。しかもかなりの実力者だろ!
「ワオ。勝つ気でいるの?」
 ヒバリが、トンファーの握り手に力を込める。
「負ける気はねえな。あっちじゃ俺の名を聞いて逃げださねえヤツはいないぜ」
「あっ、オレの鞭……っ!」
「ん? 拾ったんだ」
 懐から出した鞭を、その穂先を打ち上げてみせる。つんざくような雷鳴音が森に染み渡る。電撃の操り方ももう覚えたらしい。
(うげえっ。まずい――)
 対魔物の武器だ。あれでヒバリか骸に危害を加えられたオレが危ないだろとツッコミして、実際にはオロオロして意味なくあたりを見回した。
 地表に自分も降りたち、骸は腕組みして静観を決め込んだ。
「クフフ。後ろも気をつけてくださいね」
「……ってお前、この状況でヒバリさんを狙ってんのかい!」
「彼が護衛なんでしょう? 君の」
「へっ?!」
 指摘されて、ようやく綱吉はヒバリが護衛を名乗ったのを思い出せた。
 ヒバリの立ち位置は、綱吉を背中にしているが。
(え? オレのこと完全に忘れてるか無視してるかってワケでも――)
 少年魔王候補は、一言も発することなく上体を前のめりにして半獣に突っこんでいった。
 稲妻が走り、トンファーを弾き出そうとする。綱吉にはそう見えた。だが、目くらましなのだと、前足を振りかぶる動きで気が付く。
 がちぃんっ! ヒバリは、トンファーを持ち替えて強烈な蹄の一撃を耐えた。
「――」「……」上方にある黄色の眼差しと、下方にある黒い眼差しが、ぶつかりあう。激しい応酬になった。
 目で追いかけるのも苦しい。時折り、ディーノの人の腕が稲妻を操る。
 と、思いだしたように骸が両手を叩いて合わせた。
「君が使うよりよっぽど強力な武器になっていますね、あの鞭は」
「ほ……ほっといてください!」
 半ばかぶさりながら響いたのは、歓喜の咆哮だ。
「上等だ!」
 ディーノが、興奮してまくし立てる。
「これだけ強けりゃ生贄の素質は充分ッ。なかなか尻尾を掴ませねえ大将よりも――おまえを狙うのが楽そうだ!」
 その頃にはヒバリの様子も少し変わっていた。不服げに呻いている。
「僕が探してるの、コイツじゃない」
「?!」骸を見やるが、彼はオッドアイを細めて黙った。何も言おうとしない。
「どういう意味ですか」
 綱吉が、尋ねた。
「コイツは強いけど。もっと別種の力だった。僕が求めているのとは違う――、魔力の強さは申し分ないけど――」
「どうやら同じ目的だったみてーだな」
 ディーノもヒバリも骸も神妙な顔をしている。綱吉は、三者を見比べて、「え?」とやっているのが精一杯だった。
「へへっ。悪いな。死んで貰う。イタリアには強力な死者が必要なんでな!!」
 ケンタウロスが踏み抜くために大きくジャンプして、ヒバリは迎え撃つためにトンファーを回して遠心力をつける。
 互いの、渾身の一撃が――。
 足元が大きく揺れた。
 綱吉はこれも二人の強すぎる殺気が理由だと思った。地面も怯えたんだろう。
 と、視界の端ではディーノが後ろにずっこけてヒバリは右によろめく。
「……うあ?」
 隣では、骸もたたらを踏んでいた。
「んなぁ?! こ、こんどは何だよ……ッ」
 いくらか弱気になるが破れかぶれな心地でもあった。
(も、もう何がきても驚かな――)驚かない。その決意が固まらない内に、綱吉はびびりすぎて隣の少年に抱きついていた。
「うぎゃああああああ――――ッッ?!」
「っ。邪魔ですよ」
 間近での悲鳴はイヤなのかコチラが彼の本心なのか、骸はうざったそうに手で綱吉を突き飛ばした。それで決定的にバランスを崩してしまう。
「いたっ!」
「これはっ……!」尻餅をついた少年の頭上で、骸はこぶしを握って力んだ。
「山ガメドラゴン!」


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