「…………うー。うああ」
遅く起きた体はいやにダルくて、綱吉は派手にテーブルに突っ伏していた。
(解毒っていうか、睡眠薬か。やっぱ体に薬はまずかったんじゃ……。おじいちゃん)
昨晩の記憶は曖昧だ。
リボーンとヒバリに助けられた気はするが、夢の出来事みたいにボヤけた感じだ。食堂に他の客はおらず、綱吉はだらだらして転た寝のマネゴトを行う。
と、そんな状況だったので、入り口の戸を押し開けた骸にはすぐ気付いた。
向こうも、同じだ。目が合う。
「おま、朝帰りか……。またどっかの誰かを手籠めに……」
「何、だらけてんですか。君もけっこうサボりますねー」
何気なくやり取りして、部屋に戻るつもりだったんだろう。
けれど、骸はびっくりした顔になって立ち止まった。
「なんだよ」
気分の悪さが残っているので綱吉の返事は味気ない。テーブルから頭を持ち上げるのだって面倒なのだ。
「――――」
じい……っとして、骸が、眼差しで目の中身の奥の底の下を解剖しようとする。
気味が悪くなった。綱吉は先に目をそらす。神妙になった声が尋ねてきた。
「昨晩……、なにかありました?」
「なんも」
鼻をくんくんさせながら躙り寄られれば、さすがにコイツはどうかしてると思えた。
「な、なんだよ。こっちくんな」
渋々と席を立ち、テーブルの下においておいたナップザックを拾う。
「あとサボってないぞ。これから、コレなんだよ。命懸けてくるんだから邪魔すんなっ!」
そこで、知った顔が階段を下りてきたので綱吉はハッとする。
ふて腐れた原因のひとつは、これだ。
「ヒバリさん。リボーンが出かけてたってホントなんですか?! 今回の化け物退治、手伝ってくれるって言ってたのに――」
「外せない急用だってさ」
「え、ええええっ?!」
(んなぁ、ひ、ひとが寝てる間に……っ!!)
約束があったのに、ヒバリに伝言を渡して出て行くなんて酷い話だ。
綱吉と、ついでに骸も視界にいれながらヒバリは襟詰めを留めているボタンを触った。かっちりした服装だ。
「お代は貰ったから。山に行くんだろ? 綱吉、途中までは護衛してあげるよ」
「え? お、おれ、なんも払ってませんよ」
「リボーンが負担した。ま、踏み倒しても別にいいんだけど。どっちにしろそろそろ――」
「僕も行きます」
ぶった切って、骸が宣言した。
綱吉とヒバリが目を丸くして見返すと、彼は取って付けた理由を口に出す。見てくれはキャッとやってまるで少女だ。本心は霧隠れしていてまったく読めない。
「だってー。僕を仲間外ればっかにして! 酷いですよぉ、ふたりとも!」
「……うええ」
「死ねば」
それぞれで半眼になって冷めた答えをぶつけた。
三人パーティーと聞いたら頼もしく思えるが、このパーティーはダメだと出発から五秒でわかった。言うなれば狂犬二匹に挟まれた生き餌だからだ。
ヒバリと骸は、予想通りに言うほど綱吉を気にかけなかった。
「やはりこの近くですね」
最初に離脱したのは骸だ。勝手に茂みに飛び込んでいってそれきり。次はヒバリ。しゃがみこんで足跡を探していた綱吉が、「そろそろ僕も行く」との掛け声でふりかえればもういなくなっていた。
「十分も保たずにソロ活動かー」
思わず呟いてしまう。
けれど解放感から意味のない草むしりを始めていた。
「はー。いい天気なのになー」
ウチんちの花壇は大丈夫かなぁとか思いつつ、雑草をいじる。足跡探しは難航中だ。
風は、頬を冷ます。魔物にも兄にも見捨てられた身の上を慰めてくれる。
「……ボンゴレやめたら、農夫になるんだオレは……」
体育座りしつつ、その場のノリで呻く。
と、目の前に現れたのは、まさに農夫といった感じのする――金髪の巻き毛と黄色い眼をした青年だった。
「のーふ?」
鸚鵡返しにされて、綱吉は慌てて立ちあがった。聞かれた恥ずかしさで頬が赤くなる。
「で、でえええっ?! なんでこんなところにヒトがっ――、な、なんでもないんですっ! 何でもないんです!」
二回も繰り返したが、獣道から出てきたその男性は興味深げに綱吉を見つめた。
疑問を、先に言われる。
「何してんだ? こんなところで」
「えっ……、えっと……!」
(な、なんだこの人!)
改めて全身を見渡して、農夫といった第一印象を訂正する。
確かに――顔つきは純朴そうだ。タレ目と柔らかな口元に人の好さが浮かぶ。ちょっと薄汚れた深緑ジャンパーにダボついたジーンズでくたびれた出で立ち。しかし、目鼻立ちもルックスも、田舎をぶらつく青年には不釣り合いな麗しさがあった。
存在感があるというか、オーラが違うというか、ともかくも綱吉は言葉につまる。
「迷子か。村に帰れなくなったのか? 案内してやろうか」
「い、いえ……」
ボンゴレ十代目としての言葉がでてこない――戸惑って、見つめ返す。
綱吉を単なる子どもと思い込んだようだ。無理もなかった。
長い睫毛はパチパチさせて、綱吉が来た方角を指差す。後に引こうとはしない。
「この山、今、危ないんだぜ。魔物がうろついてるって知ってるか?」
「……は、はい。知ってます」
綱吉は、年相応の子どもになっていた。
「そっか。今すぐ帰れよ。不安なら麓までついてってやるぞ。どうする?」
「大丈夫です」
噛みしめながら呟き、湧きでてくる感情に綱吉は自分で感動した。
(い、いいひとだなぁ……!!)
ぬくい清水は血管の間を走る。
ここしばらく、人外の魔物に振りまわされてきた。兄はスパルタ教育がウリだし、何を考えているのかわからない祖父は怖い。綱吉は本人が思っている以上にマトモなやり取りに憧れているのだった。
知らない人からの親切なんて、人類には無償の愛があるなんていう戯言を信じてしまえる素晴らしい体験だ。
「ありがとうございますっ!」
目をきらきらさせて、心から笑いかけていた。
「えっと――でも本当に平気なんです。あの、お兄さん。よかったら見送りますよ。山を降りるところでしょう?」
「いや、俺はまだしばらくいる」
「危ないですよっ。お仕事ですか? あ、じゃあ、終わるまでオレがついてましょうか!」
こんな格好良くてデキた人にかけるには、大人なセリフだと思った。綱吉はしゃべりながら一人で照れる。
「こ、こーみえても化け物退治のためにココにきてるんでッ」
(こんな人に傍にいてもらえたら頼もしいなーオレが! ヒバリさんや骸よりよっぽど!)
「退治? おめーが?」
金に近いイエローの双眼が、きょとんとなる。
綱吉はまだ照れていた。
「村の誰かから聞いてるかもしれませんけど、オレ、ボンゴレ十代目をやってるんです」
「ボンゴレ?」
素っ頓狂な鸚鵡返しである。
「ボンゴレ十代目ってお前がか? こんなにちっせぇ子どもだったんか」
「よ、よく言われます」
「はへえ。マジで? へえ。この前は暗かったからどんなヤツか分かんなかったな、そういや」
「…………えっ?」
ど、どういう意味かなぁと、思考が停止した。
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