第二章 遠きイタリアよりの来訪者







 今宵は満月である。雑木林を打ち鳴らしながら一人の少年が飛びだした。
「あっ、ハァッ、ハッ、ハァッ!」
 自ら、転がりに飛びだしているような乱暴な走り方で獣道を突っ切ろうとする。限界まで見開かれた双眼は、焦点を忙しなく四方にぐるぐると走らせていた。
(くる?! どこだっ、どっちから――諦めて――諦めてないっ!!)
 追ってきてる!!
 直感で判断して、心臓がズキンッと引きつけを起こした。面輪を歪める。
(逃げられ――るか?)
 ストックしていた武器はすべて使い切ってしまった。ボンゴレの特性弾も切れた。鞭も失った。
(――死ぬ……っ?!)
 追跡者は後ろからきている筈なのに、前にも潜んでいて、落とし穴でも用意しているのかと酷い妄想が走る。走るために踏み込んだ右足の底が、呆気なく滑って崖下に体を吸いこまれかけた。
 はぁはぁはぁはぁはぁはぁ!
 自分が――ケダモノの呼吸をしている。
 気付かされると腹の底から恐怖心が噴き出した。目が裏側から茹であがりそうで熱くて痛い。我慢するのは辛い。
(こ、ここで、パニック起こしたら……っ、それこそ死んじゃう)
 パンク寸前に膨れあがっているモノを、むりやりに喉元で留める。
(走っ……らなきゃ……!!)
 高価だった旅着が枝に引っかかって破けようが、体に傷ができようが命に代えられない。上体を屈めて、あえて侵入が難しそうなヤブに頭から突っこむ――そこで、雷に全身を打たれた。
 ……あっ。
 悲鳴は、嫌にあどけなく響く。たたらを踏む綱吉の頭上に影が差した。
 シルエットは――大型犬? 満月を背にしているそれは、心胆から震えあがった綱吉には黒塗りの怪物にしか見えなかった。
「う、うわぁああああああ!!」
 覆いかぶさったそいつが、叫んだ。
「Addio!」
 どおん!!
 胸を押し破った衝撃は、背中を貫通してから、綱吉をあっけなく吹っ飛ばした。
 自分の体がボールのようにして地面を跳ねているのを痛みで教えられながら、しかしそれを最後に痛みも意識も視界に残っていた犬のシルエットもすべてが遮断されて、気絶に至る。



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