後. 望みの夜

 


「メリークリスマス! みんな、お疲れさま!」
 かんぱ〜い! オレンジジュースを片手に持って、気軽な音頭を取ったのはボンゴレ十代目の後継者と目される少年だ。十五歳、中学生。本人はボンゴレ十代目にならないと言っているが、指輪の争奪を巡った件によって少し雰囲気が変わった。きっかけは、それより少し前にはあったが。
  少年を中心にオレンジジュースを煽る一団を臨みつつ、黒衣の彼は壁に背中を預けていた。 彼がイタリアから脱出してから数ヶ月が経つ。ボンゴレファミリーの支援もあってどうにか成功したため、成り行きのような形で彼は並盛町に住み着いていた。
「…………」
  沢田家のリビングに指輪守護者が全員納まるだけでも窮屈だ。
  そこに、ボンゴレ十代目の友人連中が加わるとなるとさらに窮屈になる。
  入り口近くでジュースを舐めたまま、六道骸は微動だにせず成り行きを見守っていた。クリスマスを祝うという行為を初めてであれば、……沢田綱吉と実際にクリスマスを共に過ごすのも初めてである。
「骸さま。これ、おいしいの。持ってきた」
「ああ、どーも。凪も食べたんですか」
「はい。骸さまが食べたら食べます」
 二色の瞳が、傍らに立った少女へと傾いて凝視する。
  少女は髪をおろした格好で、長袖のニットを着ていた。皮製の手袋を外すと、骸はフライドポテトを摘んで口に放り投げた。その様子を見守った末、凪と呼ばれた彼女もポテトをつまみだす。
「ばーか。毒見ならテメーから喰うもんれっしょ?」
  ぼそぼそと骸の足元から呟く声。
  犬だ。その隣では、千種が熱心にフライドチキンにかぶりついていた。
「おい。お母さまが作ったものにケチつける気か」
  聞き捨てならないとばかり、首を伸ばしてきたのは獄寺隼人だ。山本武がその隣でイスに座りつつ、ついでにチャーハンをれんげで救いつつ首を傾げる。
「俺ん家から持ってきた寿司あるぞ。寿司、喰ったことあるか」
「聞いたことはある」
  興味津々で千種が顔をあげる。
  食卓では子供二人が対峙していた。ナイフとフォークを振りかざして、ランボがにやにやと意気地の悪い笑みを乗せる。
「おまえを三枚におろして食ってやるもんね! どうだ怖いだろ!」
「オレの食事を邪魔すると死ぬぞ。ランボ」
  冷え冷えとした眼差しを返し、両手でスプーンを持つのはリボーンだ。
  ランボの背中にあるのはアツアツのコーンポタージュである。それを掬い取ろうとした途端の開戦に、赤子は本気でうんざりしたらしかった。ポーカーフェイスのままでリボーンが呟く。
「オレが攻撃するワケじゃねーけどな」
「ガキでもリボーンの邪魔するなら容赦しないわ」
「ぎゃぶ?!」
「ビ、ビアンキ! 何してんだよ――?!」
  京子と話していた綱吉が慌ててランボを食卓からどけた。
「っていうか、立つな! 食卓に立つなよ!」
「あああっ。オイラのコーンポタージュがリボーンに食われるっ!」
「あらあら。ランボくん、コーンポタージュがほしかったの? まだまだ、あるわよぉ。ほら!」
  綱吉の後ろから奈々が楽しげに顔をだした。ランボが飛び上がり、実にさりげなくビアンキも席を立つ。ハルとフゥ太も飛びついた。
「あらあら。ツッ君、手伝ってくれる?」
「ええ〜……。別に、いいけど」
  嫌な顔をしつつも、綱吉がすごすごと従う。
  と、沢田綱吉は唐突に入り口の扉を振り返る。
  二色の瞳が、じぃっと綱吉を見つめていた。左が青、右が赤、彼には珍しく無色に近い瞳をしてみせる。無感情な瞳を訝しく見返すが、六道骸は動じた様子もなく小さく顎をひいた。
  とたん、ニコリと笑ってみせる。
「僕も手伝いましょうか」
「えっ? い、いいよ……。そんな人数いらないし」
「そおですか」
  凪が骸に声をかけた。
  今度はサラダを持ってくる。取っかえひっかえ持ってくる料理がすぐさま骸の足元に貯まったが、彼は座ることもなくことあるごとに綱吉を見つめた。綱吉も、その視線に気がついて物言いたげな視線を返す。
  目があって、しばらくすると、骸はニコリと笑い返した。
「今日の骸さん、なんかおかしいね。大人しくて」
「へえ。いつでも僕は誰かにケンカふっかけるべきと?」
「そういうわけじゃないけど」
  気後れしたように綱吉が眉を寄せる。
  数時間に及んだクリスマスパーティが終わった。チリヂリに解散する指輪守護者、友人連中に挨拶をしている途中だ。骸を押しのけるようにして、ヒバリが顔をだした。
「あ、あれっ。ヒバリさん、今日は来ないって」
「赤ん坊から絶対に来るようには言われてたから」
 ちらり、と、ヒバリが素早く骸を睨みつけた。
「まだ遅刻にはならないだろ? リボーンは?」
  終わった直後にくるのは遅刻ではないのか。遠い目をしつつ、綱吉は、気付かなかったフリをして室内を指差した。ヒバリは挨拶もなく一直線に玄関にむかい、やはり挨拶もなくリビングに向かっていった。
「…………」
  その背中を綱吉と共に見送りつつ、骸はコートの襟についたファーを揉んだ。綱吉はまじまじと二色の瞳を見あげてみせる。
「やっぱり変ですよ。つっかからないの? ヒバリさんに」
「君がお望みなら」
「いや、いやいやいやいや!」
  あっさりと玄関に向かう骸、その袖口を掴んで綱吉は顔を青くした。
  肩越しに振り返ったままで、骸が自嘲するように笑う。
「思い出すんですよ。この日はね」
「? 何を」
「昔のことを」
  意味ありげな眼差しが綱吉に注がれる。

  綱吉は首を傾げた。寒寒とした冷気が二人の頬にてりつける。分厚い雲に覆われて、月が見えない。そろそろと雪の気配を感じるようなクリスマス・イブだ。骸は、ゆっくりと目線を下げた。
「…………天使がいるんですよ」
 聞こえないほどの声量で、小さくつぶやく。
「十代目! それじゃ、よいお年を!」
「あっ。うん、よいお年を――!」
  友人たちに手を振り、綱吉が振り返るころには骸も道路の向こうへと去ろうとしていた。二人の少年が迷いもなくその後に従い、少女が一人、控えめに綱吉に手を振っている。
「骸さーん? 犬、千種さん、凪ちゃん! よいお年を――!」
  六道骸は、振り返ることなく夜の中に消えていく。全員に別れをつげると、綱吉は玄関のとびらを閉めた。リビングではリボーとなにやら話しつつ、ヒバリが奈々と共に片付けをしていた。
「これで帳消し。大体、群れるってのがムリだ」
「そこをどーにか融通きかせればテメーはもっと伸びるぜ」
「おだてても何もやんないよ」
  呆れたようにヒバリが目を細める。
  部屋を覗き込んだまま、綱吉が呆気に取られていると奈々が非難の声をあげた。
「センパイも手伝ってくれてるのよ? ……ツッ君?」
「あっ?! ああ、あー、はいはい、手伝うよ! も〜〜」

 

 

stop.


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