2月14日
(墓標に赤いめかくし)




 奇妙な顔をされて、慌てて付け足した。
「日本では、恋人同士の女性が男性にチョコをあげるための日なんです」
 青年は不可思議そうにチョコを見つめる。それから、ゴソゴソとジャンパーのポケットを漁った。
「そうなのか。じゃあ、オレからも……って、あ――。すまん。ろくなもん持ってねえや」
 手首を取られて、握らされたのはシガレットケースだった。綱吉は少しばかり苦しげに眉間を皺寄せた。彼がよく吸っている銘柄で――、フレーバーシガーだ。この頃のディーノは、オレンジではなくアップルがお気に入りらしかったが。
「まぁ……、ツナ吸わねーもんな。持っててくれ。替わりの届けるまで」
 ニッと口角を吊り上げて、腕を伸ばす。ディーノは有無を言わせずに綱吉の背中を抱きこむと、自分の懐へ向けて引き倒した。服を着込んだディーノに対して綱吉は全裸だった。
 ベッドに腰かけた青年の、その膝の上に上体が倒れた。驚きで目を丸くする綱吉の唇に、ぬめっとしたものが押し付けられる。ディーノの舌先だった。
「っ…………!」
 眉間を八の字に歪めて、つなよしは口を開けた。ああん、と、求めるように大きく。
 ディーノの視線が痛いほどに肌に刺さる。彼は、誘っておきながら既に舌を引っ込めていた。暗に何を求められているのか……、それを理解して、綱吉は舌先を戦慄かせた。ゆっくり、ディーノに向けて舌を突きだす。
 じゃぶ、と、唾液が音をたてた。綱吉の舌を咥え込んで、ディーノがしゃぶるようなキスをした。やがて彼自身も大口を開けて、綱吉の咥内にまで自らの舌を差し込んでいく。
「む、う……、ハァッ」
 両端の口角が唾液でぐちゃぐちゃに濡れた頃に、ディーノが顔をあげた。
「ツナ……。あんがとな。後で食わせてもらう」
 見上げる笑みは、かつての兄弟子が浮かべたものと同じで、爽やかだった。口角から垂れた唾液を手の甲で拭い取る。淫靡な仕草だったが、それがかつて憧れた笑みの中に混ざっていて、綱吉は目眩を覚えて両目を閉じた。額にキスが降りてくる。
「よし。充填オッケ。また明日な、今日は仕事だ。ジャッポーネマフィアどもと」
「……近頃、よく日本にくるんですね」
 唇をごしごしと拭いつつ、綱吉。ベッドに取り残された華奢なその体には、赤い斑点が無数に散らばっていた。
「ん。牽制。この前な、ウチの地元で妙なヤクばら撒かれてさ……バイヤーが日本人だっつーから」
 ピンとくるものがあって、綱吉は真正面からディーノを見た。夜に沢田家を訪れた彼が、夜更けになってベッドに潜り込んできてから――、きちんと顔を見たのは、これが初めてだった。
「ヒバリさんに会いに来たんですか?」
「ああ。アイツの情報網が欲しくてな。あと、カワイイ愛人ちゃんに会いに」
 クス、と、からかうような笑みが口角を彩った。
「ツナのこと忘れるワケねーだろ。今日がバレンタインだってのも知ってたぞ? たださ、イタリアでは好きなオトコが好きな相手にあげるもんだ……、大体はな。お前さんが用意してくれるたぁ思わなかったぜ」
 ディーノは、ブルーの包装紙が巻かれた小箱を顔の横に持ってきてニカリと歯を出した。
 言い聞かせるような口調で、人差し指を立てる。
「リボーンの教育か知らんけどさ。……また明日の夜も愉しもうぜ。じゃな」
「はい。……気をつけて」
 小さく手を振りつつ、綱吉は体に毛布を巻きつけた。暗闇の中を金髪の影が歩いて、消えていく。床には赤色の目隠しが落ちていた。
(あとはヒバリさんの分、か)
 どさり。寝転がって背中を丸めつつ、綱吉は机の引出しに入れたものについて考えた。イエローの包装紙に包んであるのが、ヒバリ宛てのものだ。ブラックの包装紙に包んであるのが、
「おい。もちょっと媚び売っとけよ」
 ――綱吉の思考を遮るように、ハンモックから呼びかけがした。
 のそりと寝返りをうって綱吉が眉間を皺寄せる。
「最中には声かけるなって言ったじゃん……」
「ばぁーか。終わってるだろ。ディーノの野郎、あれは絶対に気付いてたぞ」
(事実じゃないか……。リボーンが入れ知恵したってのは)枕に顔を押し付けて、綱吉はふて腐れたように寝返りをうった。リボーンに背中を向ける。
 呆れたような声が聞こえた。
「オンナ役ぐらいこなせ。それがテメーの引き当てた運命だろが」
「…………。わかってる」




 14日の応接室は、いささか慌しかった。ヒバリが目に付いたチョコレートを片っ端から巻き上げているためだ。
「渡すなら校外だ。並盛中学内部では絶対に許さないよ」
 と、それが風紀委員長の弁である。
 放課後とはいえ、応接室の扉を叩くのに勇気が必要であるのも、それが理由だった。人払いのされた室内で、ソファーに腰かけつつ綱吉は陰鬱な気分でヒバリを見上げた。
「…………」「…………」
 腕組みに足組み。威圧感たっぷり、向かい合わせに座る風紀委員長に、綱吉はぼそぼそした声で告げた。
「あの、今日って2月14日じゃないですか。オレ……は、その、一応……ヒバリさんの愛人でもあるわけ……なので……」
 ひくり、ヒバリが二度続けて眉根を痙攣させた。
「聞こえない。モジモジ言うなら噛むよ」
「あ、愛人として贈り物があるんですッ」
 カバンから取り出したものを、即座にヒバリに向けて突きだした。黒目が細くしなる。
(い、言っちゃった)綱吉は顔を伏せていたが、困惑と落胆とで両目を丸くしていた。愛人だと、自ら名乗るのはいまだ馴れない。酷く、自らが――醜く爛れた生き物のような気分になる。囲われた身になるなど女ですら胸にくるものがあるだろうに、さらには、自分は男性だのに。
 動揺が手足に現れて、綱吉は全身の震えを止めることができなかった。
 ヒバリがつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「君にはない発想でしょ、それ。赤ん坊?」
「っ、そ、そうです……けど。オレが選びました」
「僕が昼休みに何してたか知ってる?」
「バ……バレンタインチョコの駆除です」
「ワオ。わかってるんじゃん」
 バキッ。無造作に振りあげた腕にはトンファーが添えられていて、綱吉は扉の前まで吹っ飛ばされていた。胸中でリボーンへの罵詈雑言を吐き出しつつ、綱吉は大慌てで落としたカバンを拾った。
「し、失礼しましたっっ」
 だが、進めない。いつの間にかヒバリが背後に立って、綱吉の後ろ襟首を掴んでいた。
 腕の一動で、テーブルの上へと綱吉を投げる。背中がぶつかって、綱吉は息を飲み込んだ。喉元に突きつけられたトンファーのせいでもあった。
 ヒバリは、空いた手で綱吉のネクタイを掴んだ。
「目隠し、まだ欲しいかい?」
「――――、ひ、ばりさん。こんなとこでは」
「僕の愛人なんだろ? 言葉の意味わかるよね。愛したいときに愛して、わるい? チョコレート……。僕に用意してくれたんだろ? 食べるよ。食べてあげる。でもさ、」
 語りつつ、ヒバリがトンファーから手を離した。解いたネクタイで綱吉の目を塞いで、くすくすと笑い声を響かせる。応接室のテーブルは冷たかった。氷のように冷たい。あるいは、それほどまでに綱吉の体から血の気が引いていた。
「君も食べようよ。僕に規律を犯せっていうんだから……。君も共犯にならなくちゃね」
 ビッ。破った音がした。咄嗟に綱吉はヒバリの肩を掴んだが、実にあっけなく両手首が捻られた。抵抗を愉しむかのように、喉を鳴らすのが聞こえた。
「君がそうやって目隠しにこだわる理由、考えたくもないけど……。でも、前々から思ってたけどさ。エロいよね。君みたいな草食動物が、そんな目隠しされて縮こまってるのみると……勃っちゃうな」
 捻られた片腕が、何か、硬い膨らみに押し付けられる。綱吉が喉の奥で悲鳴をあげた。
 く、く、く、小刻みに笑いを噛み殺して、ヒバリが制服のズボンを引き摺り下ろした。数秒と経たぬあいだに、綱吉が悲鳴をあげた。先ほど、何を破ったのかがようやく理解できた。チョコレートが入った小箱の、包装紙だ。
「な、んて、ことを……っ、いっ、ああっ?!」
「汚くないように包装紙ごと入れたから。僕、固すぎるものってスキじゃないからさ。綱吉、中で溶かしてね。きちんと丁寧に」汚辱を受けた衝撃で、指先が痙攣した。チャックを降ろしたような金属音と共に、顎が掴まれる。
「さあ。舐めれるね。美味しそうに頬張ってみせてよ」
「ひ、ばりさ……ん。うっ……」
 拒否権は最初から無い。涙ながらに、綱吉は口を開けた。予想した苦さより先に、咥内にチョコレートの欠片が流し込まれた。ヒバリの口付けから伝わった甘味だ。ガリ、と、チョコ板を噛み砕いたような音がした。
「甘いな、綱吉」





 ぜえ、ぜえ。肩で呼吸をしつつ、綱吉は応接室に取り残されていた。テーブルの上で横たわり、シャツ一枚と、靴下と上履きをつけた格好でだらりと弛緩していた。
 横顔の前には、応接室の鍵が落ちていた。
『戸締りよろしく。あの跳ね馬と約束あるんで先行くよ』
 好き勝手に陵辱を加えたあとで、ヒバリはさっさと衣服を整えて出て行ってしまった。風紀委員は、もう誰も戻ってこないらしい。夕日は落ちて、応接室には明かりもなく、薄闇が室内のすみずみまで伸びていた。
「ふ……、う……」
 震えながら両腕をついて、体を起こした。
 あとは惨めなものだ。ティッシュで身を清め、テーブルも濡らしたハンカチで清めた。ここまでやらねば、ヒバリから後で手酷くされるのは既に学習済みだった。
 校内には、既に誰もいなかった。警備員に見つからないよう、迅速に下駄箱から靴を回収して裏庭を抜けた。ヒバリと肉体関係を持つようになって、何度か帰宅が遅くなった。そのときに、ヒバリが教えた隠れ道だった。
 痛む体を引きずり、トボトボと歩く傍らで、綱吉は街並みの向こうを見上げた。
(……チョコ、一つ余ったかも……)
 カバンにはまだ――、一つ、残っている。学校が終わった後で、向こうにも行くつもりだったのだ。
(まだ行ってもいるかな? 黒曜中って――、七時、か)
 腕時計を確認して、我が家の方角も振り返る。ディーノがやってくるから、日付が変わる前には戻らなければならない。どこにいるのか。彼らが普段、いかなる生活を送っているのかは綱吉も知らなかった。……リボーンが管理していると聞く。
(……教えてもらえんのかな)
 疑わしい思いで、綱吉は携帯電話を取り出した。
「……あ。リボーン? あのさ……、その……。ディーノさん、来てる? あ、ご飯食べてる……、そっか。ううん、あ、いや。……今日ってバレンタインだろ? その、朝、一応お前にもあげたじゃないか。オレ、まだ持ってて――、えっと、ひとつ。帰る前に――」
『あ〜〜、グダグダグダグダうっせえな。テメーが帰るのオセーから、行かせてるよ。どうせアイツだろ?』
 ブツッと叩ききられた電話にギョッとしているあいだに、肩に手が置かれた。全身が強張る。振り返れば、電光の明かりを背後に背負って、首輪をつけた少年が立っていた。
 赤い牛革に、トゲの飾りをつけたハードな代物だった。夜の闇の中でも赤と青の瞳は目立つ。彼は、瞳に冷然とした輝きを称えて手のひらに力をこめた。
「何やってるんですか? 今日は、客がきてるんでしょう」
「骸さん……!」
 顔を明らめる綱吉を不審がるように、骸は眉根を寄せて腕組みをした。
「黒曜中からコッチにくるのも、ラクじゃないんですからね……」さっと視線を綱吉の全身に走らせる。と、骸は、僅かに息を呑みこんだ。
「骸さん。オレ、渡したいものあって――。みんなに買ったから。ついでに、骸さんの分も――世話になったし、前は犯人扱いしてイヤな思いさせちゃったし」
 はやる綱吉を置いて、骸は嫌気が差したような声をあげた。
「ツナ君……。顔。鏡みてないですね」
「えっ?」
 とん、と、骸は自らの頬に触れた。
「チョコだらけですよ……。それに前髪も乾いてる。顔に浴びましたね」
 綱吉が言葉を失った。カバンから取り出そうとした姿勢のままで、呆然として明かりを――明かりを背負う骸を見上げる。その奥には月もあったが、安っぽい電灯に阻まれてほとんど闇の中に沈んでいた。
 骸は並盛中を振り返ると、ふっと呆れたようにため息をついた。代わりに、好奇を帯びた眼差しで綱吉を見下ろす。
「随分な変態プレイですね。善かったですか?」
「…………! や、やめろ。そういうこと――言うなよ」
 平手を沿えて眼差しを遮りつつ、綱吉がうめく。
 面白がるように――あるいは、厭きれるように骸が鼻を鳴らした。
「バレンタインも淫らな行事に過ぎないとはね。呆れますよ。イイ趣味をしてる。どいつもこいつも」
「骸さん。やめてよー―、言うなよ」
「……君も、さっさとアイツらに染まった方が楽でしょうにね。体なんて簡単なモノですよ。ツナ君が積極的にあんあん言ってあげた方が、ウケがいいんじゃないですか?」
 言い終わるか、言い終わらないかの内だった。外灯の明かりから逸れた場所で、バシンッ! と、僅かな音がした。
「黙れっつってんだろ……!!」
 涙目で投げつけたのは、ブラックの包装紙で包んだ小箱だった。中には、数枚のチョコレートが納まっている。
 頬を赤くして、骸が酷く冷めた眼差しを返す。
 一瞬だけ怯んだが、すぐに、綱吉は骸の横をすり抜けた。叩きつけるように、早口で告げた。
「それ、オマエのだから。やるよ。じゃあな。一人で帰れるから、付き添いはいらない――。じゃあな!」
「…………。僕に?」
 振り返らないままで、頷く。
 すると、外灯の下を過ぎた辺りで、綱吉の頭の上に何かが振ってきた。赤い布で包まれた、丸いものだ。鼻腔をついた甘い香りに、綱吉は目を丸くして振り返った。
「君の捜索なんてつまらないことを引き受けたのは、それを渡すついでだったからですよ。……奇遇ですね。では」
「ちょ、ちょこ? ――何で」
 まんじりともしない、底を読ませない目をして骸が肩越しに綱吉を見つめた。
「多分君と似たような理由ですよ。もののついでに……、あと、哀れみと慰みをこめて」
 淡々とした声だ。だが綱吉の中では何度も反射した。赤い包みを両手で握りしめて、綱吉は夢中になって頷いた。むくろさん、と、喉が震えてうまく発声できなかった。
「あ、ありがと。うん。辛くなったら、食べる……から。ありがとう」
「別に。今日ってバレンタインでしょう? どうせ君はろくなことにはならないと思っただけですから」
  いつになく突き放したような声色で、骸。落ち着かない様子で薄い月を見上げていた。申し訳がないとばかり、頭を垂らして綱吉が呻き声をあげる。
「ご、ごめん。投げちゃって……」
「まぁ、パシリですから。ご覧の通りね。お好きに扱ってどーぞ」
 首輪に指をひっかけて骸は自虐的なことを言った。両目だけで挨拶をすると、黒曜中の制服は闇の中へと踵を返した。隣町へ帰るには一時間以上かかる。後姿が闇に溶けるまで見送って、綱吉も帰路についた。カバンの底に、赤い包みを仕舞いこむ。
(よかった。なんか顔色悪くなったよう見えたけど、でも元気そうだ)
 家に帰ればディーノが待っていた。その傍らに、ヒバリがいるのは予想外だった。彼らはシャワーと食事を済ますように告げて、綱吉の私室へと引っ込む。
 数時間後に、まるでそういったホテルにいるみたいだと思いつつ、綱吉はタオルを首に巻いた格好で部屋の扉をあけた。最初に、リボーンがハンモックの上で知らないフリをしているのが見えた。
「きょ、今日は二人なんですか……?」
 パジャマに着替えようとしたのをディーノに制されて、綱吉がおずおずと尋ねた。
「チョコ貰ったろ? 今日はお礼するっつったら、ヒバリも礼するって」
 テーブルの上に足組みをしたヒバリは、黒いシャツと黒いスラックスの私服姿だった。手には缶ビールを持っていた。
 黒目には獲物を見るような、鋭利な輝きが宿っていた。
「今日は無礼講にしてあげる。……腕章つけてないしね、今は。お酒呑んだことあるの?」
「あ、あるけど……。弱いですよ」
「おっ。かわいいな。予想どーりだ」
 朗らかに不吉なことを呟いて、ディーノは綱吉の胴体を掴んでベッドに座らせた。にこにこと、好青年そのものの笑みがある――が、その目尻が不意に邪悪に歪んだ。
「酔いながらだとさ……。けっこう大胆になるんだぜ」
「ど、どうい、うッ?!」
 ヒバリが綱吉の顎を掴んだ。
「うるさいな。こういうことだよ」
 開いた口の中へと無造作に缶の中身を流し込んでみせる。ごふっ、と、咳込んで暴れだした体をディーノが押さえつけた。
「っ?! っ、あっ」燃えた塊が喉を伝って胃に落ちる。猛烈な目眩がこみあげた。かすかに、チョコレートの風味がした。
「どう? これ、酎ハイって言った方が正しいのかな……。チョコレートのお酒」
「がっ、ごほっ」ごぷごぷと口角から溢れさせて、綱吉が手足でもがいた。その背筋が仰け反り、ひくひくと震え始めたころにディーノが痩身をベッドに転がす。
 咳き込みつつ、綱吉が背中を丸めた。
「ツナ。意識あるな?」
「なっ……ぁ、ディーノ、さん……」
 目元を真っ赤に腫らして、うめく。
「ちょっ……と、これは……キツ、う」
 うつらうつらとした返答に笑み返して、青年はベッドの脇に手を伸ばした。豪勢な、赤い光沢を放つ缶があった。
「オレのお返し。スイス製のイイやつだぜ。ほら、ツナ。喰ってみ」
 チョコレートのトリュフを摘んだ指先で、ツナの唇を割り裂いた。
(あっ、づ)からだの芯から沸き起こりはじめていた熱があった。その熱と、咥内との甘さが絡んで、脳髄にまで痺れが広がる。気がつけば夢中でディーノの指をしゃぶっていた。
「おいしいか? ツナ……。今、オマエさんめちゃくちゃ色っぽいぜ」
 愉しげに肩を揺らしつつ、ヒバリが唇を邪にしならせる。
「ぐちゃぐちゃにしてあげたくなるね。面白いよ、綱吉」
「熱、い……」
「そうか。うまいか?」
「甘い、です。あ、熱くって……」
 しきりに呟く綱吉に、ディーノとヒバリが目配せをした。同じタイミングでニヤリと口角をあげる。
「テメーさん混ぜてもイイっつったんだから、オレが先にいただくぜ?」
「ワオ。横暴だね」
「よくいう〜」
 呆れたようにうめいて、ディーノが綱吉の前髪を梳いた。
 ぼうっと、焦点を定めないままで綱吉は天井を見上げる。ヒバリが、その口に指をひっかけてさらに酒塗れにした。
「ぐ、うっ……、げほっ」
 逃れようと身を捩る胸に、青年の手のひらが這い出した。両手両足でもがいて、沸き起こる熱に苦悶しつつ、綱吉は目を閉じた。我慢をするのではない。見ないフリをする――、感情を止める。
(だよ、ね……。リボー……ン)次第に、思考までもが蕩けだして、綱吉は自忘に陥った。前後不覚の体を慰める四つの手のひらが、そこから沸き起こる熱だけが綱吉を現実に引き止める鎖のようだった。
 目覚めたときには、彼らの姿はなくベッドシーツも清められていた。その一日、綱吉はベッドから起きだしはしなかったが、リボーンは赤い包み紙がベッド脇に落ちているのに気がついた。


おわり





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