ティディアーノ
近頃、並盛中学校の付近で不審者がでるとのウワサがある。
被害者がでたために教師はホームルームで注意を促した。
三年生の女子学生が、突然、突き倒されて衣服をひん剥かれたというのだ。幸いなことに上着だけで済んだらしいが、この暴行は全生徒が知るところとなり、並盛町きっての戦闘集団に目をつけられたのである。
応接室の一角で、二人は顔を合わせて顰め面をしていた。
「――なるほど。この子なわけね」
「そうです。一般生徒には知らされていません」
「人権保護か。面倒な世の中になったものだよ」
開けた窓から風が駆け込んで、つまんだ写真をヒラリヒラリと躍らせる。風紀委員長はパッと指を離したが、まるで、そうするとわかり切っていたようにタイミング良く草壁が右手をあげた。
受け取った写真は、すぐさま、彼の懐にしまわれた。
「三日ほど学校を休みましたが今は登校しています。連れてきますか」
「そうだね。校内放送――は、必要以上にウワサを駆り立てるだろうから、」
草壁が頷く。常識がないように見えて、実際にほとんどないのだが、それでも人心に配慮をするくらいの気配りをたまに見せるので、草壁はますます風紀委員長への信頼を深めるわけだ。
「僕が直接、行くよ。シチュエーションの手配は任せた。今日の、昼休みが終わる直前ね」
「わかりました!」
ピシリと、草壁が九十度に腰を折る。
かくして、不幸な女子生徒は、自ら肩をぶつけてきた風紀委員によって、地獄さながらの恐怖を味わいながらも校舎裏に連行されるハメに陥るのだった。
彼女との会話は五分も続かなかった。
犯人の特徴を聞きだしたヒバリがパチンと指を鳴らせば、再び少女は両脇をホールドされて連れ去られて……さながらに警察に連行される被告人であったが、ヒバリは無人となった校舎裏の林のなかで、一本の杉の木に背中を預けた。
「ふうん……」
――相手は声をださなかった。
――いきなり、路地裏に突き飛ばされて上着をとられた。
――でも触りだす前に向こうからやめてしまった。
はあっと微かなため息がして、我にかえって顔をあげたが、黒のマフラーがひゅっと走ったのが見えただけですぐにすぐに路地を出てしまったという。時間にしてわずか一分ほどの出来事である。
近頃の不審者と同一人物である可能性は高い。
そいつは、黒いマフラーにサングラスと帽子をかけているとのウワサなのだ。ヒバリは顎を撫でた。よほど身のこなしが軽いのか。ただの性犯罪だろうか、と、思考が及ぶより先に、風紀委員長は顎に触れたまま首をかしげた。
問題は、むしろ。
「それよりも別のところにある気がするんだけど……」
ふしぎに引っかかるものがある。そのままの体勢で、五時間目のチャイムを聞いた。
「なんだか……。ものすごい、ヤな予感がするんだよね」
六時間目のチャイムが聞こえるころに首を戻したが、じんじんと痛むくらいに筋を違えていた。眉を顰めながら首を抑え、少年は確信を口にした。
「僕や委員会への恨みの線は薄いな――。明日からは、直接、相手を足で探すしかないね」
風紀委員を街中に放って、自分でも探して、直接相手をぶちのめすのだ。
面倒臭いと脳裏でうめき、違えた首を抑えながらヒバリは校舎へと足を向けた。
そうして、不意に。今日は、放課後帰りの沢田綱吉でもなぶってウサ晴らしをしようと考えたところで、ハッと目を見開いた。ひっかかりが、するっと喉を抜けて昇天していった。
「あの女生徒。綱吉に似てるんだ」
ブラウンの髪に、不自然に重力に逆らった頭髪。
くわえて大きなブラウンの瞳まで。背格好も似ている。まずいと、風紀委員長は胸中で吐き捨てた。思い描いた人物が、まさに犯人であるならば。
先日の暴行騒ぎで確信しているはずである。
「あの変態男が……ッ」
忌々しくうめきながら、ヒバリが駆け出した。
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