(十年前の約束を覚えているのだろうか)
 背丈よりも大きい背もたれに身体を預けながら、彼は目を閉じていた。
 目蓋の裏からでもわかる。午後の日差しは、薄い皮膚をつきぬけて瞳を焼いていた。真夏日だった。もう何日も雨は降っていなかった。手にした万年筆を神経質に撫でつづけていた。
(この三年、行方知れずだ。最後に会ったときには、呑気そうだったけど。でも、覚えてる。さりげなく言ったんだ。今度は死にそうだ、って……)
 どうして? 尋ねた綱吉に、骸はにわかな微笑みを見せた。儚げで、何かを――、何かを嘲笑うかのような目つきをしていた。
『僕と君とでも敵いそうにないから』
(冗談……。だったの、かな)
 万年筆のキャップをまわす。
 き、き、と、音がした。
(マーレって名前の要人を殺せって……。後で、リボーンが教えてくれたけど。決して骸さんの手に余る仕事じゃなかったはずなのに)もともと、何を与えてもやり遂げてみせるような男ではあったけれど。
 綱吉は心中で付け足しながら首を振った。
(あの頃はオレもイタリア語の勉強をしてた)
(mare……、海の意味だ)
 指の間をすり抜けて、万年筆がカーペットに落ちた。
 拾わずに、綱吉は背後へと手を伸ばした。ボンゴレのデスクには書類が山積みになっていたが。一枚の絵葉書だけを拾い上げて、太陽に梳かした。
 一面の青が透けて見える。シンプルな絵葉書だった。葉書を横にして、一本の地平線が走る。それから下が海面を光らせる大洋で、上が、コバルトブルーの青空だ。
(川も雨も、さいごには海に流れだしていく)
 うらっ返すと、ただひとつの文字だけがあった。
 相手の住所などはない。綱吉は、何度も文字を追いかけた。fiume、と、それは少し霞んでいて読みづらかったが、指で文字を辿った。光で色が透けて、まるで、文字が海に浮かんでいるように見えた。
「生きてるなら、会いにきてくれればいいのに……」

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