よくわからない。憑依しても元の意思が残ることは稀にあった。
 強い思いを現世に残している場合は特に。たまに意思に引き摺られる、けれどもコチラが気を配れば留められたし、定期的にそれでいて突発的に現れるなど今までにはなかった。何なのだろう。これは一体。ワイン片手に少年の家の前に立つ。
 今更に疑問を持つ。彼の人生を真似るウチに、あれよあれよと流されているようだ。
 ボンゴレとの接触はいまだに絶たれていない。彼がボンゴレと親密すぎた――、いや違う。あまりに、あまりにピンポイントで深い交際を持っていた。ことの中心人物と異常なまでに親しくなっていたのだ。不覚だったとは思う、けれど、ボンゴレ十代目に怪しまれるのだけは避けたい。雪を頭に乗せたまま物思いに耽っていると扉が開いた。何してるんですか! と見慣れた笑顔が驚く。中に招き入れて部屋へと通される。家庭教師もいなくて僕がひとり。胸がすくようで肌の内側が泡立った。
『本当に僕しか呼ばなかったの?』
『ヒバリさんがそう言ったんじゃないですか』
『そうだけど。君って人気あるから、通るとは思ってなかったよ』
 ワインを少年に渡す。少年は、テーブルの上から栓抜きを持ってきた。
『これ、刺せばいいんですか? えーと……』
『貸して。やってあげる。合格おめでとう、綱吉』
 少年は背が少しだけ伸びた。しかし笑顔の裏にあるものは変わらない。純粋な子供だった。
 ポンと音をたててコルクが天井にぶつかった。少年が叫び声をあげて、すぐに笑いだす。僕も一緒に笑っていた。面倒は覆いが、この子供の傍にいるのはそれほどに苦ではなかった。
 隣り合って腰をおろす。見上げる瞳があった。
『でもヒバリさん、大学いかなくていいんですか?』
『別にやることがあるからね。人から教えてもらうことだけが勉強じゃない、そうだろ?』
『そうですけど』テーブルに並べた料理を取り分けながら、少年が俯く。
『一緒のところに行きたかった?』少年が耳まで赤くなった。
『そーいうわけじゃないですけど!』
『へえ? ほんとに?』口角が独りでにあがる。肩を寄せた。
『大学いって、また変なの引っかけないですよね』
 身動ぎして体が遠のく。『君、そういうの引き寄せる性質あるみたいだし』
『人をゴキブリホイホイみたいに言わないでくださいよ』
 グラスにワインを注いでやる。
 初めての喉越しに、少年が目を白黒とさせていた。母親は不在だと聞いている。
 ついでにビールも持ってくればよかっただろうかと、そんな思いも過ぎるけれど、赤く紅潮した頬を見つめるうちに持参しないで正解だと思い直した。こういうときはロマンチックに決めるべきだ。相手が男だが彼ならそうしてあげたい。
『あんまり早く飲まないほうが良いよ。すぐ潰れちゃうから』
『は、はあい……』よろよろとしてグラスがおろされる。
 空いたわきから、また注いでやった。早く酔いが回ってしまえばいいのにと思う。
 外の冷気で凍らされた指先が疼いていた。きっと彼の身体はあたたかくて気持ちがいい。僕もまたグラスに口をつける。いつからだろうか、少年との遊びを進んで楽しむようになっていた。
 いや遊びと思うのは僕だけか。少年は真剣にやっているよう思えた。
 ああ、また少し違う。少年が真剣に見据えているのは僕でなく彼なんだ。
 指先がヒヤリとする。冷気がためではない。料理を食べ終え、ちびちびとグラスに口をつけていた少年のうなじに触れた。
 ひゃっと悲鳴が聞こえる。すぐに聞こえなくなった。唇に噛み付いて床に引き倒す。抵抗はない。あまりに素早い行動で自らに苦笑した。したあとで、ドキリとした。(今の、君ですか?)
 彼の返答はない。今までも、彼は頑として僕の呼びかけに応えなかった。
 動きを止めた僕に少年が訝しがる。熱に浮かされた吐息と潤んだ瞳に我を忘れられる気がした。だから口付けた。今度の、これは間違うことなく僕の意思だ。

 


>> つぎへ