光覆の足跡 3.
3.
三人は共に食卓についていた。
やや離れたところで、一人でフォークを操るのはリボーンである。
五歳にもならぬ幼児であるのに、零すこともなく器用にニョッキを突付いていた。
「明日れすね。ついに帰るなんて、なんっか信じられ」
「モノをいれたまま喋るな」
千種の機嫌は悪い。封筒を持ち去った犯人が犬だと判明したからだ。犬の頬には平手の痕があった。
しつけと称して向かいに座る少年が打ちつけたものだったが、本人は飄々とスプーンを舐めていた。千種の作るコーンスープは彼が最も好む一品だった。
「オタクの聖地秋葉原に向かったというのに夕飯の買出しを忘れない。両手いっぱいの紙袋でリュックの中身は食料品なんて誰が考えますか。涙がでそうですよ。僕はいい友人を持ちました」
「それは……。放っておいたら、骸様は缶詰ですまそうとするし犬は暴れるでしょう」
骸と犬は同時にまったく違う方角を眺めた。
千種は深いため息をつき、食べ終えた食器を持って洗い場へと足を向ける。次に席を立ったのは骸で、食器を千種に渡すと自室へ引っ込み、再びでてきた時には赤いトランクを抱えていた。
地下室への階段の手前で、幼児が腕を組んで待ち構えていた。
「おや。ちゃんと食器は片しました? 自分の分は自分でやるっていうのがウチの――」
「テメーはやってねえだろーが」
「僕は大黒柱なので除外です」
「ざけんな。っつーか、そのトランクはもしかしなくともツナのか?」
リボーンは眉を顰める。鬱々とした笑みが骸の口角を歪めた。
「くどい。やっぱり、あなたは沢田綱吉に相当いれこんでるようですね」
「……そんなつもりはねぇ」
「聞き飽きましたよ」
通り過ぎざまに「ッチ」と密やかな舌打ちが聞こえた。
笑いを堪える態度も隠さずに階段を降りた。銅製の扉に触れればヒヤリとした感触。
鍵を開けるのは手馴れたものだ。少年はカーペットを引き剥がし、自分を守るかのように包まった格好で部屋の隅に縮んでいた。
「そうしてると本当にウサギみたいですね」
無造作にラビットファーを掴み、引く。
気軽な動きとは裏腹に、ずいぶんと力が込められていた。すぐさま綱吉が転がりでる。
息を飲む少年にクスクスとした笑い声を与えながら、彼の手をとってトランクに触らせた。
「君の分の荷物です。これがカギ。今は中に明日のための着替えをいれてますけど、この部屋から持ち出したいものがあったらココに入れて置いてください」
「――そんなの、あるわけが……ッ」
「それは僕の知るところじゃないですから」
ピシャリと言いのけ、付け足した。
「着替えなかったら、今の格好のままで連れて行きますよ」
再び綱吉が喉を詰まらせる。今までの仕打ちで、その言葉が本気だというのは容易に伝達された。ひらりと手を振って骸は出口へ足を向ける。が、扉に触れたところで肩越しに振り向いた。
「ウサギって、本当に寂しさで死ぬと思いますか?」
トランクに触れた手を持て余していた少年は、突然の問いかけに竦み上がる。
その様子を楽しむでもなく、骸は表情もなく質問を繰り返した。
「む、骸さんは……。そう言ってるじゃないですか」
フワリと微笑みを浮かべた。
嘲るでも蔑むでも偽るでもなく、どこか疲労を感じさせる彼らしくない笑い方だった。
「そんなの俗説ですよ。ウサギというのは孤高と高潔を持ち合わせた生き物でしてね。誰もいないときにひっそりと死のうとする。飼い主に己の死ぬ姿を見せまいとするんですよ」
少年二人の視線は真っ向から重なりあっていた。綱吉は目が離せずに骸を見、骸は、ただ視線の先に綱吉の両目があったからとでも言わんばかりに意思のない眼差しを注ぐ。
「それが結果として、一人が寂しくて死んだよう見えるだけです」
骸はしばらく沈黙した。少年は困惑して彼を見返した。かける言葉もなく、骸の真意も見えずにトランクにかかった手の平を硬く握った。さらに間を置いたあとで、骸は部屋を見渡した。そうしてものも言わずに出て行った。残された少年は、やはり時間をおいてから、背中から冷や汗が噴き出ていたことに気がついた。
トランクにはニンジンのマスコットが取り付けられていた。
つづく
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