光覆の足跡 3.

 

 

 

2.
 読めない手紙がポストに入れられていた。
 切手がない。直接に投函されたのだ。玄関を飛びだすも人影すら見当たらない。
 商店街のほうへ彷徨いでてもやはりそれらしき人はない。脳裏に過ぎるのはかつての家庭教師だった。
 次いで過ぎったのはオッドアイの少年で、綱吉は全身を緊張させた。並盛中への襲撃事件が解決した時には和解したかに見えた相手だった。だが彼は一ヶ月も経たぬ内に九代目との血縁関係を暴露した。
 友人のように綱吉の家にあがりこみ、普段と同じニコニコした笑顔のままで、
『ところで、僕はボンゴレ九代目の遠い親戚にあたっちゃったりするんですよね』
『十代目に名乗りでる権利は、十二分にあると思うんですけど』
 ディーノたちが、初めてオッドアイの少年と顔を合わせたその日の出来事である。
 宣戦布告だった。いくらか内部的な集まりとはいえ、隠蔽するには証言者の数が多すぎた。
 リボーンの呟きはいまだに綱吉のなかで深く根をおろしていた。
『――やられた。アイツ、狙ってやがったな』
 携帯を強く握りこんだ。読めないが、見た目からしてイタリア語だろう。
 少年をいまだに慕ってくれる獄寺ならば、快く読み上げてくれるに違いない。深呼吸をした。骸と争うようになってから、彼らとの友情を噛みしめるほどにありがたく感じた。決定的な実力差を前に、敗北を予感するなどしょっちゅうだが、諦めてはいないのだ。踏み止まらせてくれる友人たちのおかげである。
『オレにとっての十代目は綱吉さんだけです』
『マフィアごっこ、どうせならツナをカシラにしたいだろ?』
『あの人の真の望みがわからないようじゃ、恋人は失格よ』
『俺はまだ兄弟子のつもりだぜ。ツナならやれる』
『おりゃーな。あの坊ちゃんよりもお前さんのが好きだ』
『ハルはいつでもツナさんの味方です!!』
 ボンゴレは、骸と綱吉のどちらがより優れているかを競わせるように仕向けだした。
 九代目が推すのは沢田綱吉である。当初は彼が優勢だった。しかし、山篭りはおろか水泳競技、テスト問題の点数までを考慮した争いでは骸ばかりが際立った。ファミリーの幹部どもがヤバいな、と、リボーンが盛んに呟くようになったころ。一通のエアメールが届き、赤子は姿を消した。
 少年が真実を知ったのは、三日後のことだった。獄寺が家に駆け込んだ。
『リボーンさんが、六道骸の家庭教師になったそうです!!』
(勝てるわけがない)
 誰もが骸の勝利を予感した。
 が、それから半年が経った今でも九代目は骸を正式な候補と認めていないらしい。
 骸とのテストを報せる手紙は、身元不明の大男が届けにやってくる。定期的な対決においてリボーンとも顔をあわせるが、赤子は得意の死ぬ気弾を撃つでもなく、綱吉をひやかし、思い出したように骸に助言を与える程度だった。しかし、骸側に回ったリボーンの、一度きりの言葉は綱吉を励ました。
『俺のカテキョー。ちゃんとモノになってたみてーじゃねえか』
 その口調は、耳を疑うほどに柔らかかったのだ。
 獄寺はすぐに捕まった。今から家に行くという。
 携帯をポケットに戻し、再び手紙を見下ろす。単語のひとつひとつを舐めるよう見つめた。
 ちょっと、と呼びかける声があった。弾かれたように振り返れば、風紀委員長の腕章をつけた少年が立っていた。バイクに跨ったままエンジンを切り、軽く肩を壁に預けている。少年は呆れたため息をこぼし、綱吉が来た道を指差した。
「自分の家を通り過ぎてどうするの」
「あ、あれっ?!」
 エンジンがブルルと吠えた。
「手紙、気がついた?」
「え……っ?」
「僕が届けた。頼まれてね」
 綱吉は目を見開かせる。すべては確信に変わった。
 手紙を見下ろし、次にヒバリを見上げたときには満面の喜色が広がっていた。
(ヒバリさんにモノを頼んで、尚且つ受け入れられて貰える人……!)
 ひとりしか知らない。二の句を継げる前に、バイクが走りだした。
「通り道だったから。ついでだよ」
 綱吉は精一杯に声を張りあげるた。
「ありがと――っっ、ヒバリさぁーん!」
 ポケットに電話を押し込め自宅へと駆け出した。靴を脱ぎ捨て、階段を駆け上がる。部屋の扉を開ける両手にすら力が入った。(初めてだ。オレのとこからいなくなって、初めての手紙だ!)
 扉をバンと開いて――、そこで、綱吉は固まった。
 見慣れた、しかし決して相容れないだろう少年がベッドに腰かけていた。
「こんにちは。お邪魔しています」
「む、骸さ……っ?」
「オレらもいるぜぇ」
「うわっ!」
 グイと腕を引かれた。
 室内の中央に投げ出され、耳は扉が閉められた音を聞きつけた。
 城島犬と柿本千種。骸に付き従う二人が、扉の前に立ちはだかっていた。
「こ、これは? 何だよ、これ!」
「何だと思います?」
 楽しげに骸が腕を組んだ。
 部屋中に視線を巡らす綱吉に、すぅと目を細める。
「家庭教師さんはいませんよ。今日は邪魔なのでね」
「また、テストなんですか……?」
「いいえ。駒を進めようと思いまして、取りにきました」
「何をですか」
 反射的に訊ねて後悔に見舞われた。
 骸が差し出したのはカメレオンだった。
「例の家庭教師さんが君に残していったものですよ」
「何かしたのか?!」
 レオンはグッタリとしている。
 骸は、くすりと笑ってレオンの胴を握り締めた。
 尾がピクピクと戦慄く。死んではいない、と、千種がフォローした。
「無言の抵抗ってイヤでしょう。僕は気が長いほうだと思うんですけど、でも、そろそろ直接に動いてもいいんじゃないかと考えたんです。九代目の重い腰もそろそろ上げませんと病気になっちゃいますよ」
 赤い瞳が不気味に揺れ、獲物を見据えるように少年を射抜く。
 ゾクリとしたが、後退る前に腕が掴まれた。後ろからだ。
 目だけを振り返らせれば、無表情の千種と真っ赤な舌を覗かせる犬が居た。
「あっ……」
「チェックメイトですね」
 すらりとした動作で骸が立ち上がる。
 ベッドに置き去りにされたレオンは動かない。
 ゆっくりと歩みよる。骸の拳が、腹の真ん中にめり込んだ。

 

 意識を失えば拘束も解かれる。
 ドサリと伏した少年を囲んだまま、三人は目配せをした。
「気づかれずにやりましたね?」
「はい。地下室の用意は整ってます」
「コッチも整ってるぜ」
 ポケットを漁り、犬はキィを骸に投げて寄越した。
 つ、と、確かめるように形をなぞり「クフフ」と少年が笑う。
「上出来です。この型なら、リボーンにも合鍵はつくれないでしょう」
 犬は満足げに頷き、横たわる身体に手をかけた。
 ひょいっと担ぎ、その拍子に落ちたものを千種が目に留める。
「なんですか」
「彼が落としました」
 片眉が跳ね上がる。
 すぐさま手紙を広げ、やがて骸は肩を笑わせた。
 犬と千種が互いを見合わせる。クシャリ、と、少年は手紙を握り潰した。
「小癪な真似をしてくれますね」
「なんて書いてあったんれすかぁ?」
「送り主は察しがつきますよ」
 先に窓を下りた千種を追い、骸も窓枠に手をかける。
 後ろで犬がもったいぶらないで下さいと叫ぶが、気にかける様子もなく綱吉の頭を撫でた。
「君がダメダメなおかげで助かりましたよ」
「だぁーっっ、なんだよ、何て書いてあんれすかっ!」
「……――『あいつが行く。逃げろ』。あとは詳細な身の隠し場所についてですよ」
 少年たちは、屋根伝いに沢田家を後にした。




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