壊れるときには容易く壊れるものなのだ。人というのは。
それを知ったときには人間の子供であったことを思い出して、綱吉はいささか憂鬱な面持ちでコーヒーを飲みはじめた。
沸かしたてのお湯を注いだカップにストローを挿していただく少年に、カフェテラスのウェイターは訝しげな視線を送るものだが、当人は気にすることなく、ちゅるるると軽快に吸い上げる。海辺に面したテラスだ。潮風が前髪をより分けて額を撫でる。たった一人で、海と向かいあっていた。けれども少年は語りかけた。
「コーヒー、おいしいの? オレにはよくわかんないよ」
カップのなかでストローを一周させる。
遠目には海岸が見えた。観光客がまばらにある。冬の終わりとあって、さすがに遊泳客はなかったがカラフルなサーフボードが確認できた。
はあ、と、呆れたようなため息をついて綱吉はストローを咥えた。
「……次はココアだからな。譲らないからね」
眉間にシワを寄せるさまは、痛みに耐えるさまと似ている。
居心地が悪そうに腹を撫でて、やがて綱吉はウェイターを呼びつけた。
「ココア一杯! ――っつ、あ、や、やっぱりコーヒーのおかわりもください。は。はぁ、オレが呑むんですよっ。あとサンドイッチも。……ツナのサンドイッチで」
ウェイターは唇を尖らせた。若い男の背中を見送って、綱吉は自らの腹を叩いた。
「変に思われたじゃないかっ。やめてくださいよ!」
数分の間を挟んでから、付け足した。海を眺めながら。
「あんたは趣味が悪いよ。なんで、よりにもよってツナを食べたがるかな」
うめく唇のはざまから細長いものが顔をみせる。赤い、先が二つに割れている、まさにヘビの舌だ。シュウウウと音を立てるのを聞きながら、沢田綱吉は再び眉をすり合わせて俯いた。コーヒーの水面を見たときに思い出したことを、また、思い出したのだ。かつて正式に人であったころの話だ。
くるくるとまわる黒い水面に、両親や友人の面影が重なったのだ。誘拐事件のあとで、人が変わったと言われるようになった。
深い思慮に囚われかけた彼を、掬い上げたのは内側からの声だった。
腹の内側から、うねりながら存在を訴える生き物の呼び声だった。
「そーですね、オレもたぶん、あんたを愛してますよ」
それは、つい数秒前に引っ張り出した疑問の答えでもあった。
どうして、このようなことになったのか。いかにしてこのようなことになったのか。愛とはかくも恐ろしく都合よく話をまとめられる潤滑剤なのか。
ウェイターは程なくしてココアとコーヒーとサンドイッチを運んできた。
ストローでココアとコーヒーを交互に呑み、ちょいちょいとサンドイッチを摘みながらガイドブックを広げた。唇を舐めるのは、二股の赤い舌。
(次はどこにいこうかな)愛撫のように、舌が歯列の裏側をなぞる。
口の中、喉より深い奥でしわがれた声がした。綱吉は頷いた。
「ええ。人が少ないとこがいいな……。奇行しても怪しまれないよーなところ」
底から這い上がる蛇の舌
おわり
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>>コンビニ骸ツナをダークにしたらどうなるかな、と、いうのが最初にありました。
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