暴力的な人々
「恭弥。何ですか、それ」
「骸? ああ、これ。拾ったの」
「拾った……」確かめるように、少年はその言葉を口中で噛みしめた。拾った。拾ったということは、つまり、落ちていたということだ。
往来のど真ん中で、唐突に二人が足を止めた。
それにより人波に狂いが生じていた。
正確には、二人ではなくて三人なんだが、辺りには俄かなざわめきが浮き上がりだした。雲雀恭弥は、何てことないように肩に担いだ少年を顎で指した。
「拾ったら拾った人のモノだろ? 躾てみようかと思って」雲雀恭弥は並盛高校の番長と言い切ってしまえる存在だ。彼の言う遊びとは、まぁ、とどのつまりは暴力なのだが。
「へえ……」
六道骸は、考えるようにして顎に手で触れた。
「勿体ないんじゃありません? 顔は?」
「小動物っぽいよ。君の好みじゃないと思うけど……、って、いうか、君のが顔面損傷激しくするのにそういうこと言うんだ?」
黒曜中の番町と言い切ってしまえる存在である六道骸は、度々に雲雀恭弥と関係を持った。共に裏社会に本身を置く人間だった。それでいて公立の高校に通うという身の上だ。その重なりが、彼らの間に友情めいたものを生んでいた。実際は、友情というよりは、昔馴染みだとか腐れ縁だとか、そうした言葉で形容する方が近いものだが。
「君ンとこの学生じゃないですか」
ブレザーの裾を摘んで、骸が言う。
「さぁ。顔、見たことないな。転校生かもね」
「……学校の管理が甘いンじゃありませン? 恭弥」
「面倒な雑務なんか、いちいち知らないよ」
心底からどうでもよさそうに、雲雀。骸はフムと喉でうなった。人ごみをそれとなく避けて、建物に寄りながら少年の顔を見つめる。
ぐったりと青い顔で少年は失神していた。あどけなく両目を閉じて、唇を半開きにしている。
じぃっと見つめた後に、雲雀が骸の名を呼んだ。
「何。いい加減、邪魔なんだけど」
「これ、どこに落ちてたんですか?」
「三丁目の空き地。ビルの建設予定地になってるとこ」
「ふうん。この子のリンチ、僕も混ざっていいですか?」
ぴくり。雲雀が眉を跳ねさせた。
「君が、そんなこというなんて珍しいね……」
「かわいい男の子じゃないですか。嬲りがいがありそうなツラしてます」
「タダじゃ分けないよ」
「ほう。じゃあ、金を払うので用済みになったら僕にくださいよ。男を飼育してみるのも楽しいかもしれない」
「…………」
眉を八の字にして、雲雀が黙り込んだ。
骸を見つめる眼差しには明らかに軽蔑の色がある、が、当の骸はニコリとして柔和な笑みを返して見せた。
「何ですか。この前までの女なら、もう返しましたよ。きれいさっぱり。新しい子を探しても構わないでしょう?」
「……世の中って不条理だよね。君みたいなタチの悪いのが、変に要領いいせいで上手く生きちゃうんだから」
「そんなことはない。恭弥、妬んでんですか?」
「バカじゃないの。哀れんでんだよ、骸」
軽くため息を吐いて、雲雀は肩を竦めた。
自分たちを取り巻く人壁を、自らの身体で割って歩きだす。骸は、隣に追いつきながらニヤニヤとして少年の頭に触れた。
「うん。かわいい。手触りも悪くありませんね」
「……まだ僕のだ。触らないでくれる」
「いいじゃないですか。減るもんじゃないですし」
露も気にせず、骸は自らの人差し指をペロリとした。満足げに目を細めて、ポケットに両手を突き入れる。
雲雀が向かった先は彼のマンションだった。勝手知ったる挙動で骸があがりこむ。少年はパイプ式のベッドに落とされた。
「さて。所属はどこかな」
「あの空き地、君の風紀委員が管理してるんでしたっけ」
指をパキパキと鳴らす雲雀を見上げる。雲雀は眉間に深いシワを刻み、小さく頷いた。数秒後には右腕を振りあげ、
「っぐう!」
少年の腹へと叩き落とした。
もんどりを打ち、横向けになって咳込んで、しばらくして彼は目を開けた。茶色い瞳がぱっちりとして、辺りを見回す。
見慣れないワンルームに、少年は如実に動揺していた。
「な、なななななななぁ――――?!」
両手を戦慄かせ、ベッドの前に立つ少年たちに気がついてさらに怯える。少年は壁に張り付いたまま言葉を失った。
隣り合ったままで腕組みして、雲雀と骸は互いの目を見る。雲雀が動いた。
「不法侵入。いつから、あそこに住んでた?」
「あ。あそこって?!」
「ビルだよ。勝手にテント張ってただろ」
合点したというように、少年がハッとする。
「あ、雨を凌ぐ場所が欲しくて……! す、すいません! すぐ出ますから!」
「落ち着いてみなさい。その必要、ないでしょう?」
優しげに語りかけたのは骸だ。
にんまりとした笑顔には白々しいものがあった。
その特徴的な瞳の色。それが逆に刺激となって、少年は平静を取り戻したらしかった。怯えをふんだんに含んだ眼差しで、そうっと雲雀と骸とを見比べる。
「オレ……、なんでこんなところに」
唐突に雲雀がベッドの縁を蹴りつけた。がいんっ! と、パイプが軋みその上の少年をも奮わせる。
竦み上がった彼の襟首を掴むと、雲雀は、平手打ちを往復で叩き込んだ。
「っ!」
ベッドの下まで転がり落ちる。その後ろ頭を掴んだのは六道骸だった。ベッドに腰かけながら、じろじろと少年の顔を覗き込む。
「君、名前は?」
「うっ……」
背中を丸めて抵抗する。骸は無言のまま、頭髪を鷲掴みにしたままで片脚を少年の脇腹へと叩き込んだ。
ぐうっ! と、悲鳴と共に細体がバウンドする。
「僕の制服を見てわかるだろう。君が並盛生なら、風紀委員のウワサは聞かないわけ?」
「ふ、ふうきいい……ん?」
ぜえぜえと呼吸しつつ、顔をあげる。
その顎を後ろから伸びた指先が掴み上げた。仰け反った喉元に、雲雀の人差し指が突きつけられる。
爪先が肌に突き刺さるほどの力があった。
軽く咳込むのに構わず、骸が顎をガクガクと揺さぶる。
「自分が何したかまだ理解できないようですね」
「いつ、転校した?」
質問を変えると、少年は苦しげに呻き声をあげた。
「お、おとと……い」
「名前は? 学年と担任も」
口ごもると、骸が遠慮ナシに顎を揺さぶりたて、雲雀が首に指を突き立てる。その衝撃と痛みとで少年の瞳から生気が抜けかけていた。亡霊のような声でうめく。
「沢田、綱吉。一年……っで、Bぐ、み。担任、は。まだ、学校、いってないから、しらな……、アッ」
「行ってない? 何で」
「い、家出、途中で」
「へええ……。君みたいなひょろいのが」
雲雀が手を引かせた。引き際に、再び、沢田綱吉の横っ面を叩く。
「あうっ!」
ぐい、と、骸が後頭部を掴む手に力を込めた。
限界まで喉を仰け反らされた形で、綱吉が怯えを含んだ両眼で骸を見返す。六道骸は腫れ上がった頬を見て、
「素敵な色合いですね」
とだけうめいて、べろりと頬を舐めた。
「ぐ……。うっ」嬉しげに破顔する背後の男も危険だ。だが、トンファーを取り出し振り回し始めた男も充分に危険である。
「ちょっと……。まって。オレ、何が、何だか」
「恭弥。待ってあげましょうよ」
「何で?」
「もっと面白くしてあげますから」
骸が目を細める。沢田綱吉を抱き上げると、向かい合うようにして自らの膝の上に乗せた。ぎょっとする少年の手首を束ね、後頭部に掌を滑り込ませる。
互いの目鼻が触れ合う程の距離にまで顔を近づけて、固定する。骸は唇だけでにやにやとして綱吉を見つめた。
「僕の舌を噛んだり、僕の気に喰わないようなことをすれば遠慮なく噛み付きますからね。僕は耐えてくれる子が好きですよ」
「〜〜〜〜っっ、な、にを言ってんの?!」
異常接近に取り乱す綱吉だったが、骸は体勢を崩さない。彼は横目で雲雀を見た。
「嬲るんでしたらどうぞ」
「君らしい嫌な趣向だよ、ほんと」
雲雀はうんざりとする。だがトンファーを両手に構えた。
「知らないなら覚えてもらうよ。その体で。この町で僕と風紀委員に逆らうものには容赦しない」
「ふ、き――っ、んっ?! んんんんん!」
綱吉の眼前で骸が口を開けた。
躊躇いもなく唇に覆い被さってきて、舌を潜りこませる。すぐさま角度を斜めにして口付けし直し、舌先が深くまで侵入した。
愕然として反り返った背筋に――雲雀が歩み寄る。
無造作に振り下ろした一撃が背中を強打した。がくん、と、上下に体を痙攣させて沢田綱吉が手足に力を込める。
歯を食い縛ったのは、その一つとして――反射的な反応だった。
骸が眉間をシワ寄せる。頭髪を毟るように握りしめると同時に、唇に噛みついた。
「ふぅッ?!」
ギリ、と、軋む。
すぐさま犬歯の下から血が溢れた。雲雀が二発目を叩き込む。骸は先ほどのことなど無かったかのように口付けを再開させた。
「……ッ、ッッ!!」
がくがくと綱吉の全身が震えた。
行き場を求めるようにして伸びた両手が骸の肩を掴む。そのまま、両手両足で骸にしがみ付くと、彼は楽しげに喉を鳴らした。
「ん……。っ、そうですよ。求めなさい」
「ぁっ、っっ!!」
殴打の度に綱吉は骸の背中にしがみついた。シャツを握りしめる指先が白く変色していく。
「っ。ッ、〜〜〜〜っっ!」ぬちゃ、と、骸が開かれた唇をなぞり上げた。
「ああ。じゃあ、僕はそこの外道に呑まれて死ぬようなヤツには興味ないんだよね」
ダッと背中を蹴りつけながら、雲雀。
「自力で振り解いてよ。そうしたらやめてあげる」
わずかな間を置いて、綱吉の腕が骸の肩を突っぱねるような動きを見せた。初めて、雲雀が愉快そうに唇の両端を吊り上げる。
「並盛の案内くらい、してあげようか? これでも委員長だからね、僕」
楽しげにトンファーの先を舐める。
思わぬ拾いものになるだろうか? 雲雀と骸は、恐らく、お互いに同じような思考をしているだろうと思う。
おわり
>>「スクールHIGH」の前身になります。
>>どこにやったかわすれた… なファイルを発見
>>少し書き進め・書き足してUP、です。
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