※らくがき板にて書いたSSの集まりです。



夜が赤くなる



夜盗がすべて動かなくなった。屍の上にヒバリが立っていた。
(オレの知ってるヒバリさんじゃ、ない……)
人間離れした身のこなしは、もとより。その表情がツナの記憶にある店主とは違っていた。小枝だけを武器に夜盗に立ち向かうなど常人のできるワザではない。思いつきもしないだろう。しかし彼は、――今までツナが見たことのないような笑みを浮かべて駆け出した。獣がそうするように、顔を歓喜のシワだらけにして、吼え声すらもあげながら枝一本で統べての男達をなぎ払ったのだ。
ヒバリの指先から、するりと枝が落ちた。振り返った少年は色のない瞳をツナへと向ける。感情のこめられていない、生気のない眼差しだった。そして、これこそが、ツナの知る薬局屋の店主である。
「……。じゃあ、帰ろうか」
まるで何事もなかったかのように、若き店主が告げる。
バスケットからこぼれた薬草を拾うことすらできず、ツナは、ただ呆然とヒバリを見上げた。もはやヒバリを見てるのか、月を見てるのか。それすらもわからなくなったころ、ヒバリが踵を返した。何も言わず、幽霊のような足取りで、音すらたてない。靴底と土とがこすれていないようだ。
「先、行ってるから」少年はすぐさま闇にまぎれた。
「……」
(声……でない)
口をぱくぱくとさせながら、ツナは、土を握りしめた。





 さよなら


「お久しぶりです。大学生活はどうですか?」
「はは…。いいじゃないですか。楽しそうですね」
「はい。僕はイタリアに帰ることにしました。ボンゴレに? くはは、入らないって言ってるでしょう。それだけは無理ですよ」
「ええ…。はい。残念ですよ。ついに、君といっしょにいる理由を見つけることができなかった」
「…………。相変わらず、保父さんみたいなこと言いますね」
「……ああ、まだ用件は済んでませんよ」
「綱吉くん。僕は明日、日本を発ちます。あなたは近い将来マフィアになる。……だから、せめて」
「せめて、あなたを殺そうと思って、ここにきたんです」

 




  沢田くんのメモ帳



「あるわけがない。輪廻転生なんて。そんなの信じてるなんてバカだと思いますよ。近年まれに見るくらいの」
 ――修学旅行一日目。あまりにムカついたのでメモしてみる。転校生、六道骸はとんでもなくイヤなやつだ。
「ああ、君は、この前のおバカさん。…一人なんですか?」
「僕もひとりですよ。転校したてですから。何なら一緒にまわってあげましょうか? 京都は僕も初めてなんで地図を見ないといけませんが」
 ――二日目。転校生だから、ってよりも性格がアレだからひとりなんじゃないだろうか…。顔はいいのに。もったいないと思うのでメモしとく。そしてやはりムカつく。
「ああ。あった……。すいませんね、古本屋巡りにつき合わせてしまって。これですか?」
「…ちょっとしたものですよ。古い日記です」
 ――三日目。六道に付き合って三時間くらい古本屋を漁った末にこの言葉。ちょっと様子がおかしいのでメモしとく。
 ――四日目。六道はホテルの部屋からでてこなかった。怖いのでメモしとく。
 ――最終日。バス。わざわざ隣のやつをどかして、六道がやってくる。正直、ビビった。六道の両目が赤かった。…泣いた? わけわからないからメモしとく。六道は言っていた。
「僕と彼とその前の彼ももっと前の彼もはるか昔の彼もぜんぶ違う。なのにどうして、記憶は、すべてひとつに繋がっているんでしょうね…」
 ――最終日メモふたつめ。電波到来。…でも、なんだか可哀想に思えたのはあまりに哀れっぽく喋るからだろう。キャラメルをあげたら、六道は驚いた顔のあとで、少しだけ笑った。

よくわからんが、たぶん、友達ができた。

 

 

 



堕落(底から這い上がる蛇のした)



「うえっ、お、おあっ……げええっ」
 身体が前に倒れてく。慌てて踏み止まったが堪えられそうにない。ひどい気分だ。ぐらぐらする。視界も足も頭もお腹のなかも!
「げっ、あ、おえっ……」
「ど、どうしたっていうんだ?」
「わかんねえ。突然、腹かかえて苦しみだしたんだ!」
「えっ、あ、や、やめてぇ……ッ、ひげぇっ」
 ずるり。耳に聞こえてくるようだ。悪戯に胃袋を突付くようにして、ずるずると這って進んでくる。ひ、ひどい。ひどい気分だ。目の前が真っ赤で、とめどなく口角からあふれる唾液も目を剥く男たちも目に入らない。痛い。
(は……っ、は、吐き出したい)目のウラまで痛くなってくる。
「ぁっっっ!!!」
 ズッと喉をせりあがってきた。口がボコリと膨らむ。
 途端に、一瞬だけ世界が黒く染まった。何も見えなくなった。フラついて口を拭おうとした……、足元に蠢くものがみえた。赤い粘液に覆われた、細長い生き物。たった今、吐き出したオレの中に根を張っていたもの。
「誰ですか……?」
 赤ヘビがしゅるしゅると舌を鳴らす。
「僕の愛しいひとに手をだしたのは」
 見る間に伸び上がって、オレよりも頭ひとつ高い少年の姿になった。タイトな黒いジーンズに黒いシャツで、右目は蒼く、左目は赤い。
 男二人が後退る。その頭には小さなツノが二つ。
 彼は「小鬼か」とつまらなさそうに囁いた。
「人間に変態した……っ? 化けものか!」
「あるいはそうかもしれない」骸と名乗ったかれは、ゆっくりと口角を吊り上げた。
「あなたがたも人外なら遠慮はしない。一呑みにしてやるわ」
「き、さま、ヘビだが神の部類ではないなっ?!」
「子供喰い如きがわたしにものを言うのか」
 赤く染まった唾液で、シャツが穢れてしまった。肩を抱く腕がある。骸さんは、両目の眼球を棒みたいにタテに細く伸ばしていた。
「つらいですか。すぐに片付ける。休んでいてけっこうですよ」
「……っ、あ、ゲッ……」
 まだお腹が痛い。喉も痛い。ヘビが這い上がってきた、通ってきたところ全てが痛い……。焼けるようだ。
 骸さんは、薄く微笑んでオレを見下ろした。
 そして背走をはじめた小鬼へと視線を流す。許す気なんてないと目が物語ってる。先が二つに分かれた舌が、ちょろりと踊りだした。
「残らず消化してやろう」鬼の悲鳴に心地よさそうな笑みを浮かべて、骸さんが追いかけていった。
 そこまでしなくていい、声をかける気力もなかった。
 いたい。でも、まだ弱音は吐けない。骸さんが出たってことは、また、入れなくちゃいけないのだ……。この調子だとひどく痛みそうだ。涙でかすんだ視界を持ち上げれば、あぜ道に値飛沫が広がっていた。骸さんは楽しげに哄笑をあげてる。……彼を、この目でみるのは半年振りだった。

 


胎動(底から這い上がる蛇のした)(続・堕落)



 小鬼とはいえ境界線の生き物だ。ふつうの生き物とは違い、根が大きいので消化するには時間を必要とする。
「少しもたれてしまいそうだな」
 腹がわずかに膨らんでいた。
 口角を汚す唾液と血とを拭う。振り返れば、木々の木漏れ日の中で子供が倒れていた。
 両腕で自らを抱いて、足を丸めて、周囲の大地には苦しみ悶えて引っ掻いたような線がある。
(堕胎の衝撃に耐え切れる身体ではない、か……)
 さんさんとした日差しが顔面をあぶる。太陽の光は好きではない。じめじめとした場所こそが僕に相応しい……。
 ゾクリとした。彼の体内を思い返す、それだけで舌で唇をなめずるほどにぞくぞくとする。
 彼のなかの湿った暗室は僕の苗床に相応しかった。
 収まるだけでこの上がなく幸福だ。僕が今までに手にしたことがない部類のもので、この思いはしごく真っ当だ。彼は僕を愛して、僕もまた彼を愛しているのだから。彼の胃袋ほど僕に快楽を与えるものはない。
 腹に生まれた勾配を撫でていた。
 コレを消化しきらねば、彼のなかへは戻れない。
 人間の形態でなら目立った変化はないが、ヘビに戻れば体積が何倍かに膨れあがっているはずだ……。そんな巨大なものは、彼の胃袋に入らない。
「…………」
 歩みより、子供の鼻先に指を運ぶ。
 弱々しいが、規則的な呼吸があった。
「仕方がないですね。どこか、休める宿をさがしてあげましょう」しばらくは、彼の体外でヒトの擬態を続けなければ。落ち着く場所は必要だ。
「う……」
 子供がうめく。
 赤く穢れた襟首が、青白い肌と奇妙な対比を生んで鮮やかだった。唾液でテカテカとした唇は、青白く生気がない……。
 ふと、珍しいものを見る気がした。
 顎を持ち上げ、まじまじと顔面を覗く。思えば、この子供の姿を見るのは半年振りだった。互いに愛を確認してからは一回目の邂逅といえる。
 鼻筋を撫で目蓋を撫でても反応がなかった。 たしか、瞳は茶色かったはずだ……。
 ざわりと胸底が動いた。無性に、今、この子供の眼差しを眺めたかった。












百足(むかで)



 ヘビもムカデも脱皮ができないと死んでしまう。
 きっかけは幼稚園に通っていた時分に遡る。あぜ道で拾ったと記憶している。何十本もの足でコンクリートを掻きむしっていたそいつは、最後には天に腹を向けて息絶えてしまった。その尾を掴み、瓶にいれておいた。腐ったが、黒く変色したムカデと脱ぎかけた皮と、その醜悪なコントラストは僕の心を癒すものがあった。母が失踪してから三日目のことだった。
 僕は成長した。中学校へと通いはじめた。ヘビとムカデを瓶につめつづけた。洋服ダンスの一角を占拠するようになった。
 彼との出会いは運命的だった。
 木漏れ日の中で僕らは邂逅を果たした。
 茶色い瞳が振り返る、僕を見る、新しいムカデを探して草むらをより分けていた途中だった。彼は言った。
「すいません、手伝ってもらっちゃって……」
 何を言っているのかわからなかった。女に話し掛けられることは多々あった。男が、自ずから僕に敵意もなく言葉をかけるなど信じがたかった。彼らはそういう生物で、僕もまたそんな生物なのかと思っていた。
 やがて、指先にキーホルダーがぶつかった。
 彼が嬉しそうに目を細める。差し出せば、少年は頭を下げた。
「ありがとうございます! そこ、虫がでそうで怖くて入れなかったんですよ」
 彼は沢田綱吉と名乗る。その声は強張っていた。
「今きたばかりで、あ、ええっとその転校生なんです、……や、転校生なんだ。よろしく」
 聞かれるままに職員室の場所を教えた。何度目かわからない礼を言って少年は去っていく。沢田綱吉が去っていく。シャツが白く光っていた。
 まぶしさに目を細めながら僕は考えていた。
 彼は、脱皮をするだろうか。死ぬときには地面を掻き毟るだろうか。死ぬときには天に腹を向けて……、ヒトだから悲鳴のひとつでもあげるのだろうか。
 たった今、たった今に聞いたものを思い返す。
 その日には一匹だけムカデを拾った。生きたものだ。
 僕はまどろみながら考える。ベッドに寝転んだまま、カーテンを開け放ったまま眠るのだ。頭上でムカデがカサカサと足音をたてている。あの日に拾ったそいつはまだ生きている。餓死させようかとも思ったが、苦しげに蠢く姿を見るたびに沢田綱吉を思いだして僕の胸が痛んだ。だらだらと飼育を続けてもうすぐ二週間になる。これほど長く、採集したものを殺さずにいたことはない。
「ツナヨシはどれくらい生きているんだろう……」
 生き物には寿命があるが、それの前に天命がある。
 彼が息絶える前に僕の手元においておかなくてはならない。手元にくれば、その天命を管理するのは僕の仕事になる……。ただ、ひとつ、彼を迎え入れるのには重大な問題がある。
 あれほど大きな生き物なのだ。容れる瓶がない。それがなかったら、僕は管理ができない。
「骸さんって、ちょっと変わってますよね」
 100円のハンバーガーを齧りながら言っていた。
 そんな添加物だらけのモノを食べるなんて許しがたかった。「そうですか?」と、にこりと笑うだけ、意味がわからないフリをするのも本気で飽きてきた。大きな、巨大な瓶がほしい。瓶が欲しい。
 眠りについた。夢のなかでも瓶は見つからなかった。
 彼が、脱皮する前に見つかるのか不安になった。



 





last


 舞い散るものが花びらか雪かわからない。
 体温を失うからだ、薄くなる呼吸、青褪めていく唇、すべてが示すことの意味がわからない。わかりたくはなかった。
 示すものはただ一つだけだ。
「研究所に戻りましょうか……?」
 囁いてみても返事はない。体温だけが遠のいていく。
 僕が文字通りのヒトだったら、彼と運命をともにできたのかもしれない。違う道があったのかもしれない。
「……僕は、分解されるかもしれませんが……」
 体温がない。まるで人形を抱いてるようだ。
 わからなかった。回路がうまく作動しないのか、彼が僕にいれたものが雪とともに解けてしまったのか。
「せめて、君にやさしくしてくれるといいんですけど」
 感覚がない、教えてもらったはずの感情がひとつしか機能しない。ただ、ただ、悲しいだけで、他には何もわからない。
 僕は壊れたのかもしれない。わからない。一体、何をどう進めば正しいというんだろう?










死刑寸前でしたけど

「…え? あ、ゴメ。いちおう主人だけど、オレの仲間って実質誰もオレの言うこと聞かないから…。命令しても無意味だと思うんだけど…」
「あっ?! ちょ、ちょっと! オレこのまま放置する気?! 冗談きついよ!」
「いっ…イヤアアァァァ! せめて死刑をやりきるか縄切るかしろよ! こんな…、こんな状況見られたらヒバリさんに殺される…! 骸に暗殺される! いやだあああ!!」
「クソー、無駄だぞー! アイツらから逃げたって無駄なんだぞー! ぜえったいに見つけ出されて拷問されたあげくに殺されるんだからなー!」
「う…うわーん! みぎゃー! 戻ってきて縄ほどいてー!!」










汗を掻く日



(あ…、あれ)
 違和感があって、綱吉は両目を瞬かせた。
(黙っちゃった…?)
 隣にいるはずの彼が、一言も発さない。奇妙なことだった。大抵、彼と綱吉との会話は、彼が一方的に喋るだけで終わってしまう。話すだけ話して、ある程度のところで、満足した様子で六道骸は踵を返すのだ。
「じゃ、また今度」などと言いつつ、上機嫌に去っていく背中を綱吉は疲労を覚えながらも見送るものである。
 今日は夏ばれのした日で、風が軽かった。
 六道は毎度のように校門に寄り添って綱吉を待っていた。知り合って半年、彼が沈んだ横顔を見せることなど初めてで、綱吉は狼狽して話題を切り出した。とにかく、会話をしなければ沈黙が鉛のようなサビを帯びてくる。
「あ、とー。もうすぐ期末テストなんですよ。国語の漢字、書き取りどうしようかなって…」
 少し前をいく背中は返事をしない。前人未到の熱帯雨林に、装備もなしに突っ込むような気分で綱吉は言葉をつづけた。
「な、何かオススメの対策とかありますか?」
 六道の歩調は緩やかだ。綱吉と歩く時は、大抵ゆっくりだが、去っていくときは歩調が速いことを綱吉は知っている。
「……暗記」
 低く、戦慄くような声が綱吉の耳に届いた。
 綱吉が口角を引き攣らせる。六道骸の声はこんなものだっただろうか。
「そ、そりゃそうですよね。地道に勉強しなきゃですよね」
「…………」
「あ、あー…」
 話題につまって、最後の手段は天気の話である。
 今日は暑いですね、とか、夏バテですか、とか、ぐるぐると言葉が脳裏を大回転していった。そのあいだに、骸が肩越しに綱吉を振り返った。
「あの。もしかして、僕って邪魔ですか?」
「へ? え、ええっ?」
「いえ、なんか、僕といてもあんまり楽しくなさそうじゃないですか君って…」
「骸さん?」
(な、何を言って……)
 六道の瞳は怯えを含んでいた。
「この前、君が並盛中の制服を着た男子たちと歩いてるの見たんですけど、僕の前じゃ、あんなに大口開けて笑ったりしないですよね」
「そ、…そうかな? それって獄寺くんたちかも」
 彼の瞳は左右で色が違う。色のついた瞳というのは、瞳孔が黒点となってすぐに感情の変化が読み取れるのだ。黒点は大きく広がって、じぃと綱吉を覗いていた。
「ハッキリ言ってくれると、まだ僕も傷が浅いんですけど」
「な、…なんの話をしてるんですか?」
 背中に滲んでいるのは脂汗だ。綱吉が尋ねると、六道はそれだけでショックを受けたような顔をした。
「あ、あああ! 何だっていうんですか! 別に、変な関係だとは思いますけど嫌いじゃないですよ!」
 顔の前に持っていた平手を、バタバタと左右に揺らす。六道は疑わしげな眼差しを変えなかった。
「好きですよ骸さんのことも! いろいろ知ってて博学だし遊び場も教えてくれるしっ」
「本当にそう思ってますか?」
「本気で言ってますよ!」
 彼の、ちりちりとした眼差しが落ち着かなかった。
 焦げ付くような錯覚を起こす眼差しだと、綱吉は思うのだが、六道はしばらくそんな目をしたあとで唇を笑わせた。
「僕のことが好きなんですか」
(そ、そこだけ言うと何か変なニュアンスに聞こえるけど…)
 狼狽がいまだに続いている。綱吉は、固唾を呑んで頷いた。ようやく、サビついた沈黙が取り払われようとしているのだ。これはチャンスなのだ。
「僕も好きです。よかった。勘違いじゃなくて」
(んん…?)眉根を顰めつつ、しかし再び綱吉は頷いた。六道はニッコリと満面の笑みをみせた。夏の太陽のように晴れやかな笑顔だ。
「次の日曜、遊びません? 映画館なんてどうですか」
「あ、はい。予定ないんで別にいいですけど」
「あ。あと、テスト対策なら」
 ぴ、と、人差し指をたてる六道である。
「カンニングするってのも手ですよ」
「……」綱吉が黙り込む。眉根を寄せ合わせる彼に、六道は笑顔を保ったままで指を振った。
「冗談ですよ。やだなー、本気にしちゃいました?」
「…骸さんのことだから、そうだろうなと思いましたよ!」
 すっかりと、いつもの調子だ。綱吉は、先ほどの違和感を忘れることにして安堵のため息をついた。よく汗をかく一日だ。










覚悟


「僕は、綱吉がそれでいいっていうならそれでいいよ」
「ありがとう、ヒバリさん……。ところで、何で袖口破いて石詰めてんですか?」
「ブラックジャック」
「え……。お医者さんが何か」
「違う。武器。他に丁度いいのないから。簡単に作れる鈍器のことだと思ったら? 綱吉もなんか作っといて」
「はあ。それで、殴るんですか」
「そうだよ。はやく、綱吉も。死にたくないでしょ」
「…………」




蓮の約束


おやおや。まあ、そんな気はしましたよ。いらっしゃい。…記憶はないようですね。よくもまぁ、こんなとこまで来る気になったものだと…いいですけど。来なさい。送ってあげるから。朝までいたんじゃ気付かれますよ。ここは呼吸もできませんからね。ええ…、まあ、想像に任せます。
はあ。名前ですか。どうせ忘れますよ。
そんなに知りたいんですか? 知っても、お互いに意味はないし…、むしろ君には負担になるだけだと思いますけど。僕は君を助ける、君はつまらない夢を見た、それだけの事実で充分じゃありません? 具合が悪い? それは、君の事情ってやつであると、見受けますが…。まあ、長引く話はよしましょう。時間があるときに。
じゃあ、霧ということで。君が所望した霧の男ですよ。
満足しました? じゃあ、いきましょう。
蓮が案内してくれる。手を取りなさい。












それなら


 ギクリとして動けなくなっていた。
 いつの間にか、血がコンクリートに飛び散っている。何が起きているのか? よくわからなかった――、十秒ほどたって、闇夜にキラリとした銀色を見つけた。骸の手に、ナイフがあった。
「な……、何してんだ?! そこまでやる必要ないだろ?!」
「臓器まで傷つけますか? お望みならやりますが」
「やめろ! 何いってんだアンタは!」
「…………」
 ナイフを翳したままで、骸が動きを止める。
 そのあいだに、手首を叩けば、クルクル回りながら銀色のものが公園の片隅まで転がっていく。二の腕を強く掴んでも、骸は動じた気配がない。無表情に見返してくる。
「きて! 逃げる!」
「殺せば不祥事ごと消せ――」
「いいから!!」こうした仕事は骸が向いてる、リボーンの一言で霧の守護者たる彼を連れて行くことになった。でも、こんなことになるなんて――、ちょっと相手が乱暴で、一発だけ顔を殴られた。それだけで、骸が襲い返すなんて思わなかった。
 新宿の駅前まで辿り付く、それだけなのに迷路にいるみたいだ。汗だくになって、膝に手をついて息をついていた。細道に並んだ風俗店、そのネオンライトを顔面に浴びながら骸が小さく呟いた。
「甘いんですね。今の男は、将来、敵になりますよ」
「……、話し合いに応じる可能性がないとはいえない! 勝手なことするなよ骸!」
「…………」
 口ごもったような沈黙だった。
 右の赤目、左の青目がゾクリとくるくらいに獰猛な光を称えている。思わず、固唾を呑むと骸は敏感にもその気配を感じ取ったらしかった。す、と、両目を細める。
「僕のやり方に文句があるなら、僕を殺せばいいでしょう?」
「……何で、そういう方向にいくんだよ?!」
「君にその権限があるから」
 低い声。当たり前のように呟く声。
 聞いていると正気を保ってられる自信がなくなりそうだ。骸はいまだに千種さんと犬を味方につけてるし、新しく凪という女の子も味方につけた。この人と一緒にいると、みんな、こうやって少しずつ頭をやられていくのか?
 額を抑えていた右手に気がついて、怖気がした。
 骸を振り返らないようにして、先を急ぐ。男の一人歩きに、何を思ったのか、キャミソールの上にシースルーのカーディガンを羽織っただけの女の子が近づいてきた。
 リップの載った唇が蠢くー―、言葉を聞き取る前に、手首をつかまれていた。
「駅はこっちですよ。帰るんでいいですね」
「……うん」胃袋が斜め上に押し上げられる。強引にわき道に引っ張られながら、意識のはっきりしないままに口唇を抑えていた。なぜだか、視界がガクガクとする。
「君は、なんだかんだで僕を信用しているんですね」
「ある意味では、だよ……。さっきみたいなこと、もうするなよ」
「さあ。どうでしょうね。ところで、こっちで、本当に駅にいけると思ってるんですか?」
「……え?」


 










「……? ああ、うん。確かにオレは裏切らないよ。
 でも、オレは、あの人の考えは知らない。奴隷が神の意志を知っているわけはない。わかりますか。つまり、オレはあの人に何を言われても逆らうことはできないからアナタを庇うこともできないということ。オレの意思なんか意味がないんだ」
「……ごめん、オレも昔はこうじゃなかったんだけど」
「でも、今はこうとしかいえない」
「つまりね。……オレを信じるなってことですよ」





「食べればいいのに!
 君には特別に僕の秘密を教えてるのに。食べればいいのに! 力がつく、もしかしたら僕だって殺せるようになるかもしれない。念願でしょう? 食べたらいいじゃないですか。この空に浮かぶもの、すべて、蝶どもを喰らってしまえば君は強くなれる!」
「迷うことがあるんですか?! 甘いですよ。おいしい」
「君は……そんなに他人が大事なんですか?!」


蝶(過去)


「これ。蝶々の一個一個が生きてる人のこころ?」
「君は見るのが初めてなんですか? 生育数は異常ですけど、まぁ、こんなカタチをとりますよ。今までバクに喰われなかったのが不思議なくらいに密度が高い場所だこと」
「お、オレだって見たことありますよ。…いつもは綺麗だと思うけどここまでいっぱいだと咽そう」
「まァ、一ヶ月もあれば終わるでしょう。わざわざ僕と君を組み合わせたってことは、リボーンにも何かの考えがあるんでしょうし」
「考え?」
「そうですね。例えば、君が一番僕の言うことをよく聞くだろうと…いや…、ふむ。おかしいですね。リボーンにバレるようにいじめてたつもりはないんですが」
「…………?!」
(も、もしかしてこの仕事のあいだに骸と仲良くなれってこと?! リボーン! 無理じゃないか?!)
「何がどう作用するかわからんもんですね〜。この一ヶ月、地獄になりそうですよ」
(オレの台詞だからそれ!)
「まあ、さすがにこの量は一人じゃできないんで二人でやりますからね」
「は、はあい……」
「……」「……」
「……うーん」
(でも、なんか。なんか妙だな)
(この場所が。禍々しいっていうか……蝶々だらけで、逆に)
「なんか……、生気がないっていうか……」
(ない? 違うな。あふれてるんだ)
(何だろう。よくわかんないな)
「うーん。とにかく、蝶が超いっぱい」
「……だじゃれ?」





(おれは、あなたとは同じにならない。ぜったいに食べない。生まれ変わることがあっても食べない。胃に落ちても吐いてやる。おれももとは人の身だから。人は体内に炎をつくる。エネルギーを燃焼させて喋ったり動いたりする。その力を。外に)
(この場所はだめだ。閉鎖するしかない)
(ここに火をつけられるくらいの炎を)


蝶(最後)


「ああ、そう。おいていくんですか。
 ……狂った? 僕が? ああ、……そう。そうかもしれませんね。でも……。まあ、いいでしょう。僕を殺す勇気も食べる勇気も持てなかった哀れな君が、ようやく、動いてくれたんですから。燃やしても蝶は浄化できるでしょうが、僕は、死ねないですよ。それじゃあ。閉鎖するくらいの時間は稼げるでしょうけどね……構いませんけどね」
「僕は……。いつか君がここに戻る日を待つとしましょう。永劫の時のなかで。生者も死者もよりつかぬこの枯れた花畑と共に」
「さようなら。僕のたった一人の友よ」

「好きでしたよ。君のことが。ずっと。昔から」











思い出話



失礼だとはわかってるつもりだ。
でも、聞きたくなることがある。これを聞かなきゃ後悔するってわかってるときなんか、特に。もう二度とこの人には会えないんだって思ったときなんか、もう、聞くしかない。
「教えてよ。リボーン。最後に」
家庭教師は肩越しに振り返る。
こんなときなのに。こんなときなのに、帽子のツバで表情が隠れる。
「……オレってさ。いい教え子だった?」
「ああ? サイテイに決まってンだろ、ダメツナ」
リボーンはこもるような声で言った。オレは大人になったのにリボーンは赤ん坊のままだ。身長の差は、そのまま、リボーンとの距離を描くようだ。どんどんと開いていく一方で埋まらない。
「酷いな。最後まで、オレのこと馬鹿にすンの?」
泣き出すつもりはない。でも切ない。唇を噛んだ。リボーンは帽子のツバを持ち上げる。いつも通りの黒目。それを眩しそうに細めた。
「馬鹿になんかしてねえよ。テメーほど手がかかった教え子は初めてだ。テメーほど成長したヤツも。テメーくらい長く一緒にいたヤツもいねえな。ツナ、自信持てよ。赤ん坊はな、いつか大人になるんだ。子どももいつか大人になる。テメーは大人だ。だから、オレは出て行く。テメーを一人にするために」
「でも……さ、リボーンは赤ん坊じゃないか。一緒にいるよ、オレが」
「テメーは大人になった。だから、もう、終わりだ」
子どもだったから、一緒にいてくれたとでもいうのか。どこにいくんだ。聞いてみると、リボーンは首を振るだけだった。宛て先はないんだ? リボーンは頷いた。
「……それなのに、行くの……?」
「そうだ。それが呪いなんだよ。気付け、ダメツナめ」
ごめん。うめく間に、リボーンが歩き出す。
その背中を見送った。夕日が沈む。夜になると、向こうから声がかけられた。公園の外で待っていた皆だ。獄寺くんは渋い顔でリボーンのベンツがあった場所を見つめている。山本は楽観的にまた会えると言った。少し、離れたところで雲雀さんがうめくのが聞こえた。
「あの身長で、どうやってベンツ操縦してるのか聞くの忘れた……」
「…………。後悔しちゃいますね」
雲雀さんは驚いたようにオレを見る。
正直、あんまり話さない仲だ。雲雀さんはボンゴレファミリーに入った今でもリボーンにべったりで、オレには、大して興味を示さなかった。
「そうだね……。気持ち悪い」
「はい。オレもそう思う」
黒目がまじまじと眺めてくる。やがて、彼が呟いた。
「皮肉だね。共通の話題ができたわけだ」
リボーンの思い出話ができる、と、いうことか。本当に皮肉だ。
笑おうとしてみたけど、うまく出来たかはわからなかった。雲雀さんは満足そうに鼻を鳴らした。それから、オレの肩を叩いて闇にまぎれた。









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