にじゅうごさいと少年ツナくん

大人骸×ツナくん

 




「綱吉くんはそれでいいんですか?」
 慎重な問いかけだ。少年は、気まずげに眉を顰めながらも静かに首を縦に動かした。
「ふうん」男は、あくまで、どうでもよさそうなトーンでうなる。
 喫茶店は、この男が選んだだけあって、席の間隔が広々としていてどんな話をしても他人に聞かれる心配は不要と思われた。だから、少年も思い切ってこの話に踏み込んだわけだ。
 しかし少年だった。
 聞かれる前から、不安そうに白状した。
「だって、オレ、まだこんなとしだし……。その、よくよく考えてみたらさすがに流されすぎなのかなって。決して骸さんのことが嫌いになったとかじゃないんですけど」
「ほう。では、将来を考えてのことと?」
「……そんなに、難しく、考えられてはいないんですけど……。でも……。その、ちょっと、間違ってるんじゃないかなーって……」
「ほう。くふっ」
「骸さん?」
「いえ、君にそれを指摘されちゃ、僕もみっともない大人だなと感じたもので」
 笑いながら涼しく言いのけたので、少年はほっとした。ほっとして、さらに話しはじめた。
「骸さんなら、ほかにもたくさん良い方がいると思うんですよ。なにもオレじゃなくたって……こんなガキだし、迷惑になってると思うし。それに結婚もできないし。骸さんならそんなこともわかってると思うんですけど、でもオレたちのためには仕方がないんじゃないかなって」
「僕達のために?」
「は、はい。なまいき言ってるとは思うんですけど……」
「いえいえ。まさか。真剣にかんがえてくれて、僕はうれしいですよ。君もいつまでも子供じゃありませんね」
 やはり涼しく、執着心のかけらもなさそうに言うので、少年はますます、ほっとするのだった。
「や、こども、ですけど……。骸さんにたくさんおいしいもの食べさせてもらって、あちこち連れて行ってもらえて、本当にずっと楽しかったんです!」
「そうですか。それはよかった。綱吉くん、じゃあ今日はこれで解散しましょうか。なにせ僕たち別れたわけですし、もう赤の他人になるなら一緒にお茶をする道理もなくなってしまいますよ」
「あ……、そ、そうですよね。そうなるんですよね」
「ええ」
 ビジネスライクに笑ってみせる、二十五歳の青年に少年もはにかんで返した。一抹の寂しさを感じさせる表情で目をうるませる。
「…………」
「でましょう。綱吉くん」
「……あの、ほんとうに、ありがとうございました。声をかけてもらえてから、オレ、ずっと楽しくって……」
「くふふ。でも、恋人はちがうなって感じたんでしょう? それを否定する権利は僕にありません。君の感情は君のものですから」
 迷ったように青年を見上げて、少年がようやくうめく。喫茶店をでてほんの少し、歩いたところでだ。立ち止まって頭を下げた。
「骸さん、ありがとうございましっ――」
「二度はいりませんよ」
「あ、…――――?」
 腕をつかまれ、ひっぱられ、少年は目を丸くする。彼はいい匂いのする男だった。
 こざっぱりとした服を着て、大企業に務めているらしくいい車に乗っている。お金があって、スマートで、絵に描いたような完璧な男性。それが少年の知る、青年、六道骸だ。
 だが、ひっぱられるまま、ビルとビルとのすきまに入ると一変した。
「んぐくっ!?」
 一瞬で少年は目に涙が浮かんだ。
 荒々しくくちづけられて口中をまさぐられる。はじめての経験だ。おまけに、尋常じゃない力で両腕を左右から押し合わされている。骨がきしむような、痛いほどの力だった。
 口をぐちゃぐちゃにするようなキスをはじめた彼は、やめるときも唐突だった。
 ちいさく、慣れた様子で息を吸い、むせては荒々しく酸素を集める少年を冷淡に見下ろした。
「ま、ではこっからは犯罪行為になりますけど、よろしくお願いしますよ。君がいやだというなら無理強いはしません。ですが、僕のものにはなってもらいますから」
「……は、……はあっっ?」
 本気でわけがわからなく、少年は恐怖して硬直した。怖すぎて悲鳴もあげられなかった。
 青年は、人が変わったように能面のような表情だった。冷たく少年を見る目は、経験のない少年にとっては、睨まれているかと危ぶむほどだ。もちろん、付き合っている間、けんかの一つもなかった。
「言っておきますけど僕は君のすべてを知ってますよ? 怖がらせると可哀相なので言わなかっただけで。でも、こうなったなら仕方がない。僕の感情は、君を好きという以上に好きなんですよ。僕のものになってもらいますから」
「……あ……」
 手首をにぎられ、歩かれると、少年はずるずると引きずられるようになった。
 大通りにでるが、歩調はゆるまらないし、なにも変わらない。少年はますます顔色を青くさせた。なにも言えないし、なにも言葉がでてこなかった。なにがどうなっているのやらだ。
 行く手にホテルが見えた。無人のカウンターで一人で手続きを進めている、大人の男の背中をみながら綱吉はぼんやりと未来を悟った。この青年にきっとすべてを吸い尽くされて、おわる。




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