つなのうそ

 



 へこんだ空き缶を蹴った。理由はなくて、強いていうなら目の前にあったからだ。
「あ」
 綱吉は、両の肩ひもを握りしめる。ランドセルと背中がこすれる。手足に力が入って、服の下に汗がでる。
 車の往来に落ちた空き缶は、トラックが踏みつぶしていった。
 驚きながら見つめているうちも車が通る。また一台が踏んだ。何度もアルミのスプラッタが跳ねる。ぺちゃんこだった。何に驚いているのか自分でもよくわからないが、綱吉はどきどきした音にたじろいだ。胸が苦しい。
 小走りになって家に帰ると、髪をロングにしている母がすぐ出迎えにきた。
「ツッくん〜、骸くんがきてるわよ」
「あっ」
 パックジュースのストローを口に含んで、骸は時計を見ていた。リビングのソファーに座って宙に浮いた足をぶらぶらさせている。
「むくろ」
 歳がひとつ上の骸は、綱吉がほんとにひとつだけかなぁと思うほど、大人びているのだが。今もまた低い声を出してみせた。
「今日ってウソついてもいい日なんですよね」
「エイプリルフール」
 知識を披露してみるつもりで、答える。
 骸に何も知らないと思われたくない。綱吉は目を泳がせる。ランドセルを急いで下ろしながら言った。
「おれはさっき、人助けしたよ? 向こう側にいけなくて困ってるおじさんに手をかしたの。一緒に道路わたってきた」
「まぁ、エラい、ツッくん」
 放り捨てたランドセルを拾って、奈々がにっこりする。
 そうして綱吉の部屋に持っていくべくリビングを後にする、その背中。綱吉が呆けたように見つめているのを骸は見ていた。足のぶらぶらが止まる。
「ずいぶん、ばかなおじさんがいたんですね」
「……いろんなひとがいるんだよ」
「そですか」
 骸がソファーのとなりを手で叩く。
 お尻を乗せるなり、綱吉の鼻の先にパックジュースが差し出された。ミックスフルーツ味。ストローが丁度口にくるよう位置が調整される。
 頭を後ろにずり下がらせつつ、綱吉が骸の名を呼んだ。
「あげます。君が人助けをした記念に」
「な、なんで。お前ののみかけ……」
「勲章ですよ。君を認めたから、僕のものを分けてあげてるんじゃないですか。ほら」
「や、やめろよ。のむよっ」
 ストローで頬をつつかれて、綱吉が手足をバタつかせる。濡れた気がして触れた頬をごしごしこする。また位置を直して口にストローを宛てがってくる。
 綱吉は、ぱくっとしてちゅーとやって、目を丸くした。
「……カラじゃん!」
「くふふ。ばーか」
「ええ?!」
「ばぁあーか」
 わざわざ二回も言って、骸はソファーをおりた。指二本でからっぽのパックジュースをはさんで、振り向きながら綱吉に示す。
 ぱこんと呆気ない音をたててパックが潰された。
 色白の肌に、青い目を持つ子どもは澄ましたふうに笑っている。 
「へたなウソって嫌いですね、ぼく」
「なっ……きょ、今日はうそついて良い日だって」
「好き嫌いの話をしたんですけど? 綱吉ってばーか。おやつ抜きですよ。さ、いきましょ。どうせくだんないんでしょーけど?」
「え。えっと」
 廊下に出たあとで、頭が戻ってくる。
 骸は呆れたような目つきと声だ。
「いかないんですか。それならそれで、いいですけど」
「……え……。と……」
 そこで奈々もやってきた。骸と綱吉を見て、ふしぎそうに、説明を求めるようにまた綱吉を見る。綱吉はなんだか恥ずかしくなった。
 膝をすりあわせて、時計を見やる。もうすぐ三時のおやつ。
「ちょっと、でかけてくるね。おやつには戻ってくる!」
「あれ? おやつ抜きでしょ?」
「うそはついていいんだよっ」
「あらあら…」
 横をすり抜けてく息子に、ばたばたと慌ただしく靴を履いて外に飛び出していく息子とその幼馴染みに、彼女はくすりと肩を揺らす。
 ふざけながら骸が綱吉をいたぶりにかかった。
「で? 罪状ってなんなんですか?」
「ポイ捨て!」
 心からおかしくなって綱吉は素直にいたぶられる。骸がぐちぐち何かを言う。結局は、道路に横断歩道もなくて車も多かったので、骸裁判官によってここはこのまま現状維持と判断がくだされた。
 えー、せっかく戻ってきたのに。不満げな綱吉に、骸は人差し指を立てていかにも年長者らしく告げる。
「この場合はそもそも、何がわるいかといえば捨てたオトナです」
 それに僕らはオヤツを待たせてますし。これ以上はいけません。そうも付け足した。



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