「骸さんは俺を支配できなくなる」
田んぼに挟まれながら、綱吉くんは一時間の道のりを歩いていた。
「足が離れちゃえば、心も体も読み取りできなくなる。けど、違うものと分かり合えてこそ癒せるものもある。骸さんは、ずっと、独りだったんですよね」
「思い出話もいいですけど、するなら、聞かせてくれませんか?」
何の気もなしに囁いたつもりだったけれど、ウットリとした響きが混ざってしまった。綱吉くんの隣を、同じ歳の子供の姿で歩いていた。この方が、しっくりくるだろうと思ったからだ。
綱吉くんは、軽く僕を睨んだあとで唇を尖らせた。
「ようするに、骸チャンはズルなしで誰かと仲良くなりたかったんだろ」
「そうそう。好みの子とね。ああ、やっぱり、その解答はいつ聞いても心に響きますね」
「あのな……。ガキを一週間も監禁して答えださせといて、そんな呑気に感動してんなよ。おかげで俺、小学の連中にゃ『神隠しのツナ』なんて呼ばれてんだぞ!」
十五になった綱吉くんは背が伸びたけど、外見も自在に変えられる僕には大した問題ではない。
頭一つ大きい位置を必ず保持するようにしていた。
綱吉くんは、そんな僕に、
「外見も俺にあわせて成長させて、おまえって器用だかマメだか……たまに馬鹿なのかと疑いたくなるよ」
と、言ったことがある。
夕暮れが僕たちの顔を、半分まで、鼻の下まで照らしていた。学生帽を目深に被っているのだ。ちゃんと、服装まで合わせる僕は芸が細かいと感動する。
「いいじゃないですか。実際、神隠しに遭ってたんですから」
「ほとんど人災だろ! 骸さんって、なんだかんだいってほとんど性悪人間そのものじゃないですか!」肩を怒らせて道ゆく綱吉くん。
そういうことを言われると、田んぼにでも突き落としてやりたくなるけれど、それは昨日やったので今日はやめておく。僕はやさしいタチなのだ。土地を治めるえらい神さまなのである。
「僕にそんなこと言えるなんて、綱吉くんくらいですよ……」
「なんだよ。いまさら、ビーダマ飲ませたことを後悔するのか」
遅い、とでも言いたげに綱吉くん。くすりと笑ってしまったのは、綱吉くんが、口とは裏腹に寂しげに眉根をすり寄せているからだ。虚勢はすぐにわかる。右目の尾が、ぶるぶる戦慄くのだ。
地に足がついていなくても綱吉くんの感情はだいたいわかるんですけどね、とか、君は顔にでやすい、とか、言ったら怒るだろうか。
僕はニッコリ笑って否定した。本心だ。
「綱吉くんほど、僕にぴったりな人間はいませんよ」
「……そう? 迷惑な話だな……、ですね」
言いながら頬を赤くする綱吉くん。
彼が学校から帰ったら、僕の腹の中で――もとい、家で待っている千種と犬をつれて川原に行く予定だ。綱吉くんが釣りをしたいと言い出したからだ。川も魚も僕の一部だし、欲しければあげてもいいのだけど、綱吉くんいわく、
「自分で釣るから意味があるんだよ! 手をださないで!」と、いうことらしい。
「? なんだよ。骸さん、ニヤニヤして気持ち悪い」
「失礼ですね。幸せだなあって、思ったらこういう顔になっただけなんですけど」
「ああ、……そう?」すばやく瞬きをするブラウンの瞳。
すぐに夕日を仰ぐのは顔が赤くなったのをごまかすため。
「本当に、わかりやすくて、かわいい」
「? 何か、言った?」
「いいえ。何でもありませんよ」
不審げな瞳もかわいいと思うので、もう、末期かもしれない。
おわり
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06.3.14