だんじょんぷれい
(PSPゲーム「勇○のくせになまいきだ」のパロ骸ツナです)
(原作はほとんど原型をのこしていまs…)

 

 あるところに、平和に暮らしている男の子がおりました。
 ブレザーにネクタイ、中学校の制服姿で、のうてんきそうな顔つきを同級生に向けています。彼はこう言いました。
「どっちかっていうとパズルゲームが得意だなー。チマチマやってく感じが楽しいんだ」
 何の罪もない自己分析であります。
 それを、あるところから、男の人が聞いていました。
 彼は空中に浮いていました。
 まっ黒いマントをはためかせて、吊り目のオッドアイを細めています。いわゆる企み顔というやつをしています。
「なるほど。ちょうどよく僕はパズルが好きじゃありません。面倒臭いですから」
 言いながら、すでに、眼下を歩く少年にターゲットを搾って、五本の指を広げていました。
 漆黒の光りが、走りました。
 そうして世界は変わりました。

「……なんでこうなるんだ!!」
 ジョウロを持った手をぶるぶるさせる。愕然として、見上げれば――。
 思った通りに、アイツがいた。
「骸!」
「食物連鎖型パズルゲームといって過言じゃありません。はやく仕上げた方がいいですよ、あと二分で勇者がきます。今のダンジョンでダイジョーブなんですか? 地上を征服できなくてどーしますか!」
「知るかぁあああ!」
「返してあげませんよ?」
 伝家の宝刀で袈裟斬りにされて(心理的に)、ぐっと、息をつまらせる。
 怨めしい思いが高まったが、六道骸が剣呑に顔を顰めているのは、恐ろしかったので、溜飲を押込めた。
「約束、守れよ。ちゃんと全部が終わったらオレを元の世界に返せよ!」
「終わったら、ね。破壊神さま」
 どうでもよさそうに、骸は肩を竦める。マントに黒ずくめ、オレの知るRPGでよくある『魔王スタイル』だった。
「あと一分四十秒です、破壊神さま。現在のダンジョンの戦闘力はポッキリ五です。クズですね、はか……このダンジョンは」
「そのハカイシンさまっての、ヤメロ!」
「破壊神さまのお力が僕には頼みの綱なのです。努力してください、破壊神さま!」
 ――異世界から呼ばれた者は、みんなが『破壊神』になるらしい。
 でも、骸みたいな尊大なやつにサマ付けされても、かなりムカつく。慇懃無礼すぎるし癪に障りまくりだ。
「なんでオレがこんなこと……。えーと、土の養分表は?」
 縦長の小型モニターは、オレの世界のぴーえすぴーによく似ていた。
 十字キーもボタン配置もそっくりだ。
 どっちがパクってるのか、複雑でめちゃくちゃ難しい運命力学が働いているのか、ナゾだ。
 不思議な力で空中に浮遊するモニターをのぞきながら、算段を立てた。勇者は三人くるってわかっているから……。
(T字型に掘っていった方がよさそうだな。ここだな、あそことここに、コケ類を集積。養分を集める!)念じるだけで、モニター上にツルハシマークが浮かぶ。ガガガッとした掘削音が、生まれたてのダンジョンにこだました。
(で、トカゲだ。で、その奥にムシ畑をつくる! 二人目の勇者用だ!)残り時間を計算しながら走りだした綱吉の後ろで、骸は、自分用の大型モニター、――プラズマテレビ並のデカさで――……綱吉のぴーえすぴーモドキよりも五十倍は経費を消費しているに違いない、それを前に、足組みしている。浮いている。
「きびきび働くんですよ、破壊神さま!」
「さ、サマつければ何でも許されると思ってんじゃないだろうな……」
 思わず毒づいたが、聞こえたようだ。地獄耳の持ち主らしい。
「君はなかなか素直じゃありませんね。破壊神さまは、ツンデレなんですか?」
「そんな俗な単語よく知ってるな」
「魔界では、この頃、ツンデレリリスが流行しているんですよ。突然変異で、欲しいですよね。僕の経営するスナックでもリピーターがつきそうです。どうですか、つくれませんか、破壊神さま」
「し、知るかぁぁああっ!」
 全力疾走していると、ここにきてから着替えさせられたローブが足にくっついて邪魔だった。なんでもハリポタの透明マントみたいな効果があるらしく、この薄汚い焦げ茶のローブを着てジッとしていればオレは勇者に発見されないという……。
 舌打ちしたくなる事態は、この世界に住んでから、毎日、目白押しである――、気付けば悲鳴をこだまさせていた。
「あぁあああっ?! ムシが全滅してる?! トカゲがぜんぶ食べちゃってるじゃんか!! うわ、わ、魔物が追いつかない! ツルハシーッ! 掘れーッ!!」
「…………。ちょっと。どーなってるんですか」
「だあああ!」
 耳元での相談に、綱吉は、きょろきょろと首を巡らせた。
 ダンジョンは暗くて深い。
 人一人が通れる通路に、ぴーえすぴーモニターが浮かびあがり、骸の顔を映した。綱吉が指定した、ダンジョン最深部で、彼は勇者討伐の報をひたすら待っているのだ。
 骸は神経質に柳眉の片方を跳ねさせる。
「一応、僕名義のダンジョンなんですから、君が失敗したら僕が失敗したことになるんですよ?! ウワサがたったらどーしてくれるんですか!!」
「そ、それこそ知るかああああぁああ!!」
 とか、そんな調子で。
 一ヶ月が過ぎて二ヶ月が過ぎる。
 魔界のクリスマスがきてしまい、正月がきた。オレが拉致されてからもうすぐ一年になる。
 クリスマスから正月にかけては、魔物の生態系を勉強するため、魔王のへやにこもっていた。
 その日も、ダンジョン中を走り回っていたせいで、足がくたくたになった。コケ類にジョウロの水をかけて、壁によりかかり、モニター操作に集中するふりで休憩する。
「破壊神さま?」
 と、となりで、骸は不満そうにしていた。壁によりかかって腕組みして、魔物の闊歩するダンジョンを見渡す。
「レベル四のリリスが変異しちゃいそうですけど。地震の準備は? レベル一に退化しますよ? そうするとダンジョンの総合戦闘力は……、千以上低下しますね、感心しませんね、なんて弱いダンジョンなのですか」
「す……」手から、ジョウロが滑り落ちた。
「すとっぷ。ギブ! おわり!」
「この部屋をでて、地上を攻略する気になりましたか」
「休憩させてよ」
 ダンジョンを行き来していた真っ青のコケ達が、崩した膝頭を受け止めてくれた。
 ぶよんっ。ぶよぶよ。
 ちょっと臭うけど、感触そのものは、やさしい。
 いわゆる『スライム』な彼らは、このダンジョンの食物連鎖の、最下層に位置する生き物だ。
 思考能力はないとされている。けれど、やさしい意思があるよう感じる。
 思えば、破壊神といわれようがオレは勇者と同じで『人間』だ……。
 異世界から呼ばれた存在が、この世界ではモンスター扱いされているとしても。確かにその定義でいけばオレって確かにモンスターだとしても(たぶん勇者に見つかれば殺されるんだろう)。
 同じ人間だろうに、ダンジョンを破壊する勇者たちと、オレを仲間と思ってくれて、オレを攻撃することはないダンジョンのモンスターたち。
 ……友情かな、と、最近ちょっと思い始めている。
 リリス類なんか、目が合うとニコッと笑ってくれる。彼女らががつがつエレメントを貪るモンスターだとしても、その瞬間は、オレだってつい頬を赤くしてしまう。リリスはオレの世界でいうと京子ちゃんにちょっと似ていた。
 ともかくも。
 オレを呼びだした『魔王』の骸よりも、よっぽど、魔物たちはオレの心をわかってくれた。
 ぷよぷよしている、コケの頭を手で撫でた。
「でもな……コケの花が、ムシ類をマヒさせる毒薬ばっか飛ばすから、あいつらコケが食べられずに全滅したんだぞ……。ダンジョンの生態系はぐちゃぐちゃだ」
 泣き言を漏らしてしまうが、まぁ、猫や犬に人の言葉が通じないのと似たようなもんではあった。
 深呼吸をして、コケの行き交うダンジョンの床から腰をあげた。骸はヒマそうにこちらの動向を見守っている。
「今日はもう終わりにするよ。骸、このダンジョンは消灯。あとで続きをやる!」
「セーブするんですね」
 彼は、いやそうな顔をした。
 手では、自分の大型モニターを操作している。
「どれだけ待たせるつもりですかね君は。日がな一日、ダンジョンばかり掘って魔物と向き合って、退屈しませんか?」
「お、お前が言っちゃうのかそーゆーことおっ?!」
 手をワナワナさせてツッコミするも、骸はどこ吹く風だ。
 はっきりいって、この魔王、勇者よりもよっぽど生意気だった。
 ふっとしてダンジョン内が暗くなる。
 魔物たちの時間も止まった。
 両手を上に伸ばして骸が背伸びをする。些細な動作も、背が高くて顔もそれなりに整っている――不健康かつ不健全そうなのがタマにキズか――この魔王がすると、サマになるので、そこも生意気だった。
「さて、では魔界に帰りますか。綱吉くん?」呼び名は『破壊神さま』ではなくて『綱吉くん』。破壊神の営業タイムが終了したからだ。
「うん。夕食はどうする?」
「作ってくれますか。カレーがいいですね。あれはおいしかった」
「魔界カレールーはちょっと甘過ぎだと思うよ……」
 あと、オレが食べるには解毒剤をいれないとならないのも不便だ。『破壊神さまはヤワなんですね』と、そういうときに限って本名呼びを封印する骸もやっぱり生意気だし。
 衣装のマントを外すと、骸は、オレの世界の新宿あたりを闊歩しているロックな兄ちゃんとほとんど変わらなくなる。
 ただし、彼の八重歯は、長かった。
「味覚がちょっと僕らとは違うんですね。トカゲ焼きなんかの激辛がお望みですか」
「あそこまでいくとトウガラシ焼きだけどな」
「りりす焼……」
「言うな! 人間タイプのモンスターについてはオレはなんも知りたくないぃいい!!」
「綱吉くんは繊細なんですね」
 骸は、目を丸くして、魔界につづく『どこでもドア』をくぐった。
 そこには、オレの世界とほぼ変わらない光景があった。
 腐りかけた(ように見える)触手のビルや、タマゴのカラでできたタワー、原色のネオンライトでつつまれた禍々しい魔クドナルドとか、そんな世界だ。

 こうした調子が、まだまだ、ずいぶん長くつづくのでは。
 そう思っていたけれど、転機は、唐突にやってきた。そう、魔王のへやをでて、魔界カレーを食べつつのんきにテレビを見た翌日だった。
「カオスドラゴンのタマゴがぁあああ!!」
 やっとのことでレベルアップさせたタマゴが、大ピンチだった。
 モニターにかじりついて叫んでも、勇者に聞こえるはずがない。考えるより先に、踵を返していた。
「何すんだよアイツら!!」
 あれを作るために、どれだけダンジョン通路の構造に頭を悩ませて、どれだけのドラゴンが死んで、どれだけの魔物を食べさせたことか……っっ!!
「破壊神さま、どこにいくんですか」
 すぐに、ダンジョン内の異変を骸が察知する。
「タマゴを移動させる!!」
「無理ですよ、それは。ゲームシステム上は成立しません――」
「三次創作でごたごた抜かすな! まだ間に合うだろ、それに魔法使いがとなりのリリス部屋に入っちゃえばまだ――」
「残念ですね」答えは迅速だった。骸も焦っているのかもしれない。
 ヒュッと風切り音をあげて、骸と通信するための小型モニターが横に並んで疾走する。
「まっすぐいきましたよ。戻りなさい、破壊神さま。あなたがやられては誰が僕の手足になるというのですか!」
「あっ?! お、おまっ、やっぱ手足だと思っ――」
 そこで、別の意味で、ギクリとした。
 たしかにカオスドラゴンのタマゴが目で確かめられる位置にきた――。しかし、褐色のローブをかぶった老人も、一直線上に見えた。勇者と遭遇してしまったのだ。
『!!』
 ざっとして二人で後退る。
 魔法使いは、杖を掲げていた。
 オレが、見えているんだ。思いっきり走ってここまできたせいだ。ローブの魔法効果が相殺されている。
 スローモーションで時間が進んだ。紙芝居をめくるように、ゆっくりと、すべてが走馬燈として頭に伝わった。
 カオスドラゴンの、赤いタマゴが――、音もなく割れた。タマゴの破片が飛び散る。その中を、するどく渦を巻いたサイクロンが螺旋状に直進してくる。
「……ひっ!」
 あれで即死するコケ類やムシ類、トカゲ類は、もう何百匹と見てきた。
 血の気が引いた。
 思いっきり目をつむって、驚きすぎたせいで後ろに転んでいた。満身創痍になって。一瞬で。死ぬ。その場合は、オレの魂ってどこにいくんだろう。勇者が死んだときと同じく、ばっと、あたりに養分が飛び散るのか。人骨は残るのか。なにか残せるのか。こんな世界で。
 そうした思いが、マントに前髪をくすぐられて、ほどけた。
 あ然として顔をあげた。
「――――、む、骸」
 黒い影がスラリとして立ち阻んでいた。
 最深部にこもってばかりで、でてくるのは地上を征服するときだけ(つまりは地上征服作戦の表舞台にだけ)(表舞台の仕事は彼のものらしい)。その仮面役職『魔王』の、六道骸が、オレの盾になっていた。
 い、いつの間に。
 ここまでどうやってきたんだ。瞬時に。いわゆる『テレポート』しか思いつかないが、そんなワザを使えること自体、初耳だ。
 肩越しに、青い瞳がふり返った。
「破壊神さまは、愚かですね。前々から思ってはいましたけど」
 イラつくのを、懸命に押し隠そうとする者の態度だった。
「魔物を間引くのも嫌がるし、食べさせるのも嫌がるし、かといって餓死させるのも嫌がるし――、食物連鎖の原理に反した非健全なうわべの優しさが万天に通じると信じているガキ臭い貴方に、ほんと、ウンザリだ」
「は……? え?」
 マシンガンの速度で呟かれた言葉は、頭にあまり入らなかった。
 もしかして、この人(この魔王)、実はずっとオレを嫌ってたのではと薄っすら悟る。
 けれど、だからといって殺意の憎しみを燃やすというわけでもなく、嫌悪を表明するわけでもなく、骸は涼しげですらある目つきでオレを見下していた。
 その瞳からは、もう、イライラしていた青いかがり火が消えているのだ。
 意味はよくわからないが、事態は察した。
 恐らく骸は諦めたんだ。葛藤の時期は過ぎたんだ。
 嵐のあとの凪いだ大洋、それを思わせる、静かな海が骸の左目に沈んでいる。
「貧弱で、世の中に間違った希望を見出してるあなたは、けれど、魔物が成体になるだけで喜んだ。彼らの体を撫でて嬉しそうにする。そういうワケのわからないところが、不思議でしたけど、今はっきり分かりましたよ。単に愚か極まりないんです。あなたは未成熟な男なんだ」
 まだ驚きが抜けなかったが、気がつけば首を縦にしていた。
 呆けた声で、骸の声を遮る。
「あ、ありがと……。助けにきてくれたんだよな」
「破壊神さまが死んだら、世界大戦計画に支障がでますからね」
「――――」世界大戦とは、骸が、しょっちゅう口にしていることだ。
 声を失っていると、骸は、眉間に八の字を作る。
「僕の破壊神さまは貴方だけなんですよ。しゃきっとしてください」
 その間にも、魔法使いは直進してくる。今までにない展開だ。
 手で土を握っていた。
「う、うん……っ。ありがとう、骸!」
「まったく。手のかかる破壊神さまですぐふう」
「あ、ああぁああぁぁ?!」
 見る間に、魔王が魔法使いによって簀巻きにされた。
「なんだお前?! やっぱり弱かったのか?! 強いんじゃないの?!」
「魔王を生け捕りにしたぞーっ!!」
「うわぁあああ待て待て待て!!」
 大急ぎでダンジョンを引きあげていく魔法使いを、同じくらいの速度で、こちらも追いかける。
 簀巻きにされ、紐一本で地べたをズルズル引き摺られていく骸は粛々とうめいた。あごで土を耕してしまっている。
「君の愚かさが僕にも移ったとしか思えません……。あーあ、なんて馬鹿を……」
「骸ーっ?! あぁぁぁ、入り口! 入り口の警備を固めろ! トカゲとリリスの巣を解放しろ! 入り口周辺をぜんぶ掘れっ! はやくーっ!!」
 小型のモニターに叫びながら、慌ただしく追いかけた。『魔王』がダンジョンから連れて行かれたら、ダンジョン内の魔力はなくなり、全滅である。

「――僕の魔力は、ダンジョンにおける養分の循環にすべて使っているので――僕の戦闘力は、ゼロに等しいんですよ。ダンジョン内にいて、ダンジョンを運営している限りはね。ですから、ほんの一瞬ならば戦えます。コンマ秒で酸素がダンジョンから消失しても生物は生きてますから。そういう次元の話です」
「……お。お前が、直接、勇者と戦ったら?!」
「面倒臭いんですよ。戦闘ってターン制じゃないですか」
 ぶふ。湯飲みから茶を噴いた。
 骸は本気で憂鬱そうに首を左右にふっている。気が重くて仕方ないらしい。
「レベルに関わらずターン制ですしね。いちいち、向こうの攻撃も受けないといけませんし、アイテムだぁ回復だぁ悩んでる勇者どもを待たないといけないんですよ? 理不尽すぎますよ。魔王だってイライラしながら待ってんですからね」
「じゅ、順番待ちの辛さは万国共通だってか……」
「優柔不断な勇者に当たったときの苦しみは、それだけで世界を焼き払いたいくらいですね! そういうやつに限って回復アイテムしこたま持ってたりセーブもこまめにやってたり、頻繁に復活したり、憎らしいったらないですよ!!」
 とにかく、と、決定打を言い放つ態度で、骸がキッパリ告げた。
「僕は面倒臭いことは嫌いです!」
「そ、それが結論なのか?!」
「ですが世界征服は野望なんですよ。この矛盾を解消するために、破壊神さま――もとい、綱吉くんがいるんじゃないですか!」
 本日の営業タイムは終了して、骸は、黒のVネック姿で台所に立っていた。
 ざくざくと魔野菜を切って鍋の準備中だ。
 三LDKの広い部屋は、オレと骸の共通した居住区だ。骸の本宅は地下にあるが、上の部屋が、オレの下宿部屋だ。
「道理で、おまえ、何もしない割りにはダンジョンで一番えらそうにしてたんだな……」
「綱吉くん、しばらく僕のへやに引きこもったらどうですか。今日みたいな失態は、二度とやめてくださいよ。僕が魔界の笑いものになりかねないですよ」
 そんなに、オレを助けたのが恥ずかしいことなのか?
 と、不思議な気持ちにはなったがうなずいた。ここは魔界だ。魔界では人助けは格好悪いことに違いない。たぶん。
 妙に納得しながら、これまでの疑問を次々と解消させた。
「だからお前、ゲームオーバーになって勇者に連れ去られても、三十分もすればダンジョンに戻ってきてたのか……。ダンジョンも骸が出て行くとクリアにされちゃうのか」
「ダンジョン運営と維持に注いでいた魔力を使えば、勇者を蹴り倒して戻るくらいはなんてことないです」
「そのときに戦えば?」
「ターン制は絶対にイヤです」
「……あ、だから、何もしてないお前にダンジョンの魔物も絶対服従してるのか……。トカゲなんて、お前が近くにいるだけで巣作りも産卵もしないもんな」
「……」しばし、骸が沈黙した。引き攣った声で不安そうに呼びかける。
「……は、破壊神さま……。僕を粗大ゴミかいらない夫のように思ってたんですか?」
 骸は、鍋掴みをはめた両手で鍋を持ち、やってくる。
 ちゃぶ台にドンと乗った。
 いつもはオレが用意をやるけれど、今日は、骸が名乗り出てくれた。転んだときに怪我をして、オレの右足は包帯で巻いてある。(ただ、この足で走ったし、重い怪我ではないのだが……)(人助けが悪になる魔界のルールがあるので、骸は、気遣いをそうと口にしないのかもしれない)。
 向かいで、骸もコタツに入った。
 熱源もないのに、鍋はぐつぐつ煮え立つ。菜箸でかき混ぜながら、
「綱吉くん、解毒剤は何味がいいですか」
「ポン酢〜」
 鍋の野菜は、妙な形状をしているし、肉は独りでにのたうっている。骸は取り皿にポン酢味の解毒剤を注いだ。
 そこに、具材をいれると、肉は動かなくなった。
「どーぞ。熱いですよ」
「ありがと。なんか、わるいな。あれもこれもやってもらっちゃって」
 かしこばった表情で職業魔王の少年が首をうなずかせる。
 片手では、低い音量ながらもテレビをつけた。魔ラソンをやっていた。魔界の魔ラソンは深夜に走る。
「いえいえ。いいんですよ」
 牛肉に似てるけど絶対に違う、何かの生き物の肉はおいしかった。うん、味も牛肉によく似てる。おいしい。
「綱吉くんは破壊神さまですから。フォローするのも魔王としての勤めです。今日は、君に驚いて手を出してしまいましたがフォローといえなくはないです。無意識にフォローするとは、本当に僕はよくできた魔界の男ですよ」
「ふーん」
 骸がそう主張するなら、そうなんだろう。
 オレには魔界のルールはよくわからない。聞いたままで肯定していると、骸は複雑そうな顔をした。うごうご蠢いている肉を、そのまま、八重歯で噛み千切る。
「しかし自覚がないとはどうしたことですか。もう少しで死ぬところでしたよ」
「気をつけるよ、今度から」
 言ってから、思いだしてしまって切なくなった。
「あのカオスドラゴンのタマゴ、結局、孵化させてやることもできなかったな……。はぁ。さんざん、ブラックドラゴンも間引いて、一生懸命育てたのになぁ……」
「ドラゴンはどうでもいいんですよ。また新しく産めばいい」
「そんな、冷たいよ」
 正直に述べると、骸はそれがどうしたという反応をした。
 フンッと鼻息は荒い。
「褒めてくれても何もでませんよ。いいですか。綱吉くん。僕は大体のことはできますけど、君が死んだ場合は、何もできないんですよ。君はあのダンジョンでただ一人しかいないんですから」
「……………………。うん」
 真面目に説教をしているらしい骸が、おかしいが、妙にこそばゆくなった。
 オレは、あのダンジョンで生きて死んでいく魔物に愛着がでてきて、その生死に一喜一憂してしまうけれど……。
 そんなオレを、六道骸は、どうやら、慇懃無礼な態度の裏でバカにしているらしい。もしくは、軽蔑だ。
 その骸が、『ダンジョンでただ一人しかいないオレ』を気遣ってる。それって、オレがダンジョンの魔物を心配するのと同じだし、お前がバカにしているものと、ソックリなのではないか……。
 つい、笑ってしまった。
 骸は、紫色のスープをすすりつつ半眼になる。声は拗ねている。
「ともかく、世界征服ですよ。綱吉くんは破壊神さまなんですから。勇者をいかに惨殺するかを考えてればいいんです!」
「あー、はいはい、終わったら、元の世界だぞ。約束だからな」
 言葉はなく、骸は、首をうなずかせる。
 ふと、疑問に襲われた。
 素直にうなずいたのに違和感があった。――魔界のルールがこっちの世界とは、ちょっと、違っていることにも思い至る……。
「…………約束だよな。骸」
「ええ、約束ですよ?」
 しらっと言いのけて、骸はオレの小皿を取った。
 何を追加するかと訊いてくる。
 ――まあ、解毒剤を多用しまくれば食生活に不自由はしていないし、こちらの生活は新鮮な驚きが連続しているし、悪くはなかった。正体不明のつみれ肉をオーダーしておく。
 いつも骸がこの調子なら、破壊神としての暮らしも気持ちいいかもしれない。
「……はい? なんでオレが地下で寝るんだよ」
「その足では不自由するでしょう。君は、僕の破壊神さまですからね、面倒みて差し上げます。デキタ魔王ですねまったく」
 そういう問題なのか?
 とも、思ったが、押し切られてしまって首を縦にする。一緒に寝るって……破壊神と魔王の関係性として、正しいのか、否か。魔界的に。
「なぜかというと、僕はけっこう君を気に入っている……ということですかね?」
 質問してみると、骸はそう言った。

 ふたりの前には、ダンジョンから産まれる魔物と同じようにどんどん産まれる勇者たちが立ち塞がるのです。
 魔王と勇者の戦いが終わらない、たくさんあるファンタジー世界と同じ展開です。
 ただ、その内、なぜだか破壊神さまは魔界の結婚式の方法にもうれつな不安を持ったという……、そんなふうに、断片的な情報だけが伝えられております。

 



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09.8.19