幼なじみでぱられる

 



 骸は生徒会で帰りが遅くなるとは知っていたので、てっきり、無人だと思って鍵のかかっていない扉を開けた。
「お邪魔しまーす!」
 足をごそごそさせて白スニーカーを放り投げて、フローリングにあがったときだ。
「ツナくん?」
「あ。お兄さん?」
 リビングの扉から、長身の男性――二五才くらいの見た目がカッコイイお兄さん――が出てきた。
「骸かと思いましたよ。君ですか」
 彼はニコリとしてオレを見下ろしてくる。
 六道骸よりも背が高いこの人は、間近に立たれるとオレには壁のように思える。頭を下がらせつつも謝った。
「す、すいません。誰もいないと思って……。勝手に……」
「ああ、それはいいんですよ」
「お兄さん、仕事は?」
「今日は午前中だけになりました」
 アパレル関係の仕事をしているこの人は、お隣に住んでいるオレもあまり見かけないくらい普段は忙しそうにしている。
 骸と同じく、赤と青の二色の瞳を持っている人でもある。ちなみに両親の内、お母さんの目が蒼くてお父さんの目は黒い。赤の成分がどっからきているのかはナゾだ。
 色違いの目をぱちぱちさせてオレを見て、思い出したように呟く。
「僕のこと、骸(ガイ)と読んでくれていいと通算で七回ほど言っていますね」
「……骸(ガイ)さん」
 青年はにっこりとして骸がするのにそっくりな笑みを浮かべる。骸と骸(ガイ)さんは、漢字で書くと兄も弟も『六道骸』になってしまうちょっと変わった兄弟だ。
「骸の部屋にいくんですか?」
「は、はい。あの――、ゲームの対戦しよって話してて。学校で。骸は生徒会で遅いからオレだけ先に……って」
「ほう。ツナくん、おやつでもどうですか。ちょうど、一人でヒマだったんですよ」
「えっと、その、宿題……先に写しておけって……」
 カバンに入っている骸のノートを思い出しつつ、怒られるだろうかと危惧しながらも急ぐ理由を話す。
 骸さんは面白そうに肩を揺らした。
「相変わらずですねー。小学校のときから君達の関係はそんなもんですか?」
「ちゃ、ちゃんとわからないときだけノート見ますから」
 問題を見る前から、まあ、全部わかんないだろうけど――とか思ってはいるが、一応は見栄を張ってみる。
「変わりませんねえ」
 了承をとらずに、骸さんはオレの背中を押してリビングにつれていく。イスに座らされると諦めもついた。
「オレと骸は、そんなもんですよ……」
 お茶をいれるために台所に立っている背中を見つめつつ、オレは、脱ぐつもりで緩めておいた制服のネクタイを直していた。骸さんがそれにも気付いてクスクスしている。
「スキマだらけなんですね」
「? はい」
「いや。ツナくん、好きな子とかできたんですか?」
「えっ。ええっ。ヤッ、そんな……オレ……」
 面と向かってそんなことを聞かれると、頬が熱くなるのを感じた。
「おや、いるんだ。カワイイ子ですか?」
「…………っ、は、はい……」
「骸は知ってるんですか?」
「……言ったことありませんけど」
 聞かれないし、そんな、好きとかいうほど大それた感情でも――無いような――微妙なところだったから何も話していない。骸とは自宅が隣というだけの腐れ縁だし。
 答えに満足感を持ったらしく骸さんは湯飲みを渡してきながらニコニコした。
「じゃあ僕とツナくんの秘密だ。うれしいですね。君が小学生だったときに最後のおね――」
「だあああああ!!」
「っく、くはは。まあそれ以来ですね。秘密を知るのは!」
「が、がいさあんっ!」
 妙なところがサドっぽくて、実を言うとオレは少しこの人が苦手だ。モロにサドな骸と比べるとマシではあるんだけど。
 唇を笑わせたまま、どこか、ひやりとする目つきをして骸さんはまだ話を引っ張る。
「うまく行くといいですね。応援してますよ」
「ど、どうもです……」
 笑っているように見えない骸さんの目を見上げて、お茶を飲んでいると、玄関からバアンッと大きい音がした。
 骸が、カバンを小脇にして急いでリビングに入ってきた。
「忘れてました、今日は――」
 骸さんに気付くと、舌打ちに似た嘆息をするどくついてテーブルに歩み寄ってくる。
「――兄が、家にいるんです……。綱吉くん、ゲームは今度にして外に遊びにいきましょ。ゲーセンでも」
 口早に言って、自分のネクタイをゆるめて骸はとっとと外出の準備をしている。
「あれ、生徒会は?」
 終わるにはまだ早く思えて、時計を見上げてみるが、察しがつくのか骸さんはオレの向かいに座りつつニヤニヤしている。
「ダメですよ、ウソをついて抜け出してきちゃあ」
「…………。綱吉くん、行きましょう」
 適度に制服を崩すと、オレの手を取ってくる。
「ゴメン! まだノート写してないから、ちょっと待ってよ」
「何をモタモタしてんですか!」
「予定通り、家でゲームして遊んでったらいいじゃないですか。ツナくん、夕飯までいるでしょう? 僕がおいしいの作ってあげますよ」
「っ、いりませんよ。休みでしょう。寝てたらどうですか」
「そうだ、こんな無愛想な弟と二人きりじゃつまらないでしょう? 僕も一緒にゲームしてあげましょうか」
 楽しげに言われたが、だがノートに頭を取られてそれどころじゃなかった。
「ひっぱるなよ、骸。待てって。明日、ぜったい数学当たるからさオレ!」
「カラオケ店ででも写せばいいでしょ」
「生徒会長がそんな規則違反をしちゃいけませんよ、骸」
 人差し指を立てて骸さんが年長者らしい意見を述べている。
 カバンからやっと骸のノートをだして、オレは一息ついた。このノートの中身が今はなにより最優先だ。
「外行くならここで写していっていい?」
「僕の部屋にいきましょう」
「ダメですよ、ツナくん。僕が教えてあげますよ」
 骸が骸さんを睨んだ。
「引っ込んでてください。綱吉くんは僕の友達です」
「ツナくん。考えてみてくださいよ。骸のスパルタ教育より僕とここでお菓子食べながらのんびりやるほうが楽しいでしょう?」
「あ、たしかに……」
 言いながらポテトチップスの袋をどこかから引っ張りだす骸さんに、つい、明るい表情を向けてしまう。
 後ろに立った骸が、限りなく首に近い位置の肩に、手を置いてきた。
「綱吉くん……」
「ひいいっ」
 恐ろしげな呼び声に、ぞぞぞっと鳥肌が立った。
「僕のノート、返して貰いますよ? はやく上に行きましょう」
「なんだよ。わかったよ」
 機嫌が悪くなると面倒だとは昔からの付き合いなのでよく知っている。
 イスを立つと、骸さんは、つまらなさそうにポテチの袋をがさがささせた。オレに聞いてくる。
「僕が作るご飯、食べてってくれます?」
「迷惑じゃないんですか?」
「今日は骸と二人ですからね。君がいたほうが食卓がずっと華やかですよ!」
 男に対してその言い方って何か変では――思いつつも、骸さんの笑顔につられてニヘラと笑う。骸さんの料理は上手だ。
「そ、それじゃ。お邪魔します」
「決まりですね。ツナくん、また後で」
「…………」
 骸が、不機嫌な眼差しを向けてくる。階段をあがって骸の部屋に行くが、扉を開けながらも恨み言のようにうめく。
「兄に勉強みてもらった方がホントは嬉しいんじゃないですか?」
「はあ? そんなことないよ、骸」
「どーだか」
 フンとして鼻を鳴らして、ふり向きもしない。
 相変わらず、兄弟仲が悪いんだなぁと思いつつ、オレは骸に習ってネクタイとジャケットを取った。

 






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