……ふわふわの金髪。
細く通った鼻筋に、奥に星のきらめきを秘めてる眼差し。
ふしぎなくらいにディーノさんとそっくりな少年だった。彼の両腕は赤黒く汚れている……、かすり傷みたいな、赤い線が縦に横に大量に走っているのだ。高校生くらいの年齢だろうか。
ブランコがキィキィと浅く暴れて、そのたびに、包帯がほどけそうになって「ウッ」とか「ちゃー」とか、うめいてる。
「手伝いましょうか?」
ブランコに腰掛けた彼は、目を丸くしてオレを見上げた。
「おまえ、いつの間に……」
「その包帯を腕に巻きたいんですよね」
「あ、ああ。そうだけどよ」何かを警戒するみたいに、強張った声だ。
奇妙な感じだ。この子はディーノさんと似ていて、オレより背が少し高い。年上だろう。なのに、その眼差しには精悍さがなくて、頼りなげな風情が多分にあるのだ。
「別にヘンなことするわけじゃないし。ホラ。手伝うだけですよ」
両手を広げて、ブラブラとさせる。オレは制服をきていた。
ディーノさんが疑い深げにじろじろと眺めてくる。なんだか、妙な感じだ。オレの知るディーノさんは、人懐っこくて屈託というものがないから。にこー、と、できるだけ好ましい笑顔を浮かべてみたら、少年はプッと唇で噴出した。
「わかったよ。そんなにやりてーのか? 変わったやつだな」
腕がさしだされた。細っこい腕だ。筋肉がない――かと、思った。
けれど違う。発展途上なだけだ。鍛練を繰り返してるのだろう。腕に触れると、皮膚のしたでゴツゴツと硬直しているいくつもの筋を感じた。そういえば、腕に広がる傷も、よくみるとムチに叩かれた後のように見える。
「オレ、扱いがウマくねーから……」
ディーノさんが腰掛けたブランコの下で、赤十字の救急箱が縮こまっている。
もう消毒は済ませてあった。……と、救急箱の下のほうで、くるんと丸くなっているもの。ダークブラウンの鞭だ。
すごい。本当にディーノさんみたいだ。
ちょっと驚いて、少年をマジマジと見下ろしてしまった。
「君、オレの知ってる人にすごいよく似てますよ」
「へえ。そいつ、つえーの?」
「…………」
部下がいれば、強い。
でもいなかったらダメダメだ。ものすごく弱い。弱いってレベルじゃなくてヤワい。
「……強いですよ」でも。それでも、彼は強いひとだ。
「弱くなるときもあるんですけど、それでもあの人が誰よりも強くなれるって可能性を秘めてることが、すぐにわかる。目の輝きが違うって言うのかな。本当に、跳ね上がる馬……、天馬みたいで」
「へえ……」ディーノさんの瞳が、二度、大きく瞬きをする。
「いいな。オレもそういうふうになりてぇ」
しかし、そう呟くと、彼は俯いてしまった。
「ダメなんだよな。ホントに。いくら言われても、覚えられなくって……」
「あ、その気持ち、わかるかも――」
リボーンが頭をよぎる。あいつ、軽々しく色んなことを言ってくるけど、実行するのが一般人には困難だってことをわかってない。いや――少し、違う。少なくとも、運動神経も鈍くて理解力も足りないオレには、言われたとおりにやるのが、どれほどの努力を有するのかがわかっていないんだ。
ダメ人間の苦労、とでもいうんだろうか。フツウの人以上のことをダメ人間に求めると、ダメ人間はフツウの百倍くらいの努力をしなければいけない。百倍の苦労をしなくちゃ。
ディーノさんは興味を示したようで、顔をあげた。
「なんっか、おまえ。似た匂いを感じるな」
ニヤリと唇が笑う。そうすると、本当にディーノさんみたいだ。
「オレも、なんか君が他人に見えないよ……」包帯は巻き終えた。隣のブランコに腰掛けて、オレたちは揃って空を見上げた。夢の続きだった。空には、いくつもの虹が交差してる。
でもディーノさんには、虹が見えないらしかった。
「いい空だな」
うめいて、――唐突に、パチン!
自らの頬を叩いていた。ビックリすると、彼は、ニカリっと笑った。
「おまえ、そのオトコのこと好きなんだな」
「へっ?!」
「ありがと。包帯まいてくれて。スゲー嬉しいよ」
なんだか、ディーノさんらしくない。冗談に聞こえなかった。
本気で、感謝しているように……。巻いてあげた、ただ、それだけのことなのに。
「オレ、けっこう美少年だと思うんだけどさ」ズルリと肩が滑った。な、なにをいうんだ。ディーノさん。
「でもダメなんだぜ。失敗だらけで、マヌケだから、上辺だけの格好よさに魅せられたやつらはすぐにオレから離れちまう。格好悪いもんな。だから、包帯も一人で巻いてなきゃならねえ」
「そんな…・・・!」
ぎょっとしてしまった。
そんな理由で、一人でココにいたなんて。
「そんなの友達じゃないよ! それは相手がわるい!」
「そうか? オレ、ほんとにどうしようもなくてさ。皆の嫌われものだぜ」
「ディーノさん。そんなこと言わないで下さい。オレの知るディーノさんは自信にあふれてて――」
「えっ?」
目をしばたかせるディーノさんが、ぼやけた。
やばい。時間がないんだ。景色がみるみるうちに色褪せていった。
「いつでも部下のことを思ってる。ディーノさんは心のそこから大事にしたいと思える人を見つけてこそ、空高く舞い上がるんだ。その人たちのためなら、いくらでも強くなれるでしょ?!」
「オレが……?」呆然とオレを見返すディーノさんが、ふいに、目を見開いた。
手首をガシリと掴まれる。
オレの体が、後ろに――ひっぱられていた。
空が黒く変色していた。灰色になって、白につながって。この世界が遠のいていく!
「待てよ! ――おまえ、名前はっ?!」
ディーノさんが懸命に腕を掴むけど、ダメだ。
ずるずると少しずつ引きぬけていく。足首に白い触手が絡んでいた。
ブラックホール――白色だから、ホワイトホールとでもいうのかもしれない――が、オレの下半身までを飲み込んで、渦をまいていた。
「待てって……。クソ。オレ、おまえが好きだ。ワケわかんねー内に消えんじゃねーよ!!」
せめて、名前を教えとけ! 最後に、ディーノさんがやけくそになって叫ぶのが聞こえた。返事をしたけど、届いたかはわからない。もうディーノさんの姿が消えていた。
「沢田綱吉! あなたはオレの兄弟子だよ!!」
「う……」
そろそろと目を開ければ、ベッドに横たわっていた。
同じベッドの中に人がいる。ディーノさん、だ。そういえば、今日は泊まりに来ているんだった。
夢の中身を思い出して、呆然としてしまった。幼いディーノさんと……、ディーノさん? あれは本当にディーノさんだったんだろうか。確証がないし、そういえば、オレだって彼から名前を聞くのを忘れている。金髪はすぐ目の前だ。
ディーノさんがココでいいというから、一緒のベッドにしたけど。
あんまり狭くない。みると、やっぱり、ベッドのギリギリにディーノさんの体があった。
今は部下もいないし、これじゃ、朝になったら絶対に落ちている。ヨイショと体を引っ張った……その胴体に抱きついたのは、そうしないと、引いた体を寄せられないから、だけど。まぁ、寝ぼけたせいだってことにでも、しておけばいいかな。
夢うつつになったころだ。僅かな声が聞こえた。ディーノさんが起きたらしかった。
片腕が背中にまわって、もう片手はオレの頬に。
「わかってる。多分、あれはオレの錯覚だったんだろーって」
額から、頬へと指先がくだっていった。切なげにうめく声がする。
「消えたもんな。バッチリと。ユーレイだぜ。……もう、あの夢みてーな出来事も起こんねえってわかってる。そういうトシだかんな」
この、もの悲しげな声が……。夢で聞いていたのと、そっくり――、いや、同じだ。
でもどんな夢だったろう。金髪の子供が、傷だらけで……。子供? 誰かに似ていたのだったか。わからない。もう、忘れかけていてカタチにならない。ディーノさん、枕に頭をうずめた。
「ごめんな……。オレが何で謝るか、わかるか?」世界が暗い。意識がすいこまれていく。
「最初はホントに面影を追ってた。それだけだった。でももうダメだ……。アイツにもそっくりで、オレにもそっくりで、そんなヤツをどうして放っておけるっていうんだよ。おまえはオレといっしょだ。なぁ。いっしょになろう……」
とく、と、力強く脈打つ心臓。妙な引力があって、体ごと吸い込まれていくようだ。少しだけ暗く、でも優しい――、夜の海みたいな匂いがする。唇が何度か舐められた。声が続いていく。
「今日。リボーンと決めたんだぜ。コトの次第によっちゃ――、いや、ほとんど確実にオレを恨むだろうさ。でもそれでもオレは構わない。この勝負にかてばずっと一緒にいられる」
わずかに震えて、青年が言った。
「許されることじゃなくても、リボーンは許してくれる……」
髪を梳く指先も震えていた。声をかけなくては。その重いだけが空回りしていた。海に落ちていく。舌もまわらない。目蓋もあがらない。次に目を開けるとき、それは、きっと朝日に照らされたときだ。
強張った声音のままで青年はいった。なぁ、ただ、最後に教えてほしい。
「オレ、おまえの言ってたディーノになれたか?」
もう考えることもできない。薄れていく中で、最後のちからをふり搾ってうなづいた。
「そっか……」とたんに、彼はやわらかな気配を漂わせる。安堵してくれた。このひとは、だれだろう。会った気がする。知ってるようで知らないひとのようで、……声が、語尾を引き締めた。
「次に会うときが勝負のときだ。ツナ。悪いがオレは負けられねえ」
夜の海。その、底に辿り付いた。意識がすっぽりと抜けた。
おわり
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ex).『墓標に赤いめかくし』
エイプリルフール企画でした
リンクをクリックするとトップページに行けたという
06.4.1
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