(某社から発売されたヴァルキリーなプロファイルが元ネタなもののほとんど別物なRPG的ファンタジー)
二度目の星
「綱吉くん、もう少し頑張って! 神さまでしょう?!」
励ましにしては、骸の言葉は逆上したかのようにトゲを多分に含んでいた。
「そ、そんなこと言われても……」綱吉が自信なく言葉を返す。両手を拳にして、グローブには火が灯っていた。炎のアーティファクトでもあるのだ。向かい合うは、巨大なガマガエル。イボのついた巨体が、跳ねながら綱吉へと覆い被さった!
「く、くさっ。ねちょねちょしてる、しっ――」
ぼやきつつ、大きく一歩を踏み込む。カエルの腹目掛けて拳を突き上げた。
ボヨンとした手応えで、綱吉は青褪めた。水掻きのついた両手が、綱吉を挟み込んで持ち上げた。ギュウッと締め上げた途端、割り込むように鋭利な声が飛び込んだ。
「切り離す。貴殿の一部を切り離す! ――送り届けろ、姿のみえない木馬!」
「わっ」
綱吉は骸の足元に転がっていた。忌々しげに、オッドアイが綱吉を睨む。
「今のは、本当は攻撃用だったんですよ?! 面倒臭いことさせないでください!」
「ご、ごめん」
反射的に頭を下げ、しかし綱吉はハッとした。
(でも、あれくらいじゃオレ死なないし、何で人間にでかい図体されてる――)
「クソッ。さすがに思うようには――」骸がうめくのが聞こえる。モウッ、と、牛のような鳴き声をあげてガマガエルが二人めがけて飛び掛った。綱吉は、即座に駆け出した。文句は合っても、人間の骸がああした攻撃を受けてしまえば即死することは明らかだ。
(それに、あの水掻き。猛毒がある。オレには効かないけど)
これを使役するエストラーネオは、どれほどの実力があるのか。
ようやく、この仕事が一筋縄ではいかないと骨身に染みるほど悟って、綱吉がガマガエルの目と鼻の先まで飛び込んだ。眉間に、鋭い一撃を喰らわせる。叫んだ。
「骸さん、きっとこの向こうが奥だ! 先に行ってて!」
「えっ。――ありがとうございますっ!」
「きっと、エストラーネオがいるから無茶しないで!」
綱吉が背中の羽根を広げる。人間がいると、余波を気にする必要があるので手加減が必要だったが、その心配はもはやなくなった。
ゴーグルの、耳のところにつけた羽根飾りが青く変色した。
「戦神りょーへい兄さん直伝っ。神技・根性炸裂っっ!!」
この名前はどーにかならないもんかしら、と、綱吉はよく思うのだが師匠の指定とあっては無視できない。背中の羽根が散らばり、羽飾りに吸い込まれた。パンチの連打を巨体に浴びて、カエルが大きく仰け反る。その間に頭上高く舞い上がった綱吉は、ぶちっと羽飾りの一つを引き抜いた。
――すぐさま、羽根は細長く伸び上がる。
綱吉の手には、立派な蒼穹色の槍が握られていた。全身を仰け反らせて、体長よりも長い巨大な槍を振りかぶる!
「逝っっ、けええええ――――っっ!!」
がっしゃあああああん!
ガラスの割れるような音をたてて、槍がガマガエルの体内に潜り込んだ。
仰け反ったままの体勢で、ガマガエルの体が白く光りだす。ぼんっ、と、体内で爆発したような音をたてて、巨体は石畳の上に倒れこんだ。綱吉はストンと降り立った。
「ごめんな。見たところ、きみは不死者でもないし……ちょっと神気もあるし。エストラーネオによっぽど根深い洗脳でもされたのかな。後で、回復させにくるから事情を教えてよね」
ぴくぴく、痙攣するだけで声まで届いているかは疑問だった。
綱吉は奥の間へと進んだ。奇妙な文字が、壁の全面に描かれていた。
「うわー……。すごい。人の手も入ってるけど、神の手も入ってますね、これ」
部屋のさらに置くに、台座がある。台座を前に、骸は本を覗き込んでいた。
エストラーネオらしき影は視認できない。できないことが不思議なくらい、壁の紋様と台座以外には何もない部屋だったが、綱吉は骸へと駆け寄った。
「骸さん? 大丈夫でしたか。オレから離れないで――。何が起きるかわからないから」
「わからない。そうなんですか? 神ともあろう貴方が?」
骸は、いまだに背中を丸めて本を読んでいる。
「どうして。不思議に思ったりしないんですか」
「不思議だからですよ。エストラーネオが、どこに潜んでるか――」
「彼なら死んだ」
「は?」
骸が、ゆっくりと振り返った。
この人の瞳孔、こんなに小さかっただろうかと怪しんだが、しかし綱吉は首を傾げた。
「稀代の錬金術師にして死霊術師。正確には、彼はそのタマゴでしたが――しかし、彼ならば八年前に死んでいる」
「なっ……。リ、リボーンがエストラーネオって言ったんだぞ?! 間違うワケがないよ。あいつの波動が、確かにこの近くから沸いたんだ」
「二級神なら創造の力があるワケですね、なるほど」
真っ白い手のひらを本にかざして、骸。
綱吉はギクリとした。
「骸……。何者ですか、あんた」
「ろくどうむくろ。そう決めました。綱吉くんは、僕がわからないんですか……? 一度、君を切り裂いて、君に喰らいついてその身を抉ったというのに」
「…………?!」
「美味しかった。また、食べたくなるくらい」
「!!」
全力で飛び退いていた。
肌が粟立つ、どころではなかった。体中が、中を構成する胃袋や肺などの一つ一つが、丸ごと凍りついたかのように全身が冷え込んだ。鳥肌が立って、視界が震えだした。
「お、まえ、オレを食べた……、不死者?」
「僕はあの地方の寒村で生まれた。人買いに売られ、反抗した為に売り物にならぬと嬲られ、最期にはグールパウダーの実験台になって死んだ。グールパウダーを知ってるでしょう。生き物を不死者に変える呪われた粉状の物質。……そして、貴方に会った。八年前」
本を両手で開きながら、骸は淡々と告げた。
しかし、鋭利な光を乗せた両目はどこまでも綱吉を追いかけていた。
「僕は不死者の本能のままに肉を貪った。ガキがアーティファクトを持っていようが、理性のない身には関係が無いこと……。エストラーネオは、僕が、まさに君を食い殺した現場に居合わせた。魔術師を志望していた彼はアーティファクトを研究していたんだ。エストラーネオは、君が死んだと共にアーティファクトが消えたことに興味を持った。不死者の記憶を覗いてアーティファクトがいかなるものか知ろうと行動した……。馬鹿な話だ。そして奇蹟が、彼にとっては事故が起こる」
「ありえな……い。ありえない」
ボソボソとうめく声が、やたらと乾いている。
綱吉のグローブから炎が消えていた。目の前が、真っ白になるのを危うく抑え込んでいた。
「あの不死者が骸だったっていうのか! ばかな!!」
「僕が人間として蘇り、エストラーネオが不死者として堕落した!」
「そんなこと起こるワケない! グールパウダーは魂を汚染するんだよ?!」
「――でも、確かに僕だった!」
骸が、ぺろりと唇を舐める。
人差し指で、濡れた自身の唇を拭いながら、骸は愉悦で瞳を細めた。
「その詳しい理由がわからない。なぜ、僕がその幸運に恵まれたか――、幸運はさらに続いた。エストラーネオは王立魔導アカデミーの入学が決まっていた。エストラーネオの皮を被り、僕が行った」
「……もう、破門されたんだろう」
眉間を顰めて、少年は皮肉げな笑みを浮かべた。
「人体実験くらいでごちゃごちゃと抜かす。あのような場所は、僕にとってはただの檻だ。知識は得た、もはや必要ありません。――くく、くふふふふふふふふふふふふ、ふふっ、はははは!」
「?!」骸の手の甲と、本の背表紙と、二箇所を横断するかたちで紋様が浮き上がる。黒紫色の光が、禍々しい波紋を華って骸を取り巻いた。
「こんな穢れた世界は嫌いだ! 僕は神になる!」
「なっ――、主神を倒すつもり?!」
「世界を創生しなおすために必要とあれば! ――鎖よ、永久に緩むことなく絞めあげろぉ!」
「ぐあっ?!」
バチ、と、電流に触れたかのような痛みが全身に走る。
三叉のヘビが、綱吉の胴体と両手に絡み付いた。骨をミシミシと軋ませて締め上げて、綱吉が低く悲鳴をこぼす。脂汗が滲んで、顎を伝いおちた。
「うそだ……っ、うそ! また、あっ?!」
(やっ――、ど……ぶつ。黒い、大きな、――――!!)
綱吉には抵抗する術がなかった。黒い、巨大な、死臭を纏った不死者。一撃目を避けたが、腹を抉られた。走っても走っても、化け物が追ってくる。肩口に醜く腐敗したツメが食い込む、振り返れば、顎が外れるほどに開いた大口。うあ、と、うめいて俯いた綱吉の頬を涙が伝っていった。
その雫を愛しげに見つめて、骸が距離を詰めた。
こつこつとした足音に、綱吉が痙攣じみた震えを起こす。
「く、くるなッ。やめ、て、もう殺されたくな……ッ」
(だめだ。何も出来なかったあのころ、戻ったみたいで。だめだ!!)
すいっと手のひらが差し出され、綱吉の顎をくすぐった。
戦慄して、ブラウンの瞳が見開かれる。思わず顔をあげた綱吉の頬に、べろりと舌が押し付けられた。味を確かめるようなやり方で、押し付けたままで骸は両目と唇をニヤリとさせた。
「君は変わらないんですね。……まだ、美味しそうだ」
綱吉の肩を抑えて、もう片手で腹の辺りを撫でながら、楽しげな声がする。
「ここを食い破ったんでしたっけ。綱吉くんは泣き喚いてた。そのうち、静かになって僕に全身を預けた……。君は動かなくなった。くく、くふふ、僕と再会したことがそんなに怖い? すごく震えている。今の僕は、君の臓腑に喰らいついて引き千切るような野蛮なコトはしないのに」
「やめて。言うなってば……!!」
リボーンに拾われてから、人間のときの死の記憶を思い出すことはなかった。
死ぬほどの激痛で、実際に死んだけれど、それが過ぎた後はその痛みも薄くなって残るものだ。骸が語るたびに、彼を見るたびに痛みがむざむざと思い起こされて綱吉は戦慄いた。
それすら見越したように、骸はくつくつと肩を揺らす。
「哀れだ! 一度、僕に殺されているのに、僕とて一度死んでいるのに、なのにこうして再びまみえることになるなんて――。不幸としかいいようがない! くはははは! 夢のようだよ!」
「おまっ、おまえなんだな?! 村人を殺したのも――あのガマガエルも本当は!」
「そう、本当はこの神の祭壇を守るためのガーディガン。かわいそうに、神にトドメを刺されては復活することは叶わないでしょうね」
「む、むくろ……!!」
うっとりとして骸は目を細める。
綱吉の背中に、翼が生えていた。次の神技をくりだす準備が整ったのだ。
「君はまた僕の運命を変えようとしてる。そして、恐らく僕も君の運命を変える。ねえ、僕の中にはいつでも君が在った。君のその目、その顔、声、どれも忘れたことはなかった! 絶命の顔も、臓腑の味もその色も!」
「うわっ、ああああああ!!!」
ヘビがのたうった。バチンッと弾けとぶと同時に、骸が後退する。
「許せないっ。こ、な……っ、冒涜ばかりだお前は! ゆるさない!」
「神とて僕を屠ることは難しいですよ。稀代の錬金術師にして死霊術師、加えてこの本――、賢者の石を基に構成した僕の研究の集大成だ! 君に破ることができますか?!」
本を両手で開いて、すぐさま骸が詠唱を開始した!
「我が求めるのは破滅! 暗き空より降りし雷、敵を砕け!」
「っ!」虚空に浮き上がり、降り注いだ雷を避けた。
グローブに炎が宿る。一直線に骸に突っ込み、綱吉が右腕を振りかぶる。だが、骸は本を閉じた。不敵な微笑みが張り付く――。ギクリと、綱吉が動きを止めた。
「君は僕には勝てない。僕を怖がっているから」
右の、手首が捕まった。
動くことができない、自分の体を信じられないように見下ろしたまま綱吉は硬直した。
うっとりと指を滑らせ、確認するような手つきで骸が肢体を撫でる。腿を辿り、胸まであがって、顔面すらも撫でまわしたあげくに咥内に舌を押し込んだ。しゃぶりつくような激しさだった。
(ま……さか、オレが、神さまになったから、縁のあった骸にもその影響がでた……?)
ほんのすこしの、数秒だけの精神感応ならばありえない話じゃなかった。
けれど、その数秒がエストラーネオを殺して骸を生き返らせた。
「抵抗しないんですか? それをねじ伏せる喜びを僕に与えてくれない? こうして、君を抱く喜びは与えてくれるというのに」
矛盾を孕んだ言葉を呟きながら、骸がますます深く唇を貪った。爪先立ちになるまで引っぱられて、綱吉は合い間に呼吸をするので精一杯になっていた。神といえども、基本の身体構造は人間と同じだ。その強度、生命力、基礎体力は圧倒的にひとを上回るが――。
「はっ、あっ。な、で。オレみたいな下級神を呼び寄せた」
「サンプルにして、研究を始めるつもりでした。でも……、ああ、ほんとうに君と再会できる日が来るなんて。驚きましたよ。神という最高の素材になって僕の前に現れた」
ぜえ、ぜえ、と息をする綱吉だが、しかし打開策は思い浮かばない。
骸は愛しげに綱吉に見入った。瞳が恍惚に濡れている。
「一緒にきてください。たった今の、この感情に名を与えるならばそれは愛という名になるはずだ」
「ば……、か、な。愛って。お、オレは。許せるワケない。オレまで殺しておきながら」
「なら、僕は片思いということになりますね。別に構いませんけど。さあ、いきましょう」
骸が腕を引く。綱吉は必死になって首を振った。
が、宣言通りに骸は気にしなかった。
「すぐに僕がいないと生きていられないようにしてあげます……。くく、くくくっ」
邪悪。それが、この少年の本名だと思えるほどの笑みを浮かべて、骸は道を引き替えした。引き摺られながら、綱吉はぐったりとこうべを垂れていた。
(だめだ……。逃げよう……。この人は、この人だけはダメだ)
人間であったときも神であるときも、魂は共通だ。彼に、かつての彼に食い殺された記憶が何度も頭のなかを反復する。それだけで綱吉は激しく精神を摩擦させていた。
――子供の、甲高い声が割り込んだのは、地下から這い出てすぐだった。
リボーンは腕を組んで、骸と綱吉とを待ち構えていた。
「うちのパシリ、いなくなるとそれなりに困るんだが」
「!!」「ちゃーお。このボケ。ドジ。カス」
さりげなく罵倒を乱発させつつ、リボーンが骸に向き直る。
「ツナに交信してみりゃー、まったく戦う前から負けてやがるしよ。ま、とにかく賢者の石なんて反則アイテムをどうやって入手したか知らんが、ここでぶっ壊させてもらう」
「これは、もともと神の品ではありませんが」
骸は、しれっと言い放つ。それでも、警戒しながら本を開いた。
「リボーン……。そいつに、殺されたんだ」 堰をきったように、両目から溢れるものがある。綱吉が膝を折る。人間でいうところの、十歳ごとの姿をした子供はライフル銃を脇に抱えていた。
一分のスキもなく骸に照準を当てる。
「わかってる。名前はなんてーんだ、おまえ」
「六道骸。つい、さきほどまで、この僕自身には名前が無かったんですけどね。まあ、いい機会でしょう。綱吉くんにも会えましたし、ここからは骸として――綱吉くんを愛する者としていきましょう」
ああ、あった。薄く呟いて、骸が瞳を上向ける。
ダンッと光り輝く弾丸が発射されたが、短い呪文と共に弾かれた。奇妙な魔方陣が骸の顔面を多い、シールドを生み出していた。リボーンがイヤミを叫ぶ。
「世迷言いってんじゃねーよ!」
「綱吉くん!」
腕が伸びる。
ゴーグルを鷲掴みにして、それに気付いてリボーンは次の発射を躊躇った。
「残念ながら、まだ時期でないようだ。またお会いできる日を楽しみにしてますよ。では!」
最後の言葉とともに、綱吉の唇を掠めるものがある。黒と、紫、光が交互に骸を包み込む。リボーンが驚愕した。 神ですら、その失われた魔法を知る者はいない。
「移送方陣?! ――バカか、人間で?!」
骸が優雅でさえある仕草で手をふってみせる。
ただひとり、綱吉だけを見据えて。呆然と見つめる間に、骸の足元で光がさらに禍々しさを増した。一瞬の出来事で、少年は瞬きのあいだに姿を掻き消した。
綱吉の姿がにわかに光った。安堵のあまりに、全身を包んでいた鎧を構築する力も抜けて、村人の格好に戻って倒れこんでいた。目と鼻の先に革靴が歩いてくる。
「ツナ。テメー、また修行しなおしだ」
苦々しいリボーンの声も遠い。うっすらした意識のなかで、頷きながら、綱吉は確信した。あの少年が、自分の生涯にとって一番の障壁になり……、天敵になるのだ。
おわり
>>骸さんが一人で楽しそうなはなしでし…た
>>もはやVPっぽさは20%くらいしかない!
(※VPはれざーどがヴァルキリーに「愛しい女神よ!」な感じでストーカーしてますが、↑みたいに人間時代に喰っちゃいました☆なことはしてないです。80%は好きに書いてます
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