トランプ
「ヒバリさん」
「なに」「離してください」
彼の視界は覆われていた。戦慄きながらうめいても、向かいに座る少年は目を伏せたまま首をふるだけだ。カフェへとやってきて二時間がたった。ヒバリが暇潰しに経済雑誌を取り上げてからは三十分である。
ツナへと目を向けることもなく、ヒバリが言った。
「君はここにいる。動かない。一晩、ここ」
「そうもいってられないでしょ。獄寺くんのとこにいかないと」
「皆で決定させたことだ。バカイヌは放っておけばいいだろ。バカがつけあがる」
「そういう言い方はよしてくださいよ。とにかく行かないとダメなんです。いかせてください」
「ダメ」二枚、まとめてページをめくってしまった。
しかしヒバリは過ちを訂正することもなく、平然とした面持ちで雑誌を見下ろしていた。はなから、大して真面目に読んでいるわけではないのだ。
カフェに人影はまばらである。夜の七時。店は日付が変わるとともに営業を終了するが、すでにヒバリは店長と話をつけていた。これから、朝まで木板を組み合わせただけのイスに座りつづけるのだ。綱吉がばたばたと足で暴れた。
「元はといえばオレの失敗じゃないですか。これで獄寺くんに何かあったらオレ居た堪れないですよ!」
「バッジィーファミリーと気軽にトランプするからだよ。アイツラはタチが悪いっていっただろ」
「自業自得なのはわかってますから……。でもだから何で獄寺くんが!」
「負けたら君が腕なり足なり折られそうだからだろ」
「何で獄寺くんがポーカーの代打すンですかー!」
「君だと負けそうだからだろ」
ふうと浅く息をついて、ヒバリは背もたれに体重を与えた。
ギッ。極めて簡素なうめき声。(これで一晩はきつい)と胸中でうめく彼をよそに、綱吉は、イスの後ろで縛り付けられた両手に力をこめていた。
「せ、せめて目隠しくらいとってくれませんか……?!」
「嫌」「どーしてだよー―っっ!!」
嘆く声にも浅く溜め息をついて。
ヒバリはウェイターを呼び寄せた。注文したのは、ストロー付きのオレンジジュースとダージリンの紅茶である。去っていく白い背中を見送りつつ、ヒバリは、雑誌をぺらぺらとめくった。緩慢に文字を追う作業にも飽きているのだった。
「どうしてって、そりゃ、僕のことうらみがましそうに見るんだろうなって思うからだよ」
時刻は七時五分。まだまだ、先は長い。スーツの内側、ポケットには携帯電話があった。獄寺が負けたなら、すぐに連絡を入れさせるよう手配した。
(どっちにしろ、綱吉がそんなだからあのバカには怪我させるつもりないんだけどねえ)
(まあ……。別に、どうでもいいけど)ぎゃあぎゃあと騒ぐ姿など見慣れたものだが。それが、イスに括られて目隠ししているというのは、いつもと違って新鮮なものがある。わずかな楽しみに目を細めて、ヒバリはまたもウェイターを呼びつけた。
「ビールももってきて。チップスも少し」
「ヒバリさん! 聞いてるんですか?! あー、もう誰か他にいないのかよっ」
リボーン、山本、ランボと手当たり次第に名を呼ぶ綱吉に肩を竦めて、付け加えた。
「アルコールも加えておいて。さっきのオレンジジュースに」
ニッコリと、目尻が斜めに細くなった。
おわり