月
月のない夜は死人がでるから気をつけて。
そういって彼は姿を消した。少年は後姿だけを鮮明に覚えていた。
わかっていた。それがどんな意味か、誰が死ぬか誰に殺されるのか。
すべてはパズルのピースなのだ。あとはひとつだけ。ひとつだけ、カチリと当て嵌めれば、終わってしまう。閉場のベルを鳴らすのは彼。ベルとなるのは、
「――顔色、けっこういいもんだな」
少年は水面を見つめる。
じぃ、と、茶色い瞳が見つめ返す。
「おかしいな。最後なのに」影が広がっていく。
きらきら、きらきら、水面に張った光が消えていく。少年は微笑んだ。やがて雲が完全に彼を覆い隠し泉を覆い隠した。少年は待った。
ホテルから歩くこと十分。この水辺を北に進むと森が広がっている。
無数に群れた針葉樹が、トゲのついた葉でもって大気を突き刺すのだ。凍えた夜だった。静かに待つ、待つこと三時間。
彼は森からやってきた。帰ったときと同じ格好で、変わったのは顔色だ。真っ白な顔色。少年がケラケラと笑った。
「なんで、あなたのが死にそうな顔をしてるんですか」
「そっちこそどうしてそんなに元気なの」
「さぁ……。元気なだけですよ」
「わけわかんないね。それ」
おぼつかない足取りで歩き、目の前に立つ。
少年は白いシャツに黒いジーンズを合わせていた。
ぶらりと、こともなげに右手から下げるのは日本刀だ。裸身のそれに月明かりはなく。水面の、波紋が、黒く鈍く刀身で揺らめいていた。
「いつか、」
綱吉は、刃を見つめながら、言った。
喉がつまる。しかし彼は待った。
「……いつか、こうなるって思ってたから、元気なんですよ」
「そうなんだ。……ねえ、僕は? 僕は元気に見える?」
「見えません」「だろ。元気じゃないから」
「今日のヒバリさんは、変ですね」
「君こそ。変だよ。いつだって綱吉は変だったけど。今日はとびきりに変だ。どうしようもなく」
区切ったあとで、付け足された。少年がギュウと柄を握り込んだ。
「――殺したいくらいに」
綱吉はにっこりと微笑んだ。月は隠れたままだ。
暗いなかで、見詰め合って二人は水辺に立っていた。
顔に差し込んだ影で互いに互いの顔はよくみえない。だのに、二人は、真っ直ぐに相手の瞳を見つめていた。ほとんど勘なのだ。そこにあるはず、と、動物のように嗅ぎ分けているだけなのだ。
「さぁ。刺してください。本当ならもっと前にやるはずだったでしょ?」
無言になった彼を促すように、綱吉が顎を引いた。「オレがボンゴレになる前に。それってヒバリさんの仕事の範疇に入りますよね」
「……日本にはマフィアの流入は許さない」
うめく声音が硬い。ギラりと獣の光が、少年の眼球に浮かんだ。
「君が、日本で活動をしないと言うならこうはならなかった。最後にもう一度だけ聞くよ。日本をでていかないの?」
綱吉が両手を広げた。ゆっくりと。
「おれがでていかない理由はひとつだけですよ」
「聞きたくないかもね、それ」ひっそりと、素早く、ヒバリが言い捨てる。
瞳が綱吉を反れて、雲を見上げた。月はでない。あるいは、月さえでれば、彼は殺人をやめる理由にしたのかもしれないと綱吉は囁いた。胸の中で。口にしてしまえば、ヒバリは、やはりそれを理由に殺人を取りやめるように考えられた。
瞳を閉じる。あける。ヒバリは雲を見上げたまま動かなかった。
「ヒバリさんが日本を動かないから」
「僕はこの国を守る。そのためのエージェントだって、何度いったらわかるの」
薄く微笑んだまま、綱吉は構わずに二の句を告げた。
「ヒバリさんは日本にいる。日本から出ない。だから、オレもここを拠点にするんです」
「……君は、馬鹿だよ。死んじゃえば?」
「はい」クシャリと。破顔する少年に眉根を寄せて、ヒバリは眉間にシワを作った。月はどうあっても顔をださないようだった。刀をゆるりと振り上げられても、綱吉は動かなかった。
「ほんとに。生きてさえいれば構わないんだよ。君がマフィアだろうとイタリアに行こうと。それで二度と会えなくなろうと」
独りごとに近い。綱吉が背筋を震わせた。
「かみころしたいよ。どうして僕にこんなことをさせようっていうの」
搾った、力のない囁き。足の裏からよじ登る奮えは、恐怖ではなかった。
おわり
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06.04.19
* 愛国主義なバイオレンスエージェント雲雀さん
*見習いとして風紀委員やりつつ国の平和を守る。主に暴力による統治を実験的に試行中。
*とほうのない設定+ヒバリさんが刀+綱吉さんがイカレ気味
*全部 自分だけ読むものと思って書いたものだからです 骸ツナ「星」も似たよーな…