(ゲッ!)綱吉は慌てて急ブレーキをかけた。校門前は人だかりになっている。誰もが、学校を出られずに青褪めながら後退している。綱吉も例に洩れず後退った。
  副風紀委員長、草壁。その後ろに居並ぶ十人ばかりの風紀委員。
 それと黒曜中の四人組が睨み合っている。しらっとして校門にもたれかかっているのは六道骸で、その隣に収まっているのはクローム髑髏。柿本千種と城島犬が前に出ていた。
「これ以上ここにいるなら、喧嘩を売ったものと見なす。これは警告だ!」
「ハッ。ダッセ。だっせ〜〜。おい、アヒルちゃんはどうしたびょん。怖気づいちゃったァ?」
「風紀委員長は今日はおられない。おまえら、委員長に喧嘩か?!」
「待ち合わせしてンだよ」
  犬はベロリと舌をだして前屈みになった。
  片足をブラブラとさせる。並盛の敷地と道路との狭間の上でだ。
「まァーだ並中には入ってねーびょん。どうする? まだ不法侵入じゃねーゾ!」
「こ、黒曜中の奴らが何の用だよ……」生徒がザワザワとする。綱吉は冷や汗を垂らした。
「な……。何してんだよあの人たち」実に僅かな声量だった。
  だが、骸が顔をあげた。綱吉を見据えて腰を持ち上げる。草壁副委員長も並盛中の生徒も、辺りの人影がこぞって綱吉を振り返った。
  おっ。犬が目を丸くする。千種は黒縁眼鏡をずり上げた。
「ボンゴレ十代目。沢田綱吉。用がある」
「ちょっ……。オレですか! 何なんですか?! みんなで揃って――」
「骸さまが行くっていうから。付いて来た」学校指定のカバンを肩から下げて、そのベルトを握りしめながら、クローム髑髏。ブラックの眼帯は付けたままだ。綱吉は複雑な思いで骸を見上げた。
  制服の襟下から鎖が覗いていた。霧のリングを下げているのだ。腕組みして静かに告げてくる。
「沢田綱吉。今日から君を監視することにしました」
「んなっ?! い。いきなりそーくるのかおまえは――っ?!」
  クローム髑髏が不思議そうに骸と綱吉とを見比べた。千種がカバンを肩にかけ直す。
「骸さま。回収しました」ガシリと綱吉の腕を掴んでくる。反対側には犬が来た。
「じゃ、監視スタートだびょん!」
「待ってたら小腹空きましたね。並盛にいい店はないんですか」
  千種が無言で携帯電話を取り出した。高速でボタンを連打する。インターネットから検索をかけているのだ。両脇を黒曜中に固められ、ズルズルと引き摺られながら綱吉は引き攣った。
(…………?!)これは、監視というよりは。
「拉致じゃないですかァ?!」
  カラオケ店に押し込められての第一声だった。
  千種がテキパキとマイクを配り歌本を配る。クローム髑髏は常に骸の隣に来るように頑張っていた。たまに、犬が明らかにワザとに間に割り込んでいくが。澄ました面持ちで骸が綱吉の肩を押す。ワザとやっているようには見えなかったが、端の席に追いやられて、隣に骸が腰を降ろした。
「ポテトとジュースを。ああ、アルコール?」横目で尋ねてくる。
「いやいやいやいや」脂汗を浮かべながら綱吉は首を振った。
  クローム髑髏はメニュー表を開いてブツブツと呟く。犬が髑髏の横から顔を出して覗いた。
「ンだよトロいぞ、テメーやる気あんのかよ! ポテトはァ、フツーのとスパイシーをダブルで頼むに決まってんだろぉ! で、骸さまにはアルコールだ……。おっ、これいいんじゃね?」
「……じゃあ、千種。フツウのポテトとスパイシーポテトと、パイナップルのチューハイ」
  ガスッ! ニコニコとしながら骸がマイクの尾を顔面目掛けて投げつけた。
「僕はウーロンハイで。どーぞ、犬、一番手でも」
「わ、わかりましたれす……」犬が、ボロリと落ちたマイクを両手で受け止めた。
「てか、堂々と制服でアルコールを注文すンなよ! おかしいよ!」
  ボソボソと極端な小声でツッコむ綱吉である。このメンツを相手に声を大にする勇気は無い。
「いざとなれば骸さまのマインドコントロールがあるびょん。じゃー、アレ! アレだ! 今をときめくアイドルちゃんの胸きゅんソングらびょん! どっきゅーんあいどる!」
  パチパチパチと拍手をする骸にギョッとする。犬の選曲もまた驚きだった。
(なんだ? このノリノリな中学生どもはッ!)クローム髑髏は、テレながらもタンバリンを手にしていた。叩く手つきは尋常でなく、異様に素早い。訓練が長いのだ。千種は全員のドリンクを注文して一息をついた。ふと、大音量で犬の裏声が響く中、千種の視線を感じた。
  綱吉がトイレに立った時だった。追ってくる。彼は、ほとんど無表情なままで礼を言った。
「骸さまが楽しそうにしている。それに、前。骸さまが朝まで帰ってこなかった。ボンゴレが関係していたんだろう? 骸さまは、犬におまえが悪いんじゃないと言っていた」六道骸が人を庇うようなことを言うのは珍しいのだと、続ける。綱吉はハンカチをポケットに押し込みつつ小首を傾げた。
「……楽しそう?」むしろというか、やはりというか、隣に座ってから骸は一度も綱吉を見てこない。本当にただ監視目的で引っ張ってこられたのだと納得しかけていたところである。
「とても」千種は小さく頷いた。黒目はくすんでいて、感情めいたものは見えない。
「そうなんだ……。なんか、すっごくわかり難いんですか? 骸さんって」
「そんなことはない。どっちかっていうと、わかりやすい。それじゃ。多分、こういうことをアンタに言えるのはオレだけだと思ったから。だから追いかけたから」
  猫背のまま、すれ違う。
 トイレの扉を開けるところまで眺めてから、綱吉は鼻腔でため息をついた。
(何やってんだろうオレは。獄寺くんとか山本にも連絡できてないのに)カラオケ店の通路というのは狭い。もたれかかりつつ、綱吉は個室の扉を見つめた。低音が微かに響いてくる。
  骸の歌声らしかった。ビブラートが効いていて、うまい。扉を開けると、丁度シャウトした場面だ。
(……いや。つーか何でうまいんだよ。おまえはホントに六道輪廻でどーたら言ってたアイツか?)
 シャウトというのは叫び声のことだ。これまた上手で、格好いい。
 マイクを手にした骸を眺めてみる。彼はオッドアイを丸くした。
 即座にマイクを犬目掛けて振り被る。
「ぐえっ!」
「もしかして、オレがいるから遠慮して歌ってなかったんですか?」
  カラオケに突入して早二時間。骸は、一度もマイクを持っていなかった筈だ。
「いえ……。別にそういうワケでは」ロック調の曲にキャンセルをかけて、背もたれに体重をかける。
  綱吉は釈然としないままに入り口近くに座り直した。
「君のジュースはこっちにありますけど」
「あ、ください」手を伸ばすが、骸は動かない。それどころか剣呑に睨んできた。
「?!」身構えること数秒、不意に殺気を散らすと、骸は犬のマイクを奪い取った。クローム髑髏に目配せをする。彼女はいそいそと立ち上がった。デュエットする気だ。
(な、なんなんだよ、もう)二人の歌声を聞きつつ、無性に拗ねたい気分になってきたことに混乱していた。骸が何を考えているのか、全くわからなくなってきて胸の中がグルグルしている。加えて、先程から彼が見たこともない顔ばかりするのがむず痒かった。自分は場違いでは? と思うのだ




おわり

 







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