新春はつもうで

 

 




  一月は終わろうとしていた。
 鼻腔から溜め息がもれそうだ。一昨日のメールは、こんな内容だった。
『初参りに行きませんか。そろそろ、その他大勢がいなくなったころでしょうから』
 まぁ、相変わらず……。年が明けても、骸さんは骸さんだ。友達いなさそうである。
 横目で窺えば、骸さんは静かに両手を合わせていた。左耳に鈍く光るピアスとイヤーカフ、ブルゾンの襟首からは黒地のVネックが覗く。見ればみるほど、ジーパンにダッフルコートなオレの格好に後悔が沸いてくる出で立ちだ。男二人での初詣だってわかってるのだろうか。
 目を閉じると、入れ替わりになって声がした。
 願いごと、何にしようかなぁ……。

「綱吉くん。まだですか?」
 もっと運動能力がつきますように、とか……。
「さっさとしてくださいよ。どうせ何を頼んだって変わりませんよ?」
 もっともっとマシな人生になりますように、と、か……。
「本当に叶うわけないじゃないですかぁ。迷信ですよー。悩むだけ無駄ってもんです。ココ、風が当たって寒いと思いませんか? 綱吉くん?」
 あー……、っ、っ、っ。
「あーっ!! もうっ! 茶々いれんのやめてくださいよ!」
 いけしゃあしゃあと片眉を跳ねさせて、骸さんは小首を傾げてみせた。
「おやおや。祈り終わったんですか? 途中と見受けていましたが」
「とっ……途中ですよ! まだ考えてる最中でしたもん!」
「それはそれは。残念ですねえ。中断しちゃって良かったんですか?」
「よ、よくないけど骸さんが急かすから」
「ああ、別にヒマなだけなんで。もっとゆっくりお祈りしてて構いませんでしたけど」
 骸さんはケロリとして人差し指を向けてくる。口が半開きになったまま固まっていた。初体験だ。理不尽すぎると、声すらでなくなるらしい。骸さんは、びっみょーに目尻を笑わせていた。
「事実を述べただけです。やめろとは一言も、これっぽっちも言ってません」
 指の矛先を気軽に変更する。賽銭箱を指差していた。
 厭な予感を覚えるまでもなく、もう一回やりますか? と平然として尋ねる声音。邪魔したっていうなら、そういことにしてあげてもいいですけどー、なんてイヤミったらしく告げてくる。
「あ、あの。いくらオレでも怒る時だってあるんですからね……?!」
「怒られるようなことしてませんけど」
 本気で言ってる! それ、本気で言ってるのか?!
  ポケットに手が突っ込まれた。人差し指と親指で硬貨を挟んで、でてくる。
「ま、僕は下にいますよ。どーぞ気の済むまでやり直してください」
「うわっ。ちょ、ちょっとっ?」
 ピン、と硬貨が親指で弾かれる。
 ガバリと起き上がらざるを得なかった。当たり前だ、健全な高校生なら、五百円玉が闇に消えるのを黙って見るなんてできないだろう。危うく拝殿の奥まで飛び込みそうだ。
 五百円玉。コレを使っていいよってこと……、なんだろう。
 まさかさっき骸さんが投げたのも――と、ここまでで思考を放棄した。
 速攻で賽銭箱に放りこむ。一人で納得して拝殿をおりた。
「うん、色々とさ〜。知らないほうが幸せなことってあるある」
 骸さんは、腕組みしたままで、しみじみとした二つ目を向けてきた。
「君ってトロいですよねえ。コレくらい十秒で速攻ですよ」
 だ。だれのせいで。うめいた言葉は、しかし胸中にしまいこんだ。
 オレは早くもこの人に口で勝てる気がしない……。
 なんだろう、宇宙人に日本語で話し掛けても意味がないっていうか、野性の生き物に日本語に話し掛けても意味がないっていうか……。
 サラサラした風の流れと木の葉が掠れる音色がひびく。
 オレと骸さん以外の参拝客もないから、話し声もなかった。骸さんの足取りは常になく遅い。
 一歩一歩を味わうみたいな歩調だ。並んで歩くと、大抵オレの一歩後ろをキープしてるのに。今日は五歩も後ろだ。彼は木々を見上げていた。怯えながらも尋ねずにはおれなかった。
「……骸さん、意外と自然に優しいヒトだったりするんですか」
「ああ。別に。だってこれ喋らないじゃないですか」
 オッドアイに緑色が落ちている。ぽかんとしてしまった。
「それに、この国が日本なんだなってしみじみしますから。まさにこの空間が文化の鏡たりえてるんですよ。面白いと思いませんか」
 骸さん、そういえば、生まれはどこか違う国だった。詳しくは知らないけど。
 ひとつの考えが思い浮かんでいた。ちょっとビックリしてしまう。
「もしかして、景色を堪能するためこの時期にきたんですか?」
「ああ、それは違いますよ。混んでんのヤじゃないですか。揉みくちゃにされると思うと鳥肌が……、あっ。綱吉くん、あそこ、寄ってきますか?」
 ジャリに足を滑らせるオレをどう思ったのか、骸さんはわざわざ肩を抑えてくれた。
 指差された一角には、白壁の小屋がある。お守りとか破魔矢とかを販売してる定番の場所だ。巫女服のオバチャンが、お守りを陳列させている――その、隣にあるものに視線が釘付けにされた。
 お伽噺にでてくるみたいな、黒塗りの小槌がある。
 思いがけずに甲高い声がでていた。
「懐かしいなァ! まだアレ使ってるんですね」
「知ってるんですか?」
「この神社、地元ですからね。ちっちゃいころ、母さんと一緒にアレやってたんです。面白いんですよ。一寸法師にあるみたいな小槌使ってみくじやってるんです」
「へえ。一寸法師って、日本の童話ですよね」
 興味をひかれたらしく、骸さんが歩く方向を変えた。
 その横についていきながら、さらに心臓が高鳴るのを感じた。
 よく見れば、店番のオバチャンも何年か前に来たときと同じ人だ。天然パーマで顔が四角くて、小太り。すごい。思いがけずに昔の思い出と会えるなんて、ちょっとしたタイムスリップみたいだ。
 撫でる手つきで、木製の表面を触ってから骸さんは小槌を取り上げた。
「ほう。持ち手を振って、先の平たいトコから、クジをだす。仕組みは簡単ですね」
「一回、百円ね」オバチャンが静かに告げた。
 ニッコリと満面の笑みで頷いて、それから、小槌を寄越してきた。
「? 骸さんがやるんじゃないんですか?」
「いやですねー。僕にやれって? 恥ずかしくてできませんよ」
 け、けっこうノリ気でここまできたクセに。
 うめく前に、オバチャンが明るい笑い声をあげた。
「あんた達、兄弟かい? おにーさんの方、カッコウいいねェ」
「残念。兄弟にしちゃ歳が近すぎるって思いませんかね〜」
「じゃあガッコウの友達かい」
「コンビニの友達ですかね」
「? 面白そうだねえ。仲良しなんだね」
 目の前にはオバチャンのシワの寄った手の平がある。
 意味はわかる。百円よこせってことだろう。でもオバチャン、ひたすら骸さんだけ熱心に見てるんですが。ニコニコニコと、二人して笑顔を浮かべながらお守りを指差し始めた。
「こうやって世間が喜ぶようなものを真面目に見るのは初めてなんですが。種類だけはあるんですねえ。コレはなんですか? 人を模してると見受けますが」
「それは身代わりのヒトガタだよ。降りかかる災厄を、代わりに引き受けてくれるんだ」
「ほう。こんなカミッペラが……。小学生が図画工作の時間に作ってそうですね」
 お、おれは徹底放置だ。明らかに待遇が違う。
 もうちょっと愛想をくれてもバチはあたらないと思う……っ。
 それに骸さん、けっこうムチャクチャなこと言ってると思うんだけど?!
 と、白くなってるオレに、オッドアイが視線をおろす。小槌を振れば、棒が落ちてきた。
「綱吉くん、安産お守りですって。買ってあげましょうか?」
「い・り・ま・せ・ん!」
「引いたら見して。お。あーらら、26番ね」
 曖昧な笑顔を浮かべて、オバチャンは手元をガサゴソとする。
 七センチほどの紙片が差しだされた。で、すぐにまた骸さんを見上げる。世の中はそんなもんですよね、ハイ。諦めが大事だ。おみくじを開けばドドンと「大凶」の文字があった。小吉ではない。
「やった、なんかオレって小吉率高いから別のだと嬉し――って、だっ、だいきょお?!」
「さすがですね、綱吉くん」
 いつになく驚いて、骸さん。
 すごく貴重な声が聞けた――って、それどころじゃない!
「大凶なんて本当にあるのかよ。うわ、学業も金運も芳しくあらず! …・…待ち人も、こないっ」
「こういうのを信じてるんですか? そんなに気を落とす必要はないでしょう」
「おにーさん。甘く見ちゃいけないよ。今年最初の願担ぎなんだから」
 へえ。不思議そうに生返事を返す骸さん。 オッドアイは興味深げだ。
「綱吉くんって、大吉ひいたことあるんですか?」
「? ないですけど。よっぽど運がないと引けませんよ」
「ほう」自分の顎をひと撫でして、唇だけを笑わせる。
 小槌を見て、オバチャンを見て、オレを見て、再びオバチャンを見る。
 それから、大げさなくらい首を横に倒したので、両端に分けてる前髪がサラリと顔面を覆い隠した。右手がゆったりと前髪を払いのける。……やたら演技がかった仕草だ。
 でも、そうして掻き揚げられて出てきた表情で、腰が抜けるかと思った。
「…………?!」大凶を引いた時とは比にならない衝撃だ。
 オバチャンが息を呑む。骸さんは神妙なうめき声をだした。
「綱吉くんがそういうならば、僕に任せてください」
 その両目のフチには光るものが溜まってる。
 両手をワタワタと意味もなく慌てさせてしまった。だって、ま、まさか泣――?! うそぉ!
「ええっ? 骸さん、どうしたんですか!」
 捨てられた犬のような顔と言うか、犬耳があるならシュンと垂れ下がっているだろう、ってくらいに切なげな顔をしてる。ゆっくりと、赤色と青色をした左右の瞳が、がオバチャンへと流れていった。
「おみくじなんて、気にすることはありません。お母さんは助かります。君がクジの結果を気にするとしても、大丈夫ですよ。ゼッタイに」
「へっ。あ、あの。骸さん……?」
「僕が今からそれを証明します」
 証明? 何をいってるんだ?
 戸惑うオレを置いて、オバチャンは目を見開かせた。ソワソワとオレと骸さんとを見比べる。
 赤目と赤目が鬱蒼と微笑む。骸さんは、ゆるく左右に首を振ってから、オバチャンへと笑いかけた。
 気ぜわしげで、励ますような色があった。無理に笑ってるのがミエミエな笑い方。
 ……うそだ。骸さんなら、こんなお粗末な隠蔽をしない。
 愕然としているあいだに、骸さんは仰々しく百円玉を取り出した。オバチャンに握らせ、その上に自分の両手を置く。蚊の羽音のような微声は、ちょっと掠れていた。
「お願いします……」
 オバチャンがこれでもかと激しく頷いた。
 短く、斬るようなシャキンとした声が、数字を読み上げた。
「29番です」
 即座におみくじが渡された。
 悲しげな微笑みを張り付かせながら、骸さんは、自分ひとりだけに見えるようにしておみくじを開けた。……ハッとしてオバチャンを見返す。そして、ニコリ! 
 オバチャンはウンウンと頷くけど、やたらとウソくさいっていうか、怖いっていうか、もしかしたら気持ち悪いくらいだ――、ぞぞぞぞと鳥肌が立つに任せてたら、チラ、と目があった。
 指が動いて、おみくじを示してくる。見てみろ、って意味だ。
「うっ……、そお?!」
 大吉だ。7番、大吉。……7番。
 ――って引いた番号は29番だっただろ〜〜っ?!
「ありがとうございます!!」
「いいんだよ。アンタの日頃の行いがいいからだ」
「この恩は大事にします。手術、がんばりますね!」
 手術。横で頭を抱えるオレをよそに、骸さんはちゃっちゃとオレに大吉を握らせて背中を押した。
「さっ。行きましょう! 母上に見せてあげないと!」
 母上ってなんだ――! なんかもう色々といい加減さがにじんでるんですけどっ。
 オバチャンはものすごくイイ笑顔な骸さんに心打たれたようで、ウンウンと一人で頷いてるけど、これ絶対に違う! 絶対に違う意味でイイ笑顔しててるよ!!
「お世話さまでした!」
 爽やかに叫んで、骸さんが走りだす。
 それに押される格好でオレも走って、オレたちの後ろでオバチャンが手を振った。
 ああああ、もしかしてこの瞬間からオレも共犯だろうか!
 予感を裏付けるように、骸さんは足を止めた。物販所から見えない、死角の位置に入った途端に。百八十度、ガラリと声質を変えて言い放つ。
「思ったより、ちょろかったですね」
 体から力が抜ける。ヘナヘナと膝が折れた。
「綱吉くんてば。腰が抜けたんですか? 度胸がないですよ」
「ど、どきょーがどうたらの問題ですか?!」
 先ほどの涙などどこふく風で、すっかり乾いた目をして骸さんは空を見上げた。
「あのオバサン、何番がナニであるかを把握してました」
 どことなく誇らしげだ。ピッと人差し指がたっている。
「君がクジを引いたときの顔、みたでしょう? なかなか僕に興味があるようでしたし、あとはストーリーで攻めればイケると思ったんですよ。どーでした? けっこう、僕って演技派でしょう」
「あの涙も……?」
 ほ、本気でおそろしい。
 骸さんは大きく頷いた。 平然と訂正をする。
「泣いてませんけどね。アクビがでそうなとこでしたから」
 ががん。カミナリを受け止めたような気分だ。悪びれた様子もなく、骸さんはニヤリとした。
「運も実力のうち。ひっくり返せば、実力で運もどうにかなるのです。つまり僕の実力で大吉を引き当てたと、そういうことです。処世術ともいえますかねえ」
「そんなハチャメチャな処世術があってたまるか! とにかく、どーすんですかコレ〜〜ッッ」
 握らされたままの大吉を差し出すと、骸さんは平然と頷いた。
「どうぞ。君にあげます。そう思っていただいたものですから」
「そ、それってさり気なくオレに責任なすりつけてませんか……っ?!」
「いやだな〜。人間不信はいけませんよ?」
 そんな、ニコニコと思いきり楽しげに言われて信じられるかァ!
 と、思ったけど、口で勝てるわけがないので、諦めて紙を開かせた。
 七番の大吉はちょっとクシャクシャになってる……。逆に縁起が悪いくらいの大吉を受け取るハメになるとは。ある意味、骸さんからのメールを受け取った時点で運命は決してたのかもしれない。
 呪われそうだから、せめて木に結んで帰ろうとしたところでオレは足をとめた。
「あ。待ち人、来る……。お祈りした内容とそっくりかも」
「ほう。何を祈ったんですか?」
 興味津々といった様子で骸さんが声を弾ませる。
 階段の中腹で足をとめていた。枝に結ぼうとする後ろから、骸さんが首を伸ばしてくる。
「え、えと……」内容が内容だ。ちょ、ちょっと照れ臭い。
「隠すことないじゃないですか。友達でしょう?」
「いえ、その。けっこう恥かしいんですけど。骸さんは何を?」
「健康でいますよーに。毎年、これですよ」
 骸さんが? ちょっと意外だ。拗ねたような口をして、骸さんは目を細めた。
「バカがいるんですよ。なにをたのんだのー、とか、人の事情も何も考えずにぶしつけに聞いてくる輩がゴマンとジュウマンと。うざったいでしょう。うざったいんですよ。うざったいと思うでしょう?」
「は、はあ……」
「健康が一番、といえば連中は黙るんですよ」
 限りなくどうでもよさそうにして、骸さん。
 でもその目は明らかにオレが喋るのを待っていた。うーん。まあ、いいか。友達だし。
「笑わないでくださいね。友達がいっぱいできますようにって、頼んだんです」
「……――はい?」
 素っ頓狂な声。ついで、彼は慌てて手すりにしがみ付いた。
「だっ、だいじょうぶですか?!」
「…………」オッドアイを丸くして、信じられないように、一段を踏み外した自分の足を見下ろしてる。よくわからない反応だ。あ、呆れすぎてビックリしたってことだろうか。
 右目は赤くて左目は青いから、瞳孔が開いてるとすぐにわかる。
「そ、そんなにおかしいですか?」
 少しショックだ。オレ、もしかして小学生レベルのことを頼んでるのだろうか。 尋ねる声はいささか呆けていて、おそるおそると足元から這い上がってくるようだった。
「そんなこと、頼んだんですか……?」
「そ、そんなことって。けっこうオレには重要――」
 骸さんが、びくんと肩を弾ませた。
「く」
「く?」
「クフッ、くふふっふふふふふふ」
「えっ。え、えええ?! どうしたってんですか?!」
 俯いたまま肩を震わせて、骸さんは踵を返した。
 そのまま早歩きで砂利道を引き戻していく。何度か名前を呼んだけど、無視だ。
 よっぽどイヤなことがあったみたいに拳を固くしてる。その背中を追いかけて、一緒に拝殿への階段をあがりながら、思わずうめいていた。
「お、怒ってるんですか」
「別に怒ってはいない。構いませんよ、綱吉くんがそうするなら」
 トゲのある声だ。どこが怒ってないっていうんだろう。
「僕にも考えがありますから」
 賽銭箱にコインを投げつけて、平手を叩く。
 本当に腹立たしげな叩き方だった。
「む、むくろさん……」
 顔が青褪めてる自覚はあった。よくわからないけど、気に障ることを言ったらしい。
 どうしよう。空は晴れ渡ってるし風は爽やかだし、でも助け舟になりそうなものがない。
 握ったままの大吉を、ことさらに強くクシャリとさせた。経過はどうあれ、オレにくれる気で骸さんはああいうことをしたんだ。やっぱりこの人とオレは友達なんだ。
 彼が向き合う賽銭箱が光って見えた。
 これだ。これしか、ない。
 ――祈り終えると、隣から呪いかけるような呻き声がきこえた。
「この期に及んでまた友達ですか」
「違います」
「繕わなくても。叶うもんなら、叶えばいいんじゃないですか?」
 色の違う瞳には冷ややかな光がチラつく。
 そのまま踵を返そうとしていた。堪らずに喉を張りあげた。
「骸さんの願いごとが叶いますようにって祈ったんですよオレは!」
 隣で、本当にすぐ隣で骸さんが動きを止めた。肩がくっつくほどの近距離だった。
 これ以上はムリ! というほど目を丸くさせていたから、慌てて言葉を足した。
「い、いけませんでした? 迷惑なら――」
「まっ」その声は、奇妙に制止した。
「……まさか。そんなことありません」
 驚いたようにオレの足元を見て、自分の足元を見る。
 そそそ、と、距離を空けるコトの意味がわからないけど、これは確認しなくちゃならなかった。
「あの。オレたち、友達ですよね?」
「えっ。あ、はい。そうです」
 硬直したままの面持ちだけど、その代わりに骸さんは首を縦にさせた。安堵で胸を撫で下ろす、そんなオレの仕草に骸さんは口角を引き攣らせた。それから、うめく。
「いや……。その、さすがに、ビックリしちゃいますね……」
 顔を真っ赤にしているから本当に苦しげなんだけど、声をかける前に骸さんが体を二つに折ってしまった。完全に前髪で隠れた奥で、クスクスと肩で笑いだしていた。
「ほんとに、そんな願いごとをしちゃったんですか」
「? しましたよ。別に、オレたち友達なんだから」
 おかしくはない、はずだ。友達がいないオレでもマンガとかドラマは見るから、これくらいはおかしくないと思うんだけど。出版社やテレビ局にだまされてなければ。
「く、くははっ、ハハハハハハ……っ、そうなんですかっ……。ハハハ!」
「ど、どーしたって言うんですかァ」
 骸さんは壊れたみたいに笑いつづけてる。
 さすがに不安になってきた、けど、やがて。
 目尻を拭いながら、骸さんは背筋をピンとさせた。いつものニッコリした笑顔がある。
「そろそろ、ゴハン食べにいきましょうか。お腹すいてません?」
 断る理由って、ない! 神社をでる途中で、オバサンが首を伸ばしているのが見えた。さっき、オレが叫んだのが聞こえたんだ。オレが手を振ってさようならをすると、骸さんも同じことをした。
「僕はですね」彼がそう言ったのは、割り箸を二つに折ったときだった。
 きつねうどんが目の前にある。オレの前には月見うどん。
 タマゴの白身が徐々にうっすらと固まっていくので、そこに、うどんに絡めて食べていたところだ。先程の壊れっぷりがウソのように、骸さんは澄ました顔でオレと向かい合っていた。
 そのまま平然と、
「綱吉くんに友達ができませんようにって祈ったんですよ」
「ぶっ!!」骸さんは上品にハシでうどんを捕まえた。
 こちらを見ないのは意図的か。
 胸をドンドンと叩いていたら、骸さんは自分のお冷を差し出した。
「――、む、むくろさん。な、なんでまたそんな……ええええっ?!」
「クフ。ダメですよ。もう初詣は終わりです。もう戻りません」
「お、鬼か! それって友達のすることですかっ?」
「もちろん」自信たっぷりに、繋げる。
「今日、正直に言って感動しました。綱吉くんの方から、そこまで僕に友情を抱いていただけてるとは思ってなかったんですよ、本当のところを打ち明けますとね」
 な、なかなか衝撃的な暴露を! 思わずハシを落としてしまった。
 ぼやくように頭を左右に振らせて、骸さんは新たなハシを差し出してきた。目がすぼんでる。
「友達が欲しいだなんて、むかっときますよ。僕はなんだっていうんですか? モヤモヤして何かわかりませんでしたが、今ならわかります。君の友情を疑ったんだ。僕を捨てて他のヤツに走るなんて、まったく、それこそトモダチのすることじゃありませんよ」
「と、友達って友達のシアワセ願うもんですよね?!」
 そういう知識ならあるぞ! でも骸さんは平然としていた。
「何いってんですか。君、僕の不幸を願っておいて」
「へっ? えっ?」
「まー、土壇場で僕を選ぶなら許してあげますけどね」
 ひとりで納得して、音もなくうどんを吸い上げる。なにかが、違う気が。
 友達って、ずっとひとりに限定したものだっけ……?!
 愕然とするオレに構わず、ホラホラなんて言いながら油揚げを摘んでみせてくる。慌ててハシを置いて耳を塞いだが遅かった。というか耳を塞いだくらいじゃ防ぎきる自信はもてないけどっ。
「油揚げですよ〜〜。一部では皮揚げと呼ばれることもあります。で、これはきつねうどんでしょう? なかなか運命的な具材を選んでると思いませんか。キツネの皮を剥いで焼いてめんつゆに」
「だからっ、そういう話やめてくださいって言ってるでしょう?!」
「食べてみますか。キツネの味がするかもしれませんよ」
「いらないからっ。やめて〜〜っっ、メシがまずくなる!」
「君のは目玉うどんですね」
「月見うどん!!」
  半泣きになりつつ絶叫していた。
  ギョッとして店内のオジサンたちが視線を向けてくる。途端、骸さんはしれっとした半眼を向けてきた。とことん貧乏くじだ。新年から縁起が悪い。
「声が大きすぎですよ。公共って概念をわかってるんですか」
「〜〜〜〜っっ」意識が遠のきそうだ。目眩が。
 テーブルにノビるオレを見て骸さんはため息をついた。フウと気忙しげに。
「やっぱり綱吉くんってどうも鈍臭いし目障りっていいますか――」ぶっと咳込むと、骸さんは言葉を濁した。「えーと、目が離せないっていいますか? 放っておけないっていいますか」
 骸さんの中じゃ目障りと目が離せないって同じ意味なんだろうか……?!
 だとしたらオレの立場って。友情を疑うオレの眼差し。それをどう感じるのか、骸さんは油揚げをぶらぶらとさせた。めんつゆがテーブルに飛び散る。オレの頬にまで飛んでくる。
「ほんと、心配ですよ、お菓子もらったからって警戒を解いちゃダメですからね」
「オレは五歳児ですか?!」
 飛びついたものを親指で拭って、ペロリと舐めると骸さんは不思議げな顔をする。
 そして、数秒後には油揚げをツユの中に落としていた。
 汁がブルゾンに飛んで慌てる彼を尻目に、月見うどんの処理に集中する。ボヤボヤしてたらまた妙な話を聞かされるに違いなかった。

 


 


 

 




06.1.31

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>つぶやき(反転)
気になっていたので、改訂かけてます