◇ ファミレスランチ ◇  

 

 



「こっちです、こっち!」
 メールで指定されたレストランに入る。
 ウェイトレスさんに声をかけられたところで、呼ぶ声がした。
 見なくてもわかる。骸さんは禁煙席の一番奥にいた。四人用のテーブルに、CDやら新書やらを散らかしている。オレの視線に気がついたのか、さっとそれらが黒いカバンに放り込まれた。
「約12時間ぶりですね。元気にしてらっしゃいますか?」
「はあ……。寒いですけど、元気っぽいです」
「なにを食べますか?」
「暖かいもので」
「では、メニューセットにオニオングラタンスープでもつけますか」
 テーブル端の呼び出しボタンをプッシュする。
 程なくしてやってきたウェイトレスさんが、骸さんの顔を見て少しだけ肩を強張らせた。
 音域も高くして注文を繰り返し、そそくさと去っていく。思わず尋ねていた。
「骸さんって、モテますよね。彼女いるんですか?」
「あー。その手の質問って、すごくよくされるんですよね。なぜですかね?」
 先に注文したのだろう。骸さんの手にはマグカップがあった。真っ黒い水面がチラと見える。たぶん、無糖ブラックだ。そんなイメージがある。手元に視線をやったのは数秒だけれど、その間に、骸さんはクフフと笑い肩を揺らめかしていた。
「女は頬を染めて尋ねてくるわ男は憎たらしげに尋ねてくるわで、正直うざったくてどーしようもないんですよね。人の恋路に首つっこんで愉しいですか? その恋路の主役は自分でもないのに? まっっったく、理解できませんね」
 ……めまいで視界がブレた。淡々と、しかしバシバシとはたいてくる言動は深夜でテンションが高いからー、なんて、そんな理由でもなかったみたいだ。やっぱりというか。
 どうすればいいんだ。とりあえず、テーブルに額をつけた。
「すいませんでしたっ。変な質問でございましたっ」
「おや。どうして綱吉くんが謝るんですか。僕は友達の質問になら応えますよ」
「はあ……。じゃあ、彼女いるんですか?」
「いません」
 即答する骸さん。
 その一言だけなら、さっさと言っちゃった方が、色々と人間関係が楽になる気がするんだけど。オレも深いことは言える立場じゃないので、水を舐めるだけにしておいた。
「綱吉くんは?」
「オレもいないですよ。いるよう見えますか?」
「ぜんぜん。これっぽっちも見えません」
 危うく噴くとこだった。耐え切り、それが見てわかったのか、骸さんはけらけらと笑っていた。
 こーいう反応って友達的に一般的なのか、それとも骸さんが薄情で酷い人なのか。今までに友達ができてたら、こういうときに迷わず決定できるんだろうけどムリな相談である。黙りこんだところに、先ほどのウェイトレスが威勢良く戻ってきた。
「お待たせしましたっ」
 骸さんがようやく笑いを引っ込める。
「ハンバーグ定食と親子丼セット、オニオングラタンスープですっ」
「ありがとうございます。……あれ。グラタンスープ、ひとつですか?」
「? 二つ、頼みましたけど」
「えっ! あ……。す、すいません! すぐにお持ちします!」
 厨房にダッシュした彼女を呼び止めた、のは、骸さんだった。
「いいですよ。僕はいりませんから。わざわざお手を煩わせる必要ってないでしょう?」
「い……、いいんですか? あっ、ありがとうございます」
「クフ。おかしな人ですね。お礼を言う場面じゃありませんよ」
 やわらかい声音とはにかむ唇。ウェイトレスはハッとしたように骸さんを見返した。
 眼差しは恋する乙女って感じで、クラスの女子がゴクデラくんを見るときとそっくりだ。
 丁重に頭をさげて去っていく背中を見送りつつ、骸さんがオレを指差した。
「マフラー。いつまで付けてる気ですか?」
「あっ。忘れてた。でもこの店内、ちょっと寒いですよね」
「まあ、客の注文勘違いするよーな輩のいらっしゃるレストランですからね」
 ガタッと、今度はイスからずり落ちそうになった。
 骸さんは親子丼を引き寄せながら奇妙な顔をする。
「まだ寝ぼけてたんですか?」
「お、起きてから二時間は経ってるんですけどねっ」
「じゃあ綱吉くんは常に寝ぼけていると。あんまり冗談に聞こえませんねえ」
 朗らかに言い捨てる。これってものすごく貧乏クジな気がしてきた。
 遠目に見たら和やかに話してるみたいに見えるだろうし、オレだけ動きが不審で変な人に見えることだろう。厨房から、ウェイトレスの視線を感じてドンヨリした気分になった。ハンバーグのソースをぐるぐるかき回す。
 ぶ。コーヒーを噴きかけた音がした。
「綱吉くんって、変わってますね」
 ……骸さんにだけは 言われたくないセリフだ、それは。
 こうなったら道は一つだ。頭痛をとめるためにも、ご飯に集中!
「いただきます!」
「どうぞどうぞ。僕のおごりですから、好きに食べてください」
  フォークでハンバーグをつつく。じゅわっと肉汁がでてきて、バイトの疲れが取れきっていない体には至福のごちそうに思えた。骸さんは丁寧な箸捌きで鳥肉を口に運んでいた。なんか、骸さんに親子丼ってイメージが違う気がするけど。
 もっと洋食っぽいの……、スパゲティとかパンしか食べなさそうなイメージだ。
 まじまじと見てたせいか、骸さんが丼をおろした。
「意外ですか? 別に味はどうでも……ああ、そこまでは言わないですけど」
「はあ。じゃあ何で注文したんですか?」
「久しぶりに見たもので。親子丼はネーミングと発想が好きなんです。なんたって――」
「骸さん。食事中にエグい話は禁止でお願いしますね」
「……僕はえぐい話をする気はないんですが」心外だとでも言うように骸さんが目を伏せる。遠くからジワっとした視線を感じた。厨房のほうだ……。振り返らないよう自制して、切り分けたハンバーグを咥えた。骸さんが箸をぶらぶらとさせた。
「ただ親子丼っていうのはヒヨドリとオヤドリをいっしょくたに煮込んで盛り付けてまして。いい感じに野蛮で悪趣味な一品でしょう? バックグラウンドを思うと精神的にも充実できるっていう、ただそれだけの話なんですけどね」
「充分に丸ごとエグいじゃないですかっ!!」
「僕基準じゃまだまだですね。世間話です」
「っていうか、禁止っていったのに喋りきりましたね?!」
「いいじゃないですか。喋ったら面白くなりそうだと思ったんですよ」
「〜〜〜〜っっ」
 ニコニコとどこまでも楽しそうに骸さん。
 フォークを握る手がグーになってしまった。さっきのウェイトレスといい、絶対、騙されてる。
「ほらほら、鳥肉に半熟の卵が絡まってますよ。食べてみますか? 親と子の共食いですよ」
「遠慮します。骸さん、そんなこと考えながらご飯してて楽しいんですか……」
「そりゃあ、もう。現にホラ。綱吉くんてば、こーして僕を愉しませてくださってる」
 本当に、ああいえばこう来るというか。口が減らないというか、自分本位というか、地球は自分のために生まれましたっていうか。理不尽きわまりない! こんなんじゃいつかこの人、友達いなくなる――って、オレも深く言える立場じゃないけど。
「あ、でも今だと骸さんが友達でオレもこの人の友達なんだっけ」
「はい?」
 ぶんぶんと頭を振る。
 骸さんはおかしなものを見るみたいに片眉を跳ねさせた。
 けど、特に何も言ってこないので、ハンバーグ定食に集中を戻した。
 遊ばれてるより、温かいうちにご飯を食べた方が。うん、そっちのが幸せになれるのは確実だ。オニオングラタンスープのスプーンを掴み、表面に浮かんだチーズをすくった。
 口の中で、とろりとチーズが分解していった。しみじみ呟いた。
「ん。おいし〜〜……っ」
 そのまま食べていたら、ふと、じっと見下ろす視線に気がついた。
 もう親子丼は食べ終わったらしい。骸さんはオレより先に食べだしてたし、しょげたりしてる間も食べてたから、このスピードの差はしょうがないだろう。手で、頬杖をついてマグカップの取っ手を握ったり放したりしていた。左右で色の違う瞳――オッドアイっていうらしい――、瞳の裏で何かの考えを巡らしてるらしいのが見て取れる。
 そういえば、と、思いだす。おずおず喋りかけた。
「もう一個、頼みますか? 別にオレ、それでここでるの遅くなっても構わないですよ」
「ああ。いえ。そういう意味で見てたわけではないんですけど」
  軽く頭を振った後で、しかし骸さんは思いついたようにニコリと笑った。
「ですが。君がそういうなら貰いましょうかね」
「? ……どうぞ」
 空いてる手で、呼び出しボタンを機械ごと差し出す。
 その機械を払いのけて、骸さんはスプーンのくびれた首部分を摘み上げた。
 スプーンを握ったままだ。左右にブレて、掬ったままのスープがにわかにテーブルにこぼれる。
 うわっと悲鳴をあげた。「まだ、熱いんだから危な――」
「遠慮なく。いただきますね」
 スプーンの方向を変えさせ、ぱくっと齧り付く。
 口がむぐむぐとしているのが、スプーンから振動として伝わってきた。背中から熱くてヒヤリとした汗が生まれる。スプーンを引っぱると、スープは綺麗に食べられてしまっていた。
「うん。大衆向けレストランのオニオンスープですね。オニオンの味が中途半端に生きてます。煮込み時間は二十分とみました」
「む、骸さん……。すごいビックリしたんですけど」
「え? ひとくち、貰っただけですよ」
 確かに一口だ。でも、なんだか……。なんだか、すごくビックリした。
 心臓も変にドキドキいってる。なんだろう。友達ってこういうものなのかな。
 オレの心を読んだみたいに、骸さんが禁煙席に近い2人掛けテーブルを指差した。
「あそこで女子高生がいたんですよ。お互いに食べっこしてました」
「は、はあ……。羨ましかったんですか」
「……それは……。そうとも言うかもしれませんけど」
 珍しく、骸さんが不明瞭な声を出した。思わず見上げてしまう。
 でも重なる前に、さっとテーブルへ視線が逃げた。
「スープ。こぼれちゃいましたね」
「え? あ、ああ。ハンカチなら」
「いいですよ。ペーパー使っちゃいましょう」
 備え付きのペーパーを取り、骸さんがテーブルを拭く。
 彼は早くてオレは遅かった。オレの手が、ハンカチを握ったまま骸さんの手の上に落ちる。ひやっとした感触は骸さんの体温だろう。室内にいるのに、外の冷気を連想させる。思った途端に、手のひらがぱっと後退りした。
 強張らせた面持ちで、骸さんは自分の手のひらを引き寄せていた。
「いきなり何ですか。びっくりするじゃないですか」
  どっちかというと、 ビックリしたのはオレなような。
  骸さんの頬が紅潮していくのを呆然と眺めてたら、彼が早口に呟いた。
「冷めちゃいますよ。ご飯」
「あっ! うわ、グラタンスープ!」
 慌ててスプーンをスープに差込み、
ほうばる。
 金属はわたわたやってる間に冷えていた。そのスプーンの冷たさと、さっきの手の冷たさと、ついでにこのスプーンって骸さんも咥えてたんだよなァ、なんて思い出したりして……。
 なんとなく、気まずい。
 そっと見上げたら、骸さんもどこかギクシャクした動きでマグカップを取りあげた。傾けてから、目を瞬かせる。
「……空ですね。綱吉くん、飲み物いります?」
「い、いらないです。水で大丈夫です」
「わかりました。――すいません。コーヒーのおかわり、お願いします」
 朗々とした声に駆けつけたのは、さっきと同じ人だ。
 ウキウキして骸さんに笑顔を返し注文を書き付ける。が、オレを見下ろすなり眉を顰めた。確認するみたいに骸さんを見返す。
「? なにか?」
「あ。あ、あの。空調、暑すぎますか?」 そんなことはない。むしろ、寒いくらいだ。
 骸さんが否定すると、ウェイトレスがもう一度オレを見る。
 でも何も言わずに厨房へと駆けていった。
「……オレ、あつそうに見えますか」
「そんなことはないと、思いますけど」
  どこか上の空で骸さん。ちなみに、オレには、骸さんのがあつそうに見えた。
 ほどなくしてコーヒーが運ばれた。あさってを見つめたまま、骸さんは自分の片手で片手を包んでいた。指先がちょっと赤らんで見える。
「トモダチって、意外と照れるもんなんですね」
 深々と同意しつつ、フォークを置いた。すぐさまウェイトレスが食器ごと回収して行った。
 もしかして見張ってる……? いや、そんなバカな。 さりげなくメニュー表が差しだされた。デザート欄を開けてよこすのが、さりげない、かどうかはオレにはよくわからない。
「どうせ奢りですし。お好きにどうぞ」
「ありがとうございます……。でもオレ、なんだか今はあんまり食べられなさそうです」
 もう体の熱は引いたけど。なんか。クラスメイトとか、街とか電車とかで通り過ぎるたくさんの人たちがこんなコトしてるなんて驚きだ。よく体が保つと思う。
「皆よく平然としてますね。こういうのだってこと、知りませんでした」
 間をおいてから、骸さんが頷いた。コーヒーを傾ける。
「同感ですね。これなら、僕は綱吉くんだけで充分ですよ」
 まだ赤い頬を見上げる。ふう……、と、同時に息を吐いていた。




>>もどる


>つぶやき
挿絵付きなバージョンです。挿絵は「Freak-Out」のサムさまです!
日記より強奪させていただきました。快くありがとうございます…っ。生き生きしたリボキャラを毎度のよーに堪能させていただいてました。まさか、コンビニな彼らを拝めるとは…っ。骸さん、ツナさんは当然として、どんぶりにまでキュンとしました。すばらしいフォルムです。押しボタンにもキュンキュンしました。初体験です。ほんとにありがとうございました!